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とあるワナビ作家の憂鬱~才能が無い奴はどうすればいい?

<1>


「またポイント0かよ!」

 テーブルに鉄槌を下すと、プロットやら設定やら人物表やらを書きなぐったメモが散らばる。

「10話も投稿したんだぞ! 10万文字だぞ! なんでだよ! なんで誰も面白いって思わねえんだよ!」

 衝動が噴き出す。無意味と分かっても止められない。

「なんでこんなのがランキングに入ってんだよ! あり得ねえだろ! 不正だろ!」

 ガチガチとマウスをクリックして日間ランキングの一位を見る。

 表現は稚拙、誤字脱字はあり、さらに誤用も山盛り。中学生が書いたのか?


 なのに俺よりも評価されている!


「こんなの許されねえだろ!」

 マイページで執筆した小説一覧を見る。

 軽く10作は書いている。どれも10話で10万文字以上書いている。


 なのにどれもポイント0!


「何でだよ! 狂ってんのかよ! 日本の小説界はもうお終いか?」

 ボロボロと涙が出て来ると、力が抜ける。


 責任転換だと分かってる。読者に罪はない。俺が貶したランキング一位の作者にも無い。

 すべては俺の責任だ。


 俺の作品が詰まらないのが悪いんだ!


「……へ! 才能ねえな」

 脱力して、パソコンを閉じると、ベッドに倒れ込む。


「あれも結局未完か」

 見られない作品、評価されない作品に価値はない。

 だから10万文字書いて、脈がないならスッパリ見切る。

 そして次の作品を書く。

 それを10回以上繰り返してきた。


 その結果がこれだ!

 無残に並ぶ執筆中の文字! 何の成果も得られなかった痕跡!

 小説という名の落書き!


 誰が見ても鼻で笑う! 才能無いな! って。


「新人賞か……あれ嫌なんだよな……頑張って書いても数か月は結果が分からないし」

 またライトノベルの新人賞に応募しようかとも考えた。

 Web小説の愛好家は好みが偏っている。だからもしかすると、俺の作品はWeb小説としての人気は無いが、通常の新人賞なら優秀賞かもしれない!


「馬鹿か俺は? また1次落ちだ」

 だけどすぐに諦める。Web小説でランキングにも上がれない男が書いた駄文など、1次落ちが関の山だ。

 つまり、前と同じだ。

「寝よ」

 疲れて目を瞑ると、涙が零れた。


<2>


 俺はライトノベルの作家を目指すワナビだ。

 今年で30歳になる。


 俺は20歳から撃電文庫やシューズ文庫など、多数のライトノベルの新人賞に応募を始めた。

 結果は見事1次落ち。数か月間待った挙句、結果発表で肩を落とす。


「一生懸命書いたのによ」

 結果を見た時の口癖になっていた。


 そんな俺が23歳になった時、小説界に変化が起きた。

 Web小説の書籍化である。

「Web小説? そんなの小説じゃねえだろ」

 最初は鼻で笑った。だが俺の予測は裏切られた。

 その小説は瞬く間に人気となり、アニメ化、映画化、ゲーム化された。


 あの時の俺は口が塞がらなかった。


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 衝撃は止まらなかった。続々とWeb小説が書籍化され、大人気となった。Web小説ブームの到来だった。


「嘘だろ!」

 その時の感想は、信じられなかった! それだけだ。

 ただの素人が書いた作品がもてはやされる?

 アニメ化? 映画化? 冗談だろ!

 俺は一生懸命書いてるのに1次も突破できない! それなのにお前らは! 俺を置いて小説家になるのか!


「やってらんねえよ!」

 涙で枕を濡らした。23歳の大人が醜く、惨めに泣いた。

「俺には才能がない」

 その時俺は、筆を折った、はずだった。


「待てよ? 素人が小説家になれるなら? 俺も小説家になれる!」

 正直、意味の分からない希望だった。

 だがその時の俺にとってはあり得ないほどの僥倖だった!

 居ても立っても居られなくなり、すぐにベッドから飛び起きて、Web小説を見た。


「こんな程度か! 俺だったらこれよりも面白いのが書ける!」

 その時の俺は己惚れていた。いや、現実逃避していた。

 彼らが小説家になれたのだから、俺もなれる! 俺のほうが面白い!


 それから29歳まで応募を続けた。

 結果はもちろん1次落ち。

「なんであいつらが良くて、俺はダメなんだ?」

 いつの間にか、それが口癖だった。

 そして自然と自覚する。

 俺はいつまで経っても、うだつが上がらないワナビだ。

 いつまでも子供の夢を見続ける馬鹿だ。


「ラノベで一発当てれば、夢の印税生活なのに」

 働くのが嫌だった。どうしてキツくて面白くもない仕事をやる必要があるんだ?

 なんで怒られるんだ? なんで嫌な思いしなくちゃならないんだ?


 それに対して、彼らは小説家になった。俺と違って印税を貰っている。

 羨ましい。


「……才能無いな」

 人生の岐路だ。もうそろそろ30歳になる。いい加減仕事に身を入れないと恥ずかしい。夜遅くまで執筆するなど馬鹿だ。睡眠時間を削って駄文を考えるより、明日の仕事を考えて休んだほうがいい。

 筆を折ろう。


「待てよ? 俺がWeb小説を書けば一発で書籍化できるんじゃねえか!」

 だけど俺は諦めきれなかった! 筆を折れなかった!

 だからWeb小説に転向した。


「俺だったら大人気作家だ! 見てろよ!」

 1年前の俺は、とてつもなく自信満々で、Web小説に手を出した。俺なら絶対に人気が出る!

 一作目は三日で書き上がった。


 結果、人気は出なかった。


 30歳になった今も、人気は無い。


<3>


 己の人気に絶望した週の土曜日の夜、俺は親友のタケルと駅前で顔を合わせる。

「アキラ! 待たせたな」

 タケルは幼稚園からの腐れ縁だ。30歳の今もこうして飲みに行く。いつもいつも遅刻してくる

「俺も今来たところだ」

 だから俺も予定より30分遅く着くようにしている。


「どこで飲む? また黒木屋か?」

「安いところがいい。奢ってくれるなら別だが」

「じゃあお前の家で飲むか? 安く済む」

「絶対に嫌だ!」

 俺はタケルを家に上げたくなかった。無残なメモの残骸を見られたくなかった。

 実力が無いと言われるのが怖かった。


「じゃあいつものところに行こう」

「ああ」

 タケルが歩いたので、俺もタケルの逞しい背中について行く。


「ところでよ」

 俺とタケルは親友だ。

「小説の具合はどうだ?」

 でも俺は、タケルが大っ嫌いだった。

「人気バッチリ! 売上ランキング1位だ!」

 タケルは売れっ子のライトノベル作家だった。

「すげえな」

 俺は歯を食いしばって、タケルの満面の笑みに応えるため、頑張って、笑った。


<4>


「乾杯!」

「乾杯」

 雑多な居酒屋で乾杯する。

 タケルはゴクゴクと喉を鳴らす。

「いや~ビールが美味い!」

 タケルは中ジョッキを一気に飲み干すと、感激したかのように笑う。

「やっぱり売り上げ1位は嬉しいか?」

 馬鹿なことを聞く。

「そりゃ嬉しいさ! おかげでガッポリ金が入った! しかもアニメ化だぜ! マジ感激!」

 そりゃそうだ。当然だよな。でもアニメ化するなんて情報は知りたくなかった。

「羨ましいね」

 チビチビとビールを飲む。不味い。

「そっちはどうだ?」

 ドキリとする。

 俺は唯一、タケルにだけ、小説を書いていると伝えていた。プロを目指していると言ってしまった!


「ああ……ダメだね」

 グッとビールを飲み干す。全く酔えない。

「ああ……まあ、運があるからな」

 タケルはフッと笑う。

 その笑いはなんだ? 馬鹿にしてるのか? それとも憐れんでんのか?


「新人賞なんて運だよ」

 いきなり何言ってんだ?

「お前は凄く文章が上手い! 絶対にプロになれる!」

 喧嘩売ってんのかてめえ!

「ありがと」

 拳を握りしめて必死に堪える。

 こいつは無神経だ。だが悪気はない。

 こいつを殴りたくない。


 俺はタケルが嫌いだけど、親友で、目標で、大好きなんだ。


<5>


 帰宅し、ベッドに寝転ぶと、疲れで瞼が重くなる。

「タケル……」

 でも眠れなかった。目を瞑って見ても、タケルのことを思い出す。

「20歳でデビュー。そして29歳で誰もが認める売れっ子専業作家様」

 タケルは親友だ。なのにあいつは俺を置いて、はるか彼方へ飛んで行った。


 タケルは中学くらいから小説を書くようになった。あまりにも目をキラキラさせていたから、俺も試しに小説を書くようになった。

「絶対にプロになる!」

 それがタケルの口癖だった。

「なら俺もプロになる!」

 タケルが言うと、そう返す。それがお約束だった。


 タケルと俺は中学から新人賞に応募を始めた。

 ジャンルは正直適当だった。締め切り間際の新人賞に片っ端から送る。

 それで満足だった。1次落ちかどうかすら確認しなかった。


 状況が変わったのは、タケルと俺が20歳の時だ。

 あいつは20歳で作家となった。

「マジかよ! 負けた!」

「まずは一勝だ!」

 あの時は心の底から祝福した。初めて飲んだビールは苦かったけど、美味しかった。


 その時は、置いて行かれたとは思わなかった。

 すぐに追いつく。そう思っていた。


 だが俺には才能が無かった。何も無かった。


 結果、俺はあいつが嫌いになった。


「眠れねえ」

 嫌な気分だったのでパソコンを立ち上げる。そしていつも通り、小説家になろうぜ! にアクセスする。


「やっぱり、ブクマも評価も無しか」

 見なければいいのに、見てしまう。もはや癖であり、習慣だ。


「何書くかな」

 不貞腐れた状態で日間ランキングを開く。何が受けるか研究するためだ。

 無駄だと分かっていても、詰まらないと思っても、開いてしまう。


「あれ? 総合1位が変わってる?」

 総合日間ランキングを見ると、見慣れないタイトルが目に入る。

 今まで総合1位だった作品が2位になっていた。代わりに違う作品がランクインしていた。


「どんな作品だ?」

 試しに小説情報を開いてみる。


「げ! たった4話でブクマが8000以上! 不正だろ!」

 げんなりする! ただあらすじとタイトルを見て、ブラバを止める。

「……なんか、面白そう?」

 あらすじは、素人が書いた作品にしては、分かりやすい文章だ。要点を押さえているし、作品の売りも簡単に分かる。おまけにタイトルのセンスがいい。

 期待できる。

 Web小説で初めて思った感想だった。


「ん? 何だこれ? 結構面白いぞ?」

 表現こそ物足りないが、最低限の描写はある。だからストーリーが意味不明とはならない。

 そしてストーリーが思いのほか面白い。またキャラクターも立っている。


「たった4話でこれかよ!」

 天才だ! 俺では太刀打ちできない!

 俺だけじゃない! 他の作家もこいつには勝てない。

 たった4話でストーリーに期待を持たせ、おまけに主人公とヒロインのキャラを立たせる。

 文字数は8000文字。それだけの文字数で読者を引き込む!


「天才って居るんだな!」

 俺はすぐにブクマし、ポイントも5:5の満点をつけた。さらに、面白い! と感想までつけた。

 初めてブクマし、評価し、感想を書き込んだ。


「諦めるか! 俺には無理だった!」

 実力を見せつけられた。ここまで圧倒的な力量の差だと、清々しいほどだ。

 この作品は、俺には書けない。ここまで面白い小説は書けない。俺が書けるのは、駄文だけだ。


 筆を折ろう。

 不思議と後悔はなかった。むしろ、解放された気分だった。


「……ちょっと待て? このペンネーム!」

 小説情報をニヤニヤしながら見ていたら、ペンネームで凍り付く。


 震える手で、タケルに電話する。


「どうした?」

 眠そうな声だ。だがそんな場合ではない!


「お前さ? 小説家になろうぜ! に作品投稿したか?」

「したよ」

 俺に止めを刺したのは親友だった。


「なんで投稿した!」

「なんでって? ほら、Web小説って人気じゃないか。今後のために、ちょっとだけ遊んでみようと思って」

「遊びで投稿すんなよ! プロだろお前!」

「何怒ってんだ? 規約にはプロは投稿してはいけません、なんて書いてないぜ?」

「プロが遊びで投稿したら勝てる訳ねえだろ! 卑怯だろ!」

「何言ってんだよお前! 俺が何しようと勝手だろ!」

「うるせえ! お前のせいでランキングに上がれねえ! 俺は永遠に小説家になれねえ!」

 スマホを壁に叩きつける。


「プロは投稿するなよ……」

 体から力が抜ける。床に倒れ込む。

「お前が投稿したら、俺みたいな奴は、どうあがいてもランキングに上がれないだろ……」

 起き上がる気力など無かった。

「タケル! 俺は……小説家に、なりたかったんだよ……」

 涙が流れる。拭う気力もない。

 ただただ、虚しかった。


「タケル……置いて行くなよ」

 親友だろ? なのに、どうして俺を置いて行くんだ?

 もう、お前の背中が見えないよ……


<6>


 あれから俺は仕事を休んでいる。上司に怒られたが、だから何だ? どうせ有給は余ってたんだ。どう使おうと勝手だろ?

 俺はもう嫌なんだ。


 あれからもうパソコンは開いていない。


 ベッドから起き上がるのが辛い。食事をするのが辛い。


 生きるのが辛い。


「……今までの人生は何だったんだ?」

 俺は俺なりに頑張って小説を書いた。だけど結果は無残だった。


 小説を書かなければ、資格が取れたかもしれない。外へ遊びに行って、可愛い女の子をナンパできたかもしれない。友人をもっと作れたかもしれない。仕事の評価が上がったかもしれない。


 すべては過去のこと。もう変えられない。


「ああ! つまり! 俺の人生はゴミだったのか!」

 目を背けていた事実を、自覚する。


 俺の人生は無意味だった。


「ありがとよタケル! お前のおかげで気づけたぜ! 俺は死ぬしかねえ!」

 自分が死んだ姿を想像すると、笑えてしょうがない!

 だって! 皆が笑ってる! タケルも親も上司も同僚も! やっと気づいたのかって笑ってる!

 だから俺も! 笑ってやる! はははははは!


「アキラ!」

 ドンドンドン! ドアが喧しく叩かれたので現実に引き戻される。

「この声はタケル?」

 何しに来た? 俺を笑いに来たのか?

「良いね! 始めに笑ってもらうには最適の観客だ!」

 嬉しくて嬉しくてドアを開ける!


「アキラ! 大丈夫か!」

 タケルの憔悴しきった顔を見て、笑えなくなった。


「ど、どうした?」

 ろれつが回らない。頭も回らない。自分が何を考えているのか分からない。


「どうしたじゃねえ! 電話には出ないし、職場にも行ってねえ! 心配したんだぞ!」

 タケルはずかずかと入り込む。


「おい! 待て!」

 止めようとするが、力が出ない。

「何があったのか話してもらう」

 タケルの鬼気迫る雰囲気に、何も言えなくなった。


<7>


「何があった?」

 床に座り込んで、タケルと向き合う。真っすぐな瞳が辛い。

「別に、何もねえ」

 早く帰って欲しい。その目で見ないでくれ。

 頼む。

「何も無い訳無いだろ! あの時か? 俺が小説家になろうぜ! に投稿したのが気に入らなかったのか? 何でだ!」

「何で?」

 途端に、腹の底からどす黒い物がこみ上げる。


「俺は小説家になろうぜ! でランキング1位になって書籍化するつもりだったんだ! それなのにお前が投稿したから! 俺は永遠に小説家になれねえ!」

 違う! 違う! こいつのせいじゃない! 八つ当たりしたくない! タケルが投稿する前から1位になれなかっただろ!

「俺は10年間で1000万文字は書いた! なのに全部1次落ち! ブクマもポイントも0! 俺の人生無駄だった!」

 止めろ! 止めてくれ! タケルに泣き言を言うな! タケルは親友だ! そんなどうでもいい愚痴を言ったら嫌われる!

「お前は良いよな! 売れっ子作家だ! アニメ化するわ印税で金持ちだわ皆に尊敬されるわ! 何だよこれ! 冗談か! 俺に対する嫌がらせか!」

 何言ってんだ!

 ああダメだ! その一言だけはダメだ!

「お前みたいな天才なんて大っ嫌いだ! とっとと出ていけ!」

 ……言っちまった。


 淀んだ沈黙で、部屋が満たされる。まるで、溺れたように、息苦しかった。


「天才か」

 タケルはポツリと呟く。


「天才? 天才? 天才! 天才! ははははは!」

 突然タケルは笑いだした!


<8>


「天才ね! 最高の言葉だ! 皆に尊敬される! 良いね! 夢がある!」

 タケルは狂ったように笑い続ける。

「……タケル?」

 タケルの変貌に、体が凍り付く。


「なあアキラ! 確かに俺は天才かもな! そう思ってくれてありがとう!」

 タケルはスマホをバシバシ、乱暴に叩く。


「でもな! こいつらはそんなこと思ってねえよ!」

 タケルが見せたのは、ホライゾンという通販サイトだ。そこに映し出されるのはタケルの作品だ。

「評価、1.5?」

 レビューを見る。そこには作品に対する罵詈雑言が書かれていた。


「そうさ! 誰にでも書ける! 文章力なし! こんなのが売れるなんて日本の小説界は終わり! 凄くありがたい言葉だろ!」

 タケルはギリギリとスマホを握りしめる。メキリとスマホが軋む。


「これは売れてるから良いんだ! あんな屑どものレビューなんぞ屁でもねえ! アニメ化してんだぜ! 終わってんのはお前らの頭だ!」

 タケルは狂ったようにスマホを操作する。


「これを見てくれ! 俺の新作だ! 俺の渾身の一作だ!」

「……評価……1」

 レビューを見る。もはや見たくない悪口だ。タケルの人格批判までしている。


「これはな! 俺が一生懸命考えて書いた作品だ! 文章力がねえっていつも言われるからよ! 幼稚園児でも書けるって! だからこの新作を書いた! 文章力って奴を詰め込んだ! 結果はこれだ! しかもこれは一巻で打ち切り! 大赤字だ! 屑どものレビューは正しかった!」

 タケルに胸倉を掴まれる。


「俺は元々文学を書きたかった! でも全然ダメだった! そんな時、お遊びで書いた作品がラノベの新人賞に受かった! その時は嬉しかった! 金が手に入ったしな! でもな! 作品を書き進めるうちに思うんだよ! これは俺が書きたい小説じゃないって! だから新作を書いた! でも! ダメだった」

 タケルの声が落ちる。


「確かに俺にはライトノベルを書く才能があった。でもそれは俺の望んだ才能じゃない。ああ、嫌味に聞こえるだろ。でもな、俺は文学作品が書きたかった! そして、ダメだった」

 タケルは胸倉から手を放すと、ため息を吐く。


「俺はお前がWebに公開している小説を全部見ていた」

「……え!」

 信じられなかった。

 タケルほどの天才が、なんであんな駄文を見ていたんだ?


「お前の小説は、ライトノベル向きの書き方じゃない。ましてやWeb小説向きじゃない。あの書き方はファンタジーじゃなくて文学カテゴリだ」

 タケルは力なく、床に座り込む。


「客層が違うだけだ。ボタンを掛け違えているだけだ。題材を間違えているだけだ。書籍化に囚われなければ、もっとポイントやブクマは増えたはずだ」

 なんでタケルが泣いてるんだ?

 俺は、なんで泣いてるんだ?


「お前は文章力がある。あれほどの描写は出来ない。しかも読みやすい。文学小説って読みづらいはずなのに、読みやすかった」

「……なら何で、ポイントやブクマが付かなかったんだ?」

 タケルはフッと力なく笑う。


「ファンタジーカテゴリだからだ。おまけに1話につき1万文字は長すぎる。テーマも地味だ。なんであれをファンタジーにした?」

「しょ、書籍化するならファンタジーが一番だと思って」

「確かにな。でも、向いてない。だいたい何でお前はライトノベルにこだわる? お前の作品は明らかに過去の文豪の影響を受けてる。普通なら、文学系の新人賞だろ?」

 言葉に詰まる。

 だけど、伝える。

「お前がライトノベル作家だからだ。俺はお前と対等で居たいんだ」

 なぜ俺は作家になりたかったのか?

 俺はタケルと対等で居たかった。親友に相応しく成りたかった。


「俺は一度も、タケルが劣っているとは思ってない。だからブクマもポイントも居れなかった!」

「は! 何でだよ!」

 タケルは頭を掻いて、ケッ! と笑う。


「ブクマやポイントを入れたら、あれ? これってもしかして面白い? そんなことを思われちまう。そうしたら一気に読者が増えちまう。俺を越えちまう。俺の人気を越えちまう」

「あり得ねえよ! そんなことねえ!」

「あり得る」

 タケルは強く断言する。


「お前は文章力があるからだ」

 タケルはそう言うと、じっと俺を見つめた。


「つまり、俺はお前に嫉妬して、お前は俺に嫉妬してたのか」

 なぜか、涙を流しているのに、笑えて来る。

「ああ。確かに俺のほうが上かもしれない。でも、いつまでも上に立てる訳じゃない」

 タケルも涙を流しながら笑っている。

「嫌味に聞こえるぜ」

「そうか。なら筆折っちまえ。それで終わりだ」


 心地よい静寂が流れる。


「筆は折らない。売れっ子作家のお墨付きだからな!」


<9>


 一心不乱にキーボードを叩く。俺は再び小説を書いている。


 カテゴリは文学で、短編だ。


 ストーリーは、親友と主人公が互いの才能を妬み、やがて絶交する。

 暗い作品だ。


「でも、文学ならこれもありだろ」

 短編をサラサラッと書く。筆が進む。

「できた」

 サラッと誤字脱字をチェックする。そしてつっかえるような文章が無いか確認する。


 大丈夫だ。


「投稿っと」

 パチンとENTERキーを押して投稿する。


「寝よ!」

 バタリとベッドに倒れ込む。


「文学の新人賞か。何があるか調べないと」

 その日はグッスリと眠れた。


 次の日、パソコンを立ち上げる。そして癖で投稿した作品のポイントやブクマを見る。


「へへ! ポイントもブクマも0!」

 まあいい! これはもう仕方ない!


 今日でWeb小説から手を引く。代わりに文学賞に投稿する。


「……ん? 感想?」

 ホームに戻って見ると、見慣れない文字が隅っこにあった。


 感想が書かれました? ポイントもブクマも0だったのに?


「どんな感想だ?」

 カチリとクリックする。


『変に文学って感じでイライラします。もう少し丁寧に書かれたほうが、文章力がアップしますよ』

『文章力が無さ過ぎる。それなのに文豪を目指してるって感じがヤバい』

 どうも、頼んでも居ないのに批評家が集まったようだ。


「何だこれ」

 クスリと笑ってしまう。どっから湧いてきた?

 しかも、どれもこれも的外れだ!


「文章力が無い? 一流の売れっ子作家のお墨付きなのに!」

 下らなくて笑えて来る。更新ボタンを押すたびに批評が集まる。


『小説の基礎は出来ています。ですが文章力が無いです。まずは太宰治など、ちゃんと文学作品を読まれたほうが良いと思います』

『表現がチープです。これでは文章力が無いと言わざるを得ないです。もっと勉強したほうが良いかと』

 凄い批評だ! 何か気になることでもあったのか?


 最後に投稿した作品だから、どんな批評もニヤニヤしながら眺める。


「……ほう」

 一つ、ストーリーに関する感想が出た。


『どうして主人公と親友は仲直りしないのですか? 二人とも仲直りしたいのが手に取るように分かります! それなのに仲直りしないで終わるなんて酷すぎます! もうあなたの作品は読みません!』

 まさかストーリーに文句を付けられるとは思わなった。


「それはフィクションだからだよ」

 エクスプローラーを閉じて、執筆に取り掛かる。

 ストーリーは投稿した物と同じ。表現や描写に気を付ける。


「そっか。文章力があるって、読者の心を動かせるって意味か!」

 突然、閃きが来る。そしてその閃きのままに執筆する。


「これならすぐ終わるな」

 どんな新人賞に送るか決めていないのに書いている。だけど筆は進みに進んだ。


<10>


 ガタンと原稿を郵便ポストに入れる。

「頑張れ!」

 作品に激励してから、岐路に立つ。


 今日は土曜日。タケルと飲む日だ。

 念のために電話する。


「どうした?」

「ちゃんと時間通りに来るか確認してんだよ」

「遅刻する」

「やっぱりな!」

 変わってねえ奴だ。


「タケル」

「あん? まだ用があるのか?」

「親友で居てくれて、本当に、ありがとう」

 タケルの声が止まる

「俺も、ありがとう」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 短いにもかかわらず、大変たのしく読めました。 起承転結がはっきりしているし、タケルもアキラもキャラが立っていて、純粋に先が気になり、一気読みしました。文章のリズムも良くて、エクスクラメーシ…
[一言] 文中に出てくる親友、良いなー、そういう関係。あこがれます。
2022/08/07 11:26 退会済み
管理
[良い点] グッと、引き付けられる内容でした。 気がついたら、最後まで読んでいましたね。 題材が身近な事もありますが、起伏が巧みだと感じました。 まぁ、グダグダ述べるのはやめます。 ひとこと、面白か…
2019/11/22 23:48 退会済み
管理
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