とあるワナビ作家の憂鬱~才能が無い奴はどうすればいい?
<1>
「またポイント0かよ!」
テーブルに鉄槌を下すと、プロットやら設定やら人物表やらを書きなぐったメモが散らばる。
「10話も投稿したんだぞ! 10万文字だぞ! なんでだよ! なんで誰も面白いって思わねえんだよ!」
衝動が噴き出す。無意味と分かっても止められない。
「なんでこんなのがランキングに入ってんだよ! あり得ねえだろ! 不正だろ!」
ガチガチとマウスをクリックして日間ランキングの一位を見る。
表現は稚拙、誤字脱字はあり、さらに誤用も山盛り。中学生が書いたのか?
なのに俺よりも評価されている!
「こんなの許されねえだろ!」
マイページで執筆した小説一覧を見る。
軽く10作は書いている。どれも10話で10万文字以上書いている。
なのにどれもポイント0!
「何でだよ! 狂ってんのかよ! 日本の小説界はもうお終いか?」
ボロボロと涙が出て来ると、力が抜ける。
責任転換だと分かってる。読者に罪はない。俺が貶したランキング一位の作者にも無い。
すべては俺の責任だ。
俺の作品が詰まらないのが悪いんだ!
「……へ! 才能ねえな」
脱力して、パソコンを閉じると、ベッドに倒れ込む。
「あれも結局未完か」
見られない作品、評価されない作品に価値はない。
だから10万文字書いて、脈がないならスッパリ見切る。
そして次の作品を書く。
それを10回以上繰り返してきた。
その結果がこれだ!
無残に並ぶ執筆中の文字! 何の成果も得られなかった痕跡!
小説という名の落書き!
誰が見ても鼻で笑う! 才能無いな! って。
「新人賞か……あれ嫌なんだよな……頑張って書いても数か月は結果が分からないし」
またライトノベルの新人賞に応募しようかとも考えた。
Web小説の愛好家は好みが偏っている。だからもしかすると、俺の作品はWeb小説としての人気は無いが、通常の新人賞なら優秀賞かもしれない!
「馬鹿か俺は? また1次落ちだ」
だけどすぐに諦める。Web小説でランキングにも上がれない男が書いた駄文など、1次落ちが関の山だ。
つまり、前と同じだ。
「寝よ」
疲れて目を瞑ると、涙が零れた。
<2>
俺はライトノベルの作家を目指すワナビだ。
今年で30歳になる。
俺は20歳から撃電文庫やシューズ文庫など、多数のライトノベルの新人賞に応募を始めた。
結果は見事1次落ち。数か月間待った挙句、結果発表で肩を落とす。
「一生懸命書いたのによ」
結果を見た時の口癖になっていた。
そんな俺が23歳になった時、小説界に変化が起きた。
Web小説の書籍化である。
「Web小説? そんなの小説じゃねえだろ」
最初は鼻で笑った。だが俺の予測は裏切られた。
その小説は瞬く間に人気となり、アニメ化、映画化、ゲーム化された。
あの時の俺は口が塞がらなかった。
ただの素人が俺よりも早く小説家になった!
衝撃は止まらなかった。続々とWeb小説が書籍化され、大人気となった。Web小説ブームの到来だった。
「嘘だろ!」
その時の感想は、信じられなかった! それだけだ。
ただの素人が書いた作品がもてはやされる?
アニメ化? 映画化? 冗談だろ!
俺は一生懸命書いてるのに1次も突破できない! それなのにお前らは! 俺を置いて小説家になるのか!
「やってらんねえよ!」
涙で枕を濡らした。23歳の大人が醜く、惨めに泣いた。
「俺には才能がない」
その時俺は、筆を折った、はずだった。
「待てよ? 素人が小説家になれるなら? 俺も小説家になれる!」
正直、意味の分からない希望だった。
だがその時の俺にとってはあり得ないほどの僥倖だった!
居ても立っても居られなくなり、すぐにベッドから飛び起きて、Web小説を見た。
「こんな程度か! 俺だったらこれよりも面白いのが書ける!」
その時の俺は己惚れていた。いや、現実逃避していた。
彼らが小説家になれたのだから、俺もなれる! 俺のほうが面白い!
それから29歳まで応募を続けた。
結果はもちろん1次落ち。
「なんであいつらが良くて、俺はダメなんだ?」
いつの間にか、それが口癖だった。
そして自然と自覚する。
俺はいつまで経っても、うだつが上がらないワナビだ。
いつまでも子供の夢を見続ける馬鹿だ。
「ラノベで一発当てれば、夢の印税生活なのに」
働くのが嫌だった。どうしてキツくて面白くもない仕事をやる必要があるんだ?
なんで怒られるんだ? なんで嫌な思いしなくちゃならないんだ?
それに対して、彼らは小説家になった。俺と違って印税を貰っている。
羨ましい。
「……才能無いな」
人生の岐路だ。もうそろそろ30歳になる。いい加減仕事に身を入れないと恥ずかしい。夜遅くまで執筆するなど馬鹿だ。睡眠時間を削って駄文を考えるより、明日の仕事を考えて休んだほうがいい。
筆を折ろう。
「待てよ? 俺がWeb小説を書けば一発で書籍化できるんじゃねえか!」
だけど俺は諦めきれなかった! 筆を折れなかった!
だからWeb小説に転向した。
「俺だったら大人気作家だ! 見てろよ!」
1年前の俺は、とてつもなく自信満々で、Web小説に手を出した。俺なら絶対に人気が出る!
一作目は三日で書き上がった。
結果、人気は出なかった。
30歳になった今も、人気は無い。
<3>
己の人気に絶望した週の土曜日の夜、俺は親友のタケルと駅前で顔を合わせる。
「アキラ! 待たせたな」
タケルは幼稚園からの腐れ縁だ。30歳の今もこうして飲みに行く。いつもいつも遅刻してくる
「俺も今来たところだ」
だから俺も予定より30分遅く着くようにしている。
「どこで飲む? また黒木屋か?」
「安いところがいい。奢ってくれるなら別だが」
「じゃあお前の家で飲むか? 安く済む」
「絶対に嫌だ!」
俺はタケルを家に上げたくなかった。無残なメモの残骸を見られたくなかった。
実力が無いと言われるのが怖かった。
「じゃあいつものところに行こう」
「ああ」
タケルが歩いたので、俺もタケルの逞しい背中について行く。
「ところでよ」
俺とタケルは親友だ。
「小説の具合はどうだ?」
でも俺は、タケルが大っ嫌いだった。
「人気バッチリ! 売上ランキング1位だ!」
タケルは売れっ子のライトノベル作家だった。
「すげえな」
俺は歯を食いしばって、タケルの満面の笑みに応えるため、頑張って、笑った。
<4>
「乾杯!」
「乾杯」
雑多な居酒屋で乾杯する。
タケルはゴクゴクと喉を鳴らす。
「いや~ビールが美味い!」
タケルは中ジョッキを一気に飲み干すと、感激したかのように笑う。
「やっぱり売り上げ1位は嬉しいか?」
馬鹿なことを聞く。
「そりゃ嬉しいさ! おかげでガッポリ金が入った! しかもアニメ化だぜ! マジ感激!」
そりゃそうだ。当然だよな。でもアニメ化するなんて情報は知りたくなかった。
「羨ましいね」
チビチビとビールを飲む。不味い。
「そっちはどうだ?」
ドキリとする。
俺は唯一、タケルにだけ、小説を書いていると伝えていた。プロを目指していると言ってしまった!
「ああ……ダメだね」
グッとビールを飲み干す。全く酔えない。
「ああ……まあ、運があるからな」
タケルはフッと笑う。
その笑いはなんだ? 馬鹿にしてるのか? それとも憐れんでんのか?
「新人賞なんて運だよ」
いきなり何言ってんだ?
「お前は凄く文章が上手い! 絶対にプロになれる!」
喧嘩売ってんのかてめえ!
「ありがと」
拳を握りしめて必死に堪える。
こいつは無神経だ。だが悪気はない。
こいつを殴りたくない。
俺はタケルが嫌いだけど、親友で、目標で、大好きなんだ。
<5>
帰宅し、ベッドに寝転ぶと、疲れで瞼が重くなる。
「タケル……」
でも眠れなかった。目を瞑って見ても、タケルのことを思い出す。
「20歳でデビュー。そして29歳で誰もが認める売れっ子専業作家様」
タケルは親友だ。なのにあいつは俺を置いて、はるか彼方へ飛んで行った。
タケルは中学くらいから小説を書くようになった。あまりにも目をキラキラさせていたから、俺も試しに小説を書くようになった。
「絶対にプロになる!」
それがタケルの口癖だった。
「なら俺もプロになる!」
タケルが言うと、そう返す。それがお約束だった。
タケルと俺は中学から新人賞に応募を始めた。
ジャンルは正直適当だった。締め切り間際の新人賞に片っ端から送る。
それで満足だった。1次落ちかどうかすら確認しなかった。
状況が変わったのは、タケルと俺が20歳の時だ。
あいつは20歳で作家となった。
「マジかよ! 負けた!」
「まずは一勝だ!」
あの時は心の底から祝福した。初めて飲んだビールは苦かったけど、美味しかった。
その時は、置いて行かれたとは思わなかった。
すぐに追いつく。そう思っていた。
だが俺には才能が無かった。何も無かった。
結果、俺はあいつが嫌いになった。
「眠れねえ」
嫌な気分だったのでパソコンを立ち上げる。そしていつも通り、小説家になろうぜ! にアクセスする。
「やっぱり、ブクマも評価も無しか」
見なければいいのに、見てしまう。もはや癖であり、習慣だ。
「何書くかな」
不貞腐れた状態で日間ランキングを開く。何が受けるか研究するためだ。
無駄だと分かっていても、詰まらないと思っても、開いてしまう。
「あれ? 総合1位が変わってる?」
総合日間ランキングを見ると、見慣れないタイトルが目に入る。
今まで総合1位だった作品が2位になっていた。代わりに違う作品がランクインしていた。
「どんな作品だ?」
試しに小説情報を開いてみる。
「げ! たった4話でブクマが8000以上! 不正だろ!」
げんなりする! ただあらすじとタイトルを見て、ブラバを止める。
「……なんか、面白そう?」
あらすじは、素人が書いた作品にしては、分かりやすい文章だ。要点を押さえているし、作品の売りも簡単に分かる。おまけにタイトルのセンスがいい。
期待できる。
Web小説で初めて思った感想だった。
「ん? 何だこれ? 結構面白いぞ?」
表現こそ物足りないが、最低限の描写はある。だからストーリーが意味不明とはならない。
そしてストーリーが思いのほか面白い。またキャラクターも立っている。
「たった4話でこれかよ!」
天才だ! 俺では太刀打ちできない!
俺だけじゃない! 他の作家もこいつには勝てない。
たった4話でストーリーに期待を持たせ、おまけに主人公とヒロインのキャラを立たせる。
文字数は8000文字。それだけの文字数で読者を引き込む!
「天才って居るんだな!」
俺はすぐにブクマし、ポイントも5:5の満点をつけた。さらに、面白い! と感想までつけた。
初めてブクマし、評価し、感想を書き込んだ。
「諦めるか! 俺には無理だった!」
実力を見せつけられた。ここまで圧倒的な力量の差だと、清々しいほどだ。
この作品は、俺には書けない。ここまで面白い小説は書けない。俺が書けるのは、駄文だけだ。
筆を折ろう。
不思議と後悔はなかった。むしろ、解放された気分だった。
「……ちょっと待て? このペンネーム!」
小説情報をニヤニヤしながら見ていたら、ペンネームで凍り付く。
震える手で、タケルに電話する。
「どうした?」
眠そうな声だ。だがそんな場合ではない!
「お前さ? 小説家になろうぜ! に作品投稿したか?」
「したよ」
俺に止めを刺したのは親友だった。
「なんで投稿した!」
「なんでって? ほら、Web小説って人気じゃないか。今後のために、ちょっとだけ遊んでみようと思って」
「遊びで投稿すんなよ! プロだろお前!」
「何怒ってんだ? 規約にはプロは投稿してはいけません、なんて書いてないぜ?」
「プロが遊びで投稿したら勝てる訳ねえだろ! 卑怯だろ!」
「何言ってんだよお前! 俺が何しようと勝手だろ!」
「うるせえ! お前のせいでランキングに上がれねえ! 俺は永遠に小説家になれねえ!」
スマホを壁に叩きつける。
「プロは投稿するなよ……」
体から力が抜ける。床に倒れ込む。
「お前が投稿したら、俺みたいな奴は、どうあがいてもランキングに上がれないだろ……」
起き上がる気力など無かった。
「タケル! 俺は……小説家に、なりたかったんだよ……」
涙が流れる。拭う気力もない。
ただただ、虚しかった。
「タケル……置いて行くなよ」
親友だろ? なのに、どうして俺を置いて行くんだ?
もう、お前の背中が見えないよ……
<6>
あれから俺は仕事を休んでいる。上司に怒られたが、だから何だ? どうせ有給は余ってたんだ。どう使おうと勝手だろ?
俺はもう嫌なんだ。
あれからもうパソコンは開いていない。
ベッドから起き上がるのが辛い。食事をするのが辛い。
生きるのが辛い。
「……今までの人生は何だったんだ?」
俺は俺なりに頑張って小説を書いた。だけど結果は無残だった。
小説を書かなければ、資格が取れたかもしれない。外へ遊びに行って、可愛い女の子をナンパできたかもしれない。友人をもっと作れたかもしれない。仕事の評価が上がったかもしれない。
すべては過去のこと。もう変えられない。
「ああ! つまり! 俺の人生はゴミだったのか!」
目を背けていた事実を、自覚する。
俺の人生は無意味だった。
「ありがとよタケル! お前のおかげで気づけたぜ! 俺は死ぬしかねえ!」
自分が死んだ姿を想像すると、笑えてしょうがない!
だって! 皆が笑ってる! タケルも親も上司も同僚も! やっと気づいたのかって笑ってる!
だから俺も! 笑ってやる! はははははは!
「アキラ!」
ドンドンドン! ドアが喧しく叩かれたので現実に引き戻される。
「この声はタケル?」
何しに来た? 俺を笑いに来たのか?
「良いね! 始めに笑ってもらうには最適の観客だ!」
嬉しくて嬉しくてドアを開ける!
「アキラ! 大丈夫か!」
タケルの憔悴しきった顔を見て、笑えなくなった。
「ど、どうした?」
ろれつが回らない。頭も回らない。自分が何を考えているのか分からない。
「どうしたじゃねえ! 電話には出ないし、職場にも行ってねえ! 心配したんだぞ!」
タケルはずかずかと入り込む。
「おい! 待て!」
止めようとするが、力が出ない。
「何があったのか話してもらう」
タケルの鬼気迫る雰囲気に、何も言えなくなった。
<7>
「何があった?」
床に座り込んで、タケルと向き合う。真っすぐな瞳が辛い。
「別に、何もねえ」
早く帰って欲しい。その目で見ないでくれ。
頼む。
「何も無い訳無いだろ! あの時か? 俺が小説家になろうぜ! に投稿したのが気に入らなかったのか? 何でだ!」
「何で?」
途端に、腹の底からどす黒い物がこみ上げる。
「俺は小説家になろうぜ! でランキング1位になって書籍化するつもりだったんだ! それなのにお前が投稿したから! 俺は永遠に小説家になれねえ!」
違う! 違う! こいつのせいじゃない! 八つ当たりしたくない! タケルが投稿する前から1位になれなかっただろ!
「俺は10年間で1000万文字は書いた! なのに全部1次落ち! ブクマもポイントも0! 俺の人生無駄だった!」
止めろ! 止めてくれ! タケルに泣き言を言うな! タケルは親友だ! そんなどうでもいい愚痴を言ったら嫌われる!
「お前は良いよな! 売れっ子作家だ! アニメ化するわ印税で金持ちだわ皆に尊敬されるわ! 何だよこれ! 冗談か! 俺に対する嫌がらせか!」
何言ってんだ!
ああダメだ! その一言だけはダメだ!
「お前みたいな天才なんて大っ嫌いだ! とっとと出ていけ!」
……言っちまった。
淀んだ沈黙で、部屋が満たされる。まるで、溺れたように、息苦しかった。
「天才か」
タケルはポツリと呟く。
「天才? 天才? 天才! 天才! ははははは!」
突然タケルは笑いだした!
<8>
「天才ね! 最高の言葉だ! 皆に尊敬される! 良いね! 夢がある!」
タケルは狂ったように笑い続ける。
「……タケル?」
タケルの変貌に、体が凍り付く。
「なあアキラ! 確かに俺は天才かもな! そう思ってくれてありがとう!」
タケルはスマホをバシバシ、乱暴に叩く。
「でもな! こいつらはそんなこと思ってねえよ!」
タケルが見せたのは、ホライゾンという通販サイトだ。そこに映し出されるのはタケルの作品だ。
「評価、1.5?」
レビューを見る。そこには作品に対する罵詈雑言が書かれていた。
「そうさ! 誰にでも書ける! 文章力なし! こんなのが売れるなんて日本の小説界は終わり! 凄くありがたい言葉だろ!」
タケルはギリギリとスマホを握りしめる。メキリとスマホが軋む。
「これは売れてるから良いんだ! あんな屑どものレビューなんぞ屁でもねえ! アニメ化してんだぜ! 終わってんのはお前らの頭だ!」
タケルは狂ったようにスマホを操作する。
「これを見てくれ! 俺の新作だ! 俺の渾身の一作だ!」
「……評価……1」
レビューを見る。もはや見たくない悪口だ。タケルの人格批判までしている。
「これはな! 俺が一生懸命考えて書いた作品だ! 文章力がねえっていつも言われるからよ! 幼稚園児でも書けるって! だからこの新作を書いた! 文章力って奴を詰め込んだ! 結果はこれだ! しかもこれは一巻で打ち切り! 大赤字だ! 屑どものレビューは正しかった!」
タケルに胸倉を掴まれる。
「俺は元々文学を書きたかった! でも全然ダメだった! そんな時、お遊びで書いた作品がラノベの新人賞に受かった! その時は嬉しかった! 金が手に入ったしな! でもな! 作品を書き進めるうちに思うんだよ! これは俺が書きたい小説じゃないって! だから新作を書いた! でも! ダメだった」
タケルの声が落ちる。
「確かに俺にはライトノベルを書く才能があった。でもそれは俺の望んだ才能じゃない。ああ、嫌味に聞こえるだろ。でもな、俺は文学作品が書きたかった! そして、ダメだった」
タケルは胸倉から手を放すと、ため息を吐く。
「俺はお前がWebに公開している小説を全部見ていた」
「……え!」
信じられなかった。
タケルほどの天才が、なんであんな駄文を見ていたんだ?
「お前の小説は、ライトノベル向きの書き方じゃない。ましてやWeb小説向きじゃない。あの書き方はファンタジーじゃなくて文学カテゴリだ」
タケルは力なく、床に座り込む。
「客層が違うだけだ。ボタンを掛け違えているだけだ。題材を間違えているだけだ。書籍化に囚われなければ、もっとポイントやブクマは増えたはずだ」
なんでタケルが泣いてるんだ?
俺は、なんで泣いてるんだ?
「お前は文章力がある。あれほどの描写は出来ない。しかも読みやすい。文学小説って読みづらいはずなのに、読みやすかった」
「……なら何で、ポイントやブクマが付かなかったんだ?」
タケルはフッと力なく笑う。
「ファンタジーカテゴリだからだ。おまけに1話につき1万文字は長すぎる。テーマも地味だ。なんであれをファンタジーにした?」
「しょ、書籍化するならファンタジーが一番だと思って」
「確かにな。でも、向いてない。だいたい何でお前はライトノベルにこだわる? お前の作品は明らかに過去の文豪の影響を受けてる。普通なら、文学系の新人賞だろ?」
言葉に詰まる。
だけど、伝える。
「お前がライトノベル作家だからだ。俺はお前と対等で居たいんだ」
なぜ俺は作家になりたかったのか?
俺はタケルと対等で居たかった。親友に相応しく成りたかった。
「俺は一度も、タケルが劣っているとは思ってない。だからブクマもポイントも居れなかった!」
「は! 何でだよ!」
タケルは頭を掻いて、ケッ! と笑う。
「ブクマやポイントを入れたら、あれ? これってもしかして面白い? そんなことを思われちまう。そうしたら一気に読者が増えちまう。俺を越えちまう。俺の人気を越えちまう」
「あり得ねえよ! そんなことねえ!」
「あり得る」
タケルは強く断言する。
「お前は文章力があるからだ」
タケルはそう言うと、じっと俺を見つめた。
「つまり、俺はお前に嫉妬して、お前は俺に嫉妬してたのか」
なぜか、涙を流しているのに、笑えて来る。
「ああ。確かに俺のほうが上かもしれない。でも、いつまでも上に立てる訳じゃない」
タケルも涙を流しながら笑っている。
「嫌味に聞こえるぜ」
「そうか。なら筆折っちまえ。それで終わりだ」
心地よい静寂が流れる。
「筆は折らない。売れっ子作家のお墨付きだからな!」
<9>
一心不乱にキーボードを叩く。俺は再び小説を書いている。
カテゴリは文学で、短編だ。
ストーリーは、親友と主人公が互いの才能を妬み、やがて絶交する。
暗い作品だ。
「でも、文学ならこれもありだろ」
短編をサラサラッと書く。筆が進む。
「できた」
サラッと誤字脱字をチェックする。そしてつっかえるような文章が無いか確認する。
大丈夫だ。
「投稿っと」
パチンとENTERキーを押して投稿する。
「寝よ!」
バタリとベッドに倒れ込む。
「文学の新人賞か。何があるか調べないと」
その日はグッスリと眠れた。
次の日、パソコンを立ち上げる。そして癖で投稿した作品のポイントやブクマを見る。
「へへ! ポイントもブクマも0!」
まあいい! これはもう仕方ない!
今日でWeb小説から手を引く。代わりに文学賞に投稿する。
「……ん? 感想?」
ホームに戻って見ると、見慣れない文字が隅っこにあった。
感想が書かれました? ポイントもブクマも0だったのに?
「どんな感想だ?」
カチリとクリックする。
『変に文学って感じでイライラします。もう少し丁寧に書かれたほうが、文章力がアップしますよ』
『文章力が無さ過ぎる。それなのに文豪を目指してるって感じがヤバい』
どうも、頼んでも居ないのに批評家が集まったようだ。
「何だこれ」
クスリと笑ってしまう。どっから湧いてきた?
しかも、どれもこれも的外れだ!
「文章力が無い? 一流の売れっ子作家のお墨付きなのに!」
下らなくて笑えて来る。更新ボタンを押すたびに批評が集まる。
『小説の基礎は出来ています。ですが文章力が無いです。まずは太宰治など、ちゃんと文学作品を読まれたほうが良いと思います』
『表現がチープです。これでは文章力が無いと言わざるを得ないです。もっと勉強したほうが良いかと』
凄い批評だ! 何か気になることでもあったのか?
最後に投稿した作品だから、どんな批評もニヤニヤしながら眺める。
「……ほう」
一つ、ストーリーに関する感想が出た。
『どうして主人公と親友は仲直りしないのですか? 二人とも仲直りしたいのが手に取るように分かります! それなのに仲直りしないで終わるなんて酷すぎます! もうあなたの作品は読みません!』
まさかストーリーに文句を付けられるとは思わなった。
「それはフィクションだからだよ」
エクスプローラーを閉じて、執筆に取り掛かる。
ストーリーは投稿した物と同じ。表現や描写に気を付ける。
「そっか。文章力があるって、読者の心を動かせるって意味か!」
突然、閃きが来る。そしてその閃きのままに執筆する。
「これならすぐ終わるな」
どんな新人賞に送るか決めていないのに書いている。だけど筆は進みに進んだ。
<10>
ガタンと原稿を郵便ポストに入れる。
「頑張れ!」
作品に激励してから、岐路に立つ。
今日は土曜日。タケルと飲む日だ。
念のために電話する。
「どうした?」
「ちゃんと時間通りに来るか確認してんだよ」
「遅刻する」
「やっぱりな!」
変わってねえ奴だ。
「タケル」
「あん? まだ用があるのか?」
「親友で居てくれて、本当に、ありがとう」
タケルの声が止まる
「俺も、ありがとう」