悪の幹部の裏事情
私の別作品『悪の幹部の異世界出張記』と世界観を同じくする作品ですが、未読でも問題ありません。
20XX年、突如現れた悪の組織〈マインド・オブ・ダークネス〉、通称MODによって世界は恐怖に包まれた。
だが時を同じくして現れたヒーロー達によりMODは一時的に撤退、戦いは小康状態となり、世界は束の間の平和に安堵していた。
「オイ! 今のズルだろ、きたねー事すんじゃねえよ!」
「ええ、そんなあ。ちゃんとした戦法ですよ」
「ちょっと、ケンカしないでよね」
束の間の平和を楽しむ者はここにも。
ヤンキー男と気弱な少年に女子中学生。
ゲームに興じる男女三人であったが、ここは決して個人の家でも部室でもない。
悪の組織〈マインド・オブ・ダークネス〉の秘密要塞、その一室であった。
「もう、コントローラー投げないでくださいよ。壊れたらどうするんですか」
この一見気弱そうな少年、実はMODの幹部の一人なのだ。
その名は〈デストロイド〉、破壊の権化の全身兵器サイボーグだ。
「うっせー、俺の知った事かよ!」
このヤンキー男もまたMODの幹部、〈シャークニンジャ〉であった。
水陸両用の恐怖の暗殺者だ。
「まったくもう、アホなんだから」
彼女もまた幹部の一人、〈エボルビースト〉の名を持つ。
あらゆる獣の力を宿した百獣の女王。
ちなみに中学生のような見た目をしているが、れっきとした成人女性だ。
三人とも人間体と怪人体を持ち、それぞれを使い分けて生活している。
六人いる幹部たちの中には人間だったころの名を忘れた、もしくは捨てた者もいたが、彼らもまたそういった存在だった。
「ちっ、くだらねえ。おいビースト、ジュース取ってくれ」
「あのねえ、一応私の方が序列は上なんだけど」
幹部たちにはその実力によって序列が存在した。
デストロイドが六、シャークニンジャが五、エボルビーストが四といった具合で、数が少ないほど上位という事になっている。
「まあまあ、そうは言っても僕たち下半分は似たようなものなんだから……」
「何だと? 入れ替え戦を挑めば俺だってすぐに上半分に行けるってんだよ!」
幹部の序列に不満がある場合は入れ替え戦を挑む事が許されていた。
だが、序列にはそれ相応の理由があり、それを打ち破るのは非常に困難なのだ。
「へー、じゃあやってみたら? あんたなんかスカルデイモス様に指一本でブッ飛ばされて終わりだろうけどね~」
「なんだとこの合法ロリが!」
「誰が合法ロリだ!」
幹部たちのうちの上半分、三のスカルデイモス、二のサイコファントム、一のアシュラナイトは別格の強さだった。
特にアシュラナイトは神にも匹敵する強さと言われ、首領から絶大な信頼を寄せられているほどだ。
「確かに、上の人たちってすごく強いよね。ビーストさんがスカルさんに憧れる気持ちもわかるなあ」
「えっ!? いや、私はその……」
エボルビーストの顔が赤くなる。
その恥じらう様はまさしく青春、恋する女子中学生だ。
前述のとおり彼女はれっきとした成人女性だが。
「けっ、あんな無精ヒゲのおっさんのどこがいいんだか」
「なになに、妬いてんの? まああんたみたいな頭悪そうなヤンキーにあの魅力はわからないわよね~」
得意げなエボルビーストとイライラした様子のシャークニンジャが睨み合う。
今にも掴み合いになりそうなその瞬間、デストロイドが口を開いた。
「そういえばスカルさんって専属の秘書がいたよね。いいよね秘書、僕もいつか付けて欲しいなあ」
「えっ、そうなの? いつ、いつから!?」
「何だお前、知らなかったのか? けっこう前からだぜ。確か青肌で角のあるメイドのねーちゃんだったな、誰かさんと違ってセクシーな、な」
「な、なにおう!」
周囲の空気が変わった。
シャークニンジャの挑発にエボルビーストが怒りをあらわにする。
全身に力を入れ、白目をむいた少女の体が急速に変化を起こす。
本当のところは少女ではないが。
「……ふう、これでどうよ」
エボルビーストが怪人体へと姿を変えた。
あらゆる獣の力を宿すその体は荒々しくも美しい。
ついでに彼女の要望により、セクシーな大人の女性の体形へと変わっている。
「どうよって言われても……なあ」
「ちょっと獣臭いかなあ。僕としてはさっきのまま獣っぽくなったほうがいいと思うんだけど」
「思うんだけど、じゃない! あとレディに臭いとか言うな男ども!」
改めて言うが、ここは決して個人の家でも部室でもない。
悪の組織〈マインド・オブ・ダークネス〉の要塞内だ。
その証拠に、装甲服に身を固めた戦闘員が三人のいる部屋へと入ってきた。
「失礼します! もうじき幹部会議のお時間です、準備なさってください」
それだけ言うと戦闘員は去っていった。
幹部のプライベートなどどうでもいい、彼にとっては組織の強さこそが全てなのだ。
というかロボットだからそこまで考えているかは誰にもわからない。
「あ、今日は幹部会議の日だったね。そろそろ行かないと」
「やれやれ、特に話す事なんてあったか? 下の怪人どもの単独作戦ばっかりだろ」
「お前ら、勝手に話を終えようとするな!」
ドォーン!
三人が話しながら廊下に出た瞬間、激しい爆発音が響いた。
「うわっ!」
「な、何だあ!?」
「!?」
猛烈な揺れと共に壁が崩れ床が抜ける。
三人は崩れた床の穴に揃って飲み込まれてしまった。
***
「いてて、何だってんだ」
かなり激しい崩落に巻き込まれたがさすがは幹部怪人。
変身していなくともほぼ無傷だった。
「まさか要塞が崩れるなんてね……ふたりとも大丈夫かい?」
「ああ、問題ない」
「私も変身してたから平気。とりあえず誰もケガしてないみたいね」
ケガが無いのはいいが、状況がいまひとつ把握できない。
その時三人は瓦礫でできたようなトンネルの中にいる状態だった。
三人とも怪人なので夜目は利く、暗さは問題ない。
だが自分たちがどこにいるのかはさっぱりだ。
「ちっ、何かヤバそうだな。変身しとくか」
「そうだね、そのほうが安全だろう」
幹部ともなれば人間体でも相当な強さを誇るが、やはり怪人体時の比ではない。
安全を考慮して残る二人もその姿を変えた。
「デストロイド……変身、完了ぉ……!」
「シャークニンジャ、見参」
変身した二人を見るエボルビーストの表情は微妙だ。
なぜならこの二人、変身前と後で性格がかなり変わってしまうのだ。
「と、とにかく出口を探しましょう。どこか知った場所に抜けられるといいんだけど」
エボルビーストが瓦礫をどけて移動しようとすると、後ろからカチャリと金属音が聞こえた。
瓦礫の当たる音とは違う。
言うなれば銃の安全装置のような音だ。
「クク、この程度の瓦礫など、俺のキャノン砲で吹き飛ばしてくれる!」
音に振り返ったエボルビーストの目に、今まさに大砲をぶっ放そうとしているデストロイドの姿が映る。
「ば、バカ! やめなさいデスト! ここでぶっ放したら何もかも崩れちゃうでしょ!」
「ヒハハハ! それもいいな! 何もかも破壊だ!」
このデストロイド、変身すると兵器に引っ張られるのか破壊衝動が非常に大きくなってしまうのだ。
撃たせまいと必死に抑えるエボルビースト。
彼女の柔軟かつ強靭な肉体がここで生き、大活躍していた。
不本意ながら。
「ちょっとシャーク! あんたも手伝って!」
「……」
呼びかけてもシャークの反応が薄い。
ここでもエボルビーストの超聴力が威力を発揮する。
「……水がない……忘れた」
そう、シャークニンジャは恐ろしい暗殺者だが、彼のホームは水中。
陸上では定期的に水分を補給しないと動きが鈍くなり気弱で小声になるのだ。
「この……、お前らいい加減にしろ!」
百獣の女王の怪力が遺憾なく発揮され、デストロイドの体が宙を舞う。
その兵器満載の重量級ボディはシャークニンジャを押しつぶすのに十分だった。
「もう、あんたら変身解除して! 話が進まないから!」
怒られてしぶしぶ人間体に戻るデストロイドとシャークニンジャ。
またしても性格が変化し、忙しい事この上ない。
「ごめんなさい……。変身するとどうにも自分を押さえられなくて」
「ちっ、水を忘れなきゃ俺一人で十分だったのによ」
「……ちょっとアンタら、黙っててくれる?」
凄まじい気迫。
彼女が怒っているのは明白だ。
とりあえずこれ以上怒らせるのはまずいと判断した二人は、黙って彼女の後に続くことにした。
しばらくトンネルの中を歩いたが、ずっと穴が続くばかり。
爆発でできた穴ではなく、どこかのトンネルに落ちたのかもしれない。
三人はそう思い始めていた。
「……げっ」
先頭を歩いていたエボルビーストが妙な声をあげて立ち止まった。
行き止まりだ。
「ここまで来て行き止まり!? もう、どうすんのよ~」
「ん……? おい、あれ見てみろ」
シャークニンジャの示す先、そこには穴があった。
完全に行き止まりというわけではなかったのだ。
「行き止まりではなかったけど……ちょっと小さいね。微妙に高い位置にあるし」
「おいビースト、変身解除しろ。チビのお前なら入れるだろ」
「ぐぬぬ……殴ってやりたいけど、後にしておいてあげるわ」
人間体へと移行し、エボルビーストは再び少女のような姿へと変わる。
そのままでは届かないので、シャークニンジャとデストロイドが踏み台となって彼女を持ち上げた。
「ぐっ、重てえな。早く入れよ」
「ぎゃあ! 上見るなスケベ!」
「ふたりとも……真面目にやろうよ」
悪の組織が真面目にやろうというのは滑稽だったが、なんとかエボルビーストを穴に押し込むことに成功した。
穴の中を這うようにして進んでいく。
その穴は上に向かう坂になっているようだった。
すると突然視界が明るくなり、誰かの呼びかける声が聞こえた。
「誰かいるのか! 大丈夫か!?」
「え、あ、はい!」
トンネル探索で疲れていたエボルビーストはその声に反応し、つい無警戒に答えてしまった。
そのとたん、鋼のような腕が穴の中に突っ込まれ、彼女を掴むと力いっぱい外へ引きずり出した。
「ケガはないか?」
「だ、大丈夫です」
エボルビーストにはこの人物に見覚えがあった。
目の前にいる人物こそMODに仇なすヒーローの一人、ソードヒーロー〈ブレイドカイザー〉だったのだ。
(げっ、こいつはブレイドカイザー! かつてスカルデイモス様に手傷を負わせたっていうあの……!?)
その強さは組織内でも有名だった。
幸いな事に、こちらの事は知られていない。
というかどう見てもただの女子中学生にしか見えなかった。
「突然爆発事故が起きるなんて災難だったね。知っているかもしれないけど、私はブレイドカイザー。君はこの近くの子? 名前は?」
「えっと、ル……、ルビ、です」
「そう、無事で良かったよルビちゃん」
とっさに名乗った安直な偽名ではあったが、そもそも別に疑われているわけでもないので何の問題もなかった。
そんな事より、エボルビーストは頭の中で今の状況を思案していた。
(奴は今完全に油断している。他に誰も見当たらない、殺るなら今か……?)
暗殺するにはもってこいの状況。
しかし半端に情報があるだけになかなか実行へと移せない。
(でもめっちゃ強いらしいしなあ……。それに変身するまでに気付かれたら元も子もないし)
ためらっている間にブレイドカイザーが振り返り、彼女の前へと歩いてくる。
不意打ちは完全に失敗だ。
「どうやら他に要救助者はいないみたいだね。状況も落ち着いたようだし、送って行こうか?」
「え? いや、その」
「……? ひょっとしてマスクが怖い? 大丈夫、たいしたものじゃないから」
驚くべきことに、中学生が自分の姿を怖がっていると勘違いしたブレイドカイザーはマスクを外し変身を解除した。
それだけでも驚きだが、エボルビーストはそのマスクの下の姿を見てさらに驚愕する。
「え!? お、女の人!?」
「ん、そうだよ」
なんと、あの強敵ブレイドカイザーの正体は女性だった。
年の頃は20代前半といったところで、どこか落ち着いた雰囲気を感じさせた。
「驚いた? 別に隠してるわけじゃないんだけどね。私の家は代々特別な剣と鎧を伝える一家なんだ。お父さんが病気で死んじゃったから、今は私の番ってわけ」
そう言うと変身を解いたブレイドカイザーはポケットから何かを取り出す。
それはタバコだった。
箱から出した一本を咥え火をつけるブレイドカイザーを、エボルビーストはただ見つめるのみ。
「タバコ、吸うんだ」
「え? はは、そりゃ吸うよ、もう22だもの。ルビちゃんはダメだよ」
実を言うとエボルビーストは4つ上の26歳だったが、そんな事を今言えるわけがない。
「いや、ヒーローってそういうの無いのかと思ってたから……」
この発言も本心ではなく、ただ通りすがりの中学生を演じただけのセリフだった。
「夢が壊れちゃった? ごめんね。でも……、これを吸うと本当の自分に戻れたような気がするんだ」
通りすがりの中学生を演じただけ。
だが、ヒーローの意外な答えにエボルビーストは静かに耳を傾け続ける。
「ついでに言っちゃうけど、本当は好きでヒーローをやってるわけじゃないんだ。でも、世の中には好き嫌いに関わらずやらなきゃいけない事があって、私はたまたまそれがヒーローだったんだね」
いつしか二人は道の端に座り、友人のように話をしていた。
「もちろん悪い奴は許せないし、人助けをするのは好きだよ。でも、それをやっているのはブレイドカイザーであって私じゃない。だからこうやって、元の私に戻るためのものが必要なんだ。……って、こんな話退屈だったね」
「い、いえ、そんな事ないです! あの、お姉さんの名前は?」
悪の幹部ならばヒーローの素性を調べるのは当然の事。
しかし、この時のセリフは決して演技ではなく純粋な気持ちだった。
中学生のような振る舞いは演技だけど。
「私の名前は当世 具子よ。ナイショにしておいてね、イロイロと」
「そ、そうですね。悪いやつらに知られたら大変ですもんね!」
その悪い奴らは自分たちの事であったが、これも当然言えない。
「悪い奴ら……か。さっき、ヒーローを好き嫌いに関わらずやらなきゃいけない事って言ったけど、時々思っちゃうんだ……。もしかして悪の組織の奴らもそうなのかなって」
エボルビーストは耳を疑った。
まさかヒーローがそんな事を思っていたなんて。
「そんな事ありません! どう思っていようと悪い事は悪い事ですよ!」
自身が悪の組織に属していながら、どうしてこんなにも否定してしまうのか。
それは彼女自身にもわからなかった。
「そうだね……悪い事は悪い事、だよね」
返事をするブレイドカイザーの表情はどこか寂し気だ。
「あ、あの。私もう帰ります、ありがとうございました!」
「あっ、ねえ君……!」
気付けばエボルビーストはその場から走り出していた。
これ以上ヒーローと一緒にいたくなかったのか、はたまた自身の心に迷いが生じたのか。
さっきからわからない事だらけでつい逃げ出してしまった、というのが本当のところかもしれない。
「追ってくる気配はないわね……。まったく調子狂うなあ」
その時、彼女は何か忘れている事に気が付いた。
そもそも自分は何をしているところだったのか思い出そうとした瞬間。
「おい」
「ひゃっ!」
突然声をかけられたものだから驚きで変な声を出してしまった。
慌てて振り返るエボルビースト、その前に立つのはシャークニンジャとデストロイドだった。
「ひどいですよビーストさん、僕たちの事忘れてたでしょ」
「あれ……? おかしいな、あはは。でもどうやって出てきたの?」
「お前があまりにも遅いから周りを調べてたんだよ。そしたら水の漏れてるパイプがあったから、俺がニンジャの力を使って脱出したのさ」
シャークニンジャは水中ならばもちろんのこと、陸上でも水の補給さえあればその力は凄まじいものがあった。
彼のサメ忍法をもってすれば、僅かな穴から人ひとり連れて脱出することなど朝飯前だ。
「警察とヒーローが出動してますね。事故っぽいですけど……でもアレ、日本の警察ですよ。僕たちさっきまで南米の地下要塞にいたはずでは……」
「マジだな……地球貫通したわけでもないだろうに、どうなってんだ」
「と、とにかくここはいろいろと問題だから、さっさと支部に行きましょ!」
「おい、押すなよ」
何故かやたらと急かすエボルビースト。
MODは世界征服を狙っているだけあって、世界各地に極秘の支部を設置している。
こうして三人はとりあえず最寄りの支部へと歩き出した。
***
どこにでもあるファストフードショップ。
しかし、このありふれた店の地下にMODの支部があろうとは誰も思わないだろう。
「ったく、まだ情報は来ないのかよ」
「仕方ないですよ。僕たちも何故か日本まで飛ばされるほどの事故だったんですから」
現在、彼らは支部にて待機中。
本部からの情報を待っている状態であった。
そんな中、先ほどから何やら考え込んでいたエボルビーストが口を開く。
「ねえ……あんたたち、怪人になる前の名前って憶えてる?」
意外な質問に、男二人は顔を見合わせた。
「そりゃ覚えてるさ、長年付き合った名前だからな」
「でも、怪人になる時に捨てましたよね? もう後戻りする気は無いからって」
「そう……よね」
机にアゴをつけ、咥えたストローを弄ぶエボルビースト。
しばらく間が空いたのち、彼女は勢いよく立ち上がった。
「ねえ、やっぱり私たちも人間体の時の名前、使おうよ」
「え? どういう事?」
またしても意外な提案に、男二人は再び顔を見合わせ混乱している。
「もちろんMODの怪人である事には変わりないわ。でも今日ちょっとした事があってね、やっぱり普通の名前もあったほうが便利だと思ったのよ」
彼らは幹部であるため、人間の姿で諜報を行ったりすることはまずない。
今までも人間としての名を必要としたことは無かった。
「……ま、そうかもな。俺はジョウ・シーガーだ。なんだか懐かしいぜ」
「僕は式重 連です。なんだか初めて会った時の自己紹介を思い出しますね」
彼らには人間としての名前など必要ないのかもしれない。
だがその時は、何故だかエボルビーストの提案に乗ってみたくなった。
きっとそんな気分だったのだろう。
「私は……そう、ルビ! この姿の時はルビって呼んでね」
そう言うとルビはストローを咥えぷうっと息を吐いた。
その表情はどこか満足げだ。
「何だそりゃ、ついに身も心もガキになったのか?」
「うるさい、このサメ男!」
三人がいつものペースに戻り、ドタバタと騒いでいると電子音が鳴り響いた。
これはMOD本部からの通信の合図。
騒いでいた三人もとっさに姿勢を正す。
「本部からの情報だね。えっと……、南米の地下要塞で爆発事故、一部が崩壊し幹部のスカルデイモスが行方不明……!?」
「何だと!?」
「そんな! スカルデイモス様が……!?」
衝撃的な内容に皆思わず立ち上がる。
三人の間に緊張が走っていた。
「原因は試作型のディメンション・グレネードと推測される……か。僕たちが日本にいるのもそれに巻き込まれたからかもしれないね」
「て事は、スカルのおっさんもどこかに飛ばされたわけか。まあ、あのおっさんクソ強いからな、異世界にでも行ってなきゃすぐ戻ってくるだろうよ」
「それでも心配だわ……。といってもどこを探せばいいかわからないし……」
ジョウとルビが首をかしげていると、モニターを確認していた連が新たな情報を受け取った。
「あれ、まだ続きがあるよ。えっと、南米要塞の一部倒壊に伴い、一時的に拠点を日本に移しての日本侵攻作戦を発令する。ついては作戦実行まで各自日本にて待機すべし。だって」
「次の作戦はここかよ。まあ移動の手間が無くていいけどな」
たまたま日本に飛ばされて来ていた三人。
移動の手間こそ省けたが、そのぶん暇な時間が有り余ってしまった。
「はあ……。私、上の店からバーガー取ってくる」
とりあえずのつもりで駆け込んだアジトのバーガー屋。
三人ともまさか当分ここにいる事になるとは思ってもみなかった。
組織の経営なので幹部特典としてメニュー全品食べ放題なのはいいとして。
ルビは気を紛らわせる意味も込め、バーガーのおかわりを取りに店部分へと上がった。
「あれ、ルビちゃんじゃない。偶然ね」
ふと、店部分に入った途端に声をかけられる。
その聞き覚えのある声にルビは驚きを隠せない。
「ブ……、いや、具子、さん!? なんでここに!?」
「ウチはおじいちゃんが道場やってるんだけどね、門下生も全然いなくて大変なのよ。だから私も合間を縫ってここでアルバイトしてるの。ルビちゃんはよく来るの?」
言われて見れば、ブレイドカイザーこと具子はスタッフのエプロンを着けている。
(店長~! バイトの身元くらいしっかり洗っとけ~!)
「おいルビ、俺たちも追加するわ」
「僕はドリンクだけでいいや、何にしようかな」
具子への返事に困っていた所に、さらにタイミング悪くジョウと連も上がってきた。
止めようとしても時すでに遅く、二人は具子と鉢合わせ。
「あれ、ルビちゃんのお友達? 私は当世 具子よ、こんにちは」
「へえ、ルビの知り合いか。俺はジョウだ」
「僕は式重 連です。よろしく」
しばらく二人の事をまじまじと見ていた具子だったが、今度はルビを真っすぐ見つめる。
「ルビちゃんさあ……」
「は、はひ……」
ルビの背筋に冷たいものが走った。
もしや正体がバレたのだろうか? 三人いれば勝てるだろうか? 待機命令のその日にアジトで戦闘か? などさまざまな思考が頭の中を駆け巡る。
「ルビちゃんて、もしかして高校生? 今まで中学生かと思ってたんだけど、お友達が高校生くらいに見えるからそうなのかなって」
「え……、そ、そう、そうです」
「やっぱり! ごめんね、見た目で判断しちゃって」
予想と全く異なる答えに全身の力が一気に抜ける。
タイムリーにも名前の事を決めておいて本当に良かった。
ルビはそのままフラフラと店の出入り口から出て行ってしまった。
「あれ、買わないのかな? また来てねー」
***
しばらくして、ルビは同様に追いかけてきたジョウと連と合流した。
「おい、どこ行くんだよ。それにしてもなかなか美人のダチがいるじゃねえか、黙っとくなんて人が悪いぜ」
「ルビさんて日本にも知り合いがいるなんて顔が広いんですね」
「ま、まあ最近知り合ったっていうか……」
悪の幹部でありながら、事もあろうにヒーローに女性としての憧れを持ってしまったルビ。
しかも年下。
彼女は具子に自分の事を言う訳にもいかず、また仲間にも具子の事を言えないでいた。
(うう、とりあえずスカルデイモス様が帰ってきたら相談してみよう……)
こんな事で日本侵攻作戦はどうなるのであろうか。
がんばれマインド・オブ・ダークネス!