エイム
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PART-3:補給
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(航路・スレイプニル)
アクラには、ムーンベイへの帰還が最大数ヶ月後になる可能性があると理解してもらっていた。
ジャンヌには色々と段取りの心づもりがあるようだが、エミリンは目前の作業をクリアしていくことで精一杯だ。
二人はムーンベイから直接ダーゥインシティに戻るのではなく、ジャンヌの意見でエリア5114からさらに少し先まで足を伸ばし、追加で三週間ほどかけてエリア5200付近までの地質調査を駆け足で行っていた。
幸い、完全な空振りというわけでもなく、申しわけ程度だが鉱物資源探査の成果もあった。
とりあえずムーンベイで過ごした一ヶ月少々をカバーする言いわけには十分だ。
エミリンは探査記録の改ざん、もとい、修正を丹念に行い、一ヶ月間の探査地域での二人の足取りを捏造、もとい、調整する作業に没頭していた。
本来なら美意識というか良心が咎めて、とてもそんなことはできないだろうが、いまはアクラの秘匿が優先されると割り切って取り組むことができた。
積極的に誰かに調べられるようなことではないが、万が一ということもあるし、そういうときにできるだけライブの嘘はつきたくない。
それは多分、心が折れてしまう気がする。
エリア5200からダーゥインシティまでは通常どおり沿岸に沿って走るのではなく、外洋を一直線に横切るコースで時間を稼いだ。
冬のこの時期は発達した低気圧によるハリケーンもないし、大洋の真っ只中に出ていても、まずい状況になる心配は少ない。
どうにかエミリンがでっち上げた、もとい、創造性を発揮した探査記録の整合性をジャンヌと一緒に確認し終わり、素知らぬ顔で探査レポートを提出できそうな状態になったときにはダーゥインシティまであとわずか三十時間、という距離だった。
久しぶりにほっと一息つけたエミリンは、前から気になっていたことをジャンヌに聞いてみた。
「ジャンヌ、そう言えば食料とかどうすればいいの?」
「え、なあに?」
「ほら、陸上探査が長引くと冷凍食品とか持ち歩けないでしょ。代わりになるものって、何かあるの?」
エミリンには切実な問題だ。
去年の航海では、たまにどこかのセルに寄港して、土地の新鮮なサラダを仕入れるのが何よりも楽しみだった。
「あら。そうね、エミリンは古い船に乗ったことがないから知らなかったわね。
以前は長い航海のときは缶詰やパウチに密閉した食品が主流だったのよ。
いまはそういうのって添え物やソースなんかが多いけど、一昔前は、主菜もほとんど缶詰やパウチで持ち歩いたそうよ。サラダも加熱済み野菜のパック詰」
「えーっ、それサラダって言うの....でもやっぱりそういう系統なんだ」
「エテルナ級なんて、人数が乗っている割には冷凍庫なんて小さなものよ。そもそもスレイプニルに二人しか乗っていない私たちが贅沢すぎるとも言えるから...」
さらにその上、ジャンヌの料理の腕前が抜群なので、他の人よりも物凄く恵まれていると思う。
冷静に考えてみると、ヘレナ達がエテルナ級の船の中で毎週パンを焼く姿なんて、とても想像できない。
本当を言うと自分がジャンヌの補佐官なんだから、料理ぐらい担当できていないとダメな気もするが、気がつくといつでもジャンヌが作ってくれるようになってしまっていた。
ジャンヌの面倒見がいいことも確かだが、考えようによっては『お茶を入れるぐらいしかやらせえてもらえない』と、捉えることもできる。
お茶のポットには目盛りとタイマーが付いているのだ。どうやって失敗すればいいのだろう?
エミリンは現実から目を背けて、話題を変えた。
「ただ、パウチならいいけど缶詰はゴミがかさばって面倒よね...MAVじゃ高原地帯に行けないし、エイトレッグにパウチとパック山積みにして運ぶのかぁ...なんか、ちっちゃい頃に読んだ絵本にそういうのあった気がするなぁ。エイトレッグみたいな動物をたくさん引き連れてて、その背中に荷物を載せて荒地を旅行してた人の話」
「知ってるわよ。古歴史時代の物語でしょ? そういう時はドライフーズを使ってたのよ」
「ドライフーズ?」
「そう、文字通り乾燥させた食品よ。作る方法はいくつかあるんだけど、とにかく食べ物から水分を完全に抜いちゃうの。
乾燥しているから腐らないし、電力がなくても密閉さえしていれば長期保存できるから持ち歩くのには最適よ。水分を抜いてある分軽いしね。
昔は、長い航海で万が一のエネルギー不足や冷凍庫の故障に備えて、ある程度の量のドライフーズを積んでいたものよ。
ヴァルハラ級の場合はそうね...救命ボートのサバイバルキットの中には入っているわ」
「へー、でもなんだか食べにくそう...サラダがお茶の葉っぱみたいになりそうな気がする」
「あはっ! 確かにお茶の葉もドライフーズの一種ではあるわね。食べるときは水を加えるのよ。大抵はお湯で戻す感じね」
「ああ、なるほど」
「だから食べるときに水は必要だけど、水単体なら腐らないし長期保存ができるから、やっぱり合理的よ。
ただ冷凍食品のように素材そのままってわけにはいかないし、調理済みのものでも、味はパウチや缶詰並みとはいかないから、そこはちょっと我慢ね」
ふとエミリンは、そういえばアクラには味覚はないのだろうかと、どうでもいいことを考えた。
もしもアクラが昔は人間だったとしたら、その頃は、美味しい料理やお茶を楽しんだりしていたのだろうか?
仮に本人がもう覚えていないとしても....
ジャンヌとそんなやりとりもしつつ、こまごまとした停泊前の準備をしていると、いつの間にか穏やかな海の向こうに、ダーゥインシティが近づいていた。
まもなく人類の世界へご帰還だ。
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(高原地帯・戦闘)
高原地帯の岩肌の影でアクラはじっと待っていた。
敵の数は二体。双方ともにエイムだ。
さて、どうしたものか?
以前にエイムとワンダラーがムーンベイの森で鉢合わせすることになった出来事は、結果としてエミリンとの邂逅という奇跡を生み出してくれたが、今回、偶然同じタイミングで左右から近づいてくるエイムは、そういう出会いを招いてはくれなさそうだ。
いや、それは贅沢というものだろう。今回はアクラのほうからわざわざエイムの姿を求めて高原地帯までやってきたのだから。
もちろん、急に狩りの本能や破壊の欲求が生まれたわけではなく、理由があってのことだ。
メイルのCOREとエイムのCORE代替品をジャンヌと一緒に分析して以来、アクラの思考には、『自分は本当に単なる異形のメイルなのか?』という疑問が生じていた。
もし、自分にすら知覚できない方法で、自分の中に『攻撃中枢』が埋め込まれていたとしたら、ある日、それが牙をむいてエミリンやジャンヌを傷つける可能性を否定できない。
なんとしても二人を危険に巻き込みたくない、そして、できれば二人のそばを離れたくないアクラには、どうしても試してみたいことがあった。
それは『エイムの闘争心を生み出しているのがCORE代替品にあたる攻撃中枢だとすれば、エイムから攻撃中枢を取り除いたらどうなるのか?』ということだ。
当初はメイル同士の対話を阻害しているものが『武装の強力さ』だと思っていたのだが、それ以前の問題として、『闘争心の激しさ』が対話を阻害していることをエミリンから指摘された。
だとすれば、武装はそのままでも闘争心さえなくせば、十分に対話が行える存在に変化する可能性はあると考えられる。
攻撃中枢をもつエイムからそれを取り除くことで闘争心を弱めるか、あるいは排除できれば、これまでに一度も対話できていないエイムとも対話ができるようになるかもしれないし...さらに重要なことは...もしも自分自身に『不測の事態』が起こっても、エミリン達が対処する手段が見いだせるかもしれないということだ。
それが、どうしても確認してみたい疑問だった。
そこで、エイムを物理的に撃破するのではなく、以前に電子戦でワンダラーを倒したように、集中した電磁波のビームを浴びせることで攻撃中枢だけを破壊できないかと考えてみたわけだ。
エイムの残骸で攻撃中枢の位置は正確に確認していたから、その場所だけをピンポイントに撃ち抜ける自信はある。
そこでずっとエイムの居場所を探し続けたのだったが...二体が一度にというのは計算外だった。
ジャンヌの言う通り『戦闘に絶対はない』ということか...肝に銘じておこう。
もしもメイルやエイムには必ず勝てるという慢心が自分に生まれていたとしたら、それは先々エミリンの危険を招くことにもなりかねない。
このまま自分だけはステルス装甲に身を潜め続けてやり過ごすという手もあるが、そうするとこの二体はどこかで衝突して破壊し合うだろう。
それで同士討ちになったりしたら_しかもエイム同士の場合は、いかにもありそうなことだ_せっかくの実験のチャンスはまたしばらくなくなってしまう。
できれば不慮の危険防止のためにも、エミリンたちが戻ってくる前にこの実験を済ませておきたいところだった。
相互の位置関係と進行方向および速度からすると、アクラから見て右側から来ているエイムと自分が先に出会う。
左からきているエイムは、その数分後にこの場所を通ることになるだろう。
自分の探知能力自体は他のメイルよりも優れているようだったし、空間的に双方の真ん中あたりに位置しているから、すでに二体の動向を掴んでいる。
だが、それぞれのエイム自身はまだ相手のことを掴んでいない。
もし、どちらかが相手の存在を探知したら、即座に進行方向を変えて相手に向かうだろうからすぐにわかる。
そこでアクラは、ステルス装甲を作動させたまま、静かに移動を開始した。
高原地帯は遠目に見ると赤茶けた平らな平原のように見えるが、実際は長年の風雨に刻み込まれた深い溝や、柔らかな地面から露出した巨岩がそこかしこにあり、天然の遮蔽物が多い土地だ。
そうした溝のうちでも、幅と深さが十分にあり、自分の大きなボディで姿を隠せそうなものを探すと、お互いに近づきつつあるエイムの中心地点から、少し右手にずれた場所にちょうどいい溝が見つかった。
右手から近づいてくるエイムがこの溝まで到達する前に、二機はお互いの存在に気がつくだろう。そうすれば、相手を撃破しようと互いに進路を修正して、まっすぐ正面から向き合って歩み寄ることになる。つまり正面衝突コースだ。
普通ならそれで『運のいい方』か、なんらかの理由で『狙いが正確だった方』が勝つのだろうが、今回は射程距離に入るまでにこうした溝をいくつも乗り越えていかなければならない。
つまり、互いに相手の姿がセンサーから出たり消えたりを繰り返しながら近づいていくことになる。
どちらかがメイルなら、そうした溝を遮蔽物に使ったり、移動方向を複雑に変えて相手を欺くトリックを試みたりということも考えられたが、今回は両方ともエイムであり、そうした高度な戦術をとる可能性は少ない。
互いに推定最短距離で近づいていくだろう。
そこでアクラはシンプルな作戦を立てた。
自分はこの溝に隠れたまま、一方のエイムが溝の中に降りてきた時点で、真横から正確にビームを当てて電子的に撃破する。
もし失敗すれば、身の安全を図るために物理的に撃破するが、成功すれば、そのままもう一体が近づいてくるのを待ち、やはり溝の中に降りてきた時点で電子的に撃破する。
二体目からしてみれば相手の姿はずっと消えたり現れたりを繰り返しながら接近してきているので、急に消えたとしてもそのパターンの繰り返しだと判断し、索敵モードに変えたりせずに、そのまままっすぐ近づいてくるだろうと期待できた。
これなら、二体を同時に相手にせずに一体ずつの電子戦に持ち込めるし、一体目を攻撃するときに二体目に自分の存在を晒して警戒させる心配もないという狙いだ。
アクラがステルス装甲を作動させたままじっと待っていると、あるタイミングで二体はほぼ同時に相手の存在に気が付いたようだった。
それほど時間差をおかずに、双方ともに進行方向を変えて衝突コースをとっている。
エイム同士が相手に気がつくタイミングも衝突コースの取り方も、ほぼ推定の通りだった。
やがて、アクラの待ち構えている中で、右手から進行してきたエイムが溝の縁に姿を現した。
すでに攻撃する気満々で破砕弾の発射ハッチを開けているが、アクラの存在には気がついていない。
そのままエイムが斜面を降りて、いうなれば『川底』に降りてきたタイミングを狙い、正確に絞った電子ビームを攻撃中枢シリンダーの位置に照射した。
電子ビームには二段階の広がりを持たせて、中央部の細く絞ったビームはナノストラクチャーの回路を破壊できるほど強くすると同時に、その周辺には『かなり強烈なジャミング』というレベルのビームをエイムの頭部全体を覆う程度の広がりで照射した。
比喩的に言えば、急所に針を刺されると同時に頭を殴られて一瞬、視聴覚の感覚を失うような感じだろうか。
ビームの照射を受けたエイムの足元がぐらりと揺らぎ、次の瞬間、ボディを川底につんのめらせていた。
エイムのボディから戻って来る電磁ノイズの揺らぎは、少々の混乱があるものの概ね正常だ。少なくとも死んではいない。
そのエイムは川底に倒れるというよりも座り込んだような状態のまま動かなかった。
まもなく、二体目のエイムが近寄ってきた。
最初の衝突予定位置よりはだいぶ相手側に進行しているはずだから、少しは警戒している可能性もある。こちらは川底にいるエイムを発見し次第、岸の上から撃ちこんでくるだろう。
倒れこんでいる一体目は、まだそのまま動かない。
ここはステルス装甲の効果に期待し、頭をもたげて二体目の登場を待った。
やがて、二体目が岸の縁に姿を現した。一体目を視認する間を与えず、即座に電子ビームを撃ち込む。
二体目の反応も同じで、ぐらりと体勢を崩し、そのままダイナミックに斜面を滑って川底に倒れこんできた。乾いた赤土が舞い上がり、濛々たる土煙に周囲が包まれる。
アクラはしばらくはステルス装甲を解かずに、そのまま状況の変化を待ち続けた。
やがて一体目が動き始め、ゆっくり川底から立ち上がる。
すぐに二体目の存在に気がついて近寄っていくが、攻撃せずに手前で立ち止まって、ただ見下ろしているだけだ。
そうしているうちに二体目の機能も復帰した。
横倒しになっていたボディをゆすり、足を広げて体勢を立て直す。近くにいる一体目は、何もせずにただそれをじっと見ている。
二体目が無事に立ち上がり、一体目と向き合ったが、やはり攻撃的な行動は起こさない。むしろ、どうしていいかわからずに、ただ相手を見ながら立っているだけのように思えた。
いまのところ、読みは当たっていたように思える。
実験は成功かもしれない。
ステルス装甲を解いて、二体に近づいていった。
突然姿を現した巨大なアクラに向かって二体は攻撃準備に移るでもなく、あえていうなら『きょとん』とした佇まいで向き合った。どうしていいかわからないのだろう。
「対話をしよう」 と二体にゆっくり話しかけてみる。
だが二体からの返事はない。
これまでの経験から、メイルが真っ当な会話能力を取り戻すには相当な時間とやりとりが必要なことはわかっている。
それも峡谷のメイルのようにいまでは際立って知的だと思えるメイル相手でさえだ。
ましてやそれ以前のメイルとの対話は、どちらかというと会話というよりは捨て台詞を投げかけられるようなものに近かったし、それすらエイム相手では一度たりとも成功していないのだ。
諦めずにゆっくりと時間をかける覚悟ではいた。
「私と対話をしよう。私の言葉がわかるか?」
落ち着いてなん度もなん度も繰り返すが、どれだけ待っても二体からの返事はない。
だが二体は、少しづつ動きを取り戻し始めていた。
どちらも破砕弾発射装置のハッチはいつのまにか閉じているが、レーザーポートは健在だ。
自分の装甲板ならばその出力に耐えられることは、いまでは十分にわかっているが、それでも万が一のことを考えると気持ちよくはない。ましてやこの至近距離だ。
アクラは迷った。
これまでのところ、どれほど呼びかけを繰り返しても返事はない。
対話をする気がないのか?
それとも対話をする能力がないのか?
やはり私に反撃をするチャンスを窺っているのか? だとすれば....
そう考えたときに、自分がエミリンに話したことを思い出した。
ー 『じゃあ、なぜ先に攻撃してしまわないの? だって、メイル同士が出会えば必ず戦闘になるんでしょう?』 ー
ー 『なぜと聞かれても困るけれど、できるだけそんなことはしたくない。それはチャンスを失ってしまう』 ー
ー 『なんのチャンス?』 ー
ー 『対話のチャンス。理解し合うことのチャンス。先制攻撃は、対話のチャンスを消失させることだと思う』 ー
アクラは、二体の次の行動を待つことにした。
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(高原地帯・エイム)
アクラはじっと堪えている。
二体のエイムは、アクラの周りをそわそわと動き回っている。
一向に攻撃してくる気配もないが、かといって言葉もまったく返してこない。
アクラは、ひょっとして自分の電子攻撃が強力すぎて、この二体の論理回路を必要以上に破壊してしまったのではないかと心配になったが、二体から計測できる電磁ノイズも正常だし、アクティブスキャンの結果でも重要な回路が壊れている様子はまったく感じ取れなかった。
なのに、この二体はアクラからアクティブスキャンを受けても特に拒否反応を示さず、かといって、どこかへ行ってしまおうとするでもなく、アクラの周囲をウロウロしている。
二体の行動がほぼ同じという点も、アクラがうっかり必要以上に破壊してしまった可能性はまずないということを示していた。
どうすれば良いのだろう?
自分が引き起こした出来事ながら、アクラはどうにも困ってしまった。
しかも改めて良く考えてみると、攻撃中枢が破壊されているということは、この二体がそう長く生きられないということに繋がるかもしれなかった。
あっという間に他のメイルやエイムの餌食になる可能性もある。
これまでなら、そんなことは気にも留めなかったし、正直なところ、実験を始めるまでは考えてもいなかったのだが、アクラはいまになって急に後悔の念というか、自分の行為がもたらした結果への心理的負担を感じ始めていた。
ついさっきまで自分はエイムを『彼』ではなく『それ』と呼んでいたはずなのに...そもそも、こんな実験を試みたのは大きな間違いだったのかもしれない。
エミリンが『自分がメイルの破壊を通じて人間を殺してしまったのではないか?』と不安になった気持ちの片鱗が、少しだけわかるような気もした。
あのときに自分は『メイルはそういう葛藤を持たない』と断言したはずなのだが、かと言って、どうすることもできない。
いまさら壊してしまった攻撃中枢を修復することは不可能だし、仮に修復できたら、この二体は即座にアクラを攻撃してくるだけだろう。
一向に返事をしてこない二体に対して、アクラは諦めて最後の言葉をかけた。
「君たちにこんなことをして済まなかった。悪かったと思う。君たちが、少しでも長く生き延びられるように願っている」
二体はアクラの方に頭を向けたままだ。
だがいつのまにかアクラは、そこに存在しているレーザーポートを気にすることもなくなっていた。
「僕はここを去る。君たちが長く元気でいてくれたら嬉しい」
そう言って二体に背を向け、ムーンベイへと下る長い道をゆっくりと戻り始める。
二体は、ほんの少しそれを見送った後....慌ててアクラの後ろについて歩き始めた。まるで二頭の子犬のように。
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もちろんアクラの視界は三百六十度だ。
だから、二体のエイムが自分の後ろについて来始めたときにはすぐにわかった。
わからないのはその理由だ。
アクラはどうすべきかを決めかねて、そのまま歩き続けたが、二体もそのままついてくる。この様子だと、最終的にムーンベイまでついてきてしまってもおかしくはなかった。
その気になれば、足の構造から『ギャロップ』で走れるアクラは、昆虫的な関節を持つ普通のメイルやエイムなどとは比べ物にならない速度を出して、この二体を引き離すこともできるが、幸い、いまはエミリンもジャンヌもダーゥインシティに里帰り中でいないから、すぐにこの二体に脅威を感じる必要はない。
アクラはそう判断してこのままゆっくりと進み、二体をついて来させることにした。
最初は、ついて来させてどうするというプランがあったわけではないが、帰りの道すがらに色々と考えているうちに、ある一つの解釈が浮かんだ。
あの高原で観察していた範囲では、やはりこの二体が攻撃中枢以外の箇所に破損を生じている可能性は低い。
だとするならば、この二体の挙動や、言葉_メイル語_が通じないという事実は、エイムの機能のポテンシャルを語っているように思われる。
以前に、峡谷のメイルに会った帰り道のエミリンとの会話の中で、自分が無意識にエイムを『物体』として呼んでいることに気がついたが、その理由は、エイムの特性にあるのかもしれなかった。
つまり、エイムはもともとメイルと比べると知的活動力が低く、なんらかの手段でそれを把握していたメイルたちはエイムを自分たちのように『彼』という名称で自意識を持った存在として扱わずに、『それ・あれ』と物体のように呼び習わしていたのではないか?ということだ。
それが道徳的にどうかということは置いておいて、そもそも言語を操れるほどの知力がない、という仮定は、先ほどまでの二体の行動について、実に明快に説明してくれるものだった。
加えて、そこに攻撃中枢が加わったときの、往々にして自分の生存よりも相手への打撃を優先してしまうような、無謀とも思える攻撃性についても、納得のいく説明になる。
『高い攻撃性+低い知力』、そう考えると、通常時のエイムの行動も、いまのこの二体の行動も、矛盾なくスッキリと説明できた。
そうすると、いま、この二体が自分について来ているのは、行動基準を持てなくなっているからかもしれない。
これまでは『攻撃』以外に明確な行動基準がなかったのに、それがすっぽりと消えてしまったのだから、何もできなくなってしまっている。
それが、いまのこの二体にとっては、自分より大きい存在についていく、という非常に動物的な行動をとっている理由にはならないだろうか?
まだ環境に対する判断基準を持たない鳥や動物の赤ん坊が、親というか、ひたすら大きなものの後をついていくような....そうだとすると、この二体がアクラを親とは言わないものの、なにか行動基準を得るための存在として認識している可能性は高い。
二体が攻撃中枢を失って、いったん思考をリセットされた後に、最初に会った自分より大きいもの、あるいは自分の兄弟以外のものは、その場にアクラしかいなかったのだから。
二体はアクラのすぐ後ろを横に並んで歩いている。
こういう場合の距離の取り方が二体とも同じパラメータなので、自然にそうなるのだろう。
やがて高原地帯を抜けて森林へとつながる急斜面に差し掛かったが、二体は一時も止まったり躊躇したりする様子を見せないことから、完全に『縄張り』に対する執着も失っていると考えられた。
間違いなく、このまま浜辺まで連れて行くことになるだろう。
さて、どうしたものか...
そう考えながら森林の入り口につながる岩場を斜めに横断していたときに、突然、横に並んで歩いていたエイムの、上側にいる方が足を滑らせた。
非常に柔らかくて滑りやすい地盤なので無理もない。急斜面を斜めに渡っていく動作には注意深さが必要だ。
足を滑らせたエイムはそのまま下側のエイムにぶつかり、そちらもあおりを食らって一緒にバランスを崩してしまった。
間が悪く、ちょうど岩の塊を乗り越えようとした場面だったので、そこで足元を崩れさせてボディをぐらりと傾ける。
バランスを失った二体の足が絡み、そのまま地面に倒れこんだ。
斜面の角度が急なので、すぐに立ち上がることもできず、二体はもつれ合ったまま斜面の下の方へずるずると滑り落ちていった。
「まずい!」 アクラは慌てた。
この斜面の下には固定した破砕弾、つまり地雷が設置してある。
だから、わざわざ迂回するために足場の悪い斜面を斜めに横断していたのだ。
この場所は、重力に逆らわずに自然に森へ向かって進んでいけば、必ず通るルートだと推定して地雷を設置したのだが、いま、二体は一塊になったまま、その急斜面を地雷に向けて滑り落ちていく。
仮に直前で止まったとしても、あの二体の思考力で地雷がなんであるかを見極めて、身を守る行動をとることはできないだろう。
アクラはとっさに身を翻して斜面を飛び降りる。
そのまま絡み合った二体が滑り落ちていく方向へと先回りして駆け下り、ようやく滑落が止まった二体が立ち上がろうともがき始めたところへ、横から飛びかかるように覆いかぶさった。
ほぼ同時に爆発音が響き、ボディの片側に強い衝撃を感じた。
そのまま動かず、即座に自己診断を行なう。
とりあえず機能異常はないようだ。
二体のエイムたちは状況がわからずアクラの下で固まっている。
念のために自己診断プロセスを反復させながら、ゆっくりと立ち上がってみた。
ボディの前後からスキャナーケーブルを繰り出して外側から損傷をチェックしてみると、背中のステルス装甲版に衝撃の痕がある。
破砕弾の弾頭から高速でばら撒かれた正八面体の小さな金属体が幾つもぶつかった痕だ。
そのあたりはナノストラクチャー構造がえぐり取られた筋が無数に走り、当然ながらその部分のステルス動作は途切れて、妙な色合いとグレーの筋が交じり合っていた。
だが、装甲板そのものへの大きな損傷はないようだ。
念のために装甲板自体を予備と交換してもいいが、恐らくはナノストラクチャー構造を再塗布するだけでも問題はなさそうに思えた。
なんにしろ、それは一度巣に戻って詳細にチェックすればいい。
エイムたちも立ち上がり、自分で自分のボディをスキャンしているアクラをじっと眺めていたが、アクラの真似なのか、二体ともアクラのボディ外板についた無数の傷をアクティブスキャンし始めた。
その傷を負わせた発射装置の余熱にも気がつき、そちらにもアクティブスキャンをかけて、まだ脅威があるかどうかを測っているようだ。
一歩間違えば大変なことになっていたはずの大失敗だったが、結果として深刻な損傷はなかったのが幸いだ。
自分の装甲板の強度を改めて確認できたことと、オリジナルアイデアの固定設置型破砕弾が機能するとわかったことで良しと考えるようにしよう。
それにしても...と、アクラは思う。
『僕はなぜこの二体を守った?』
アクラが再び歩き出すと、アクラのボディの傷と地雷の残骸をなん度も交互にスキャンしていた二体のエイムが、また歩調を揃えて歩き始めた。
だが様子がおかしい。
さっきまでのように二体がアクラの後ろに並列に並んでついてくるのではなく、真横からアクラを挟むように両側に分かれてついてくる。
真ん中にアクラ、両脇に少し遅れて二体のエイム。どういうことだろう?
森林の中は、そう広々とした空間ではない。
天を衝く巨木の間の隙間はアクラが動き回るには十分だが、三体が横並びで行進できるほど広くはない。自然と両脇の二体はアクラから一定の距離を保ちながら、右に左にと木々の間を縫って進むことになる。
自分の両脇を木々の陰に見え隠れしながら移動する二体のエイムを見ながら、思わず『これでは僕がボディーガードに守られているようだな』と可笑しく思った。
自分がエミリンのボディーガードを務めているのにはなんの疑問もないが、その自分が他の誰かに『守られる』というのは、ちょっとありえなさそうなことだ。
と、その時気がついた。
そうだ! ボディーガードだ。
この二体は、本当にアクラをガードしているつもりなのだ...。
具体的な証拠は何一つなかったが、アクラはなぜかその考え方が、この状況を説明するには一番フィットするように思えた。
もしかしたら、二体に対して自分がとった行動、それによって受けたボディの傷、作動した地雷の残骸、それらから推測して、この二体は地雷に破壊されそうになった自分たちをアクラが『守った』と理解してくれたのではないだろうか?
そして『守る』という新たな概念を得た彼らは、それを行動基準として自分たちなりにその概念に沿った行動を試み始めてみた...傷を負ったアクラのボディサイドを守るように。
仮にそうだとすると、やはりこの二体とはコミュニケーションできる可能性が有るかもしれない。
アクラに俄然、希望が湧いてきた。
ー 「対話を阻んでいるのは武装ではなくて、まず戦おうとする意思ではないかしら?」 ー
その通りだ、エミリンは正しい。
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(ムーンベイ・森林地帯)
浜辺に向かって歩きながらアクラは考えていた。
実験を後悔してあの高原を去ろうとした時、確かに、自分はこの二体に対して本当に『君たちが長く元気でいてくれたら嬉しい』という気持ちを抱いていた。
そのあと、彼らが自分のあとをついて歩きだしたときにも、なぜか振り切って置き去りにすることができなかった。
どうすればよいか明確なプランがなかったにもかかわらず、だ。
それに、もしも彼らをムーンベイまで連れてきた挙句に、エミリンやジャンヌにとって危険だと感じれば、自分の手で改めて彼らを破壊するしかないことはわかっていたはずなのに。
そして、あの地雷。
アクラは、あれはエミリンを助けた時とは違うと感じていた。
エミリンを助けた時は、あのエミリンの小さな小さな怯えた顔を見るまでは、良くも悪くもエミリンに対して何の『感情』も持っていなかった。
だが、この二体に対しては、実験を後悔し始めた時から、なにか、表現しづらい感覚が生まれていたことは確かだった。
エミリンに対して持っている感覚とはまったく違う。
だが、やはり自分はこの二体を『守ってあげたい』と思っているようだ。
自分の方が彼らよりもボディが大きく、パワーや武装に優れ、そして恐らくは知力にも勝っているからか?
つまり彼らは自分よりも弱いと認識しているからか?
いや、それではロジックが成立していない。
何の目的もなく、自分の方が強いから弱い方を守るというのは意味がわからない....。
アクラは、高原で実験の失敗を認識したときに心に浮かんだ感覚を、もう一度思い浮かべてみた。
失敗したという後悔のあとに...『責任』そういう概念があった。
そうだ。
彼らに対して、自分が単なる興味から今後の生存率に関する大きな影響を与えてしまったことを後悔し、それを行った対象である彼らに対して『今後の生存に関する責任』を感じていたのだ。
自分の手で長生きできなくしてしまった彼らを、代わりになんらかの手段で長生きさせる責任が、自分にあると感じていたのではないか?
その思いが、あの地雷による破壊を予感にしたときに、自分を行動に駆り立てたものだろう。
不思議なことだ。
あの場にアクラがいなかったか、あるいは二体同時に相手にすることを諦めて関与しなかったら、この二体は間違いなく戦闘に突入して、どちらかが、場合によっては両方が破壊されていたはずだ。
それなのに、その直前に介入した自分の行為で変わってしまった二体の未来に対し、『責任』を感じている。
アクラとの関わりが無かったら、少なくとも一体は破壊されていたはずだが、いまは二体とも生きている。
そしていまではアクラが関与し続けなければこの状態は維持できず、恐らくアクラが関与をやめたら、そう時を経ずして彼らは誰かに活動を停止させられる可能性が高い。
そしてアクラは、いつのまにか自分が、この二体のエイムのことを心の中で『彼ら』と呼ぶように変わっていたことに気がついた。
彼らはいま、まるで僕をガードするかのように両脇にピタリと付いてきている。
そうだ、心は変化するのだ。
経験とは、出会うことによってただ知識が増えていくだけではない。
その捉え方が変わり、ものの見方が変わる。
そして、自分自身の心の持ちよう自体が変わっていくのだ。
アクラはそのことに気がついた。
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