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マッチ売りの少女はマッチを売る

 目の前には、血を吐いて倒れる父親。


「はぁ、はぁ……か、勝った……!」


 父親に闘いを挑むこと数千回。

 ついにハジィはやりました。最強不敗「無形の狂拳」と呼ばれる父親を打ち負かしたのです。


 こみ上げる涙。思えば長い闘いでした。

 体感ではすでに何十年も時間が過ぎています。

 体は幼女。頭脳は筋肉。精神はあまり大人になってはいませんが、変なところが擦り切れて吹っ切れたような感じに成長していました。


 父親は這いつくばって彼女を見上げます。


「かはっ──まさかYJF(幼女フィールド)を展開しながら闘うとはな……ははは、あれはこの俺でも予想外だった」


 死に際の父親。

 彼は狂気から解放され、穏やかな顔をしていました。


「ハジィ……最後に言っておくことがある」

「……なんですか?」


 恨み闘い続けたとはいえ、唯一の肉親。

 その最期の言葉を聞き届ける程度には、彼女の情も残っていました。


「俺たち一族は、一生に何度か無限ループを経験する体質だ。この急激な戦闘力の上昇からして、おそらくお前も現在ループの中にいるんだろう」


 え、えぇぇ。

 彼女は父親の言葉に驚きました。

 聞けば、父親がこれほどまでに強くなったのも、無限ループを利用した鍛錬によるものなのだとか。なるほど、と彼女は納得しました。


「それで、残念なお知らせがある」

「……なんでしょうか」


 ハジィは嫌な予感がしました。


「別に俺を倒しても、ループは終わらないぞ」


 は?

 彼女は口を開けて固まりました。


「毎回条件は変わるが。今回は十中八九『マッチを完売すること』だろうな。相談には乗ってやるから、次のループが来たら俺に事情を打ち明けろ」


 え、ちょ、なに。

 あたしの今までの苦労は一体……。


 ドクン。

 彼女の心臓が止まり、意識が遠のきます。

 うそでしょぉぉぉぉぉぉ……と心の中で叫びながら、ハジィの意識は途切れました。





 気がつくと、ハジィは街に立っていました。


 今日は大晦日。

 彼女の手には大量のマッチ箱。

 早朝の街を、人々は手を擦りながら駆け抜けます。


 またもや時間を遡行し、この朝に戻ってきてしまったのでした。


「よし、父ちゃんと作戦を練ったとおり、やってみるか」


 ハジィは意気揚々と歩き出します。

 父親との会話を思い出しました。


『ハジィ、いいか。ようは付加価値だ。モノ自体にそこまで魅力がなくても、そこに目に見えない価値があれば人は購入する』

『本当ですか?』


 彼女は父親を訝しげに見ました。


『一つ例を教えてやろう。ある時、リンゴの収穫時期に大きな台風が本州を襲ったことがあってな。ブルーフォレスト地方のリンゴ農家があわや破産するかといった事態に陥ったんだ。たくさんのリンゴが地面に落ち、売り物にならなくなった……さて、彼らはどうしたと思う?』

『うーん……』


 ハジィは幼女ながらに悩みます。

 うーん、国に泣きついた? いや、国はこういうとき割とドライな反応をするから、あまりあてにできないだろうな。

 幼女らしい可愛い思考に、父親も苦笑いです。


『正解はこうだ。木に残ったリンゴを、“落ちないリンゴ”として受験生に高値で売りつけたのさ』

『なっ!?』

『もちろん、そんなの誰も信じちゃいない。だが、なんとなく“縁起がいい”だろ。結果、リンゴ農家は破綻せずにその年を乗り切った。いいか、これが付加価値というものだ』


 ハジィの背に衝撃が走りました。

 目に見えない価値を足すことで、普通のモノでも人々が買い求めるモノに変身する。もしかして、あの売れないマッチも。


 彼女は改めて父親と作戦を練りました。




 今、彼女は街を練り歩いています。


「王都でも大流行の『厄除けマッチ』はこちらでーす。今年いいことがなかった方は、紙にその出来事を書いてこのマッチで燃やしましょーう。大盛況、残りわずかでーす」


 丁寧に使い方を書いた用紙を添付し、筆ペンでマッチ箱に『厄除け』と書いたモノを売っていきます。

 奥さんが骨折した、子供が立て続けに病気になった、婆さんが亡くなった。今年様々な不幸に見舞われた方々が、こぞって彼女のマッチを買い求めました。


 さらに、彼女は別の商品も売り出します。


「こちら、恋を燃え上がらせるマッチでーす。これを使った結果、私の親友クラーラは無事にペータと結ばれましたよー。王都でも大人気のコレ、残りわずかでーす」


 幼馴染を容赦なく広告に使いました。

 その結果、街の女の子たちはこぞってマッチを買い求めました。クラーラとペータの爛れた生活を知っている者はなおさらです。効果があるかは分からない。でも、詐欺とも言えないグレーゾーン。そこがハジィの狙い目でした。



 残った数個のマッチ箱。

 彼女はそれをパンツにしまいます。


 やってきたのはマフィアの事務所。すでに父親と並ぶ戦闘力を身に着けた彼女に恐れはありません。親分と二人きりで交渉にあたります。


「ふぇぇぇぇ、パンツの中にマッチ箱を落としちゃったよぉぉぉ、これ全部買ってぇぇぇぇぇ」


 小太りの親分は首を縦に振ります。

 こうして、彼女はすべてのマッチを売ることに成功しました。




 彼女はたくさんのお金を握りしめ、自宅に帰りました。


 ガチャリ。玄関の扉を開きます。

 そこにはいつも通りの父親が待っています。


「早かったな。金は?」

「はいよ、父ちゃん。この通り」

「……いい面構えになったな」


 そう言うと、父親はニヤリと笑って背を向けます。ハジィからお金を受け取ることもしません。

 彼女は首を傾げて立ち尽くしました。


「ハジィ。その金はお前の旅費だ」

「旅費?」

「そうだ。これからお前は旅に出る必要がある」


 そう話す父親の背中は、なんだか少し小さく見えました。彼女は心配になり、父親に近づくとその肩を叩きます。


「よく聞けハジィ。俺はな……もう、ダメなんだ。おそらく今夜の満月を過ぎれば、理性が戻ることはなくなるだろう。そして暴れまわった挙句、体が悲鳴を上げて自滅する。何人もの狂拳使いが辿った末路だ」

「そんな……父ちゃん……」


 ハジィの心臓は締め付けられるように痛みました。

 そんな彼女の様子に、父親は微笑みを浮かべます。


「今日一日で、いろんなことを学んだだろう。闘い方、交渉の仕方、稼ぎ方……俺は学がないから、こんなことしかお前に残せない。だけど、これでお前は生きていける」

「……父ちゃん」

「胸を張って行け。お前は強い。その力で、多くの人を笑顔にしてやれ。あと……狂拳使いにはなるなよ」


 ハジィは涙を流して父親の背に抱きつきます。

 父親の手が彼女の頭を優しく撫でました。






 この国の歴史上、最強の人物は誰か。

 そんな話題になったとき、必ずあがる名前があります。


 マッチ売りの武神・ハジィ。


 彼女は各地を転々とし、様々なマッチを売り歩いて生計を立てながら、その類まれなる戦闘センスで多くの人を助けていったと伝えられています。


 死後しばらく、彼女は神として崇められることになりました。彼女の神殿では、今でも多くの参拝客が、様々なご利益のあるマッチを買い求めているといいます。


「死んでからもマッチを売ってるんだぜ」


 そんな言葉が、参拝客のあいだでのお決まりのジョークとなっていました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いやもうホントマフィアのとこのシーンでめっちゃ笑いましたw 終わり方も凄く良かったです! 父さん、最初はかなり悪役みたいだと思ってましたが、めっちゃ良い人でしたね笑。 素敵なお話でした!
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