マッチ売りの少女は最強に向けて踏み出す
何百回、何千回。
ハジィは死ぬたびに同じ朝に戻ります。
彼女の手には大量のマッチ箱。
早朝の街を、人々は手を擦りながら駆け抜けます。
「……少しわかってきたかも」
アルームじいさんの合気柔剛拳。
その技の本質は、相手の動きに逆らうのではなく、寄り添って利用するところにあります。自分の力は最低限でよいため、幼女であるハジィにはうってつけの戦闘方法です。
「相手の力を利用して投げる。倒れた相手には肘や膝でトドメを刺す。確かに、これなら力が無くても殺れるかも」
じいさんのもとへ、何度もしつこく通いました。
はじめの頃はまったく対応できなかった戦闘も、今では5分程度なら闘っていられるようになりました。それにつれて、アルームじいさんの無駄のない身体の動き、足運び、視線の置き方などがイメージできるようになってきました。
「そろそろ覚え込むフェーズね……」
ハジィはマッチを投げ捨てると、路地裏に向かいます。
そして、頭の中にあるアルームじいさんの動きを再現しながら、想像上の父親との仮想戦闘を始めました。
日が暮れるまで繰り返していると、当然彼女は凍死します。ですが、死に戻って朝になると体力は元通りになっています。彼女は再びマッチを投げ捨てると、路地裏で鍛錬をして凍死します。ただひたすらそれを繰り返しました。
ハジィ、7歳の冬。
永遠に終わらないループに悩みに悩み抜いた結果、彼女がたどり着いた結論。
それは、感謝でした。
ハジィを育ててくれた武術への限りなく大きな怨。それを自分なりに少しでも返そうと思い立ったのが──。
一日一万回。
感謝の仮想戦闘。
気を整え。恨み、睨み。想像して闘います。
何度も何度も殺しにかかってくる父親。ループ毎にいちゃいちゃしている幼馴染たち。不快な粘っこい視線で彼女を見るマフィアの親分。飄々としながらけっこうエグいアルームじいさん。
初日は一万回を迎える前に凍死しました。
闘い終われば凍死。
死に戻ってはまた闘うを繰り返す日々。
何千回か死に戻ると、ハジィは異変に気づきます。
「一日一万回闘っでも、日が暮れていない……!」
齢7歳にして完全に羽化する。
感謝の仮想戦闘一万回、一時間を切る。
代わりに、祈る時間が増えました。
「大丈夫よね。これは二次創作じゃなくてパロディとかパスティーシュの類いだから、作者のアカウントとか大丈夫よね。ほら、ガ○ダムとかジョ○ョのセリフをアクセントに引用してる人とかいるし──」
ハジィは運営に祈りました。
事前に問い合わせた際には「掲載されてないと判断できません」という回答だったので、どうにもこうにも判断できなかったのです。
マズかったら連絡もらえばすぐに消しますので、突然のアカウント削除だけはどうかご勘弁を。
割とドキドキしながら本気で祈りました。
彼女は久々にアルームじいさんの道場を訪れました。今の実力を確かめるためです。
「ふぇぇぇぇ、闘ってよぉぉぉぉ」
極幼女交渉術にも余念はありません。
「ほぅ……あの男のムスメというだけある。その歳でその戦闘力……どう手に入れた?」
以前は本気ではなかったのでしょう。
戦闘モードになったアルームじいさんは前回よりも巧みにハジィの隙をつき、肘や膝が容赦なく飛んできます。
しかし、ハジィも以前のままではありません。
意識を分散し全体を見る、観の目。陣取り合戦のようにじいさんの攻撃を弾き、重心の偏りを予測しては投げ技を仕掛けます。
「……達人級に届くか……!」
結局その日は殴り殺されてしまいましたが、ハジィは確かな手応えを感じました。
そして、それから毎日アルームじいさんのもとに通うようになりました。
通常、人は一度しか死ねません。どんなに心の底から悔いたとしても、一度失敗してしまえばそれまで。それが人生というものです。
しかし、彼女は何度でも死にます。
何百回、何千回。
そのたびに一歩一歩強くなります。
肉体を鍛えられない代わりに、負傷とも無縁でした。明日を迎えられない代わりに、今日が無限にありました。
「7歳の幼女に……負けたか……」
膝をつくアルームじいさん。
彼女は安定してアルームじいさんに勝てるようになると、その場を去りました。
「やってやるぜ、父ちゃん……!」
ハジィが足を向けるのは懐かしき自宅。
やる気まんまんに進みながら、彼女は道中で凍死したのでした。