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マッチ売りの少女は無限ループしている

 1年の終わり、大晦日。

 街を吹き抜ける風は、冬の女神の吐息のように全てを凍りつかせます。人々は外套をギュッと掴みながら足早に街を駆け抜け、道端に立っている少女には目もくれません。


「マッチを買ってくれませんか……」


 7歳ほどでしょうか。

 金髪の痩せた少女が、寒そうなみすぼらしい服を身にまとい、裸足でトボトボと街を歩いていきます。

 彼女の名はハジィといいました。


 日はだんだんと落ちてきて、人もまばらになってきました。身を切るような寒さです。でも、このまま銅貨1枚すら得られずに家に帰ることはできません。

 お父さんに殺されてしまうでしょうから。


 あたりが真っ暗になる頃。

 ハジィはある家の軒先を借りました。


 持っていたマッチを擦って暖を取ります。

 1本。2本。3本……。


 街を襲う、10年に一度の大寒波。

 彼女はそのまま亡くなってしまいました。




 気がつくと、ハジィは街に立っていました。


 今日は大晦日。

 彼女の手には大量のマッチ箱。

 早朝の街を、人々は手を擦りながら駆け抜けます。


 そうです。

 実は、彼女は死ぬたびに時間を遡行し、大晦日の一日を繰り返しているのです。


「これで10回目……」


 ハジィはマッチ箱を手に取ります。

 この10日間、一つだって売れないマッチ箱。彼女はそれをグシャリと握りしめると、地面に叩きつけてダンダンと踏み始めました。


「もういい。もうやだ。限界。死ね。死ね。死ね。父ちゃん死ね。売れるか、こんなもん。あたしは帰る。殺されたってマッチは売らん」


 彼女は切れました。

 ブチ切れました。


 ハジィは7歳にしては辛抱強い子ですが、それにしても限度というものがあります。マフィアの小太り親分からは「俺らの下で体売るってんならマッチを買ってやってもいいんだぜ、へへへ」などとも言われていますが、それこそ死んでも嫌です。


 彼女は家に帰ると、戸を叩きました。

 トントントン。ガチャリ。

 酒臭い父親が面倒臭そうに戸を開けます。


「早かったな。金は?」

「……そんなものはない!」

「ほぅ……」


 父親は目を細め、ハジィを睨みました。

 彼女と同じ金髪。だらしない無精髭。細身に見えて実は極限まで鍛え上げられている肉体。安服を着ていても隠しきれない戦闘力。


 彼女は手足の震えをかき消すかのように、拳を握って地面を踏み鳴らしました。


 右足を一歩引いた半身の構え。

 両手を顎の下あたりに置く、彼女の基本スタイルです。


「くはははは……勝てると思うのか、この俺に──」


 父親は酒瓶を置き、だらんと両手を下げます。

 一見すると隙だらけ。でも、その構えの恐ろしさを彼女はよく知っていました。何人もの武芸者が父親の前に倒れるのを、幼い頃からずっと見て育ってきたのです。


 父親と彼女の視線が交わります。

 刹那。


 真っ直ぐ飛び出した彼女。

 背を向ける父親。


 ハジィは危険を感じて一歩左へ。その側頭部に、父親の踵が吸い込まれていきます。


 回し蹴り。

 こんな大技を何気なく仕掛けてくるあたりから、彼女の父親が「無形の狂拳」と呼ばれる所以が見え隠れします。


 ギリギリのところで父親の足を弾き、彼女は2歩下がりました。


「ハッ、てめぇは俺には勝てねぇ」

「うるさい!」


 ハジィが再度構えた瞬間。

 父親の姿がブレました。そして、いつの間にか彼女の腹に拳が突き刺さっていました。


「──っかは」

「遅えんだよ」


 父親の全体重が乗っているかのようなその拳。

 読めない、見えない。父親の無慈悲な一撃は、彼女の背骨を粉砕していました。彼女は血を吐いて倒れると、土の味を噛み締めながら父親を見上げます。


「父ちゃん……殺す……」

「バカ野郎。俺はマッチを売れと言ったんだ」


 父親はハジィに近づくと、右足を振り上げました。


「父──」


 グシャリ。

 そんな音を聞きながら、彼女の視界は真っ暗になっていきました。




 気がつくと、ハジィは街に立っていました。


 今日は大晦日。

 彼女の手には大量のマッチ箱。

 早朝の街を、人々は手を擦りながら駆け抜けます。


 またもや時間を遡行し、この朝に戻ってきてしまったのです。


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