ワイナル帝国侵攻
中華人民共和国の外交部は2023年 12月4日付の世界新聞の東洋世界版と西洋世界版に一面丸々広告を打ち出したのだった。
【我が人民とその解放軍は核心的利益を守るために積極防衛に出る】
我が党の委員の平和的解決への呼びかけも虚しく。本日12月4日明朝、ワイナル帝国との間で結ばれた休戦条約が失効し再び戦闘が開始される。
この事態に対して首席は、「我々の領土領海、人民の生存権を脅かす者に対して積極的な防衛作戦を実行する」と表明した。
この文書の背景には三軍の写真と五星紅旗のイラストが用いられていた。
スターバーク市海岸には内陸への侵攻のための機甲部隊と直接中枢を叩くための東風-15短距離弾道ミサイルが90発、東風-16短距離弾道ミサイルが10発並べられている。
防空態勢に絶対の自信を持つ参謀部はあえて隠蔽せず、市民から見える位置に並べたのだ。
弾道ミサイルには全て通常弾頭は詰め込まれている。
これが着弾すると半径100mの建物が吹き飛ぶ。直撃すればどのような建物でも崩壊を免れることはできないのだ。
機甲部隊はZBZ-96B 96式戦車B型を持ち込み歩兵の運搬にはZBD-05 05式水陸両用車を用いる。
戦闘艦はワイナル帝国海軍の艦艇を駆逐するためスターバークを抜錨した。
既に戦艦を中心とした艦隊が3グループ出動していることを衛星から確認している。
休戦協定の失効は06:00である。
双方が非武装ラインの外で協定失効を待っている。
ワイナル帝国陸軍の歩兵装備はライフルのような射程が1000m程度ある武器と複数人で扱う同様の射程で連射することができる武器である。
彼らもこれらの武器を小銃と機関銃と呼んでいる。
この機関銃を演習で試験したところ、塹壕が有効であるという結論に至り、前線が確定した後は塹壕を掘り進め前進し、突撃によって塹壕を奪取または敵陣地を奪取するという戦法を採っている。
ワイナル帝国の作戦を立案するにあたって最も重視したのはどれだけ目標近くまで進出できるかである。
そこから先は塹壕戦である。
そのため、今回の陸戦の主力に選ばれたのはトラックに乗車し移動できる機械化歩兵師団3個師団であった。
これに砲兵部隊が一個連隊付随する。
前線が膠着すると鉄道か先遣の3個師団を輸送したトラックがピストンで逐次歩兵部隊を投入してゆく。
既に3個師団がトラックに乗車し、スターバークから50kmの非武装ラインのすぐ外で待機している。
航空隊もそれぞれの基地でいつでも発信できる体制を整えている。
双方が万全の体制を整えて構える中、その時となった。
2023年12月4日06:00 後に1週間戦争と呼ばれる戦争が開始される。
打ち上げられる東風ミサイルは遥か上空に存在する中華版GPSである北斗システムによって寸分のズレもない位置に誘導される。
北斗システムはGPSとは異なり、端末が衛星に対して信号を発信し、衛星数機が受信した時刻情報と衛星内の原子時計との差を地上局に送信し、地上局で座標の計算を行いそれを衛星を介して端末に返信するという仕組みを取っており、軍用回線ではテキストの送受信も可能となっている。
端末を完全に追跡できる仕組みになっているため、GPSではミサイルの密造を恐れて民間に公開されていない精度の信号を民間でも利用する事ができる。
水平線の向こうがうっすらと明るくなるなか、人民解放軍兵士達の腕時計のデジタル表示盤が06:00を示した。
最初の戦果は人民解放軍が掴んだ。
「射击!」
砲兵隊の隊長が叫んだ。
東風の射手たちは一斉にイグニッションキーをONに回し、計二発の東風16ミサイルが早朝の静けさをうち破り轟音をかき鳴らしながら空へと尋常ではない速度で昇って行った。
打ち上げられた東風16ミサイルは次々とブースターから分離し、身軽になり速度を上げていき大気圏を脱出していく。
既に周りは薄暗く、地球を完全な球として認識することができる高度まで到達した。
そこは宇宙である。
弾道軌道の頂点を超え、頭を再び地上の方向に向けた。
弾頭のRCSが軌道の最終調整を終えると。自身のブースターでライフル銃の弾丸の様な回転を与え 再び加速しマッハ10を超える速度で目標に向け突っ込んでゆく。
目標がアメリカや日本であれば既に探知されこの段階から何段もの迎撃システムで撃ち落とされるところであるが今このニ発の攻撃対象であるワイナル帝国はやっと空への手段を竜から飛行機へと転換したところである。
察知はおろか、宇宙から攻撃されるなど露程も想定していない。
加速した弾頭は先端の断熱圧縮で加熱され真っ赤に光を放ち薄暗い空に流れ星のような綺麗な軌跡を引き地上に近づいていった。
通常弾頭を搭載した東風16は朝の静粛さを撃ち破りなんの前触れもなくマッハ20という超高速度で正確に目標に着弾した。
陸軍省と海軍省の庁舎はほぼ同時に砕け散り、周囲に建材を撒き散らした。
爆風によって数分の間砂煙で付近の視界が0になったが、煙が晴れた時にはそこには巨大なクレーターが二つあった。
この場所から艦隊と陸軍の攻撃部隊に前進開始の号令を発して15分後のことであった。
本省の中には、作戦開始に向け、それぞれ海軍大将、陸軍大将以下参謀本部が勢揃いしていた。
彼らの安否は瓦礫を全て取り除き、生存者を救出するまでは分からないが各部隊と本部の通信が途絶したのは間違いない。
同12月4日7:00
スターバークから進軍を開始した機甲部隊は順調に内陸に向け進軍していた。
今回選抜されたのは北京に拠点を持つ第24集軍団隷下の第一機甲師団である。その中のZTZ-96B(96式戦車)によって編成された大隊が投入されている。ベースはT-72のような見た目をしているが、砲塔には楔形装甲を追加し主砲には125mm滑空砲を装備する。
その見た目は陸上自衛隊の10式やドイツ連邦軍のレオパルド2A6に近いフォルムである。
これらと異なる点はデータリンクやFCSが未熟であり第二世代MBTに分類される所だ。
96式のキューポラから身を乗り出し周囲を警戒しているのは排長であり車長の王依然小校である。
軍服に身を包む彼女は生まれながらに北京戸籍を持ち、所謂特権階級ではない家庭の出である。しかし比較的裕福ではあった。
それが、一人っ子政策がまだ有効であった時代に生まれた彼女が戸籍を持っている理由でもある。
彼女は次女として生まれ父親は北京市内で太平飯店というそこそこ大きな中華料理店を経営している。
一人っ子政策でも罰金を払えば2人目以降を出産し戸籍を取得する事は可能であった。
ただ、行政にはあまり良い目では見られない。
そこで両親のことを思った彼女は大学卒業後に人民解放軍に入隊したのだ。
ここで手柄を立てればより党への忠誠を示すことができる。
心の中で闘志を燃やすのだった。
非武装ラインまでは2時間ほどで到着する予定である。舗装されていない道を移動することになるため30km程度での侵攻となる。
当然ではあるがそれより前に接敵することが予想される。
しかも今は航空機の援護もなく、さらに無効一時間は上空を衛星が通過する予定もない。
敵は自動車化歩兵部隊であるということが分かっていることから、大体の接敵時間を予想してはいるが不明な情報が多く常に緊張してる状態だ。
作戦開始から1時間半
王依然達は一面が草原で地形としてはなだらかな丘が連続している様な場所を前進していた。
ぽつりぽつりと木造の家屋が立っているだけで遮蔽物などは一切無い地点だった。
既に朝日が地平線に見え、影が長いこと以外は視界良好であった。
「小校!地平線に熱が見えます!」
砲手がサーマルスコープに反応があった事を知らせる。
「朝日を感知してるわけでは無いのか?」
「いえ、熱源の後ろに影が見えるのでこれは塹壕です!」
『620号車より大隊長へ、進行方向に塹壕を発見。塹壕の規模、兵員は不明』
即座に大隊長車に報告を入れる。
『000号車了解、第一大隊全車停止!』
この時、大隊長自らキューポラから身を乗り出し双眼鏡で確認する。
高倍率で覗くとそこには簡易的な塹壕が数キロに渡り続き機関銃の様な据え付けの兵器が固定されていることがわかる。
向こうも気づいたのだろう塹壕からはみ出て見える銃剣が右へ左へと慌ただしく動き始めたのが分かる。
『大隊長車より各車へ、目標を確認。隊列転換、一列横隊急げ!』
号令がかかると麾下にある車両が低いギアでエンジンを唸らせながら方向転換し所定の位置へと移動し始めた。
この時、補給車両は隊列を離れ退避する。
その間も砲門はしっかりと塹壕の方を向き砲塔の装甲が最も硬い部分を敵に向けている。
隊列が整うと再び号令が下される。
『全車微速前進!発砲は指示あるまで控えよ』
黒煙を吐きつつ一斉に前進を開始する。
さながら戦列歩兵のように一糸乱れぬ横隊を維持しにじみ寄る。
これが映画で有ればこの横隊をフレーム一杯に収め東風行進曲でも流れていただろう。
王依然もここに広報がいない事を残念に思った。
そして王依然はキューポラに設置されている85式重機関銃の思い⇒重いコッキングレバーを全体重をかけて引き、初弾を装填した。
塹壕まで3キロに近づいた辺りで戦端が開かれた。
先に攻撃を開始したのはPLAの戦車大隊ではなくワイナル帝国の塹壕のさらに後ろに控える野砲隊であった。
一発が着弾するとそれを皮切りに無数の砲弾が戦車部隊の周辺に着弾し爆煙が視界を奪った。
爆煙の規模から砲弾がACPRのような対戦車用の弾薬ではなく対歩兵用のHEである事がわかる。HEでは戦車を撃破する事はできない。
王依然たちは速度を変える事なく着実に距離を詰めていく。
2500mが96式の最大射程であるがわざわざ最大射程で撃ち込んでやる必要もない。
1500mをきった辺りから小銃による射撃も加わるようになり車内に軽い金属音が響くようになった。
1000mを切った時に指示は下った。
『各車射撃開始!随意に攻撃せよ』
王依然も無線を通じてこの命令を受け、攻撃を開始する。
「HE弾を装填、塹壕手前に打ち込め!」
「了!」
装填手は砲弾ラックからHEを取り出して持ち上げた勢いでそのまま砲尾から勢いよく押し込む。
そして砲栓のレバーを押し上げ砲栓を閉じ装填完了だ。
「装填完了!」
装填手が叫ぶと狙いをつけていた砲手が透かさず引き金を引いた。
砲弾は低い弾道を描き塹壕の少し手前に着弾した。
前進方向の運動量は保存され、楕円系に爆発は広がった。
爆炎は塹壕を越えて広がったが、塹壕の中から酸素を吸い上げ、一酸化炭素と二酸化炭素にして壕の中に戻した。
目立つ据え付けのLMGは優先的に目標にされ早々に沈黙した。
砲兵の支援にも速度を落とさず、LMGの掃射にも、ものともせず突き進んでくるMBTに対抗する術がわからないワイナル帝国兵はただひたすらに小銃を撃ち込んで来ていた。
王依然も85式重機関銃の引き金を引き直接塹壕に向かって射撃を開始した。
この距離になると敵の弾も地面に着弾して土煙を作り出すのではなく頭と同じくらいの高さを風切り音を立てて通り過ぎるようになり、死への恐怖を一層リアルなものにするがそれ以上に敵の顔が見え、自分の放った弾が着弾すれば血飛沫が飛ぶのが僅かに見えるようになり、生身の人間同士の殺し合いをしている実感をかじるようになる。
正直、敵が死ぬことに今はなんとも思わないが、戦闘が終わった後か、今日野営をするときか、それとも帰国したあと人を殺したという記憶に苦しめられるかもしれないという考えが頭の片隅に引っかかっている。
300mを切った辺りで塹壕からワイナール帝国兵が一斉に壕から這いずり出て逃走し始めた。
パラパラと出てきたのではなく一斉にと言う事は撤退なのだろう。正直対戦車兵器を持っていないので有れば機甲部隊と出会った瞬間に逃げるのが正解だったとは思うがもう遅い。
心理的にも技術的にも背を向けて逃げる敵を撃つことは容易い。
多分、撤退のこの瞬間が最も被害を拡大させているのだ。
ただ、このまま壕に止まっているよりはマシな選択だったことには間違いない。
このまま壕に籠り頭を出さなければきっと撃たれて死ぬ事は無いだろう。
しかし、問題は戦車との距離が0になった後だ。
現代戦ではRPGやATMが発達した事によって戦車を撃破するために肉薄するに必要が無くなり蛸壺や塹壕に篭って待ち構えるという戦術を取る必要が無くなったが、WWⅡ以前まではそのような状況は頻発していた。
塹壕や蛸壺にこもって肉薄を狙う兵士が戦車を仕損じた時の末路は生き埋めであった。塹壕や蛸壺の真上や周りで戦車が信地旋回や超信地旋回を行い、壕ごと兵士を埋めてしまうのだ。
王依然たちPLAの戦車兵たちも基礎教練の座学でそのような手法自体は学んでいる。当然実際にそれを行う事になるとは思っても居なかったが。
『大隊全車塹壕を蹂躙せよ!奴らを生き埋めにするんだ!』
ワイナール帝国側からの銃撃はすでに散発的なものとなり、後方からの砲撃だけが王依然達に降り注ぐが、当たったとしてもすべてZTZ-96Bの複合装甲によって弾かれる。
車体の表面は着弾した部分の塗装が剥げ、ワイナル帝国からの砲撃と銃撃がどれだけ壮絶なものだったのかを物語っている。
ついに、王依然達の大体は塹壕に到達した。
逃げ遅れた帝国兵は塹壕を乗り越えようとする鉄の塊を唖然として下から眺めているだけだった。
ZTZ-96Bは先ほどのような高ギア比で軽快に走行する高いエンジン音ではなく、低ギア比で唸るようなエンジンを轟かせ黒い排煙を噴き出していた。
王依然はキューポラから身を乗り出し車体が壕に落ちないように慎重に指示をだしていた。そして、車体が塹壕の上に到達すると車体を停止させ、、、
「履帯で地面を掘り起こし、壕を埋めるんだ!」
ここで車体を左右にふり、壕の中に土砂を注ぎ込む。
車体の下では帝国兵が断末魔をあげ、あるいは彼らの神の名を唱えながら壕と運命を共にするのだった。




