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ねぇ、神様、いつか、きっと  作者: ジアルマ
第二章
9/13

街へ行こうよ

「……朝か」


目が覚める。木漏れ日が窓から程よく差し込んでいて、気持ちの良い目覚めだった。地下施設では自然を眺めて時間を計ることはなく、全て電波時計で機械的に時を把握していただけに新鮮だ。

窓の外を眺めれば、そこには自然が広がっている。森の中の大自然、現在絶賛早朝の大合唱中だ。


俺は家族の一員として2階の物置部屋を部屋としてもらっていた。部屋にある物はやたらに寝心地の良いベッドと壁際に追いやられたように埃を被っている本棚。どうやら元々は物置部屋だった場所を急遽俺の部屋としてくれたらしい。


「おはよ。寝覚めはどう?」


部屋に入って来たのは、ユーフォリア家の娘。アイリだった。


「別に、いつも通りだ」

「相変わらず素っ気ないのね。ある程度体内からドラッグの後遺症が抜けたってのに、性格は不機嫌なままなんだ。少しはマイルドになるものだと思ってた」

「俺はお前と血は繋がっていない。家族になんてなれないんだよ。時が許せばその時はここを出て行くつもりだ」

「時が許すって何さ」

「別に、いいだろ」

「毎日出て行く出て行く、ってさ。そんなに居心地が悪い?」

「少なくとも良くはないな」

「なんでさ。こんなに緑に囲まれていて食料も殆ど自給自足の土地だよ。最高じゃない」

「そういう問題じゃなくてな」

「じゃあどういう問題なのよ」

「別に」

「でた。また別に、って言って誤魔化す。口癖なの?」

「別に」

「……なんか今。イラッとした」

「奇遇だな。俺もだ」

「……まぁいいや。そんじゃ私、畑行ってくるから」

「待て。俺も行く」

「律儀に家の仕事は手伝うんだね。やっぱり家族だから?」

「家族になるとは言ったが、違う。一応ここに住まわせてもらっている身として当然の責務を果たすだけだ」

「相変わらず堅苦しいというか、もうちょいフランクになれないかな。家族なんだよ?」

「……家族というのは、そんなものなのか?」

「当たり前じゃない。タケトにだって、昔家族がいたんでしょ?」

「……ああ。確かにいたな」

「……なんか、ごめん」

「いいさ。謝罪を求めて言ったわけじゃない」

「……私には、タケトがわからないよ。そうやって、ちゃんと礼を言う人らしい心だってある。常識だって、良識だって、ある程度は備えている。ちゃんと、人らしく振る舞う事が出来るのに、なんでそうやってひねくれちゃうかな」

「お前に俺の何がわかる」

「わかんないけどね。それならタケトだって、私がなんでこんなことを思うのかわからないでしょ?」

「ああ、わからんね」

「……ま、いいけどね」


――そんなやり取りをした後、畑で少しだけ汗を流す。その後に朝食だ。

実の所、地下施設での酷過ぎる食事をしていた俺にとって、ユーフォリア家の食事は涙が出る程美味かった。収穫したばかりの野菜、取れたての新鮮な卵、近くの水辺で釣った魚。それらフレッシュな食材を使った料理は、俺の細胞1つ1つに潤いを与えているような錯覚すら覚えた。ここの食事は、俺に生を与えてくれるような気がした。

飯というのは、こんなにも美味かったのか。

今日の献立は、ホカホカの飯にアツアツの味噌汁、今朝釣って来たばかりのイワナの塩焼きに、取れたて卵で作った出汁巻き卵。中々に愉快な朝食だ。

味噌汁というのは、不思議だ。出汁をとって、具を煮て、ささっと味噌で味付けする。たったそれだけの温かい液体を啜るだけで、心に染み渡るようにどこか安心する。どうしてこんなにも、和やかな気分になれるのだろう。


「どうだ。美味いだろ」

「……まぁ」

「タケトってば、食事の時は結構嬉しそうだよね」


人と食卓を囲む。そんな経験は今まで無かった。クソ両親と過ごす時はいつも1人で飯を食べていた。地下施設では部屋で1人黙々と缶詰などを胃に詰め込んでいた。

天王寺家では、3人で食卓を囲む。そして時折会話を混ぜながら、美味い料理を食べるのだ。これが、どうやら食事というものらしい。ツナ缶以外にも、蒸しパン以外にも、美味いと思えるものをようやく知ったのだ。




――朝食を終えた後は、特にやる事はない。大体ユウトは朝食を食うとどこかへ消えて、日が暮れる頃に姿を現す。アイリに至っては真逆で、一日中家にいるのだが、夜になるとちょこちょこ出かけていたりする。

俺はと言えば、汗を流しているか、掃除なんかをして日を過ごす。それに、読書だ。

俺の部屋は半分物置部屋でもあるので、埃を被った本棚に本がぎっしり詰まっていたりする。気紛れに手に取ってみたのだが、これが中々に面白い。

本はいい。本には著者の人生が詰まっている。他人の人生の結晶を、少しだけ吸収できる。本というものは、宝箱のようなものだ。両手に収まる小さな紙の束に、いくつもの宝が詰まっているのだ。

それに、本を読んでいる時は、何も考えなくていい。本を読むという行為は、俺自身への休息でもあった。


時々アイリに「一緒に遊ばないか」と誘われるが、決まって断っていた。――のだが、今日に限ってこの家の主であるユウトに「アイリと遊んでやる事も一種の恩返しだ。お前にその気があるのなら従え」と言われたのだから、渋々付き合う羽目になる。



「――というわけで、タケト。私と街に行こうよ!」

「……は?」

「は?じゃなくて。街に行こうよ!」


唐突に「街へ行こうよ!」と連呼するアイリ。

確かに今日は晴れ模様、山を下り街を練り歩くのも悪くないだろう。このままずっと山にこもり続けるのにも飽きて来たところだ。

しかし、このままホイホイアイリに着いていくと、どうにもはしゃいでいるように思われる気がして癪だ。あくまで調整した距離と態度を貫くとしよう。普段の態度が中々にお粗末なだけに、二つ返事で「仕方ない、行くか」などと言うタケト君ではない。


「父さんから、お小遣いもらったんだ。たまには外の空気を吸わせてやれって」

「外の空気なら毎日吸っているが」

「そうじゃなくてね……。ねぇ、疲れるからそういう会話止めてくれない?」

「悪かったな」

「タケト、服持ってないでしょ?いつも父さんのダボダボした服ばかりだし、折角の休日なんだからショッピングでもしようよ」

「お前も変なワンピースの一点張りじゃないか。下着も色気のないものばかりだし」

「な、なんで私のパンツのこと知ってるのよっ!」

「や、いつも洗濯しているの俺だし」

「し、しまった……じゃなくて!話が進まないでしょ!とにかく!十分後!支度して玄関の前集合!」


そう言い放ってドタバタ廊下を駆けて行くアイリ。騒音を撒き散らし部屋にダッシュする後ろ姿も、更に支度に必要な時間を十分と指定したのも、それはそれで、アイリと言う女の子を物語っていた。



「……ふぅ」


ユーフォリア家のアイリと言う少女は、いつもこんな感じだった。

どこかふわふわしていて、自由奔放で、身体の内側から今にも元気を爆発させるような。俺は、そんなアイリを、どこか羨ましく思っていた。

俺は、あんな風にはなれない。気ままに、己の思うがままに雲のように行動することなんて。

全ての事情に理由を求め、常に最適解を算出しようと無意識に働く思考回路。極限まで絞られた鋼の様な身体。他者の僅かな心拍数の変化をも察知可能である研ぎ澄まされた神経。それらを兼ね揃えた瀬水タケトという殺人兵器。


アイリには、俺にはない、白い翼があるような。大空を、自由に羽ばたける天使の翼を。如何なる引力をものともせず、心行くままにどこまでも飛んで行ける翼を、彼女は、持っている気がした。

そんな翼は、真っ黒で染まった俺と対極の者だけが持つ翼であるように思えた。真っ赤な太陽が、黒い影を創り出すように。アイリという少女を見ていると、途端に己に対する嫌悪感のようなものをより一層強く感じる。


普通の家庭に生まれて、普通に生活を送って、普通に日々を笑い合って。そういう環境で生まれたならば、そういう環境で生まれた俺は、どんな気持ちだろうか。

そんなことを、思う。アイリという少女を見ていると、そんなことばかり考えてしまう。







――十分後、再びアイリと合流すると、「山のふもとまで競争ね!よーいドン!」と、なんとも唐突にそんなことを言い出したアイリは、俺が制すまでもなく、全速力で山を下って行った。陸上選手も驚異の速度で駆けて行くアイリだったが、特に追い越そうという気持ちにもなれず、のんびり山を下ることにする。


「……」


こういう美しい自然は、俺にとって、気持ちのいいものであり、それ以上に気持ちの悪いものでもあった。


天王寺家に住み着いて、もう一か月という時が経とうとしていた。最初は、黒服の連中が俺を連れ戻そうと奇襲をかけて来るかと毎日ピリピリしていたが、意外にもそんな様子はなく、平和な日々が続いていた。やはりというか、所詮俺は、連中にとっても、簡単に切り捨てられる程度の存在だったというわけだ。お陰でようやく平穏な日々を手に入れることが出来たのだから、願ってもない話だ。二度とあの地獄の日々を送らなくて済むのだ、せいせいする。

……だけど。再び、誰からも必要とされることのない存在へと戻ったのも、事実だった。

手駒としてでも、俺を必要としてくれる黒服達の存在が妙に恋しくなるなんて、なんとも情けない話だった。


「また、一人に戻ったのか……」


久しく浴びていない返り血の生々しい温度も、今となっては恋しくなっていた。

あの温度を体感することで、誰かの役に立っていることを実感できた。自分が、ただ空虚なだけの存在じゃないことを噛みしめていた。そこに快楽を感じていたなんて、今更ながら思い知らされた。

どこまでも卑屈で、寂しい人間。自分がそういう存在であることを、何の波乱もない平穏な日々は嫌という程突き付けて来る。自分という存在が、如何に穢れた存在であることを、反射して眩しく映し出すように。



「……ふぃー……やっぱ登りの方が疲れるわね」


ふと視線を前に戻すと、汗だくで息を切らせたアイリがゾンビのような格好で戻ってきていた。そして、何故かアイリの身体の何倍も大きい熊を背負っていた。なんともアンバランスな光景である。


「どーして追いかけて来なかったのよ……。私なんて途中、ショートカットしようとして危険な道使ったら、熊に襲われたんだからね……」

「ふっ……、そりゃ災難だったな。良かったじゃないか、今晩のおかず代が浮いて、ちゃんと血抜きしておけよ」


つい、苦笑してしまう。

熊と対峙するのも運が悪いが、それを撃退して背負って帰って来る少女の何とも間抜けな姿を見て、先程までの毒気はすっかり抜かれていた。


「あ――」

「……なんだ?」

「初めて、笑ったね」

「……気のせいだろ」

「笑ったよ。笑顔、初めて見た。なんだ、ちゃんと笑えるじゃん」

「乾いた笑いが出ただけだ」

「そう?じゃあ私、変な奴になる。そしたら、いつも笑ってくれるでしょ?」

「いや……、なるもなにも、お前は元々変な奴だが」

「なんと、それはショック……。じゃあ、もっと変な奴になる!そうすれば、タケトも私も、ハッピーでしょ?」

「は?」

「だって、タケトの笑顔が見たいから。タケトが幸せなら、私も幸せだもん」

「……そうかよ」

「そうだよ!幸せって、伝染するんだから!」


幸せは伝染する、か。

不幸が伝染するというのは、嫌という程体験している。なにせ、俺自身が不幸の感染源であるような存在ではある。だが、反対に。アイリが幸福の感染源であるような存在であるなら。そんな、俺にとって神様の様な存在であるなら。同様に、幸せが伝染するというのも、確かにあるのかも知れないな。


……なんて、今日の俺は随分とポエマーじゃないか。

あるいは、そうなってしまったのも、目の前にいる太陽のような女の子が原因だったりするのかな。


「それじゃ、今度こそ出掛けよう!またさっきみたいにゆったり歩かないで、ちゃんと付いて来てね!」

「へいへい」


そんなことを思いながら、風のような速度で駆けて行くアイリの後姿を追いかけていた。


血抜きという処置をしていない熊の死体の存在に気付いたのは、それから随分と後のことだった。予定していた夕飯の熊肉尽くしは、どうやら夢物語となったらしい。



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