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ねぇ、神様、いつか、きっと  作者: ジアルマ
第二章
8/13

欺瞞の先にあった未来

どうして今更こんなことを思い出したのか。

初めてのミッションは、少女の射殺だった気がする。


危険度の高い感染病にかかった少女を射殺しろと言われ、撃った後も少女が動かなくなるまでスコープで監視し続けろとのこと。今にして思えば、このミッションの本当の目的は、少女の射殺ではなかったような気がする。ひょっとすると、少女は感染病なんかにかかっちゃいなかったような気もする。無害な人間を殺すこと、そしてその人の死によって涙を流し心に傷を負う人間への同情を断ち切ること、そういった殺人鬼の精神を鍛えることが目的だったような気がする。ただ、当時の俺は、そういう細々とした思考なんて完全に放棄していた。機械のように、見知らぬ土地に連れて行かれ、ターゲットを狙撃し、あまりの光景にゲロ吐いた後に帰還しただけだった。命令に忠実に、但しそれ以外を限りなく疎かに。そんな生き方をしていた。しなければ、殺されていた。仕方なかったんだ。


俺は、確かに少女を撃ったのだが、少女を見るよりも、崩れ落ちた少女を抱え泣き叫ぶ母親を見る方が遥かに辛かった。当時はまだ目の能力が健在だっただけに猶更だ。今でも、母親の泣き叫ぶ声は耳にこびり付いている。次第に瞳を閉じ、人形のように動かなくなる少女。血だらけの人間を抱き、狂ったように泣き叫ぶ母親。その光景をスコープ越しに眺め、初めて故意に人間を撃った感覚というものを覚えた。

人間は、これ程までに絶望できるものなのか。また、人間はこれ程までに他の人間を絶望させることができるのか。そういう基本を、随分と昔に学んでいた。

同時に、人間と死の関係性についても学んだ。1分前に共に笑い合っていた人間が、1分後には白目を剥いてピクリともせず固まってしまう。まるで電池が切れたおもちゃのように。人間と死は、あまりに近過ぎる。人間は、所詮人体という素材で出来たおもちゃのような存在でしかないのだ。


ミッションをこなし続けた過程で、記憶の底に封印してきた出来事は数え切れない。それと共に生きて行くか、それを振り返らずに生きて行くか。俺は後者を選んだはずなのに、何故、今になって封印を解いてしまったのか。


「……ふぅ」


人間ってのは、難しい生き物だ。






――戦死したカレンの穴はそこそこ大きいものであり、カレンが受け持っていた仕事がいくつか転がり込んで来た。これも因果というやつだろうか。馬車馬のように働く期間が続いたのだが、その期間も終わりに差し掛かりある程度普段通りの日々が戻りかかろうとしていた。そんな時、一つの仕事が舞い込んできた。カレンがやり残した最後の仕事とのこと、嫌々ではあるが、何か縁のようなものを感じて受けてしまった。


「なぁ、今回の暗殺の対象である男の詳細。データとかもらえないのか?」

「そう言うと思って既にプリントしてある。目を通しておけ」


黒服から渡されたプリントに目を通す。

任務内容は、どうやら1人の男の暗殺。ターゲットであるこの男、世間的に有名な武術家であるようだ。


「……ふーん。何か、俺一人じゃ太刀打ちできないくらいの手慣れさんらしいじゃん。うちの傘下の研究所も、こいつ一人に壊滅させられた、ってあるけど。これ、俺が担当していい案件なの?猟犬5匹くらい借りて来いよ、余ってんだろ」

「無駄な所で予算を使うわけにはいかない。それに、出来るか出来ないかではない。やらねば殺す、それだけだ。生きていたいのだろう?」

「へーへー」


あまりにつまらない黒服の回答を生返事で返し、車の中でごろんと横になる。


生きていれば、それだけで勝ち。

どんな快挙を成し遂げようとも、死ねば負けだ。スポーツで世界中を沸かせるスター選手も、誰もが美しいと賞賛する絶世の美女も、死んでしまえば何もかも終わりだ。死ねば動けない、思考することもできない、快楽を味わうこともできない。地獄の淵に立たされようとも、生きていれば。

何人も殺した。沢山の人を、殺した。そういう生活を続けて、自然と、生への執着心が増していくのに気付いた。

だから欲した。絶対的な力を、生命力に繋がる全てを、過剰なまでに欲した。



「いつもの、あるか?」

「用意してある」


いつも通り、黒服からブースタードラッグを受け取る。

こいつはいい。鍛え上げられた五感を更に研ぎ澄ますことができる。それに、殺人欲求を高めてくれるドラッグだ。

6発弾が入るリボルバーに、弾が勿体ないしこれくらいで充分だろうと4発だけ弾を仕込んで任務に向かう人間はいない。6発弾が入るリボルバーに6発、加えて予備の弾丸を持てるだけ。更に、可能な限りの武装を。

これは、そういうドラッグだった。


渡された注射器を自分の腕に刺すといった行為も既に慣れていた。俺の腕には、いくつもの注射器の針の穴がある。それは、まるで刻印として刻まれていくように。


「相変わらず、俺といる時はガスマスクを外さないのな」

「貴様は気付かないだろう。貴様の身体から充満するドラッグの香りは中々耐え難いものがある」

「え、俺身体から薬の臭いするの?」


初耳だ。嫌だなそれ、もしかして部屋は病院みたいな香りがするのだろうか。


「――っ。これ、相変わらず中々効くな」

「開発段階中のドラッグだ。効き過ぎるくらいだろう」

「……また、俺がモルモット第一号か」

「偉大なる薬の開発に参加出来るのだ、開発者の一員として光栄に思うがいい」

「何度かあんたの運転する車で送迎されているが、あんたも冗談が言えるってのを初めて知ったよ」

「何なら子守唄でも歌ってやろうか」

「はっ。気持ち悪すぎて吐いちまいそうだから遠慮しとくよ」


徐々にドラッグが効き始める。いい感じに、人を殺したくなってくる。


――ドラッグを摂取した後、徐々に朦朧としてくる意識の中で、いつも思う。再び正しく意識が戻る瞬間まで、ほんの少し。


いつまで俺は、こんな欺瞞のような日々を続けるのだろうか、と。

いつか、って、いつだろう。

なぁ、かみさm……。








――しばらくすると、どこだかわからない山のふもとに降ろされる。

ターゲットは、この山の中にある一軒の山小屋で暮らしているとのこと。月明かり以外にもどこか発光していると思ったが、なるほど、どうやらプリントにあった情報は偽りではないようだ。



森は生き物だ、なんて言葉があるが、あながち間違いではない。森は、生きてる。

可能な限り、森と同化する。森が奏でる音に合わせて、森が運ぶ風に乗って。


目的地まで、息をひそめて接近する。欲求があるとすれば、殺人欲。それ以外シャットアウト、ただひたすらに、生きる為に動くのだ。

身体の半分以上は薬で形成されているのではないかと思う程に、何度も薬を投与され続けた。それでいて未だに自我を保っているのは、正直運が良いと思う。

俺のように、薬漬けにされて廃人になっていく人間を、数多く見て来た。俺は、生きている。奴らは、死んだ。それだけで、天地の差だ。


いくら俺に才能があっても、いくら俺の身体が丈夫だろうと、所詮は替えの効く存在。代わりなど、吐き捨てる程にいる。カレンがあっさり切り捨てられた事で、更にそれは強く印象として残る。それは重々承知していたし、そんな現実を何度も叩き付けられた。

例外は無い。今回の任務も、成功させなくてはならない。ターゲットを暗殺し、地下施設での地獄を継続させなくてはならない。

俺は人を殺し続けなくてはいけない。いつか来るかも知れない、その日まで――




「――!?」


背後に、人の気配を感じた。


すぐさま腰に掛けてあったナイフを引き抜くと同時に周囲を確認する。見渡す限り人の姿はない。しかし俺は、確かに人の気配を感じたはずだ。ドラッグによって最大限まで引き上げられた五感で、確かに感じ取った気配。

だとすると、残るは――


「上かっ!?」


頭上にナイフを突き出す。


空気を割く様にして放った一突きは、空振りに終わった。頭上から飛び掛かってきたそいつは、ギリギリのところでナイフを避け、着地する。


攻撃の手は緩めない。右手にナイフ、左手にハンドガン。ナイフでの攻撃を繰り返す。たまらず相手が距離を取った瞬間に、銃撃を浴びせる。


森が一瞬で騒めく。森が一気に活性化する。森の心臓部で、俺は戦っている。


黒い影の先で、そいつは銃撃を交わしながら、距離を取るようにして後退を始めた。

しかしどうだろう。どうにも、向こうから敵意を感じない。こちらが殺意を剥き出しにしていても、ひらりひらりと交わすだけ。挑発のつもりだろうか。




「――!?」



――身体が、動かない。


首に感じる一点の違和感。背後から、首に指を刺されていた。首に指を刺されただけで、身体が麻痺したように動かなくなる。


迂闊だ。一人の敵ばかり気を取られていた。


瞼のシャッターが閉鎖される寸前に見たのは、青年が一人。その隣に、可愛らしい田舎娘が一人。


身体が崩れ落ち、途切れゆく意識の中で、視界が一瞬だけ、優しい、包み込むような、オレンジ色を映していた。














――「……ここ……は」


目を覚ます。


「――がっ!?」


人工光が目を焼く様に刺激して、たまらず目を閉じる。きっと、吸血鬼ってこんな感じなのだろう。


目だけでなく、身体が鉄のように重い。恐らくドラッグの反動がここに来て効いているのだろう。

俺は、木造の部屋の隅のベッドの上で、横になって無様にも寝息を立てていたらしい。

部屋の中には他の人の姿はないが、気配は感じる。しかもこの気配、どうやら穏やかでいられる保証はない。

どうやら俺は、情けを受けてここに運ばれたようだ。もっとも、この後何をされるかは全くもって不明であり、果たして情けで運ばれたのかどうかは怪しいところではあるのだが。


木造住宅の木の香りが鼻に久しい。地下施設で長く生活した身としては、どうにも新鮮な香りだった。それに窓の外からは木々が風邪で揺れる音が聞こえる。森の中に居を構えている辺り、いよいよ予感は確信へと変わった。


足音が聞こえる。反射的に俺は目を閉じる。いわゆる、寝ているフリをしていた。

何故寝ているフリをしたのか。特に理由はないのだが、何となく都合が良いと思ったからだろう。



「――お邪魔しまーす。って、あれ?なんだ起きてるじゃん」


部屋の扉を開いた途端に聞こえて来た女の言葉で、早くも、なんだかなぁ、という気分にさせられた。仕方なく身体を起こし、声の主と対面する。


歳は、俺と同じくらいだろうか。容姿はそれなりに整っているのだが、田舎っぽいという印象を強く受けた。どこで買ったのかわからない安物のワンピースに、髪をまとめている絶妙に可愛くないリボン。極めつけは化粧っ気の欠片もないそばかすを浮かせた顔。

女の子、として育てられたわけではないのが見て取れる。今まで品の良すぎるお嬢様を何人も見て、何人も殺して来ただけに。


「……参ったな、あっさり見破られるのか」

「うん。私、そういうのには敏感なんだ」

「一応確認したいが。さっき俺の首を刺したのは、もしかするとお前か?」

「あ、やっぱわかっちゃうんだ」

「ある程度は」

「でも、さっさ、じゃないんだよね。君が意識を失ってから、もう3日は経っているんだよ。もしかしたらこのまま死んじゃうんじゃないか、って心配でね」

「……3日か。そりゃけっこうな時間くたばっていたこと」

「だけど、まだ動いちゃダメだからね。薬漬けで衰弱しきった身体だからかなり脆くなっているらしいってパパが言ってた」

「パパ……?」


「――目が覚めたか」


不意に聞こえた渋い声。


声の主の顔は、黒服から渡されたプリントに載っていた顔写真と一致する。パパと呼ばれていたことから、少女との関係もある程度は目途が付く。


「少年。色々聞きたい事はあるだろうが、まずは自己紹介と行こうか。――ユウト・ユーフォリア。無職だが、正義の味方ってのをやっている。そしてこいつは娘のアイリだ」

「アイリ・ユーフォリア。よろしくねっ、少年君」


「……」


無意識に警戒してしまう。

この二人に悪意がないのは読み取れる。それでも、無意識に警戒してしまう。骨の髄から殺し屋になってしまったせいか、他人の好意が素直に受け取れなくなっていた。

何もかもを疑ってしまう。理屈ではなく、本能としてこの二人が怖かった。


「なんだ、何を警戒している。俺が殺しをしない人間だというのは、既に調べ上げているのだろう」


ユウトと名乗る男は、やれやれといった表情でかぶりを振る。

このユウトという男。どうやら、本当に獲物を殺すという行為は絶対しないらしい。調べたわけではないが、黒服から受け取ったプリントにはそういうデータが書されていた。

それでも怯えていた。命を狙った相手を、ただで済ますとは思えない。互いに隙あらば命を狙い、気を緩ませた奴が先に死ぬ。そういう世界だと脳に叩き込まれたし、そういう世界に足を突っ込んでいた。


「ったく、話が進まんな。ならこうしよう。お前、俺の家族になれ。家族にならないのなら、俺はお前を殺す。どうだ、随分わかりやすいだろう。……どうだ、アイリ。お前も新しい家族が欲しいだろ」

「まーね。流石にパパとこんな偏狭でずっと二人ってのは正直ちょっと」

「言うじゃないか。だが、この通り娘も歓迎している。お前は敗者だ。俺を殺せなかった。なら、勝者の言う事を聞くのが筋ではないか?」


「……」


唐突に出された提案に、多少なりとも混乱していた。

家族になれ。

意味がわからない。仮にも命を狙った人間を、無条件で共に暮らそう。そんな提案をする人間がいるはずがない。

きっと、裏があるはずだ。こんな誘いの裏で、何かを企んでいるに違いないはずだ。


それでも。

そういう打算の可能性を差し引いても、何故か家族という言葉に、甘美な響きを感じてしまった。



「もう一度だけチャンスをやる。俺達の家族になるのか、ならないのか」

「……俺は――」







――俺は、渋々家族になる事を受け入れた。

と言っても、当時は隙を見て抜け出す気でいた。「いつでも抜け出せる。それなら口先だけでも家族になる事を受け入れておこう」というのが当時の本音である。そもそも初対面の相手に「家族になれ」と言って「はいわかりました」と答える方が異常だ。それでいてユウトの言う「家族」の定義も曖昧でしかない。この件に関して、どこまでも曖昧な部分が多すぎるのが事実だった。どこまでが冗談でどこまでが本気なのか計っていた。


しばらくの間は、ドラッグの反動が原因でベッドの上での生活が続いていたのだが、天王寺家の人間は、「家族だから」と言って俺に良く接してくれた。「普通の家族」を知らなかった俺は、天王寺家の人間の俺への接し方が、どこか気持ち悪いものではあったし、それでいてムズ痒さのようなものも感じていた。

まともに動くことのできない家族の一員に飯を運んでやる、着替えを持ってくる、身体を拭いてくれる。天王寺家の人間は「普通の家族なら当然」と言い張る。しかし、俺にはその「普通」がわからなかった。




ともあれ、ひょんな形で俺は、求め続けていた「自由」と「家族」の両方を手に入れたのだった。

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