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ねぇ、神様、いつか、きっと  作者: ジアルマ
第三章
13/13

太陽少女

「……ん」


朝である。


しかしだ。なんだか今日は随分と身体が重い。というより頭が重い。

水を一杯口に含むが、特に気が晴れるわけでもない。こういう日は散歩に限る。



「おー、久々だな」


森の中を歩いていると、ジョンがやってきた。尻尾を大きく振っている辺り、俺に会えて嬉しいのだろう。可愛いやつめ。

ジョンは立派な野犬である。俺が餌を与えずとも、森という弱肉強食の世界で立派に生き延びているソルジャーだ。以前襲われたところを回し蹴りで撃退してからというものの、どういうわけか俺になつくようになってしまった。


犬、に限らず。ペットという存在が世間では人気であるのも頷ける。

ペットは家族の一員ともいうが、やはりそれはまやかしであるだろう。そういう気分で酔いたい奴は酔えばいい。

意思疎通できている様で、それは意思疎通出来ている気分であるだけに過ぎないのだ。何故と聞かれれば、言語と種が異なるから、としか言いようがない。それだけで充分だろう。

枯れたことばかり言っているが、逆に、俺としてはそういう関係が心地よかった。


「どうだい最近は」


と、こんな風にどうでもよい会話を振っても、三回に一度くらいの割合で「ワン!」と答えてくれる。可愛いやつめ。


特性の鹿肉のジャーキーをくれてやると、真っ先に飛びつきジャーキーを頬張るジョン。そういうところもまた、本能的で嫌いではなかった。


「……」


ふと、思う。

本で得た知識に過ぎないのだが、ジョンのような野犬は、人間より遥かに高い知能を持つという。犬もまた、本能では無く知能で行動しているのだという。

果たして、本当にそうだろうか。いや、仮にそうだとしてもその知能を、人間程フルに使っているのだろうか。人間程、多くの選択肢に迫られているだろうか。

俺には、そうは思えない。この世界で、人間程無駄に知能という神秘を持っている生物はいないだろう。

何故、神様は人間に考える力を与えたのだろうか。こういう複雑なスゴロク盤に、何故不完全な人間という駒を配置したのか。

それで楽しいのかい、神様さんよ。所詮俺達人間は、あんたのエンターテイメントでしかないのかよ。


「お前もそう思わないか、ジョン」


「ワン!」の返事は無かった。すっかりジャーキーに夢中らしい。



「――おはよ」

「……」


おはよ、の声でジョンは瞬く間に姿を消してしまった。


「おはよ」

「……ああ」

「ああ、じゃなくて。おはよ」

「へいへい」

「あー、もー。朝から参っちゃうねホント」


こっちのセリフだ、とは言わなかった。というより口にすれば角が立つのが明白だったので黙っていた。


「……」

「なによ、人の顔ジッと見て」

「いや、相変わらず微妙に可愛くないな、と」

「ぶっ殺すよ?」

「そういう言動がまた……」

「うっさいわね。しょうがないじゃない、こんな山中でパパと二人で育って来たんだから、女の子らしく、なんてのがわかんないのよ」

「なんなこう、色気っつーか。気品と言うか」

「まだ言うかこいつ」


本日のアイリのファッションは、相変わらずの白いワンピースに麦わら帽子。サンダルなんか履いているが、山の中では流石に動き辛いだろうに。こいつなりのオシャレなのだろうか。


――何故。


……やめておこう。


「さて、何しよっか。たまには私と遊ぼうよ」

「やるならやるでさっさと済ませるぞ。俺は部屋で本でも読みたいんだ」

「いやいや、仮にも遊ぶんだからさ。もうちょい気持ち上げていかないと」

「……余計な気を回すな」

「そう思うなら、早く私達の家族としての生活に慣れてよ。それも、恩返しなんじゃないの」

「……」


そう言われると何も言い返せない。というより、俺は結局どうしたいのだろう。

時が許したら家を出ていく。以前そう言った。

しかし、結局どういう意味なのだろう。自分自身に問い掛けるが、どれもふわふわと実体のないシャボン玉のような、そんな感覚だ。明確な答えなど、出て来ない。


ここのまま家に甘えてもいいのではないか。そんな幻想を、抱いてしまった。

そんな幻想がまかり通っていいはずがない。幾つもの罪を犯した俺は、平然とした清々しい気持ちで、今を笑って過ごしていいはずがない。


俺は、何を求めている。焦燥感に駆られるような日々で、それが何かという答えを、追い求めていた。きっと、それこそが、生きる原動力だった。


それでも、俺はあまりに無関係な血を流し過ぎた。

もう、戻れない。そう、感じてしまうんだ。


「なぁ……」

「なにさ」

「お前は、怖くないのか」

「だからなにがさ」

「俺がどういう人間なのか知っているはずだ。そもそも俺がここに出向いたのは、お前達を殺す為だった」

「知ってるよ。だから私達が先に出向いて襲撃を仕掛けたんだし」

「なら、どうして平然としていられる。今この瞬間だって、俺が命を狙っている可能性がある。そもそも、俺を匿う時点でリスクのある行為だ。スコルピオの連中だって黙ってはいない。組織が勢力をあげればこの山なんて蜂の巣だ」

「……」

「俺にはわからない。命を狙われた相手を懐に置いておく意味が。家族として迎え入れる意味が」

「それは……」

「俺はこの手で両親を殺したし、その後は暗殺者として育て上げられた。そんな人間が不透明過ぎる優しさを素直に受け入れられるはずがない。……なんとなく、わかるような気もする。お前達家族が俺を悪と認識していない事も。純粋に家族として受け入れている事も。……それでも、俺は怖いんだよ。素直に受け取れないんだよ。そんな環境に甘えて、ヘラヘラと笑って過ごす自分の姿を想像して吐き気がするんだよ。何笑ってんだよ、ってさ。平和な日常の裏で、俺は、俺自身が許せなくなるんだよ!」

「じゃあなにさ。ナオキは、誰かに許されないと自由に生きれないわけ?バカじゃないの」

「……どうしようもないんだよ。俺はもう、自分自分がどう生きて行けば良いのかすらわからないんだよ。あれだけ欲していた自由を手に入れた途端、苦しくて苦しくて堪らないんだよ。……違ったんだよ。俺が欲しかったのは、自由じゃなかったんだよ……じゃあ何なんだよ!俺が欲しかったものは、一体何なんだよっ!」


自由が欲しかった。確かに、自由を手に入れた。

でもそれは、本当の意味での自由じゃなかった。

なら、本当の自由ってなんだよ。


なぁ、ホームレスのおっさん。

生きるのって、こんなにも辛いんだぜ。


「……もう、死んだほうがマシなんだ」


「――っ!」


――瞬間。頬に強い衝撃が走った。


何が起こったのか、一瞬理解できなかった。

顔を上げれば、涙目のサラ。

ああ、頬をぶたれたのか。

何故涙を流す。それは誰の為の涙だ。


それにしても、頬を叩かれたのは初めての経験だった。クソ親父は頬を叩くのではなく拳で殴る人間だった。地下施設での罰は、頬を叩くなんて生温い罰は与えられなかった。

頬を叩かれる。痛覚を刺激されるはずの行為だが、何故か俺には、心が一番痛みを感じた気がした。



「……ついてきて」

「何故だ」

「いいから!」




――アイリに引っ張られる形で森の中を進む。

10分程進んだ先にあるのは、見晴らしの良い花畑だった。

ここからだと遠くの街も一望できる。気晴らしには悪くない場所だろうけど、ここに連れて来られたのには当然別の理由があるのだろう。


「ここに何があるってんだ」

「見てわからない?」

「……そういうことか」


崖際に、ポツリと1つ墓が立てられていた。

苔の類は付いていない。むしろ、毎日磨かれているかのような、あまりに綺麗すぎるその墓。誰の墓であるかは、あまりに容易に想像できた。


――リカ・ユーフォリア。


墓には、その名前が彫られていた。


「気付いていると思うけど、これはママの墓なんだ」

「だろうな」


口にした後、1つの可能性を危惧した瞬間、背筋が凍った。

まさかとは思うが、いや、しかし。


「いやいや、違うよ。流石にママはパパより弱かったけど、タケト程度のへなちょこ暗殺者に遅れを取る程には錆び付いちゃいなかったからさ」

「つまり、錆び付いていたから死んだのか?」

「ま、そういう事になるね。良くも悪くも、感情に任せて行動した結果、ママは死んじゃったんだよ」

「そいつは愚かだな」

「ホントに、愚かだった」


アイリは少しだけ笑う。その笑みは、あまりに乾きすぎている笑みだった。

普段の笑顔が濃厚だけに、なんだかその笑みは、酷く寂しく思えた。


「少し長くなるけど、いい?」

「……ああ」

「……パパとママはさ、昔、殺し屋をやってたんだよ。

私は、殺し屋の子供ってわけ。

別にさ、そんな事はどうでも良かった。

私にとっては、優しいパパとママ。

いつも優しくて、時々二人でどこかへ行って。

帰って来ると大体返り血を浴びている。

そんな姿を見たら、幼くても事情を察しちゃう。

ああ、殺しの依頼が入ったんだな、って。

でもそんなの関係なくって。

私は、おかえり、って。

パパとママは、ただいまって。

三人でご飯食べて、パパとお風呂に入って、ママと一緒に寝て。

それで幸せだった。

実際、治安の悪いこの国では、殺し屋の需要は高かったらしくて。

正しい殺しは、更なる悪の抑制力になるってね。

まぁ、結局その辺りはどうでもいいの。

とにかくパパとママは、依頼が入ったら必ず二人で向かって、そして何人も殺した後帰って来る。

それでも、私に笑顔を向けて、ただいま、って。

それで良かった。

何も不満なんて無かった。

私が一生懸命育てた形の不揃いな野菜を、良く出来たね、って誉めてくれて。

それを使ったシチューなんかを3人で美味しく食べて。

それで満足だった。

他に何も要らなかった。

……でもさ、やっぱ殺し屋なんてやってると他の人から恨まれたりするらしくてさ。

ある日、パパが撃たれたんだ。

家族三人で釣りに出掛けてる途中で、どこかの組織のスナイパーに、遠くから。

その一撃で、命を危険に晒すくらいにダメージを負ってね。

ママは絶望した。

そして、激怒した。

意識不明の状態のパパに軽くキスをして、単身でそのスナイパーが身を置いている組織のアジトに乗り込んで。

多分ママは、パパが死んでしまうかも知れない恐怖で、半分心が壊れかけていたんだと思う。

それでも私にママを止める術はなかったし、黙って見送るしかなかった。

……結果として、ママは死んじゃった。

一応ね、帰って来たんだよ。

一人で組織を潰して、その足で家まで帰って来た。

でも、それまでだった。

腕を1本切り落とされて、銃弾を3発も身体に埋め込まれて。

生きている方が不思議な状態だった。

それでも、ママは帰って来た。

パパはちょうど意識を取り戻していて、ママの最期には間に合った。

……それでね、ママは死ぬ寸前、こんな事を言ったんだ。

いっぱい人殺してきてきたけど、死ぬのって、こんなにも辛いんだね。

私達の力でもっと色々な人が救えたらいいのにね、って。

骨の髄まで殺し屋だったママが、最後に口にした言葉がそれなんだよ。

その後、ママは静かに息を引き取った。

私には、笑顔で逝ったように見えた。

……その日からね、パパが変わったんだよ。

もう誰も殺さない、って誓ったんだ。

殺し屋として磨いた技術を捨てて……いや、完全に捨てたわけじゃなくて。

パパは、誰も殺さない武術を身に着けた。

私も、その武術の訓練に付き合ったりした。

パパが編み出した『虚空』と呼ばれる武術は、誰かを救う為に生まれた武術だった。

パパは殺し屋を引退したけど、この国の悪を潰す仕事は辞めなかった。

変わったのは、誰一人として殺さなくなったこと。

私も今は時々仕事に付き添ったりするけど、決まってパパは、絶対に誰も殺すな、って忠告する。

私はそれに強く頷く。

私とパパの家が山奥にあるのって、何も自給自足の生活を営むのが理由じゃないの。

本当の理由は、誰も巻き込みたくないから。

ほら、仮にも元殺し屋の家が街中にあったら、それだけで被害を受ける人が出るかも知れないでしょ。

パパは、ママが死んでから3日で山奥に引っ越すことを決意したんだ。

もっとも、私は今の生活の方が気に入っているんだけどね。

……ま、色々あったんだよ。

変わったのは、殲滅で生きるんじゃなくて、制圧で生きることになったこと。

たったそれだけなんだ。

たったそれだけの事を改善するのに、ママの命を代償としてしまった。

それが、私達家族の罪なんだよ」


ここでアイリは一旦言葉を切ると、「ふぅ」と1つ溜息をつき、崖の外を見下ろした。

まるで、遠くを見るように。この世には映らない何かを見るように。


少しだけだが、初めてアイリの口からユーフォリア家の事情を聞いた。

ほんの少しだけだ。

今のアイリの表情を見たら、ほんの少しだけなんて、微塵も思えない程になっていたのだが。


「……なんつーか。この国に平和ってのは、むしろ希少価値なのかも知れんな」

「実際、かなりバランスの悪い国だと思う。主に貧困が原因だと思うけど。心を豊かにするには、お金が必要だもん。個人単位でも、国単位でも。人並みの生活を送っているのは、王都を中心とした地域で暮らしている人達だけ。あまりに広すぎるこの国で、勝ち組と負け組はしっかり分かれている」

「嫌ならこの国を出て行けばいい。いくらでもその選択肢は選べただろう」

「昔ならそれも悪くなかったかもね。でも今は無理」

「何故」

「だって、この国には救済を求めている人が多すぎるもん」

「救済を求める全ての人間に目途を付けていたらキリがないだろう。それこそ一生を尽くしても足りないくらいだ」

「いいんだよ、それで。それが、私とパパの罪なんだから」

「っ……!」

「どうしたの?」

「……いや、まぁいい。しかし、それなら何故俺を家族として迎え入れる必要がある」

「決まってるじゃん。タケトも家族を失った。それなら、私達の家族として迎え入れることで、タケトは救われるんじゃないか、って思ってさ。所謂これもレスキューってやつ?」

「なら、なんだ?お前ら家族は、家を失った人間が現れたら、全員を家族として迎え入れるのか?」

「うーん、流石にその時は別の手段を選択するかな」

「御託はいい。要は、俺はお前ら家族の善人ごっこに付き合わされた、ってわけか。ふざけんじゃねえ。結局は自己満足じゃねえか」

「なら、ナオキはなんで私達の家族になる事を受け入れたのさ」

「そ、れは……。従わなければ、ユウトに殺されると脅されたから……」

「嘘。パパの言葉がハッタリだと見抜けない程、タケトの目は腐っちゃいない。タケトは、あの脅しがハッタリだと理解した上で、あえて渋々私達の家族になる事を受け入れた人間を演じていた。自分の心をもハッタリとして偽る為に。言い訳として自分を納得させるために。違う?」

「違う、俺は……」

「違わない。何も違わない。タケトは求めていた。自由を、家族を。それは何も違わない」

「……」

「それにさ、もう1つ決め手があるんだよ」

「……これ以上、何があるってんだ」

「私が、タケトを好きだから」

「……は?」

「だから、私がタケトを好きだから」

「……嘘だろ」

「なら、私の顔を見てよ。嘘を言っているように見える?」


ずい、と。顔を近づけられる。吐息がかかる距離までに。

まつ毛の長さ、瞳の形。そんな部分まで凝視できるくらいに、俺とアイリの顔は接近していた。

吸い込まれるような赤い瞳に、思わず、意識を持って行かれそうになる。

思えば、女の子とこんなに間近で顔を合わせたのは初めてかも知れない。

汗が滝のように噴き出る。この程度のことで、平静を保てない程軟な心臓ではないはずなのに。


「どう?」

「……どう、と言われてもな」

「結局一目惚れなんだけどね。初めての恋が一目惚れって、私も随分尻軽女なのかな」

「……知るかよ」

「ま、恋に落ちた理由なんてどうでもいいけどさ。……さてと、どうする?私はそろそろ家に戻るけど」


ひょい、と顔が離れる。

それでも、さっきまでの光景が、脳裏に焼き付いて離れなかった。


「……しばらく放っておいてくれ。じきに戻る」

「……おっけ、じゃあ待ってるからね」


やや放心状態の俺を見たアイリは、少しだけ躊躇した後、背中を向けて来た道を戻る。

放っておいてくれと頼んだ手前だが、このまま俺が逃げ出す事を考えないのだろうか。

……いや、当然把握済みだろう。


崖際に腰を下ろし、しばらく下界を見下ろす。

空気は澄んでいて、美味しかった。空気ですら味を感じるようになったのは、ユーフォリア家で暮らすようになってからだった。ここでの日々は何もかもが新鮮だった。


「……アイリ・ユーフォリア、か」


ふと、口に出していた。


フルネームで口にしたのは、初めてかも知れない。


良い名前だ。そういうことに、しておくとしよう。




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