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ねぇ、神様、いつか、きっと  作者: ジアルマ
第三章
12/13

ラムコーク日和

「――ってさ、そんなん無理って話なわけよ」

「……」

「おーい、タケト。聞いてっか?」

「ん?……あぁ、またオーディション落ちたって話だっけ」

「ちげーよ、というか無意識に傷を抉るんじゃない。……ったく、毎回毎回飲めねえのに無理すんなよな」

「んー?」

「いや、んー?じゃなくてな」


あまりに雑な反応に対しても、ある程度はしっかり対応してくれる辺り、この男もまた、寂しがり屋なのだろう。売れないミュージシャンは、そのまま手元にあったバーボンを一気に飲み干し、少しだけ長い溜め息を吐いた。


都内モールの店と店の間にある裏路地の地下にある『バゴーン』という名の酒場は、狭いながらも混み過ぎず、毎日ポツリポツリと客がいる。連れと共に来る客は大体店の隅にあるドラム缶を囲んでいるので、カウンターに座るのは俺のような連れのいない奴らばかり。


酒とは無縁だったのだが、無意識に、この店に足を運んでいる。大抵酔いつぶれているので、帰り道の記憶などない。マスターがお好みで出す酒を適当に流し込み、意識がなくなるまで店で過ごす。それでも、酒に潰れるのは悪い気がしなかった。酒に酔っている時だけは、何もかもを忘れられる。もしかすると、マスターが出すそれが酒かどうかもわからない。しかしそれは、ある意味では都合が良かった。何も考えず、ふわふわと良い気持ちで時を過ごせるだけで、その空間には価値がある。いくら吐くことになろうとも、二日酔いで頭が割れそうになろうとも、どういうわけか、やめることなど出来なかった。


ここに来る連中は、皆そうだ。生きる上で身に付けた仮面を少しだけ脱ぎ、少しだけ身の上を知り合った他人達と少しだけ遠慮のない一方通行気味の会話を楽しみ、再び仮面を纏って店を後にする。そんな客を何人も見てきたし、共に言葉を交わしたりした。時に酒の力を借りつつも、人は頑張って生きているみたいだ。


「んお、この鹿肉のジャーキー中々イケるやん」

「ああ。それ俺が作ったやつ。イケるだろ」

「……タケト、お前猟師か何かの家庭で育ったのか?あるいはホームレスだったりするのか?」

「似たようなもんよ。つーか温室育ちのレンには言われたくないわ、金寄越せや」

「金があっただけさ。後悔はしていないけど、もうちょっと上手くやれたとは思うよな」

「またその話?聞き飽きたんだけど」

「るせぇなあ。ラムコークでも奢ってやるから大人しくしてろ」


レンはバーボンのお代わりとラムコークをマスターに頼むと、胸ポケットからタバコを取り出しマッチで火を付ける。この前何故ライターを使わないのか聞いたら「それが粋ってもんよ」とのこと。欲しい返事ではなかったものの、売れないミュージシャンなんてこんなもんか、などと思ったりもして妙に納得した。


「大人は皆口を揃えて、勉強しろだの、行儀よくしろだの。子供の頃はただひたすらにうぜぇって思ったよ」

「今も子供じゃん」

「お前よりかは大人だよ」

「そう?」

「そうだよ。こういう言葉の意味はさ、大人になってから気付くんだよ。勉強ばかりして親の言うことにはちっとも逆らわなかったガリ勉君も、自分のやりたいことばかりやってたちゃらんぽらん君も、歳食ってから本当の意味に気付くんだよ」

「学園通ってないからよくわからんわ」

「通えよ学園。学園はいいぞ」

「気が向いたらな」

「ま、学園中退して自分勝手な道を進み始めた俺が言えた話じゃないけどな……」

「後悔してんの?」

「まさか。……だけど、もっと上手くやれたとは思うし、やっぱり少しだけ後悔してるかもよ」

「……ふーん」


言葉を適当に交わしているだけで、レンとは別に目を合わせたりしない。俺はといえば、店内の様子を観察したり、無数にあるボトルの数々を眺めたり。時々、レンの方向を向いたりもする。しかし目は合わない。レンの目線は常にぼんやりと上斜め45度を向いている。きっとその先には、レンだけの、特別な世界が広がっているのだろう。


「ガキの頃、思ってたんだよ。負け組にはなりたくねぇ、って。誰よりも輝く勝ち組になりてぇ、って。適当に学園出て、適当な企業で働いて、適当に人生を過ごして。そんな、負け組のような大人にはなりたくねぇ、って思ってた」

「だから音楽の道を選んだの?」

「だから、って訳じゃねぇけどさ。俺はこいつで輝きたいと思ったんだよ。オンリーワンになりたかったんだよ」

「で、実際は」

「オンリーワンは、予想以上に険しかった」

「だろうな」

「俺さ、昔オンリーワン・マイロードって曲作ったんよ」

「タイトル流石にダサすぎやない?だから売れないんだよ」

「今にして思い返すと、身悶えするくらいにはアレな過去だわな。ま、でもいーんだよ。そういういうのも経験よ、経験」

「ふーん」


なんとなく口寂しくなって、レンに奢ってもらったやっすいラムコークをグイとあおってみる。なるほど、実に爽やかな口当たりだ。少しジメジメとした地下で飲むには最適である。


「大人ってさ、案外皆頑張ってんだよ。あいつら、適当に生きてるように見えてさ、すげぇんだよ。歳喰ったらさ、普通に生きるってことが、実はとんでもなく大変でさ。そんなことを、歳ばかり重ねた俺は思い知るわけさ」

「……」


ふと、こんなことを思った。

俺の親も、以前は頑張っていたのだろうか。

普通に生きることを、頑張っていた時期はあったのだろうか。


……俺は、いつまでも両親のことばかり考えているな。

呪縛のように、いつまでも、頭の片隅に置かれている両親の存在。まだ、解き放たれることはないのか。


「俺もさ、決して頑張ってなかったわけじゃなかったんだ。昔は良かったよ、好きなことに貪欲に取り組んで、滅茶苦茶頑張って、今回は駄目でも次があるさって希望があった。希望があったから頑張れた。応援してくれる人だっていた。……でも今は、その希望が、時と共に少しだけ遠ざかっていくような気がして。俺が進むより早い速度で、いろんなものが遠くへ消えていくような。終わりのない、孤独な旅路を歩いていくような。大好きな音楽すら、どこかふわふわとした、幻想みたいなつかみどころのない存在のように思えてくるんだ」


ふぅっとタバコを吹かした後、誰も聞いちゃいない自分語りをつらつらと続けるレン。とろんとした虚ろな目といいその姿は酔っ払ってる男というよりは薬物中毒者にしか見えないので、レンの吸ってるタバコを取り上げて中身を確認しようと思う時は多かった。三本に一つは薬物が出てくるに違いない。


「前に進み続けるって、とんでもなく大変なんだ。金も、女も、家族も捨てて。結局、俺には何が残っているんだろうな……」

「音楽が残っているじゃん」

「音楽、だけじゃないか」

「別に、それでも何もないやつよりマシだよ。……頑張らなかったやつは、まがいものしか知らなくて、本当に大事なものは何も手に入れられないんだからさ。前に進み続けるのって、とてつもなく辛いんだろうけど。でもきっと、目当ての物じゃなくても、かけがえのない何かを手に入れられるんだからさ」

「お、なんだ。珍しく励ましてくれてんのか?可愛いとこもあんじゃん」

「そんなんじゃねぇっての」


半分ほど残っている冷えたラムコークを一気に飲み干す。少しだけ、身体がカッと熱くなるのを感じた。

そんな俺を横目で眺め、少しだけ鼻で笑った後、再びタバコに火をつけるレン。こいつ、この短時間で何本吸うつもりなのか。やっぱり薬入ってるだろそれ。



「――タケちゃん久しぶりー!」


不意に背中に衝撃。

耳にキーンと来るアニメ声。ほんのりと甘い香水の香り。何より豊満な女体の感触は、振り返らずとも背後にいる人物を推測するには充分すぎるものがあった。


「メグ……いきなり抱き付くなっていつも言ってるだろ」

「いーじゃん別に、ホントは嬉しいんでしょ?あ、マスター。私ジンジャーエール。あとタケちゃんにラムコークのお代わり」


唐突に現れては唐突に注文し唐突に俺達と並ぶようにしてカウンターに腰を下ろすメグミ。こういう雑な動作は相変わらずではあるのだが、大好きなアルコールを注文していないところを見るに、どうやらこれから出勤らしい。


「これから?」

「そ、ランカー譲は大変なわけよ。今度タケちゃんも来る?目一杯ご奉仕するよー」

「生憎そんな金無くてね」

「あらら、つれないのん」


谷間をちらつかせて色気やや増しに誘う割にはビタ一文まけてもらえる様子はない。金への執着心は以前から色褪せることはなく、メグミという女の1つの象徴である。

因みにレンは一度メグミにサービスを受けてもらったことがあるらしい。そんなことに金と時間を使ってる暇があるなら他に色々やるべきことがあるだろう、と至極当然な疑問が浮上するのはさておき中々面白い話である。既に隣に座っていたレンの姿はない。手早く会計を済ませて、まるで脱兎のごとく去っていった。別にそこまで気にするほどのことでもないであろうに、レンにとってのオアシスはあっという間にスラム街へと変わったらしい。この間はどーも、また遊びに行くから気持ち良くしてくれよ。てな具合に茶化せば良いと思うのだが。

まぁ、しかし。きっとそういうものなのだろう。


「……」

「どしたのタケちゃん。私に見とれちゃった?」

「いや……。タバコ、吸わないんだなと思って」

「あぁー、あれね。やめた。お金勿体ないし」


でた、お金。

メグミがそういうお店で働いているのは、別に好きだからとか、そういう温い理由ではない。金が必要、ただそれだけとのことだ。実に簡潔である、以前酒を交わした時に特に気にするような素振りもなく打ち明けていた。

竹を割った様なさっぱりとした性格のメグミのことは、嫌いではなかった。何というか、人間らしい気がして。少しだけ、その真っ直ぐさに嫉妬したりもした。


「ストレスとか溜まるだろ」

「その為に定期的にここに来て毒ぶちまけてんじゃないの」

「相変わらず客嫌い治らないんだ。まぁ、そりゃキモイよなぁ。特に加齢臭漂うオッサンの相手とかヤバそう」

「あはは、そういうのは慣れたけどね。心の調整をすれば、何とかなるものよ。……仮にどんな素敵な人だろうと、お客さんってだけで、なんかキツイんだけどね」

「……?」

「タケちゃんには興味のない話かも知れないけど。……ほら、私のお客さんって時点で、ある程度お金に余裕がある人なわけなのよ。自慢じゃないけど、私のサービスって、そこそこ値が張るわけじゃん。それこそそこら辺の安いスーツを着たサラリーマン一か月の給料が吹っ飛ぶくらいには」

「ふむふむ、それで」

「なーんか、苦手なんだよね。そういう人が」

「……いやいや、メグ。やっぱり仕事むいていないんじゃないか?」

「それは、どういう意味で?」

「どういうって、それは……」


微妙に言葉に詰まる。

無言で押し切れないかとメグミの方向に視線をずらすと、びっくりするほどに真顔なメグミさんの御尊顔。なんでこんなに真剣なんだこの女は。

同時に、一向に減っている様子の見られないジンジャーエールは、何故だろう、妙に寂しくも思えた。


「本当はこんな仕事やりたくないわよ。借金だって、ほんの少し悪い男と火遊びして大火傷。私の見る目が無かったのもそうだけど、たまたま運が悪かっただけ。皆失敗を繰り返して、経験して、そうやって生きている。私も、たった一回の失敗をしただけ。ちょっと躓いただけ。たったそれだけなのに、どーしてこうなっちゃったのかしらね。……男なんて嫌い。だけど私には男に頼って今を生きるしかない。普通に生きているって、実はとんでもなく幸せで。それに気付いていない馬鹿な男達の遊び金で、私はなんとか今を生きている。それが時々、とんでもなく惨めな気分になるのよね」

「気付かないだろうさ。だって、皆普通に生きているんだから」

「ふふっ、そうよね。それでも私は頑張って生きるの。水商売やってて後ろ指刺されるのなんて今だけだけ。借金返して、今度はいい男と付き合って、幸せな家庭を築いて。子供は……二人くらい欲しいかな。とにかく私は、そんなふうに、幸せだって吠えてやりたいのよ」


少し乾いた笑みを浮かべた後、メグミはようやく水浸しのコースターに乗っているグラスに口を付けた。釣られて俺も、半分程残っているラムコークをぐいとあおる。

鹿肉のジャーキーを勧めたら、後で食べるね、と紙に包んでポケットに入れていた。表情から察するに好みでは無いのだろう。後で捨てられるかも知れないなと悟って妙に傷付いた。今度は熊肉のジャーキーでも持ってくるか。

しかし、こういう気遣いが出来るのは流石だな、とも思った。俺ならいらないの四文字で突っぱねていたところだろう。


「俺は同情なんてしないぞ。メグもわかっているだろ、生きる上で不条理は付き物だ。平等なんていう言葉は戯言だ。生まれた時点で不平等なんだ。神様なんて、いないんだ」

「……わかっているわよ、そんなこと」

「でも、そういう現実に押し潰される人は沢山いる。歯を食いしばってでも前に進もうとするメグは、カッコいいよ。商売なんて、何やっててもいいじゃないか。それが今を生きる為に必要なら、仕方のない事だと思う。少なくとも俺は、世間に流される様に適当に生きている人間より、メグみたいな芯を持っている生き方をしている人間の方が好きだ」

「……」

「……俺は、なんていうか、少しだけ間違った生き方をしたけれど。だからこそ、わかる事があるというか。……まぁ、なんだその。頑張れよ、っていうか」

「……」

「……なんだよ、黙るなよ」

「……ふふっ、あはははっ!……タケちゃん、そんなんじゃ女の子は口説けないよ。もっとお喋り上手にならないとね」

「別に口説いてなんか――」

「わかってるわよ」

「む……」

「でもなんか久しぶりにきゅんきゅんしちゃった。懐かしいなこの感覚」


なんとなく気恥ずかしくなって、何かを誤魔化そうと別の酒を注文する。程なくしてマスターがお代わりと冷たいおしぼりを持って来た。

全身から、気持ち悪い汗が出ているのがわかる。顔だってきっと真っ赤だ。くそ、慣れないことはするもんじゃないな。


「ありがとね、タケちゃん」

「別に、感謝される筋合いなんて――」

「そういう態度は良くないわね。どういたしましての一言で返すのがベターよ」

「どういたしましてなんて、生まれてこの方口にしたことがない」

「じゃあ今言いなさい。はい、どういたしまして」

「ど、どういたしまして……」

「ふふっ、よろしい。元気が出たお礼に、一発ヌいてあげよっかな」


淫怪な手付きで俺の首筋をなぞるメグの指先。今まで体験した事のない快楽の波に襲われて、ゾクゾクと身体が反応する。指で首筋をなぞられるだけで、ここまで身体が反応するとは意外だった。


「いや、いいって」

「遠慮しなくていいのにー」

「や、俺イ〇ポなんだよね。だから無理って言うか」

「……え?」


珍しく硬直するメグミ。なんだよ、暗殺者時代カレンは大声で笑ってくれたネタなのに。


「別にそこまで気にしていないから。深刻そうな顔すんなよ」

「……まぁ、タケちゃんがそう言うならいいけどさ。男の人でイ〇ポって死活問題というか。デリケートと言えばデリケートな部分なのよね。本気で気にしている人もいるし、タケちゃんはまるで気にしてないみたいだからいいけど。……一応ちゃんとついてるものはついてるみたいだね」

「やめろ、変なとこ触んな」

「気持ちよくない?」

「変な感じ。くすぐったいというか」

「でもたたないね」

「だろ?」

「私のおっぱいとか触ってもたたないの?」

「多分たたないんじゃない?触りたいけど」

「素直でよろしい」


ふーむ、と唸るメグミ。

イ〇ポイ〇ポなどと、どう考えても酔っ払いが調子に乗っているとしか思えないワードが店内に飛び交っているのだが、程よく酒が回っている連中は周囲の声など無音に等しい。なんだなんだとソワソワしながらこちらに視線を向けて来るのはほんの少ししかいない。逆に言えば、数名はこちらの猥談に興味を示し始めていたのだが、メグ姐さんはまるで気にしていない様子でしたとさ。というか、俺がふざけ半分で持ち出したイ〇ポという問題について、意外にも真剣になられている様子である。なんだか申し訳ない気分にもなるさこれは。


因みに、イ〇ポについて。原因は暗殺者時代に投与されていた大量の薬が原因であると思う。担当のドクターからも薬のせいでホルモンバランスが崩れただの色々言われた。ドクターは「君の遺伝子を引き継いだ子を沢山産まねばならない、非常に困る」などと真剣に悩んでいたのを覚えている。


「タケちゃん。男の子は何故チ〇ポが付いているんでしょうか」

「排尿する為です」

「違います」

「いや違わないだろ。嘘つくなよ」

「まぁ合っているんだけど違うの。チ〇ポは女の子と結ばれるためにあるの」

「は、はぁ……さいですか」

「人間の幸せって、結局、素敵な男と女の関係になれるかに限られるのよ。男には女を、女には男を。それが真理なの。それがわからない内は、まだまだ子供ってことね」

「レンにも子供って言われたよ。そんなにガキかね俺は」

「クソガキよ。大人になるには、いっぱい色々なことを経験しなきゃ。――さて、と。私、そろそろ行かなきゃ。じゃあねタケちゃん、イ〇ポ早く治しなよ!」


去り際に抱き着かれ、頬にキスをされた。振り返った頃には、もうメグミの姿は消えていた。

メグミは、確かに楽しそうに振る舞ってはいた。しかしどうだろう。楽しんでいる自分を、演じていただけなのだろうか。


少しあれだけ騒がしかったカウンターも、十秒後には店内のムーディなBGMに塗り替えられ、いつもの空気に戻っていた。

俺のように、長時間バーに居座る客なんて意外といないものだ。皆、溜まったものを吐き出して、気が済むと去っていく。そういう場なのだ、ここは。


「――よう色男」


と、また新しい来客である。


「いたのか、ケーター」

「あぁ、いたともさ。隅っこのドラム缶の上でひっそりと飲んでいたさ。そしたらなんだ、羨ましすぎて殺したくなるような会話が聞こえてくるじゃないか」


イ○ポイ○ポ連呼してるあの会話がそんなに羨ましいのだろうか。さてはこいつもイ○ポなのだろうか。そんな疑問が頭を掠めたが、口には出さないことにした。


「いや、男二人でそういう会話するのはマジで勘弁なんだけど」

「するか、アホ。マスター、ジントニック2つ」

「ジントニック飲むのかよ。あれ薄くない?さてはケチったな」

「奢ってもらうのに随分な物言いだなおい、濃い目で頼むから勘弁しろよ。つーかよ、あんないい女とお喋りして、ちっとは面白そうな顔できないわけ?」


実に若干オタク気質なケーターらしい物言いである。

こういう人間は一方的に喋れる相手にはグイグイ来るが、基本的に会話というものを好まない。要は臆病なのだ。自分が傷つかない範囲で調子に乗っているのだ。


ここに通う様になってから、そういうものを肌で覚えた。確かに俺は、人と会話をすることで、何かを学んでいるのかも知れない。


「何、お前メグのこと好きなん?」

「好きっていうか……そりゃまぁ好きか嫌いかで聞かれたら好きだが……」

「んだよ、嫉妬かよ」

「嫉妬もするさ。俺が年収以上の金をつぎ込んでいる女に気に入られているんだからな」

「……ん?それって……」

「お察しの通りだ。笑いたきゃ笑え」

「えぇ……、なんか生々し過ぎて笑えんよ」


つまりは、レンもケーターも似たような兄弟という事か。

もしかしてこのバーの客皆そういう連中なのだろうか。いやいや、それは勘弁してくれよ。


「なんか失礼なこと考えていないか?」

「考えていたさ、モテない独身アラサーは惨めだなと」

「モテない……ね。確かにモテないさ俺は、だからいつまでもバツイチのまま燻ってんだろうけど」

「え、結婚してたのかよ」

「ああ、3年前に別れたけどな」

「へ、へぇ……そりゃまぁなんというか」


意外、である。

しかし世のブ男もそりゃ誰かしらと結婚しているわけであって。それはもう幾つもの事情が絡み合っているのか知れないが、何だかんだ人は結ばれているのだ。

そう思うとケーターという男もまた、ある意味では立派に一人の男なのだろう。


「なんでバツイチなん?」

「随分ストレートに聞くな」

「駄目なん?」

「いや、いいけどさ……。メグはああ言っていたけど、それは女性の思考さ。結局、男にとって女や家庭は、安らぎの場にはならないってこと。本当に心の在り処になる場所っては、別にあるんだよ」

「……え、いやいや全然意味わからないんだけど。もう酔ったん?」

「アホ。……マスター!ジントニック2つおかわり!」



――そんなふうに、今日も夜は更けていく。







―――――――


「……うっぷ、気持ちわりぃ」


「今日もかなり飲んだみたいだからね。はい、水」


「うう。サンキュ、マスター」


「さて、もう店内には僕ら二人だけだし、そろそろ店を閉めるかな」


「……もうそんな時間なのか」


「それにしても、相変わらず男女関わらずモテモテじゃないか」


「ほっとけ」


「はは、皆大変そうだ。人は皆、誰しも苦悩を抱えて生きている。それを吐き出す場だって、必要なんだよ。でなければ、まるで水をパンパンになるまで入れ続けた風船のように、やがて破裂してしまう」


「……」


「でも、それこそが人間という生物が持つ最も愚かな部分。苦悩も、快楽も、増悪も、あらゆる全ての感情は、人間が知性を持っているからだ。だからこそ、そして醜い生き物なんだよ。知性を持つ限り、人間は、どこまでも堕ちていくことが出来るんだ」


「……」


「おや、流石にグロッキーかい?あれだけ盛られていては仕方がない」


「……」


「――さて、今日も始めようか」



―――――――

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