表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ねぇ、神様、いつか、きっと  作者: ジアルマ
第二章
10/13

所謂これは、デートってやつ

王都カルマルク。


アステリア王国最大の都市。山頂からの景色を拝見するに、意外にもユーフォリア家が王都に近い場所に位置していることはあらかじめ把握していたのだが、いざ王都に足を運んでみると、やはりどこか違うものだ。なんというか、その土地特有の空気って、あると思う。

殺伐としていないし、時の流れも、心なしか穏やかに感じる。道行く人の足取りも、なんとなく陽気だ。

まるで、幸せな人しか訪れてはいけない場所の様な。そんなことを感じてしまうのは、俺が持つ感性がい歪でズレているからなのだろうけど。


「疲れた?」


そんな鬱屈とした気持ちを察したのか、隣を歩くアイリが顔を覗き込んでくる。女の癖に相変わらずそばかすが残念な容姿である。


「や、別に」

「へーっ、やっぱり体力あるんだね」

「それを言うならお前もだ。女のくせに身体能力おかしいんじゃないのか」

「私は、ほら、特殊な環境で育ったから。似た者同士だね」

「本気で言っているのか?」

「わ、怒った。冗談だってば」

「……ちっ」


無駄に噛みついてしまった。冗談とわかっているのに、ついムキになってしまう。


でも、考えてみれば。物事にムキになったりすることは、今までそんなになかった気がする。受け流しても、噛みついたりすることは少なかった気がする。



「……あれ」

「どしたのよさ」

「いや……聴いたことある歌が流れているなって」


モールを歩いていると、どこかで、聴いたことがあるフレーズが耳を擽る。

Fly high――翼を求めて。Fly high――翼を羽ばたかせて。なんだったかな、これ


「ああ、キボウノツバサね」

「キボウノツバサ?」

「うん。昔流行った歌だよ」

「ふーん?」


ああ、そういえば。ホームレスのおじさんが、少しだけ口ずさんでいたっけ。


「というかタケト、キボウノツバサも知らないなんてさ。世間知らずというかなんというか。好きな歌とかないの?」

「いや、そもそも歌を聴くという概念がない」

「……」

「なんだよ」

「いや、本当に扱いづらい男の子だなぁと思って」

「ほっとけ。お前こそ可愛気のない女だろう」

「じゃあ私がとびっきり可愛い美少女だったら、少しは気を遣ってくれるのかな?」

「さぁな」

「……まぁいいや。そんな不愛想なタケト君に、プレゼントを買ってきてあげる」

「いや、俺は別にいらんけど」

「うっさい!とにかく、ちょっと待っててね!」


と、有無を言わさず、アイリはたちまち人混みの中へ溶けて行った。相変わらず嵐の様な女だ。


モールの中に一人残される。喫茶店にでも入って時間を潰そうと思ったが、生憎金など持ち合わせていない。ナンパでもしてみるかと思ったが、そんな行動力など持ち合わせていない、仕方なくベンチに腰掛け、道行く人を眺めながら時を過ごすことにした。


皆、幸せそうだ。子連れの家族も、手を繋いで歩くカップルも。

もし、突然モールの天井が崩れたらどうするのだろう。もし、擦れ違い様にナイフで切りつけられたらどうするのだろう。そんな些細な事で人は死ぬのに、誰もそんな事を想定していない。

人間とは脆い生き物だ。常に死と隣り合わせであり、生きるということは綱渡りをしている状態と同義である事を誰も把握していない。少しバランスを崩しただけで、簡単に死んでしまう。なのに、人は笑っている。己を鍛えるわけでも無く、日々を無駄に消化している。当然、大半の人間は、そんな事など考えてもいないのだろう。それでも俺は、人間のそういう部分が嫌で仕方なかった。本質的に人間の笑みというものが、そういう都合の悪い部分から目を逸らしているように見えて仕方がなかった。嫌なことなんて忘れて笑おう。そんなふうに見えてしまうのだ。


だけれども。そういう人達を眺めて、少しでも、ズルいなぁと思ってしまったのなら。それはきっと、嫉妬なのだと思う。

俺は、嫉妬しているんだ。俺が嫉妬しているだけなんだ。

皆、ヘラヘラと笑顔だけを浮かべているわけではない。笑顔でいられるように、頑張っている。時に苦悩して、時に挫折して。それでも、頑張って、前を向いているんだ。俺だけが、背後や真下ばかりを見て、自分をごまかしていたんだ。


「……眩しいなぁ」 


つい、口にしてしまった。

眩しさを感じれば感じるほど、自分という存在の影を強く照らし出す。

俺は何も頑張っていなかったのか、そんなことを強く思う。耐え続けた時期はあった、頑張った時期はなかった。

一度でも、自分から前に踏み出そうとしただろうか。両親と過ごしていた時も、暗殺者として過ごしていた期間も。自分からは、何も行動を起こしていなかったじゃないか。



「――ふぅ、疲れたなぁ」


隣の声に反応すると、見たことない少女が額に汗を流して同じベンチ腰掛けていた。

白いフリフリのワンピースに麦わら帽子、そしてあまり似合ってない黒いフレームの眼鏡。なんだかごちゃごちゃした服装だった。

声のひとつでも掛けてやろうか。そんなことを思ったが、沈黙を貫くことにした。案外向こうから話し掛けられるかも知れない。


「……自殺、したいなぁ」

「……」


先程まで抱いていた少し話し掛けてみようかなどという感情は、一瞬で吹き飛んだ。隣に座った少女は、予想斜め上どころではない程に変な奴であるらしい。


「……ずっと黙ったままなんですね」


と、なんか変なだし関わらんとこ、などと思っていた矢先、少女の方から話し掛けられてしまった。ツイているのか、ツイていないのか。いや、これは恐らくツイていないのだろう。


「いや、そりゃあんた。いきなり自殺志願者が隣に座ってきたらそりゃ、誰だって黙るんじゃないの」

「そうかも知れないですけど……いえ、なんでもありません」

「……私と似ているところがある気がしたから、とか。そんなところか?」

「なんでわかるんですか?」

「ま、昔色々あったからねぇ。だからこんな人間になってしまったんだけど」

「せっかくだから昔何があったのか聞きたいところですけど、やめておきます」

「その通り。あんた、俺に似てそういうところはよくわかってんじゃないの」

「誉め言葉ですか?」

「半分誉め言葉。半分は、まぁ、想像してくれや」

「なんですか、それ」


俺と少女は、互いに隅っこのベンチからモールを歩く人達の方を向いている。互いに向き合っているわけではない。それでも、半分くらいは、正面を向き合って話しているような気がした。



「今日は、なんだ。旅行でもしに来たのか?」

「そんなところです。貴方は?」

「……ま、気紛れだよ」

「そうですか。……なんかおかしいですね」

「何が」

「いえ、なんでも」

「ほーん」


少し言葉を交わしてみると、なんとなく感触のようなものが掴めるのは人間という生物ならではの感覚だろうか。不思議なもので、なんだか、悪い気はしなかった。このよくわからない根暗女とは、案外気が合うような気がした。


「皆幸せそうじゃないですか。なんだか、ちょっとムカつくくらいに」

「ああ見えて、人ってのは色々あるもんだと思うぞ。俺はまだよくわからないけど」

「そうかも知れないですけど。なんだかなぁ、って思いません?不公平だなぁって。時々、神様を呪いたくなりません?」

「お前も偽神教信者の一人か」

「なんですか、それ?」

「信者は今のところ一人しかいない。喜べ、記念すべき二人目の信者だぞ」

「は、はぁ……。私が言うのもなんですけど、貴方も相当変な人ですね」

「まぁな」

「……世の中不平等だなぁ、って思いません?」

「不平等だよ。でもそんなもんだ。人間ってのは、平等を求めるが故に自然に不平等を生むことを知らない。そんな社会の中で不平等を感じる人間は、大体幾つかの種類に分類される。不平等を覆すべく奮闘する人種、不平等であることを嘆くだけの人種、思考することを放棄して不平等であることに慣れるだけの人種。お前はどれに分類されるのだろうな」

「あはは、一つ目の人は随分カッコいいですね。物語の主人公って感じで。私は、とても、そんな風になれないですけど。理屈じゃないんだよ、って。うるさいよ他人の癖に、って。そんなことを思っちゃいます」

「そうか?俺は別に、一つ目の人種がカッコいいなんて思わないぞ。ホームレスの中には、そんな風に奮闘して崩れ落ちていった人間は数多くいるんだぜ」

「じゃあ貴方は、どんな人種なんですか」

「俺かぁ、多分三つ目だろうなぁ。結局のらりくらり適当に生きている。色々あって、絶望して、気づいたら奴隷になっていて、奴隷として働いていたけどその仕事すらままならなくて失職、しかしそのミスをやらかした現場で、ウチもいま人手不足だから前よりも数倍良い環境で雇ってあげるよ、みたいな。そんな感じなのかなぁ」

「なんだか随分波乱万丈な人生を送ってきたみたいですね……」

「そこら辺の人よりは。でも人生って、俺みたいにホント何が起こるのかわからないからさ、死ぬのは勿体無いと思うぜ。あんたさ、少しはそのパンパンに張り積めた肩の力抜いてみるのも悪くないんじゃないのか」

「……何も知らないのに、よくもそんなことが言えますね」

「何も知らないから言えるんだよ」

「……」


暫しの沈黙。

思えば、俺は何をやっているのか。身知らずの少女に対して適当なことをベラベラと。なんだか調子狂うな。


「ね、お腹空きません?」

「めっちゃ腹ペコだ」

「じゃ、どうですか。一緒にお昼でも」

「いいけど、おごれよな?」

「……」

「なんだよ」

「いえ。やっぱり、貴方みたいなどうでもいい人の方が、今の私には心地良いみたいです」

「ゴタゴタ言ってないで、はよ飯おごれや」

「はいはい、御馳走しますよ」






――「……あの」

「なんだ、今飯食ってるんだから話し掛けるな」

「いえ、確かにおごりますとは言いましたけど。それでしたらせめてリーズナブルな価格の品を頼むのが人情というか。まさかジョリーズ最高価格のステーキ、おまけにサラダとスープのセットまで注文されるとは、私は夢にも思っていませんでしたよ。そんなぼやきを女の子が口に出すのは負けですか」

「折角人の財布で飯が食えるんだから良いもの食おうと思うのが人情だろ。何言ってんだ」

「はぁ……、いや、もう何も言いますまい」


ここにしましょう!と元気よく連れて来られたのはジョリーズという名の、そこそこ賑わったファミリーレストラン。レストラン自体初めて訪れるのだが、昼時という時間も相まってそれはもう大混雑だった。店員の女の子達も、薄っぺらい笑顔を張りつけながら気が立っているのが伺える。あれだけの激務でもらえる時給ってのはいくら程なのだろうな。

にしても、目の前でぶすっとした不機嫌面を浮かべながらパスタ食ってるこいつは何なんだ。飯に誘ったのはお前の方じゃないかとブツブツ言いたくもなってきた。


「いやぁ、美味いな。冷凍食品のオンパレードかと思って少しガッカリだったが、いけるじゃないか。冷凍食品のくせに中々美味い。俺は冷凍食品を侮っていたみたいだ」

「ちょ、冷凍食品冷凍食品言わないで下さいよ!少しは、周りの視線も気にして下さい!」

「……なんだお前。割と無感情な奴かと思っていたが、案外そうでもないらしいな。そういうことで喜怒哀楽できる内はまだ自殺なんか考えない方がいいぞ。ちょっとしたことで人生楽しくなると思うからな」

「は、はぁ……そりゃどうも」

「感情の起伏が豊かなら、まだ幸せだと思うぜ。絶望から生まれる憤怒はあるが憤怒から生まれる絶望はないんだよ」

「もっともらしいことを言いますけど、そういう貴方は感情の起伏に乏しい様に見えますけど」

「いーんだよ俺は。生きる意味を探し続けるだけの、言わば旅人のような存在だから」

「貴方は自殺しようと思ったことは無いんですか?」

「口を開けば自殺自殺って、そんなに死にたいのかよ」

「別に、そういうわけじゃないですけど。貴方はどうなんですか、って話ですよ」

「あるよ。でも止めた。人間、死ぬ時なんてあっさりだからな。それに、死んで楽になる保証なんてどこにも無いんだぜ。例えば死に方次第で地獄に行くかも知れない。自殺した人はあの世で一生タダ働き、なんてな」

「そんなの、わからないじゃないですか」

「わからないから、死にたくないんだよ。まぁ、でも生きる意味を自分で見つけられた人間ってのは、本当に幸せだと思うよ。それが家族だったり、あるいは己自身が感じる快楽だったり。そんなのはどうでもいいけど、結局人間なんて種を残して繁殖し続けるだけの、その辺にいる虫と何ら変わらない存在で。でも、生きている途中で、自分の生きる意味なんてのを見出せたなら、それはきっと、幸せなことなんだと思う。それを見つけることが、人間として、生きるって意味なんじゃないのかな。そんなことを、つい最近くらいから、思ったりするよ。気休め程度の安い言葉に思えるけど、気休めでいいじゃないか。結局、感情という不思議なものを持っている以上、人間てのは感情で動く生き物だし、感情で満足する生き物じゃないか。――ということでパフェも追加していいか?」

「どういうことで追加していい理由になるんですか!……もういいですよ、好きにしてください」

「わーい」

「……」



少女の表情は、少しだけ俯いていて、だけれども、決して気落ちしているようには見えなかった。


随分、聞こえの良い言葉ばかりを並べた気がする。

確かに俺の手は血塗られていて、本来ならば堂々と都市など歩いてはいけない人間だ。沢山の人の笑顔を奪い、沢山の人の幸せを奪った。沢山の人の、生きる意味を奪った。

ただ、何もかもを奪った俺が、経験を元に得た欠片を還元できるなら。そう、例えば目の前の少女の、これからの未来を明るく出来るなら。

こんな形でしか罪を償えないけど。あるいは、償っている気分に酔って救われたいだけなのかも知れないけど。





――程なくしてパフェが運ばれてくる。パフェとは憧れだったが、こんなに美味いものだったのか。沢山の生クリーム、何種類ものアイスにイチゴ。思わず口がとろけそうだ。果実に甘味に、まさにお祭りの様な賑やかな食べ物だ。


「……」

「どうした、随分不機嫌じゃないか」


と、パフェに加えドリンクやフライドポテトなどを追加した俺に対して、不機嫌というよりは飽きれたような表情でぶすっと構えている目の前の少女。

水のお代わりばかりを繰り返すので、卑しいな、とポロリ吐いたら思いっきり睨まれた。


「いえ、男性にここまで雑な扱い方をされたのは久々なので。私ってほら、自分で言うのも何ですけど、そこそこ可愛いじゃないですか。スタイルも悪くないじゃないですか。確かに苦い経験はありますけど、男の子に見向きもされなかったことってあんまりないんですよね」

「は?何が言いたい」

「だから……えっと、その……あまりぞんざいな扱いをされるのがどうも癪というか」

「元々繊細に扱うような仲じゃないだろ。ほんの少し前にあっただけのどうでもいい仲じゃないか」

「だから、そのどうでもいいというのが嫌なんですって!」

「……え?いや、矛盾してるぞお前」

「あ、はい……取り乱してすみません……」

「……」


と、こういう風に、目の前の自殺志願者だったはずの少女は、中々に感情豊かである。いや、本当に何なんだろうかこいつ。

こういう時、昔のように視界に移る色で少女の感情を判別出来たのなら、今の俺が抱いている感情は全く別のものになったのだろう。

ただ、今となっては、あの能力を取り戻したいとは思わない。あれは、人の感情を色で察知する能力というよりは、危険な色から逃げる能力である気がするから。

何より、視界で疲れない生活に慣れてしまった。特に深く考えずに、脊髄反射で言葉を発することに慣れてしまったのだ。今目の前にいるあからさまに不機嫌な少女を眺めていても、気が楽なんだ。


「食うか?」

「はい?」

「いや、パフェ。美味いが、ちょっと飽きて来た。少し手伝ってくれ」

「え……」

「嫌か?ならいいけど」

「だって、貴方が既に口付けちゃってるじゃないですか」

「それが何だ」

「……わかりましたよ。はぁ……」

「ほれ」

「……」

「何だよ」

「ほれ、じゃないですよ!なんでこんなところであーんさせようとしてるんですか!」

「いや、あーんって何」


スプーンが一つしかないので掬って食べさせようとしてやったところ、どうにも目の前の女の子はご機嫌斜めである。にしてもギャーギャーうるさい女だ。長生きしないだろうな。

十秒後、ようやく俺が伸ばしているスプーンに口を付ける。真っ赤な顔で、最早味なんてわかっちゃいないのではないかと思う程に錯乱している様子だった。


「美味いだろ」

「ええ……はい」

「なんだよ、さっきから照れ照れ恥ずかしいような反応ばかりしやがって」

「じゃあ!貴方も食べて下さいよ!ほら!」


やや興奮状態にも思える目の前の少女は、パフェグラスに乱暴にスプーンを突っ込み、一口分を俺の目の前にずいと差し出す。

しかし、何だろうか。意外と、羞恥心のようなものを感じる。

俺は、ただ差し出されたスプーンの上に乗っている一口分の乳製品とイチゴを食べればいいだけ。それだけなのだ。

だが、不思議と鎖で拘束されたように身体が重い。身体の奥底から熱が噴き出るように、鼓動が高まるのを感じる。


「あれ、結局怖気づいたんですか?」

「っ」


少女のその言葉が引き金になったのか、身体が自然と反応し、一気にスプーンに喰らい付く。

もっしゃもっしゃと咀嚼を繰り返す中でパフェを味わおうとするが、なんだこれは、美味しいのか美味しくないのか。辛うじて甘いということだけはわかる。

いや、侮っていた。人前で男女テーブルに座り向かい合い物を食べさせ合うということは、こんなにも恥ずかしいものなのか。


「ね、私の気持ち。少しは解りました?」

「……次はお前の番だ」

「え?いや、もういいですから!」

「最終的に俺の方が辱めを受けて終わるなんて納得できるか」

「何ですかその俺様理論!貴方本当はただのバカなんじゃないんですか!?」

「うるさい。さっさと食え」



「――オマタセ」



ゾッと、背筋が凍った。


声が聞こえた方に顔を向けると、祭りの屋台なんかで売ってる出来の悪いお面をくっつけたような硬い笑みを浮かべるアイリの姿。貼り付けたお面の裏には、どんな般若が潜んでいるのやら。

見ればアイリは額どころか全身に汗を浮かべている。暑い中、必死で俺を探し回ったことが伺えるだけに、少しだけ罪悪感が芽生えた。


「いやぁ、探したよ。タケトったら、こんなところで女の子と仲良くお喋りしていたとはね」

「……なんでそんな怒ってんの」

「怒ってない!」

「いや、怒ってるだろそれ。怒ってない!って言いながらまさしく怒ってるだろ」


何を言っても逆上で返されそうな、頭に角でも生やしているのではないかと思うアイリさんを目の前に少し押され気味になっているこの現状。長時間放置されかけた俺の方こそ苦言を漏らすことが許されるべき立場なのではないのか、などと口に出そうものならぶん殴られそうだ。



「あはは……なんだかお邪魔してしまったみたいですね」


と、この場の空気にたまらなくなったのか随分気まずそうに席を立つ少女。正直巻き込んでしまって申し訳ない気持ちがある。


「というか、デートの最中だったんですね。そうならそうと言ってくれれば良かったのに」

「や、別にデートじゃないけど」

「そういうの、冗談でも彼女さんの前で言わない方がいいですよ。例え本心じゃなくても、言葉だけで傷付いちゃうのが女の子なんですから」

「……へいへい」


違う、そうじゃない。そんな気持ちでいっぱいだったが、これ以上弁解しても不毛な気がしたので適当に折れておいた。


「それでは、邪魔物は去りますね。バイバイ!名前も知らない変なお兄さん!」


名前も知らない変な少女は、そう言い残して去っていった。思えば、自己紹介すらしていなかった。名前も知らないような関係で、俺達は、少しだけ何かを共有して、別れた。


少女が去って空いた対面の席に、ドスンとアイリが腰を掛ける。ああいう正統派の女の子みたいなのを見た後だと、アイリという女はどうも色々欠落しているように思えてしまう。それが特徴と言えばそれまでではあるのだが。


「ああいう子が好みなの?」

「妬いてるのか」

「自惚れんな、死ね」

「折角だしお前も何か食えよ。腹減ってんだろ」

「む、そうだね。折角だからパフェもいっちゃうよ」

「太るぞ」

「大きなお世話。私太らないし」

「まぁ、いいや。食え食え、大いに食え」


しかし、あの少女に言われて初めて意識する。

所謂これは、デートってやつなのかも知れないな。

アイリとこうして王都に出掛けて、一緒に買い物して、一緒に飯食って。いや、思えばまだ一緒には買い物していないけど。それでも、こういうのって、デートというのだろうな。


ただ、俺は。あの、名前も知らない変な少女と一緒にいた時間の方が、甘酸っぱい時を過ごしていたような気がした。


「……あれ」

「どした」

「いや、あのね。さっき私注文した後に書き換えられた伝票貰ったんだけどさ」

「それが何だよ」

「金額、おかしくない?」

「……あ」


そういえば、あの少女。

何が、御馳走しますよ、だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ