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オワリノセカイ

作者: 仙人掌絶叫

「がおー」

 がおー、なんていう恐竜はいるわけがない。ぎゃああ、とか、きしゃああ、とか、もっと悲痛というか、必死というか、本能に従ってというか、そんな鳴き声のはずだ。がおーはちょっとわざとらしい。赤ちゃんがばぶーと言うようなものだし、媚びている、と思うこともある。

 わたしの夢は、いつも決まって恐竜の「がおー」で唐突に終わる。

 白馬の王子様の後ろに座って草原を駆け回っている時も、綺麗なお城の中庭で王子様とダンスを踊っている時も、夢がかならず恐竜の鳴き声で終わるのは嫌だ。

 毎朝か6時ちょうどに「がおー」と鳴くから目覚まし時計がいらないけれど、

 一回無視して夢の続きを見ようとしたら、夢の中で恐竜に食べられちゃったから悲惨だったし、起きないと現実で左腕を咬まれて、すごく痛かった。痛みで目覚めるのは一番気分が悪い。良くない。その日が一日、とても不幸なものになる。

 それがトラウマだから、朝の「がおー」を聞いたら、毎朝きちんと起きることにしているのだ。

「おはよう、ティラン」

「がおー」

 ティランの頭をなでて、首筋をモフモフとつまんだり、力を抜いたりしてあげるとティランの尻尾がバタバタと揺れる。

 ティランは猫くらいの大きさしかない。恐竜はもっと大きいと図鑑に書いてあったけれど、ティランもスーちゃんもプーちゃんも猫くらいの大きさだから、わたしにとってこれが恐竜の大きさ。喜んだ時に尻尾を振るのはなんだか犬みたいだし、本物の恐竜が尻尾を振るのは知らないけれど、わたしは本物を見た事がないし、わたしの周りも見た事がないっていうから、わたしが今見ている、この「がおー」と鳴く生き物が本物の恐竜。図鑑で見る恐竜は偽物だ。本に書いてある事は真実とは限らない。人がこうあってほしいな、と思う事が書かれている。そうやってみんな、誰かの嘘を信じて、それが本当かのように言ってまわって、色々なものがねじ曲がるのだ。王子様は夢の中で会えれば充分、実際にはいなくても問題ない。


 鏡に映るわたしはブサイクだと思う。瞼が重たくて、目がじっとりとしているし、唇もカサカサ、頬もちょっと垂れているかもしれない。隣のおばちゃんに「夢見ゆめみちゃん今日も可愛いね」と言ってもらえるようなわたしになるには、ここから少し時間をかけてお絵かきをしないといけない。

 化粧はお絵かき、美術、アート、創造的活動だ。人に見せたい顔、見せられる顔を、ああでもないこうでもないと、頭をひねって作るのだ。付けまつげとか、アイラインとか、一回やってみたけれど、黒谷さんに「ちょーウケる」って言われちゃってから、恥ずかしくて、頭とか顔面とかが真っ赤になって、熱くなって、汗がすごく流れた。結局、わたしなんかが背伸びしちゃダメなんだって、すっかり自信がなくなっちゃって、やめちゃった。

 黒谷さんも可愛いのに、わざわざ肌を黒くして、黒くしたかと思いきや、目の周りや唇は白くして、触ったら刺さりそうなくらい、豪華なつけまつげを付けて、よくわからない。これが「イケてる」らしいんだけれど、未来の人の考えはよくわからない。

 ボサボサの髪も溶かして、コネコネして、形を作る。髪をととのえるのも、彫刻?陶芸?そんな感じのアートだ。左右に三つ編みを作っていく。


 三つ編みが出来上がった頃に、おうちの電話が鳴る。

 カラカラカラ?ジリジリジリ?電話の音を口で説明するのは、ちょっと難しい。

「あーもしもしぃ?黒谷だけどぉ?」

「もしもし、おはよ、黒ちゃん」

 受話器の向こうの声に、出来るだけ明るい声を作って答える。独り言の時の声は元気がないから、元気のなさが周りの元気も奪うから、頑張って明るい声を作る。声も創造的活動なんだ。明るいから明るい声を出すんじゃない。元気だから元気な声を出すんじゃない。明るいと思われたいから、元気だと思われたいから、わたしの内面を隠すように声を作るんだ。

「つーかさー、夢見もケータイ買いなよ。ウチ毎朝電話するのめんどくさいんですけどぉ?メールでよくなぁい?」

「あはは、ごめんね。わたしそういうのよくわからないから」

「チョーウケる。つーかさー、毎朝電話してるウチって偉くね?自分で自分をほめたいわぁ」

「黒ちゃん偉いね。玄関開いてるから入っていいよ」

「チョベリグ~じゃあ入んねー」


 毎朝一緒にご飯を食べる黒ちゃんは適当そうだけれど、家に入る前にかならず電話してくれる。本当は真面目なのに見た目ですごい損していると思う。

 ガラガラ、と音がして、黒ちゃんが入ってくる。

「チイーッス」

「おはよー、って黒ちゃん昨日もお風呂入らなかったの?」

「つーかー、家帰んのめんどくさくね?」

 風呂に入らないのが何で格好いいのかわからないけれど、黒ちゃんにとっては汚いのが格好いいらしい。靴下もブカブカでダボダボでだらしがないし、鞄に教科書は入っていない。学校に何しに行くんだろう?

「面倒でも帰らなきゃダメだよ……風呂だけでも入る?朝ごはん作っておくから」

「いやー、友達のお風呂借りるのはー、流儀に反するって言うかー、っていうかー、今のちょーかっこよくね?名言じゃね?」

 流儀に反するって小説っぽいな、なんて思いながらわたしは黒ちゃんを座らせて、コンロに火をつける。今日は時間に余裕があるし、ハムエッグを焼こう。

 冷蔵庫からハムと卵を取り出すとティランがトコトコとやってくる。ティランは肉食だから肉っぽいものを見るとすぐにやってくる。

「お、ティランちーっす。今日もちょーキマッてんねー」

「がおー」

 まだ朝ご飯あげてなかったのを思い出し、ハムを1枚ティランに食べさせてあげる。ハムを受け取ると尻尾をふりふりしながら寝室に戻っていく。

 コンロに火をつけて、フライパンを置く。油をしいて卵を二つ割る。

「黒ちゃーん、パン焼いてー」

「うぃー」

 


「あああん!?テメーやんのかあああん!?」

「がーがー」

「がーじゃわかんねぇっつってんだろあああん!?」

「がーがー」

「なめてんのかてめあああん!?」

 玄関を出ると、今日も中間くんが玄関先でスーちゃんと遊んでくれている。

 頭がまっきんきんで、前にとんがってて、

 両足をガニ股でバタバタしながら、顎を何回もしゃくりあげている。

 それを見てスーちゃんは、トゲトゲの尻尾を振りながら前足で中間くんの足にじゃれている。恐竜の感覚はわからないけど、とにかくすごく楽しそう。

「おはよ、中間くん。今日もスーちゃんと遊んでくれてるんだね」

「あああん!?遊んでんじゃねーし、メンチ切ってんだよあああん!?」

 何の遊びかわからないけど、"めんち"はスーちゃんの大好きな遊びだ。


「中間ッチじゃん、チーッス!今日も頭ドリってんじゃね!?ダッセー今日も写メっちゃお☆」

「ドリルじゃねえっつってんじゃねぇかよ!これはリーゼントだっつってんだろ男の気合だっつってんだろあああん!?本牧育ちなめんなよあああん!?」

「あはは、今日も仲いいね」

「だしょだしょ?」

「全然仲良くねえし!テメーどこ見てんだエエッ!?」


 中間くんは、しゃべる時、大体語尾が「あああん!?」か「エエッ!?」なんだけど、そんな方言は知らないし、第一、言葉が汚い。そうやってわざと言葉を汚くして、自分を汚く見せて、損をしたがるところは、なんか黒ちゃんと似ている。やっぱり未来の人間ってわからない。


「今日も乗っていくんだろエエッ!?」

 中間くんは毎朝サイドカーでわたしたちを迎えに来て、学校まで送ってくれる。わたしはいつも側車に乗って、黒ちゃんが中間くんの後ろに乗る。


「よろしくね」

「よろしくねじゃねえんだよあああん!?もっと気合入れて言うんだよ夜露死苦!!」

 いつものように側車に乗る。

「よろしくー」

「テメーそれでも漢かよあああん!?」

「あはは、わたし女の子だよ?」

「気合の問題だっつってんだろあああん!?」

「よろしく!」

「もっと!!」

「よろしく!!」

「ひらがなじゃねえんだよ、漢字で言うんだよ夜露死苦!!」

「四炉士九!」

「ちょっと女みてぇだけど、ユメミの気合に免じてやんぜあああん!?」

「だから女の子だよ?」

「気合の問題だっつってんだろあああん!?行くぞあああん!?」

 バルンバルンバルルルルルルウ

 今にも壊れそうな音を立ててバイクが走り始める。わたしの乗った側車も、引っ張られるように前に進み始める。

 中間くんは毎朝バイクで送ってくれるし、スーちゃんとも遊んでくれるから優しいんだけど、会話がめちゃくちゃだし、サイドカーもすごくうるさい。


「遅くね?ちょーウケる」

「三人も乗ってっとスピード出ねんだよあああん!?」

「あはは、安全運転でよろしくね」

「よろしくねじゃねえっつってんだよあああん!?夜露死苦!!」

「四炉士九!」

「だから漢字ちげーしウケる」

「ウケねーよあああん!?」


 わたしのまわりは、いい人たちばっかりだけど、わからない人だらけ。

 多分みんなもわたしの事、あまりよくわかってない。

 でもここは、そういう世界。

 終わったモノが住む世界。

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