最終話 令嬢エリザベスの、華麗なる――
エリザベスの問いかけに対し、ユーインは真剣な眼差しを向けつつ答えた。
「もちろん、そのつもりです」
まっすぐに向けられた目を見ていることができず、エリザベスは顔を逸らしながら言葉を返した。
「別に、責任とか、感じなくてもよろしくってよ」
兄が暴露したとおり、気が強く、自分の意見を曲げないせいで婚約は破棄された。
そのせいで、王都に住む叔母セリーヌのところに行儀見習いをしに来ることになったのだ。
はねっかえり娘であることは、本人が一番分かっていた。
好いて結婚してくれる物好きなどいないということも。
ユーインは将来有望な文官である。
マギニス家は一応子爵位を持つ貴族であるが、出世の後押しなどできない。
彼ならば、将来を支えてくれる歴史ある名家の令嬢がお似合いなのではと思っていた。
「だから、別にわたくしと結婚などなさらなくても」
「私は以前――」
「?」
ユーインは顔を顰めながら話し始める。
「将来を支えてくれるような、名家の令嬢と婚約していた時期がありました」
その話を聞いたエリザベスはきょとんとしたものの、すぐに気付く。
「オブライエン公爵令嬢」
「ええ、そうですよ。気位が高くて、ぜんぜん心を許さなくて、伸ばした手も無視するような、とんでもないご令嬢でした」
その物言いに、エリザベスはくすりと笑う。
「そのご令嬢との婚約したことにより、将来が約束されたような地位を与えられましたが、分不相応だったからか、腑に落ちない気持ちになって……」
妬まれたり、陰口を言われたり、仕事を押し付けられたりと散々だったが、ユーインは頑張った。
「悪評だらけの婚約者のことが、好きだったから――だと思います。今、振り返ってみたら」
いろいろ大変だけれど、エリザベスと結婚をするため、ユーインは立場を受け入れ、地位に相応しくあるように努力を重ねていた。
「まあ、いろいろあって、その話は破談になりまして」
「ええ……」
だが、その頑張りの甲斐あって王太子はユーインの実力を認め、公爵家との繋がりがなくなっても補佐官として置いてくれた。
「しかしまあ、周囲は納得しないわけで。私も、エリザベス嬢がいないのならば、意地を張って残る必要もないかと思い――」
ユーインは異動願いを提出した。
「と、このように、家の力で出世するのは棘の道なのです。周りの言うことなんて気にしない、野心家ならば問題ないでしょうが。私は繊細なので、そういったことは二度とごめんだなと思いました」
エリザベスはユーインの話を、頬に手を当てながら聞いていた。
今までの話は、熱烈な告白だったのだ。
「話の続きをしても?」
「また、今度にしません? ちょっと、今は……」
顔が熱くなっているのは感じていた。きっと、真っ赤になって情けない顔をしているだろう。エリザベスはユーインから顔を逸らしながら言う。
「訊いてください」
「……」
ユーインはエリザベスの手を包み込む掴み、床に片膝を突いて乞う。
「エリザベス嬢、私と、結婚してくれませんか?」
求婚を受けたエリザベスは、頭の中が真っ白になる。
予想はしていたのに、いざ言われるとその破壊力は想定以上であった。
口を開くが、言葉は出てこない。
代わりに、一筋の涙がポロリと零れてきた。
涙を見たユーインはぎょっとする。
「嫌、でしたか?」
エリザベスは首を横に振った。嫌ではないと。
「あの、わたくしは――」
「答えは今日でなくてもいいです。一年先でも、二年先でも」
エリザベスの気持ちが固まるまで、待っていると言う。
「ただ、この先も一緒にいてください。今は、それだけでいいので」
エルザベスは声を振り絞る。
ユーインがここまでしてくれたのだ。何も応えないわけにはいかない。
エリザベスもしゃがみ込み、ユーインと同じ目線なった。視線が交わり、恥ずかしくなる。
息を吸い込んで、答えた。
「お気持ち、とても、嬉しかったです。わたくしも、ユーインと、同じ気持ちだと、思います」
言い切った瞬間、ユーインはエリザベスの手を引いて抱きしめる。
「ユ、ユーイン!?」
「すみません、嬉しくて……」
その後、会話をすることなく、静かな時を過ごしていた。
◇◇◇
一緒に住むには、周囲の目がある。
そうエリザベスの父が言ったので、先に婚姻届けを提出することにした。
しかし、結婚式の準備などしている暇はないので、今まで通りの生活が続く。
白い結婚だった。
セリーヌは喜び、結婚式を楽しみにしていると言ってくれた。
エリザベスの家族も、喜んでいる。ただし、複雑な気持ちを抱える父親を覗いて。
このようにひと波乱あったものの、あっさりもとの生活に戻る。
朝早起きしてアデラと朝食を作り、ユーインの支度を手伝って、見送る。そのあとは掃除をして買い物に行き、朝の残りで昼食を済ませる。昼からは掃除の続きをして、終わったら夕食の準備に取りかかった。
その生活を繰り返すうちに、エリザベスは家事を自分のものとするようになった。
アデラがポツリと呟く。
「あれ、私、もうすぐ追い出されるんですかあ?」
「なんで?」
「だって、エリザベスさん、家事とか一人でもできそうですしい」
なんだか出て行きたくないような物言いだった。
「当たり前ですよお。お屋敷はいじわるな先輩がいますし、ここが気楽ですう」
「だったら、この先もここで働いていただこうかしら」
「いいんですか!?」
「ユーインがいいと言ったらですけれど」
「だったら、頑張ってご機嫌を取っておきます!」
まだ先の話ではあるが、エリザベスがもしも文官試験に合格したら、家事はできなくなる。アデラの手が必要になるのだ。
「わたくしも、新しい人を雇うよりは、あなたがいてくれたほうがずっといいので」
「エリザベスさ~~ん!!」
涙目で抱き付いてくるアデラの背中を、エリザベスはそっと撫でた。
◇◇◇
一年後。
王宮の広場に、大勢の人達が集まっていた。
大きな掲示板が置かれ、前に集まった人達はそわそわしながら待っている。
今日は文官試験の合格発表の日だった。
エリザベスとユーインも、掲示板の前で発表を待ち構えている。
「なんですの、この人混みは。前がまったく見えません」
「私はなんとか」
眼鏡のブリッジを押し上げ、合格発表の結果を見ようとユーインは掲示板を睨みつけている。
「あ、来ました」
「きゃっ!」
周囲はワッと沸く。皆が前に行こうとしていた。男性の中にただ紅一点でいたエリザベスは、押し倒されそうになったが――ユーインが抱き寄せて守ってくれた。
「あ、ありがとう」
「いえ」
いつの間にか、周囲には誰もいない。結果を前に、熱狂している者、落胆している者と対照的な反応をしている。
「ユーイン、見えます?」
「いいえ、まったく」
お祭り騒ぎを前に、二人は呆然としていた。
「大丈夫です。きっと、合格していますよ」
「そうでしょうか?」
結果は気になるけれど、近付ける状況ではなかった。
ここで、誰かが手を振りながらエリザベスとユーインのもとへ走って来る。
「あのお方、ユーインのお知り合いですか?」
「いえ、覚えが……」
細身の中年男性である。人混みでもみくちゃにされたのか、髪や服が乱れていた。
「エリザベスさ~~ん」
「あの、あなたを呼んでいますが?」
「あんな人、知りま――あ!」
ようやく、エリザベスは相手が誰であるか気付く。
眼鏡を着けていないので、分からなかったのだ。
「コ、コンラッド殿下!?」
「え!?」
エリザベスとユーインは瞠目する。
結果発表の掲示板の前から走ってきたのは、かつて仕えていた第二王子コンラッドだったのだ。
エリザベスの前で立ち止まると、膝に手を突いてゼエハアと息を整えている。
「お、おめでとおおお~~!」
「え?」
「合格、合格だよ~~!」
「合格……わたくしが?」
「そう、な、名前、あったから!」
「あ、ありがとう、ございます」
びっくりして、信じられないような気持ちになる。
このびっくりが、コンラッド王子が来たからなのか、合格したからなのか分からないくらいには、混乱していた。
合格していてホッとする前に、なぜコンラッド王子がと疑問に思う。
考えていることが分かったのか、ポケットから眼鏡を取り出して掛けながら話す。
「文官試験を女の子が受けるって話を聞いて、絶対、エリザベスさんだと思って」
「は、はあ」
「それで、合格できるようにとか、特に何もできなかったんだけど」
「いえ、それは……」
コンラッド王子が何かしたのかと一瞬ヒヤリとしたが、そうではなかった。
「あの、ぜったい、うちで働けるように、お願いするから!」
「え、ええ、ご縁がありましたら」
「よろしくね!!」
ここで、兵士達の叫び声が聞こえた。
「コンラッド殿下だ!」
「いらっしゃったぞ!」
「あ、見つかっちゃった」
きちんと休憩時間に来たのにと言っていたが、そういう問題ではないのではと、エリザベスは思った。よくよく見てみたら、供を連れていない。
「じゃ、エリザベスさん、また」
コンラッド王子は元気よく走って兵士のもとへ行く。
気付けば、掲示板の前の人達は撤退したようだ。
ユーインはエリザベスの手を取り、発表を見ようと言う。
ゆっくりと近付いて、張り出された紙を見上げた。
「――あ!」
ユーインが先に見つけたようだ。指を差して、教えてくれる。
――三○一番 エリザベス・マギニス
きちんと、エリザベスの名が書き出されている。
気付いた瞬間に瞼が熱くなって、瞬きをした。
ユーインの顔を見上げたら、感極まっているように見えた。
嬉しくて、嬉しくて。
ポロポロと、喜びの涙で溢れる。
人目も憚らずに、抱き付いてしまった。
ユーインもエリザベスを、ぎゅっと抱き返す。
こうして、エリザベスはようやく夢への第一歩を踏みしめることができた。
◇◇◇
その後、エリザベスはコンラッド王子の補佐官補助として配属された。
もしや、シルヴェスターが上司なのかと戦々恐々としていたが――そうではなかった。
かつて、コンラッド王子とシルヴェスターしかいなかった執務室は、大きく変わっていた。
たくさんの文官が所属し、忙しそうに仕事をしている。
「彼は今、王太子付きになっているよ」
「そう、だったのですね」
驚いたことに、シルヴェスターは長年の仕事が認められ、王太子の補佐官となったらしい。今もバリバリと働いているという。
「さて、さっそくだけど、仕事をしてもらおうかな?」
「はい!」
エリザベスはコンラッド王子より、書類の束を受け取る。
ずっしりと重いそれは、エリザベスが自ら手にした仕事だった。
胸が熱くなる。
用意された机に座り、ペン先にインクを浸した。
エリザベスは夢を叶えた。
彼女の未来は、この先もずっと光輝いている。
―終―




