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話し合い

 とりあえず、アデラに茶と菓子の用意を頼む。しばし、時間稼ぎをしてもらうことにした。

 エリザベスは珍しく、動揺している。

 父親と兄がやって来た。しかも、常識外れの時間帯に。

 血の気が引いていくのを感じながら、ぽつりと呟く。


「どうしましょう……」

「エリザベス嬢?」


 わなわなと震えながら、ユーインを見上げた。


「どうしたというのですか?」

「わ、わたくし、まだ、お父様にお伝えしていなくて……」

「まさか、文官になる夢のことを、ですか?」


 エリザベスは首を横に振る。文官を目指すことは、あらかじめ父に話していた。

 牧場復興までの手助けをしたこともあって、反対することはなかった。賛成もしていなかったが。

 逆に、兄は大賛成してくれた。

 今、この場に兄が来ていることを、心の中で感謝する。


「何を言っていないと言うのです?」

「ここで、暮らしていることを」

「!」


 ユーインまでも目を見開いて驚く。

 落ち着いたら言おうと思っていたのだが掃除と勉強に明け暮れ、すべてが終わった時間帯にはくたくたになって眠ってしまう日々を過ごしていた。


「でしたら、私からご説明を」

「いいえ、あなたはここに。お父様、変に頑固なところがありますので、何を言い出すか……」

「なおさら、待機しておくわけにはいかないでしょう」


 きっと、エリザベスの父親はセリーヌの家に行き、ここで暮らしていると聞いたのだろう。

 怒って駆け付けたに違いなかった。

 俯いて、溜息をつく。


 落ち込んでいるエリザベスに、ユーインは両手を握りしめながら言った。


「大丈夫です。事情を話したら、きっと理解していただけます。エリザベス嬢、あなたのお父様ですから」

「……ユーイン」


 エリザベスは俯いていた顔を上げ、ポツリと隠していたことの一つを語る。


「わたくしと、お父様は本当の親子ではありませんの」

「え?」


 エリザベスは叔母、セリーヌの子だ。父親はオブライエン公爵である。

 よって、本当の父親ではない。

 淡々と、真実を告げる。

 ユーインは思いがけない出生を聞かされ、瞠目している。

 しかし、エリザベスが本当に伝えたかったことは別にあった。


「不思議なことに、わたくしとお父様はそっくりで……」


 短気で頑固、一度言い出したら聞かない。

 親子関係ではないのに、性格の根っこはよく似ていた。

 エリザベスは認めたくなかったが、今の状況を分かりやすく伝えるには、こう説明するしかなかった。


「なるほど。ならば今日、仲良くなるということは難しいということになりますね」

「あなた、お父様と仲良くなろうとしていましたの?」

「できるならば」


 ユーインは、覚悟はできていると言った。何度も会って、説得するしかないとも。


「あなたとも仲良くなるのにずいぶんと時間がかかりましたが――こうして、今は分かり合えています。お父上もきっと、何度も何度も会って話をしたら、ご理解いただけるかと」

「ごめんなさい」

「なんで、あなたが謝るのですか?」

「ユーインを巻き込むつもりはありませんでした。なのに……」

「大丈夫です。きっと」


 意を決し、一階の客間へと降りていく。


 ◇◇◇


 エリザベスの父は腕を組んで状態で、客間に座っていた。用意されていた茶や菓子にはまったく手を付けていない。

 逆に、兄は困ったような笑みを浮かべている。喉が渇いていたのか、カップの中は空だった。アデラが二杯目の茶を汲みに行く。


 エリザベスが客間に顔を出すと、父は立ち上がって詰め寄った。


「リズ、どういうことなんだ!」

「お父様……」

「父上、もう夜なので、騒がないでください。近所迷惑ですよ」


 父の腕を、兄が掴んで制する。


「近所迷惑になるような場所に住んでいるとは思わなかった!」

「お父様、まず、話を聞いて」

「聞きたくない。リズ、セリーヌのもとに帰るんだ」

「それは嫌!」


 エリザベスは腕を引いて、掴まれていた手を振り払う。

 よろけてしまったが、背後にいたユーインが肩を掴んで支えてくれた。


 ここで、エリザベスの父はユーインの存在に気付いたようだった。


「き、君が、エリザベスをたぶらかした男か!」

「私は――」

「言い訳は聞きたくない!」

「お父様、落ち着いて!」

「父上に、リズまで、近所迷惑だって」


 だんだんと収拾がつかなくなってきた。

 どうしてこうなったのだと、エリザベスは頭を抱える。


 ここでユーインが提案をした。


「すみません、いったん座って話をしませんか?」

「そうだよ。父上とリズも。まったく貴族らしくない」


 ――まったく貴族らしくない。その言葉に反応した親子は大人しく椅子に座る。

 その言葉とおり、エリザベスの父は貴族らしからぬ姿をしている。

 腕の筋肉は盛り上がっており、太ももはこの辺りにいる騎士よりも太い。

 紳士らしくフロックコートを着ていたが、太陽に焼けた浅黒い肌ではあまり似合っていなかった。兄も同様である。

 それも無理はない。エリザベスの育ったマギニス家は牧場を経営しているのだ。毎日力仕事をこなしているので、体つきもがっしりしている。


 献上していた乳製品の美味しさが国王に認められ、マギニス家は三代前に子爵位を得た。

 れっきとした貴族ではあるものの、姿かたちは農民とそう変わらない。


 エリザベスはちらりと、ユーインを横目で見る。

 動揺しているようには見えない。むしろ、落ち着いていた。そのことに、ホッとする。

 家族を恥ずかしいと思ったことはなかったが、理由があるとはいえ父親の短気な様子は見せたくないものであった。

 ユーインが心の底でエリザベスに落胆していないことを、ただただ祈るばかりである。


 アデラの淹れたアツアツの茶を飲み、ひと息つく。


 落ち着いたところで、ユーインが話を始めた。


「初めまして、私はユーイン・エインスワーズと申します」

「伯爵家の子息が、どうしてこのようなアパートに? ま、まさか、駆け落ちを!?」


 父親の勘違いに、エリザベスはこめかみに指先を当てて嘆息する。


「いいえ、私は勘当されて、この家に」

「なぜ、勘当を?」

「王太子付きの職務を辞退したからです」


 ユーインは淡々と語る。

 公爵令嬢との婚姻話と共に転がり込んできた職務を、婚約破棄と同時に手放したかったことを。


「なるほど。たしかに、君のような若輩者に王太子付きの職務は苦痛だっただろう」


 父親の言葉にカチンとする。

 机の下でぐっと拳を握ったが、隣に座ったユーインが手を重ねた。

 今、この場で怒るなと、暗に伝えているようだった。


「それで、なんでリズ――リズがここに?」


 二人はどういう縁で出会ったのか。

 今度はエリザベスが語る番であった。


 父親と兄を前に、公爵家での身代わり生活について語る。


「リズ……そんなことが……」

「何もなくて、公爵家の支援が受けられたと思っていまして?」


 ここで、セリーヌより出生についてすべてを聞いたことを告げる。


「だが、私はリズのことは、本当の娘のように育てた」

「ええ、わかっていましてよ」


 感謝をしていると、頭を下げた。

 しんみりとした雰囲気になる。


 ユーインとの関係は、身代わり生活によって生じた。

 そのことを、簡潔に説明する。


 アパート暮らしをすることになった件については、ユーインが説明をした。


「昼間、この家の掃除をする代わりに、夜勉強を教えると、取引を持ちかけたんです」

「娘を、女中として使ったと!?」

「いいえ、これは等価交換です。彼女は労働を、私は知識を、対等に価値のある物として交換するよう、取引をしました」


 牧場を経営しているエリザベスの父親ならば、その意味はわかるはずだろうと、ユーインは問いかける。


「話していることは解る。解るが……」


 複雑な心境なのか、言葉は続かない。

 職業に貴賎なしという言葉もある。身分や生まれに関係なく、すべての人は働くことによって世界は成り立っている。

 しかし、エリザベスの父親は娘が女中をしていることがまったくの想定外で、簡単に受け入れることができないようだ。


「今日は、リズが世話になっている家を見て、帰るつもりだった。しかし、実際に見た家は、見るからに庶民の家で――」


 もしかして、辛い労働を強いられているのではと思い、いても立ってもいられなくなって訪ねてしまったのだと話す。


 いざ訪問してみたら、アデラがいた。二人きりではないことにホッとしたが、今度は駆け落ちをして二人暮らしをしているのではという疑惑が生じたのだ。


「リズ、一回セリーヌの家で父さんと話をしよう」

「別に、話すことはありませんわ」


 ユーインもそうしたほうがいいと勧めたが、エリザベスは首を横に振るばかりであった。


「だったら、無理矢理連れて帰るだけだ!」

「父上、それは――」

「きゃっ!」


 父親はエリザベスのほうに回り込み、乱暴に腕を掴む。


「やだ、戻りたくありません」

「我儘を言うんじゃない!」

「嫌、嫌!!」


 エリザベスはユーインに手を伸ばし、叫ぶ。


「ユーイン、助けて!」


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