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令嬢エリザベスの華麗なる身代わり生活  作者: 江本マシメサ


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45/50

エリザベスの心の内

 ユーインからの突然の抱擁に驚き、身を固くする。

 喉まで出かかっていた「なぜ?」と言う言葉を、口から出る前に呑み込んだ。

 優しく抱きしめてもらうなど、子どもの時以来であった。

 こうしていると、どうしてか落ち着く。

 そこで、エリザベスはハッとなる。ずっと長い間、人の温もりに飢えていたのだと。

 同時に、強がっていたがどう足掻いても一人では生きられないのだと気付いた。

 そして、可愛くなくて意地っ張りなエリザベスを心から心配し、貴族としての矜持を守ろうとしてくれるユーインの存在に胸が温かくなる。


 どうしてこの人は、ここまでしてくれるのか?


 文官になりたいというとんでもない夢を語った瞬間は、驚いた表情を浮かべていた。

 けれど、だんだんと真面目な顔付きになっていって、最後は優しげな眼差しを向けながら応援してくれると言ってくれた。


 だからエリザベスは何があっても、夢を叶えようと思った。


 そのために、ユーインの存在は絶対に必要である。今、こうして温もりを感じながら思う。彼にならば、甘えていいのだと。


 エリザベスはささやくような小さな声で、素直な気持ちを伝えた。


「あなたの傍にいたい」


 返事をする代わりに、ユーインは抱きしめる腕に力を込める。


「心の底では、ユーインの家だからこそ、お掃除を、したいって、思えたんだろうなと。綺麗になった家で、心地よく、暮らしていただけたら、とても、幸せな気分に……」


 今になって気付く。

 水仕事で手が荒れても、姿勢を低くしたまま掃除をして体を痛めても、ユーインのためならば、という思いが根底にあった。

 他人の家でここまで頑張れるだろうかと問われたら、今は「できる」と自信満々に答えることはできないだろう。


 思いの丈を聞いたユーインはエリザベスの耳元で、謝罪した。


「すみませんでした。あなたの想いや頑張りを知りもせずに……」

「いいえ。わたくしも、ついさっきまで気付いていませんでしたから」


 今日、こうやってユーインと喧嘩をして、女中をすることの動機が発覚した。

 文官になるエリザベスの夢をユーインが応援してくれるように、エリザベスも日々仕事を頑張るユーインの生活を支えたかったのだ。


「しかし、エリザベス嬢、それは、女中の仕事ではありません」

「あら、そうですの?」


 具体的に、どういう職務なのか。エリザベスは真剣に問う。


「いや、それは……」

「言いかけて答えないのはいじわるですわ」


 エリザベスはユーインから離れ、顔を覗き込む。すると、気まずげな表情を浮かべつつ、顔を逸らした。


「ユーイン・エインスワーズ、答えなさい」


 その物言いは、女王が臣下に命じるような口ぶりであった。

 いつもの、ユーインへ壁を作る物言いとはまったく異なる。


「躊躇うような仕事なのですか?」

「そうではないのですが」


 顔を背けるユーインの頬が、僅かに赤くなっているような気がした。

 部屋を照らす灯りのせいかもしれないが。


「だったら、はっきりとおっしゃってくださいな」


 エリザベスの追及を逃れられなかったユーインは、はあと盛大な溜息を吐いたのちに、話し始めた。


「一人の男を支えるために頑張るのは……」

「頑張るのは?」


 エリザベスは上目遣いでユーインを見る。

 ゴホン! と咳払いをしたあと、ついに告げた。


「奥さんの、仕事です」


 エリザベスはパチクリと瞬きをさせたあと、ユーインの言った言葉を繰り返す。


「たった一人の男性を支えるのは、奥様の、お仕事」


 自らが直接復唱して、ようやく意味を理解した。

 エリザベスはカッと、顔全体が熱くなるのを感じる。

 ユーインが言い淀んでいた理由を、理解した。


「あ、あの、わたくしは」

「大丈夫です。そういうつもりではないことは、重々理解しています」


 エリザベスは動揺していた。

 頑張ろうと思った動機の底には、他にも隠れていた気持ちがあったのだ。

 ユーインに甘えたいとか、その程度のものではない。


 エリザベスは、ユーインのことが好きなのだ。


 今更ながら、気付くことになる。

 ユーインはそういうつもりではないだろうと言ってくれたが、そういうつもりではいのならばどういうつもりなのか。

 仮にもしも尋ねられたら、「むしろ、そういうつもりだった」と開き直って答えるしかない。


 気まずい雰囲気となる。

 こうなったら、正直な気持ちを伝えたほうが楽なのではないかと思うくらいであった。


 ここで、ユーインが想定もしていなかったことを告げる。


「私とて、誰にでも手を貸したり、応援したりするわけではありません。エリザベス嬢、あなただからこそ、です」

「あ、ありがとう、ございます」


 エリザベスにとってユーインが特別であるように、ユーインにとってもエリザベスが特別だったのだ。


 気持ちを告げずとも、二人は互いを想い合っていた。

 今、その感情をはっきりと口にしなくてもいいような気がした。

 まだ、頑張るべきことがたくさんある。

 素直な気持ちを伝えるのはそれからでもいい。そう思っていたが――。


 ドンドンドンと扉が叩かれる。

 エリザベスとユーインは同時にビクリと、肩を震わせた。


「すみません、エリザベスさん、来客です」

「え!?」


 ユーインにではなく、エリザベスに来客がきたとアデラは言う。


 陽も沈み、夜となったこの時間に先触れもなく訪ねて来るというのは、まったくもって礼儀がなっていない。


 十中八九、悪い客だということになる。

 扉を僅かに開き、アデラに誰が来たのかと問い詰めた。


「そ、そのお、エリザベスさんのお父様と、お兄様が」

「なんですって!?」


 予想もしていなかった、家族の訪問であった。

挿絵(By みてみん)

9月15日に『令嬢エリザベスの華麗なる身代わり生活』がビーズログ文庫より発売となります。

こちらはカクヨム版のシルヴェスター編をベースに書籍化した話となります。(詳しくは活動報告にて)

書籍はユーイン編ではないので、こちらでもご報告をさせていただきました。m(__)m

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