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令嬢エリザベスの華麗なる身代わり生活  作者: 江本マシメサ


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ユーインの独り言 その三

 エリザベス嬢はピンと背筋を伸ばし、迷いのない足取りで進む。

 名を呼ぼうとも、振り返ることはしなかった。


 それからというもの、もう一度話をしたいと思っていたが、公爵家より正式な婚約取り止めの申し出が書面で届く。

 理由はエリザベス嬢の自由奔放な夜遊びが理由であると記されていた。

 こちらに一切の非はないとも。

 いろいろ気遣ったシルヴェスターが手を回してくれていたようだが、兄は激昂する。

 エリザベス嬢の心を掴んでおかなかったから、このような事態になったのだとなじられた。想定外だったので、何も思わず。


 それよりも、何通か手紙を送ったが、どれも返事がないことが気になった。

 まさか、シルヴェスターに折檻されているのでは? と心配にもなったが、あの強かなエリザベス嬢である。その辺は上手い具合に立ち回っているに違いない。

 そう、信じたかった。


 探偵より新たな情報がもたらされる。

 なんと、エリザベス嬢は田舎の領地に戻るとのこと。ようやく、身代わり生活から解放されたようだ。


 最後に、別れの言葉を綴った手紙と贈り物を届けてもらった。

 本名であるエリザベス・マギニスの名を添えて。これならば受け取ってくれるだとうという願いを託して送った。


 翌日より、年に一度の会議が開かれた。

 各地方の代表が王都に集まり、さまざまな議題について話し合いが行われる。

 会議室として使われる大広間には、赤い絨毯が敷かれ、天井には豪奢な水晶のシャンデリアが下げられている。中心には、見たこともないような規模の円卓があった。この話し合いの場では、上座も下座もない。皆平等で、国を良くするために平等に意見を出し合い、腹を割って話をしようという意味があるとか。

 今まで縁のないものだったが、王太子の補佐官ともなれば参加は強制らしい。

 隣に腰かけたのは、シルヴェスターだった。

 悪びれない表情で謝って来たので、腹が立ってしまう。昔から、シルヴェスターはそうだった。

 頭が良くて、口も上手くて、人付き合いも難なくこなして、その上要領も良くて。

 彼のように振る舞えたらどんなに人生が楽だったかと、羨ましく思っていた。

 しかし、天はシルヴェスターにすべてを与えたわけではなかった。

 公爵とは血のつながりはなく、再婚した実母は死に、宙ぶらりんの存在となる。

 なんの苦労もなく生きているように見えるが、恐らく、人には見えないところで血のにじむ努力をしていたに違いない。

 まるで、白鳥のようだと思う。

 湖面を優雅に泳いでいるように見えて、水中では必死に足をバタつかせているのだ。

 器用だと思うし、不器用だとも思う。

 自分には、とてもこんな生き方はできない。

 マギニス家のエリザベス嬢も、シルヴェスターみたいな男が本気になったら、差し伸べられた手を握ったのだろうか。

 すぐにかぶりを振る。

 二人が手と手を取り合う姿など、考えたくもない。


 そうこうしているうちに、会議が始まった。

 エリザベス嬢のことは、会議が終わるまで頭の隅に追いやらなければ――そう思っていたのに、シルヴェスターのもとにやって来た従僕の言葉を聞いて決意が揺らいでしまった。


 エリザベス嬢が、誘拐された。


 頭の中が真っ白になる。

 気付いた時には走り出していた。

 一度実家に戻って猟犬を連れ出し、馬に乗って事故現場に向かっていた。


 ◇◇◇


 騎士隊と合流して調査をした結果、エリザベス嬢は廃屋に囚われているということが発覚した。

 エリザベス嬢から受け取った手紙の匂いを頼りに、猟犬が発見したのだ。


 途中から調査にシルヴェスターもやって来たことには驚いた。

 公爵家に身代金を請求する脅迫状が届いたらしい。

 もしかしたら、公爵家のエリザベス嬢が絡んでいるかもしれないとのことで、駆け付けたようだ。


 陽は暮れ、すっかり夜となる。雪もチラついてきた。

 早く助けないと、エリザベス嬢は――。

 最悪の事態を想像し、首を横に振った。


 廃屋は平屋建てで、そこまで広くない。

 潜伏しているのも、二、三名だろうと予想していた。

 突入後、猟犬と共に中へ入ることにした。シルヴェスターには止められたが、熊を倒したことがある猟犬だと説明すると、それ以上何も言って来なかった。


 まず、三名の騎士が突入する。目指すのは、灯りが点いた部屋だ。

 あとから、猟犬を放つ。

 向かったのは、騎士隊が行った方角とは別の方向。

 灯りの点いていない部屋に、エリザベス嬢はいるのだろう。


 エリザベス嬢は――生きていた。

 だが、額から出血しており、体も冷え切っていた。

 震えながら、彼女は言う。会議は大丈夫なのかと。

 そんなの、どうでもよかった。

 横抱きにして外に連れ出す。


 ◇◇◇


 犯人は拘束された。

 驚くべきことに、事件には公爵家のエリザベス嬢が絡んでいたらしい。

 シルヴェスターをマギニス家のエリザベス嬢に盗られると思ったのだとか。


 ただただ呆れ、言葉を失ってしまう。


 その後、マギニス家のエリザベス嬢を見舞いに行ったが、面会謝絶で会えなかった。

 しばらく経ったあと、手紙も送ってみたが返事は届かない。


 そうこうしているうちに、実家にシルヴェスターが訪ねて来る。

 今回の事件についての説明をしてくれた。


 兄は公爵位を諦めておらず、なんとかならないかと懇願していた。

 彼に決定権などないのに。


 シルヴェスターが帰ったあとも、兄は私に訴え続けた。

 なんとしても、公爵位を継げるように働きかけろと。


 しかし、もう何もかも面倒だと思ってしまった。

 家のしがらみも、公爵家との繋がりも、仕事で出世することも。

 だから、勘当されるように会話の流れを仕向けた。

 生意気な物言いに我慢できなくなった兄は、あっさりと家を出て行くようにと言う。


 何もかも、計画通りであった。


 そのあとは、王太子に異動願いを提出したり、新居を探したりと慌ただしい日々を送る。

 アパートが決まって新しい生活を始めていると、エインスワーズ家の執事がやって来た。

 手紙や書類などを持って来てくれたのだ。

 エリザベス嬢からの手紙もあり、大変焦る事態となる。

 こちらが慌ただしく過ごしているうちに、返事を送ってくれたようだ。


 手紙を読み進めていると、事件に巻き込まれて負った怪我はほぼ完治をしているとのこと。心からホッとする。


 礼の品もあって、彼女らしい細やかな気遣いだと思った。


 会えるならば、会いたい。

 そう思っていた折に、エリザベス嬢より呼び出しがかかる。

 久々に目にすることとなった彼女の女王然とした態度と姿といったら――。言葉にできない。


 少しだけ、雰囲気が柔らかくなったような気がする。

 微笑みかけられ、信じられないような気持ちになった。


 会えなかった間に彼女は変わったのか。そう思ったが、すぐに違うのだと気付く。

 エリザベス嬢はマギニス家のエリザベス嬢として振る舞えるようになったのだ。

 身代わり生活は終わったのだろう。

 エリザベス・マギニスとして、初めて会ったことになる。


 そして、彼女は初めて振り返ってくれた。

 一本の道をただひたすらに突き進むのではなく、こちらへ目を向ける余裕ができたらしい。

 とても喜ばしいことであった。


 そして、エリザベス嬢には文官になるという叶えたい夢ができていた。


 精一杯、応援したいと思った。

 自分にできることならば何でもすると決意し――とんでもない提案をしてしまった。


 一緒の家に住んで、夜になったら勉強を教えてやろうなどと。


 ◇◇◇


 灯りの点いた家に帰るというのはなんとも不思議な思いである。

 玄関の呼び鈴を鳴らすと、エリザベス嬢がやって来て扉を開いてくれるのだ。


「おかえりなさい、ユーイン」


 エリザベス嬢は微笑みながら迎えてくれる。

 毎日声を振り絞ってこう、言葉を返すのだ。


「ただいまかえりました」


 まだ慣れなくて、顔をまっすぐに見ることはできない。

 美人は三日で慣れるとか、飽きるとか、そんなことなどまったくない。この発言をした者を問い詰めたいと思った。


 新しい生活はエリザベス嬢と共にある。

 案外悪くない――否、素晴らしい日々であった。


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