使用人、エリザベス
洗濯物は業者に頼むので、籠の中に入れて玄関の前に出していればいい。手紙は郵便配達員から直接受け取ること。訪問販売には気を付けろなどなど、ユーインは庶民暮らしのあれこれを説明した。
「家にある物は――そんなに多くはないが何を使っても構いませんので。それから、これを」
ユーインが差し出したのは、財布であった。一ヶ月の生活費が入っていると言う。
「食材、生活雑貨、嗜好品、必要な物があったら、遠慮なく買ってください足りなくなったら言っていただけたらと」
「ありがとう」
二人のやりとりを見たアデラが一言物申した。
「なんか、新婚夫婦みたいですね」
その言葉を聞いたユーインはボトリと、財布を落とした。
エリザベスが膝を折って手を伸ばしたら、ユーインが慌てて拾い上げた。
エリザベスは腕を組み、しゃがみ込んだユーインのつむじを見下ろしながら言った。
「ねえ、ユーイン」
「なんですか?」
「あなたが主人で、わたくしは使用人だから、拾うのはわたくしがしなければいけませんのよ」
「すみません……」
ここで、アデラはエリザベスに一言物申す。
「エリザベスさん、貴族男性は、貴族のご婦人に膝を曲げさせてはいけないと習うのです。紳士教育の賜物です。古き良き、騎士道とも言いますね」
「そうですの?」
アデラはこっくりと頷いた。
今度はユーインに物申す。
「ご主人様。紳士的なふるまいはご立派ですが、エリザベスさんのことは使用人として扱ってください」
アデラはエリザベスに、使用人の心得を説く。
「使用人とは、ご主人様に膝を折らせてはいけません。率先して、動くのです」
「先ほどのは、この人がわたくしの行動を制するから」
「言い訳は聞きません」
アデラの毅然とした物言いに、エリザベスは目を見張った。
いつもはヘラヘラした彼女の態度を意外に思ったのだ。
じっと見つめられたアデラは耐えきれずに、涙目となる。
「ご、ごめんなさい、エリザベス様!! 偉そうなことを言って!!」
「いいえ、謝らないでくださる? それでよろしくってよ」
何か至らない点があったら指摘してほしい。
エリザベスはやるからには全力で使用人としての務めを果たすと宣言した。
「ヒイ! やっぱり、辞退すればよかった!」
「引き受けたからには、最後までやること」
「む、無理ですう」
エリザベスはユーインをじっと見て、腰に手を当てて宣言する。
「ユーイン、あなたも、主人としてふさわしい振る舞いをするように」
「エリザベス嬢のほうが、主人然としているのですが」
「なんですって?」
ジロリと睨んだら、ユーインは両手を挙げて首を振る。
「それに、わたくしのことは、呼び捨てで構いませんわ」
「そうですね」
「エリザベス、と」
この場で、呼んでみるように命じる。
「あの、使用人の態度とは思えないのですが?」
「いいから、最初が肝心でしてよ」
「……」
ユーインは大きく息を吸い、吐いた。
「……エリザベス」
「ぎこちないです。もう一度!」
「え!?」
「もう一回」
どちらが主人か分からない物言いと振る舞いに、アデラはついに我慢できなくなって笑ってしまった。
◇◇◇
まず、エリザベスとアデラは買い物に行くことにした。
市場に行く時は目立たない装いにとユーインに言われたので、紺色の仕立ては良いが地味なワンピースに袖を通し、派手な化粧は落とす。
すっぴんにして、髪の毛は三つ編みのおさげにした。
「アデラさん、これでよろしくって?」
「いや~~、ぜんぜんよろしくない……それでも十分美人で、目立ちそうな……」
帽子を被ったほうがいいと、ボンネットを手渡された。
「よろしくて?」
「う~~ん、美人は何をしても美人ですね。はあ、仕方ないです。これで行きましょう」
お供をするアデラは渋々といった感じで、出かけることになった。
近くの市場まで、徒歩で十五分ほど。生活環境が整った場所に、ユーインのアパートはあった。
時刻は昼下がり。人の往来は少ない。
「市場は初めてですか?」
アデラに訊かれて、エリザベスは苦虫を噛み潰したような表情となる。
「あれ、行ったことがあるのですか?」
「一度だけ」
エリザベスは図書館に行くために、市場を突っ切ろうとしたのだ。
ここで、シルヴェスターと出会った。
周囲を見渡してハッとなる。偶然にも、同じ通りだった。
公爵子息、シルヴェスターと出会ったせいで、とんでもない目に遭った。
でも、あのまま会わないで実家に戻っていたら、今頃結婚をして多くの貴族女性と同じように型に嵌め込まれていただろう。
自由などない生活。今振り返ってみたら、囚人のようだとも思う。
家のために生き、夫に従い、自らの意思など後回し。そんな日々を強いられていたはずだった。
エリザベスは今、貴族女性のしがらみを飛び越え、夢に向かい始めた。
夢を支えてくれる存在もいる。
とても、喜ばしいことだろう。
いつか、シルヴェスターに感謝する日が訪れるだろうか。
エリザベスは思う。
いつかありがとうと、素直に言いたい。
そのために、夢を叶えなければならない。
「エリザベスさん、どうかしました?」
「いいえ、なんでもなくってよ」
感傷的な気分に蓋をする。
今は精一杯、使用人の仕事を務めなければ。
振り返るアデラのもとへ大股で近付き、追い越した。
「あ、ちょっと、エリザベスさん、待ってくださいよお!」
アデラは目的もなくズンズンと市場を歩くエリザベスを追い駆けた。




