説得
帰宅後、エリザベスとユーインに呼びだされたセリーヌは不機嫌顔だった。
侍女が気まずそうに紅茶を運んで来る。
エリザベスはセリーヌの隣に腰かけ、ユーインと対面状態となる。隣から険悪な空気が漂い、居心地悪く感じていた。
「エリザベス、あなた、私が今の時間、昼寝をしているって、知っていたでしょう?」
「ええ、ごめんなさい。でも、すぐに聞いていただきたくて」
「何かしら? 二人揃ってやって来て……もしかして、結婚したいって言うんじゃないわよね?」
「それはありえませんわ」
一方は無表情できっぱりと否定し、もう一方はエリザベスの言葉を聞いて僅かに眉を顰める。二人の反応は対照的であった。
「それで?」
エリザベスは説明する。ユーインに家庭教師をしてもらうことになったと。
「あら、良かったじゃない。現役の文官に直接指導していただくなんて、なかなかしてもらえることではないわ」
「感謝している最中です。それで――」
家庭教師をする条件はユーインのアパートに住み込み、家事をすることだと告げた。
「なんですって?」
「今、彼は独り暮らしをしているようで。わたくしは家事をして、あまった時間に勉強して、夜は勉強を教えてもらおうと話しているのですが」
「まあ! 独身男性の家に貴族女性が住み込みって、そんなこと、ありえないことよ?」
「貴族女性が文官を目指すことだって、ありえないことですわ」
「なんて生意気な口を!」
非難の目線を向ける叔母に負けじとエリザベスは主張する。ずっとこの屋敷にいるわけにもいかないので、自立の練習をしたいと。
「あなた、まさか庶民になるつもりなの?」
「文官のお給料で暮らすとしたら、貴族の暮らしはできないかと」
「結婚はどうするつもりなの?」
「わたくしの夢を応援してくれる貴族男性がいると思って?」
「それは……そうね」
セリーヌは大きな溜息を吐き、手にしていた扇を広げる。
眉間に皺を寄せて、険しい表情でいた。
「叔母様、お願いいたします」
「私からも」
ユーインも頭を下げる。
「責任を持って、お預かりをするので。そして、かならず合格させます」
「応援は心強いんだけれど。そういえば……あなたは、どうしてアパートに?」
伯爵家子息であるユーインがなぜ庶民的な暮らしをしているのか。セリーヌは追及した。
「叔母様、そこまで訊くのは――」
「大事な姪を預けるのよ? 安心できるか、確認しないといけないから」
「大丈夫です。言えます」
ユーインはエリザベスに語って聞かせたことを、そのままセリーヌに話した。
「というわけでして」
「そう、だったの」
ユーインは公爵家の事情に振り回された者の一人で、別に下心があってエリザベスに近付いていたわけではない。
「ユーイン・エインスワーズ、あなたはどこまで知っているの?」
「どこまで、とは?」
「エリザベスについてよ」
「彼女と公爵家とは、遠い血縁関係なのですよね?」
身代わり生活を送っていたことは、世間にはバレていない。だが、ユーインの実家であるエインスワーズ家には事情を説明したようだ。
エリザベスが公爵家のエリザベスと双子だったこと、乳幼児時代に養子に出されたことも、シルヴェスターの口から説明されていた。
「双子の母親については話しませんでしたが――すみません」
なんの謝罪を言ったのか、セリーヌは首を傾げている。
エリザベスはハッとなった。ユーインは母親が誰であるか、勘付いているようだ。先ほどの謝罪は真実に気付いたことに対しての謝罪だったのだろう。
ユーインはセリーヌにとっての止めの一言を述べた。
「伯爵夫人、あなたが、二人のエリザベス母親ですね?」
顔の半分は扇で隠れていたが、露わとなった目には驚愕の色が滲んでいた。
「どうして、そう思ったの?」
明らかな動揺を含んだ声で尋ねる。
それは、ごくごく単純な理由であった。
「並んでいると、顔立ちがそっくりです。それだけではなく、雰囲気も、どことなく似ているかと。叔母と姪は、ここまで似ていないかと」
「そう……」
その言葉を聞いたセリーヌは、エリザベスに言った。
「私達、あまり長い間一緒にいることはできないようね」
「ええ……」
離れて暮らさなければ、ユーインのように勘付く者も現われるかもしれない。
手を打つのはなるべく早いほうがいいだろう。
「エリザベス、あなたは本当に大丈夫なの? 庶民の暮らしなんて、耐えられるの?」
ユーインの家に住み込みではなくても、知り合いの家を紹介することもできると提案するが、エリザベスは首を横に振った。
「口の中が切れるようなパンとか、薄いスープとか飲まされるかもしれないし、掃除だってしたことがないのに……」
ユーインは「そこまで苦労をさせるつもりはありません」と言ったが、セリーヌの耳には届いていなかった。
「叔母様、安心なさって? わたくし、ここに来る前も、侍女の仕事は未経験でしたが、どこぞのご婦人の暖かなご指導のおかげで覚えましたの」
「え、ええ。そうね。そうだったわ」
しかし、指導もなしに家事はできない。
「だから、一点だけお願いがありまして」
「何かしら?」
「掃除や炊事を教える者――アデラをしばらくお借りしたいなと。もちろん、彼女の分の賃金はわたくしが」
「ああ、そうね。賃金については、気にしなくても結構よ。連れて行ってちょうだい。あの子は掃除女中として入って、そのあと台所女中、女中頭、侍女と段階を踏んで仕事を覚えたから、きっと指導できると思うわ」
「ええ、彼女以上に適任者はいないかと」
「一つ屋根の下に、未婚の男女が二人暮らしじゃないというのも、安心だし」
セリーヌはちらりと、ユーインを見る。
視線の意味は分からないが、ユーインは険しい表情で眼鏡のブリッジを押し上げていた。
「ずっとというわけにはいかないけれど、とりあえず一ヶ月間、アデラを連れてユーイン・エインスワーズの家に住んでみなさい」
ユーインもこの条件を呑む。
こうして、エリザベスは女中として住み込みで働くことになった。




