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令嬢エリザベスの華麗なる身代わり生活  作者: 江本マシメサ


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37/50

ユーインの事情

「あなたのお家で、侍女ではなく女中のような下働きをしますの? この、わたくしが?」


 なぜ、敢えて女中の仕事を頼むのか。エリザベスは不可解に思って聞き返す。

 貴族女性が花嫁修業の一環として侍女の仕事を行うことはあったが、基本的に女中の仕事は労働者階級の仕事だ。

 貴族女性に頼むことなど、ありえない。

 エリザベスはジロリと、ユーインを睨みつける。


「いえ、違うのです。働く場は実家ではなく、私個人が借りた集合住宅でして」

「それは、いったい――?」

「つい先日勘当されて、家を出たのですよ」


 ユーインは中央街より少し外れた場所にある、フラット・マンションを借りて独りで暮らしているらしい。


「勘当って、どういうことですの?」

「そのままの意味ですが」


 詳しく説明すると、王太子の補佐官を勝手に辞めた上に公爵位を継承するつもりはないと言ったので家を追い出されてしまったようだ。眼鏡のブリッジを押し上げ、物憂げに溜息を吐いている。


「そもそも、公爵位の継承はエリザベス嬢との結婚が前提でした。この国の法律では、直系男子といえど、分家の者に継承権は回って来ません」


 今回に限って特別に爵位を継げるよう、公爵が国王に掛け合って特別に許可を貰っていたのだ。


「しかし、兄は諦めていなかったようで、なんとか公爵と交渉しろと言ってきかないものですから」

「反抗したと?」

「ええ」


 公爵家を巡るトラブルにウンザリしていたユーインは、あっさりと家を出た。

 引っ越しやら異動やらでずっとバタバタしていて、ここ最近になってようやく落ち着いたらしい。


「先日、執事が私宛の手紙を持って来て――その、ほとんどはあなたからで」

「返事がなかったのは、そういうことでしたのね」

「申し訳ありませんでした」


 先ほど渡したブローチはその謝罪のために買った品だったようだ。


「しかし、先ほどあなたの機嫌を治すのにブローチを使ってしまって、言い出せなくなり……」

「よろしくってよ。それにしても、大変でしたのね」

「ええ、まあ」


 先日新しい配属先が決まり、働き始めたばかりだという。


「以前よりも仕事量は少ない上に、毎日定時に帰れますし」

「そう」


 新しい生活は順調だった。しかし、早速ある問題が発生した。


「どうかなさいましたの?」

「それが――」


 ユーインは職業斡旋所が紹介した、三十歳の女性を雇った。住み込みではなく通いで、不在中に掃除や洗濯、料理を作っておくという契約だった。

 二日目より、ある違和感を覚えた。


「抽斗の中にあったはずの、カフリンクスがなくなっていたんです」


 ユーインは抽斗の中に二十個ほどのズラリとカフリンクスを並べていた。

 似たような意匠の品もいくつか持っていたが、数も形も把握している。見間違えようもなかった。


「それって、盗まれたっていうことですの?」

「ええ」


 しかし、紛失したという証拠はない。

 よって、三日目はわざと書斎の机の上にタイピンを雑多に並べて置いて行った。

 それから、台所のテーブルに「よい働きをしてくれているので、帰ったら報酬について再度話し合いをしたい」という手紙をチップと共に残しておく。


 すると、雇った女性はユーインの帰りを待っていた。


「一度、書斎に戻ると、タイピンがなくなっていました。抽斗の中のカフリンクスも、もう一個なくなっていて」


 間違いなく、盗難であった。

 そのまま、女性の身柄は警察へと引き渡される。以降、ユーインは他人を家に入れることに対し、慎重になってしまった。


「――と、いうわけです」

「そんなことが……」


 洗濯が業者に頼み、食事は外で済ませてから帰宅しているらしい。

 しかし、家の中に他人が入り込む掃除は頼むことができず、帰宅後にやっているとか。


「掃除というのはなかなか難しく、二時間も三時間もかかり」

「どんな豪邸に住んでいるのですか?」

「慣れない者がすると、そうなるのです」


 エリザベスだって、掃除をしたことなんてほとんどない。

 侍女の仕事は茶汲みだったり、仕える者の着替えを手伝ったり、買い物に付き合ったり。

 貴人に侍る女と書いて侍女と呼ぶ。

 エリザベスはそんな仕事をしていた。


「すみません、夜の掃除がなければあなたに勉強を教えることができると思って、安易に考えていました。申し訳ありませんでした」

「いえ、女中がいるのに、敢えて女中として雇うのだと勘違いをしていたので……」


 エリザベスは思う。王都にユーイン以上の家庭教師がいるのかと。

 冷静になって考えると、悪い話ではないのかもしれない。

 セリーヌの家にだって、ずっといることはできないのだ。

 もしも文官になれたら、ユーインのようにアパートを借りて独り暮らしをしなければならない。

 この仕事を通して、その予行練習ができるのではとふと気付く。


「ユーイン、それって住み込み? それとも通いですの?」

「お好きなとおりに」

「でしたら、住み込みで働かせていただけないかしら? そのほうが、勉強に集中できますし」

「それは構いませんが」


 まずはセリーヌに許可を取る必要があるだろう。


「叔母様、許していただけるかしら?」

「どうでしょう? 独身男の部屋に住み込みで働くなど、いい顔はしないでしょうね……」

「でも、わたくしの人生ですもの」


 独り立ちのために、エリザベスは新しいことに挑戦しなければならない。

 たとえ、それが棘の道であっても。


「なんとか、説得してみせますわ」


 さっそく帰ってから話をすると言うので、ユーインもついて行くことになった。


「また、叔母はあなたを責めるかもしれませんが」

「大丈夫ですよ。兄の激昂に比べたら、伯爵夫人の責め苦なんて子猫のようなものでしょうから」

「あなたのお兄様って……」

「ただの、大変な野心家ですよ」


 どういう反応を示していいかわからず、エリザベスは窓の外に視線を移した。

 青い空に白い雲が流れている。

 気持ちいいくらいの晴天であった。


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