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令嬢エリザベスの華麗なる身代わり生活  作者: 江本マシメサ


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36/50

穏やかな日々

 エルザベスとユーインは中央街の書店に向かっていた。

 そこは国内最大級の品揃えがあり、試験対策用の参考書もところ狭しと並んでいた。

 ユーインはエリザベスに、オススメの本を教える。


「ああ、あの出版社の過去問題のまとめかたはなかなか良かったですよ」

「ありがとう」


 ユーインの勧める参考書は本棚の一番上にあった。エリザベスは背伸びをして本に手を伸ばしたが――あと少しで届かない。

 悔しくなって奥歯を噛みしめもう一度挑戦しようと手を伸ばしたが、それをユーインがあっさりと本棚から抜き取ってエリザベスに手渡してくれた。


「どうぞ」

「どうもありがとう」


 つい、言い方が刺々しくなってしまった。

 エリザベスはどうしてこう生意気な態度ばかり取ってしまうのだろうかと、ふがいなく思う。

 こういう時、素直に笑顔を浮かべて礼を言えたらいいのに。

 胸がツキンと切なくなる。

 どうせ、ユーインは呆れているだろう。そう思って顔を見上げたら、淡く微笑みながらエリザベスを見下ろしていた。


「な、なんですの?」

「何がですか?」

「今、笑っていましたが?」

「それは失礼」


 ユーインはいつもの真面目な表情へと戻る。もしかして、意地を張っていたところを笑われたのか。そう思ったが、違った。


「人に頼らないところがあなたらしくて、少し笑ってしまいました。いじらしいと言いますか、なんといいますか」

「それは……!」


 こういう時は背の高い人に取ってもらえばいいのだと、優しく諭される。


「あなたは、ご自分で背が高いとか、ずいぶんと自信がおありなのね」

「あなたより高いという意味ですよ」

「そうでしたか」


 じっと睨みつけるように見てしまったあと、エリザベスはハッとなる。

 またしても、可愛くない上に生意気な態度を取ってしまった。

 これは治らない病気のようだと思う。


 ごめんなさいの一言が言えたらいいのに、自尊心が邪魔して言うことができない。代わりに出てきたのは、自分に失望するような深い溜息だった。


「それで、その本はどうですか?」

「え?」

「内容です」


 ユーインに訊ねられて、取ってもらった本をパラパタと捲る。

 要点を押さえた内容で、ためになりそうな気がした。


「では、こちらをいただきます」


 ユーインはそのあともどんどん本を勧めてくれる。


「エ、エリザベスお嬢様あ、まだ買うんですかあ~~!? 指が千切れそうですよお!」


 荷物持ちのアデラの手には、十冊の本が抱えられていた。


「すみませんでした。つい、本選びに夢中になってしまって」


 ユーインはアデラの持っていた本をすべて抱える。


「今日はこれくらいにしておきましょう」

「ええ、そうね」


 支払いを済ませて、買った本は家に届けてもらうように手配を済ませた。

 その後、食事に行く。

 ユーインはエリザベスのために、レストランを予約していたようだ。

 店内は静かで落ち着いている。

 白を基調とした内装に、天井はドーム状になっていてフレスコ画が描かれていた。


 食前酒は柑橘を絞った軽めのカクテル。エリザベスは一口飲んで、そのままテーブルの上に放置する。酒はあまり得意ではなかった。

 すぐに前菜が運ばれてくる。

 舌の上で雪のように溶けてなくなるチーズのムースを食べたあと、魚介の澄ましスープで冷えた体を温めた。

 メインは鵞鳥の薄切り肉エスカロープ。赤ワインのソースで、見た目はこってりしていたが、臭みもなく上品な味わいであった。

 白身魚のパイ包みは濃厚なクリームソースをたっぷり絡めて食べる。

 途中で口直しの氷菓を挟み、鶏肉の豚の膀胱ヴァッシー包みが供された。

 料理名に驚くが、素材の旨味を存分に味わうための古くから伝わる調理法であった。

 モリーユ茸たっぷりのソースに絡めて食べる。


「これがこの店の特別料理スペシャリテのようで」

「そうですの」


 鶏はしっとりしていて脂っこくなく、今まで食べたどの肉よりもおいしかった。


 そのあと、チーズと食後の甘味もいただく。

 どの料理も少量で、おいしく食べることができた。

 どうやらユーインが、事前に小食であると店側に伝えていたようだった。

 コース料理は途中で食べられなくなることばかりだったので、ありがたい配慮である。


「いかがでしたか?」

「大変、満足できました」


 そのコメントに、ユーインは微笑みながら答える。


「どうかいたしまして?」

「女王陛下のお食事にお付き合いしたようで」

「どこをどう取ったら、そんなふうに思うのですか?」

「態度と物言いが」


 エリザベスは腕を組み、目を細める。渾身の力で睨んだつもりであったが、余計にユーインの笑みを深めるだけだった。


 最近のユーインはよく笑う。エリザベスはしみじみと思った。


「あなた、本当に柔らかくなりましたわ」

「なんでしょうね。憑き物が落ちたと言えばいいのでしょうか」


 大変な婚約者のこと、将来手にするはずだった公爵位、王太子の補佐官と、若いユーインに抱えきれないことがいくつも流れ込んできた。


「それを自分のものにしようとあがいて、その結果、苦しんでいたんだろうなと」

「そう……」


 返す言葉はない。

 その気持ちはエリザベスもよく分かる。

 身代わり生活から解き放たれ、今は自由だった。心の中に重く圧しかかるものは何一つない。


「柔らかくなったといったら、エリザベス嬢、あなたもです」

「わたくしは……わたくしですから」


 身代わりではない、本当のエリザベスになることができた。

 夢を追うことを許された今、未来は輝いている。


 エリザベス自身も、さまざまな貴族の柵から解放されて、自由な状態であった。


「よかったですね」

「ええ、本当に」


 文官になる夢をユーインは応援してくれる。その上こうして、共に喜んでくれるというのは、なんて素晴らしいことなのか。

 エリザベスは胸が熱くなる。その気持ちを、言葉にした。


「ユーイン、ありがとう」

「なんのお礼ですか?」

「いろいろと」


 深く追求せずに、ユーインは頷いた。

 多くの言葉を話さずとも、想いは伝わる。喜ばしいことであった。


「これから、何か計画はあるのですか?」

「家庭教師を雇おうかと思っていまして」

「勉強は私が教えると言ったでしょう?」

「でも、それって一ヶ月に一回か、多くても三回とかでしょう?」


 最低でも、週に二、三回は教師を招きたい。エリザベスはそういう風に考えていた。


「あなたの知り合いで、良い先生はいらっしゃる?」

「家庭教師って、男性と二人きりになる気ですか?」

「アデラや他の侍女もいるから、二人きりにはならないけれど」

「ですが、密着した状態で過ごすのでしょう?」

「そうしなければ、学べませんわ」

「……」


 ユーインは腕を組み、険しい表情となる。

 まるで、「娘は嫁にやらん!」とごねる父親のようだった。


「でしたら」

「はい?」


 ユーインはエリザベスをじっと見つめ、何か意を決したような表情を浮かべる。

 いったい何を言うのか。

 エリザベスは視線を逸らさずにいた。ユーインは想像もしていなかったことを言ってくる。


「昼間は私の家で家事をする代わりに、夜は勉強を教える、というのはどうでしょう」

「なんですって?」


 思いがけない提案に、エリザベスは目が点になった。


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