解明
社交界はエリザベス・オブライエンの起こした事件の噂で持ち切りとなっていた。
同時に、過去の奔放な過去も掘り返され、ゴシップ記事のネタとして扱われている。
その中には、公爵のことも取りざたされていた。
――三度の結婚をした、恐怖の死神公爵
クライド・オブライエン。
二十五歳の時に、アディンセル侯爵家の娘キャロライナと結婚。五年後、キャロライナは病死している。
三十五歳の時に、オールディズ子爵家の娘レイラと出会う。
出会った当初、レイラは既婚者で、彼女の夫が謎の死を遂げた翌年に、周囲の反対を押し切って結婚をした。
尚、レイラには連れ子がおり、それが公爵子息シルヴェスター氏である。
数年後、レイラ元夫人は馬車の事故で亡くなったが、原因は今も解明されていない。
四十歳の時に、最後の結婚をする。
相手はアップルトン伯爵家の行き遅れ、ローラ。二十五歳という年齢であったが、彼女は初婚だった。
元々体が弱く、社交場に顔をだしたことはない。
結婚から十数年後、彼女も病気で亡くなる。
ローラ夫人が病で臥せっている間も、公爵は色恋沙汰を起こした。
当時四十七歳。
とある伯爵夫人との不貞が噂されたのだ。
数年後、夫人との関係で産まれた子女エリザベス嬢を、十年後に娘として引き取っている。
以上、公爵の周囲には死がまとわりついていた。
気に食わない女性を薬や事故を装って死に追いやっているという噂もある。
よって、彼は死神公爵と呼ばれていたのだ。
◇◇◇
エリザベスは読み終わったゴシップ誌を、暖炉に投げ入れて燃やす。
この雑誌は、侍女のアデラが面白がって買ってきた物だった。
「あれぇ、エリザベスお嬢様、お気に召さなかったですかあ~」
「証拠もない、低俗な記事でしたわ。不快になったので」
「残念ですぅ~」
アデラは成金商家の娘で、行儀見習いをする目的で伯爵家の屋敷にいる。
かつて、侍女をしていたエリザベスは、アデラにライバル視されており、犬猿の仲だったのだ。
さまざまな嫌がらせも受けていたが、負けず嫌いなエリザベスは正々堂々と返り討ちにしていたのである。
今回、意趣返しのつもりで、侍女に指名していた。
「もういいですわ。下がって」
「承知いたしました~~」
ぺこりと軽く頭を下げ、アデラはいなくなる。
エリザベスは去りゆく背中を睨みつけ、最後に溜息を吐いた。
アデラの買ってきた雑誌は、不快感を伴う下品な内容の記事ばかり。けれど、公爵家を取り巻いていた事情を知ることができた。
死の噂にゾッとしていたが、根拠のない物なので、信じることも馬鹿らしいと思う。
けれど、セリーヌとの不貞は本当なので、すべてが嘘というわけでもないのだろうとも。
なんだかモヤモヤとしていたので、直接セリーヌに話を聞きに行くことにした。
一応、エリザベスは事件の当人であり、聞く権利があると思ったのだ。
◇◇◇
午後から、セリーヌと話をする時間を作ってもらう。
向かい合って座り、運ばれてきた紅茶を飲みながら、話を始めた。
「それで叔母様、お話なのだけれど――」
どうして既婚者でありながら、公爵と関係を持ってしまったのか。
質問を投げかけた刹那、セリーヌの目は悲しみで染まった。
「それは――」
「ごめんなさい、叔母様。辛いお話だと思うけれど、わたくしは知りたいの」
誰よりも貴族然としていて、他人にも自分にも厳しい女性。それが、エリザベスの叔母であった。
他人を裏切るような人には見えない。だから、純粋に知りたいと思ったのだ。
じっと、熱い視線をエリザベスから受け、セリーヌは静かな声で語り始める。
「……私は、不妊だと言われていたの」
嫁いで数年、セリーヌには懐妊の兆しがまったく現われなかった。
そのことを夫になじられ、周囲は冷たくなり、孤独だった。
「そんな中で、公爵様にお会いしたの」
出会いは偶然だった。
酒を飲み交わす中で、公爵も似たような状況にあることが発覚した。
何人と妻を娶っても、子を成すことができないと。
そのあとも、公爵とは何度か密会していた。
「そんな話を聞いていたものだから、私は大丈夫だと思って、うっかり公爵様と一晩共にしてしまったのよ。まさか、それで妊娠してしまうなんて――」
一年ほど、セリーヌは夫と寝ていない。
なので、不貞があったということは、膨らんだお腹を見れば一目瞭然であったのだ。
「当然ながら夫は大激怒。けれど、夫も、親族も、子どもを作れなかった理由が私ではなかったのだと認めたくなかったのか、騒ぎを大きくしようとは思わなかったみたいで……」
離縁されることはなかった。
ちなみに十五となる一人息子は、夫の弟の子を養子として引き取ったのだと話す。
「こんなことをしていたなんて、呆れたでしょうね」
「……」
貴族とは家と家の繋がりを尊重し、また、産まれてくる子どもも重要視する。
家を続けて行かなければならないので、結婚後は子どもの存在でさまざまなことが左右されるのだ。
すべては古い考えだと、エリザベスは思っている。
血の流れや繋がりを大切にするということは、悪い伝統も引き継ぐことになるのだ。
近い将来、貴族というものは、時代と共に廃れていくだろうなと考える。
「妊娠期間中、私は実家で療養していたわ。そして、産まれたのが、あなたと、もう一人のエリザベス」
セリーヌの父親が公爵に懐妊を伝え、責任を取るかどうかの手紙を送った。
公爵は二人のうち、一人の娘の面倒を見ると言いだしたのだ。
「一人は公爵家の分家へ養子に行き、あなたは、お兄様に引き取られた」
そして、エリザベスは事情を知ることなく、牧場でのびのびと育ったのだった。
「……公爵様のことは、愛していたの。とてもお優しい方で、世間の噂なんて全部嘘。あの人もあの人なりに、いろいろと悩んでいたのよ」
けれど、エリザベスは公爵のことを好きになれなかった。
いまだに、会いたいとも思わない。仕方がない話だとも思った。
「二人にエリザベスと名付けたのは私で、離れ離れに暮らす姉妹の唯一のお揃いとして、授けたんだけど……似たような存在は、いずれ引かれあう運命なのでしょうね」
ずっと黙っていて、申し訳なかったと頭を下げるセリーヌ。
エリザベスは、黙ったまま叔母を見つめていた。
「あなたの行儀見習いを引き受けたのも、母親として、何かしたかったから、ということがあるの。だから、必要以上に厳しくてしまって……ごめんなさいね」
セリーヌはたった二年で、一人前の淑女へと育てようとしていたのだ。
結果、双方の努力は実を結び、エリザベスはどこにだしても恥ずかしくない、貴族女性へと成長した。
「その点に関しましては、深く感謝をしていますわ」
そう返せば、強張っていたセリーヌの表情も和らぐ。
「ですが、今回のことは、もう一人のエリザベスが気の毒で、公爵様も、叔母様のことも、許すことはできませんの」
「ええ、わかっているわ」
簡単に受け入れられる問題ではなかった。
まだまだ、時間が必要なのだろうと、エリザベスは考えている。
「だから叔母様、わたくし達はいままで通り」
「ええ。良い親戚同士でいましょう」
きちんと話を聞いて、エリザベスは心の中のもやもやが少しだけ晴れた気がする。
もう一人のエリザベスのことや、公爵のことなど、知りたくもない情報も把握してしまったが、それでも、知らない時よりはマシだと思った。
一つ、問題が解決したのだ。
けれど、次は別の問題が浮上する。
これからどうすべきなのかと。
家族は自由にしてもいいと言った。
エリザベスの頭の中には、一つの道がある。
それは、文官への夢。
決して、楽な道のりではない。
苦難が待ち構えていることはわかっていた。
けれど、彼女の幼い頃からの夢だったのだ。
それから三日間、考えた。
悩んで、悩んで、わからなくて、セリーヌにも相談した。
叔母は言う。
あなたの人生は、あなたのものになったのだから、好きな道を選びなさい、と。
エリザベスは覚悟を決め、一通の手紙を書いた。




