新たな道
「リズについて、話をするつもりはなかったんだけど、君も事件に巻き込んでしまったから――」
シルヴェスターは忌々しいと言わんばかりに、妹エリザベスについて語りだす。
「実は、彼女は十歳のころに公爵家にきて、びっくりしたんだ。ひどくやせ細っていて、暗い目をしていた。あれは子どもの目付きじゃなかったよ」
当時のシルヴェスターは十八歳。
公爵家の血が流れていながら、遠い親戚の家で不当な扱いを受けていたという話を人伝いに聞く。
「きっと、愛に飢えていたんだろうなと思い、私は可能な限り、リズに優しくしたんだ」
シルヴェスターはエリザベスを妹として可愛がった。
けれど、エリザベスはそうでなかった。
シルヴェスターを、一人の異性として愛し始めたのだ。
「彼女が十五歳の時に想いを告げられたんだけど、本当に驚いて……血は繋がっていないけれど、妹としてしか見ていなかったから、拒絶してしまったんだ」
その対応が、間違いだったと呟く。
「それから、リズは私の気を引くために、いろんなことをしでかしてくれた」
その詳細は話さなかったが、日記帳で内容を知っていたエリザベスは、心底気の毒だと思ってしまう。
近衛兵を辞めた理由も、エリザベスにあった。
自分は姫君で、シルヴェスターは騎士という妄想を始め、仕事に行くことも妨害を始めたので、コンラッド王子に相談して文官に転職したのだ。
行動が過激になっていくエリザベス。
妹が待つ家に帰りたくなくて、仕事が欲しいとコンラッド王子に頼み込んだ。
王子は願いを叶え、深夜までかかるほどの仕事を持ちこんでくれた。
忙しい毎日に、妹の起こすさまざまな問題。
シルヴェスターは憔悴しきっていた。
結婚すればきっと変わってくれる。そう期待していた矢先での、駆け落ちだった。
「リズはきっと、初めに引き取られた家で、ひどい扱いを受けてあんな風になってしまったんだ。だから、あまり強いことも言えなくて……」
「そう」
「本当に、妹として愛しているのならば、矯正させるべきだったのに、上辺だけの同情から、中途半端に接してしまって……一番悪いのは、私だよ」
「諸悪の根源は公爵でなくって?」
不貞を働いて人妻を妊娠させた挙句、子どもを預ける先をきちんと検分せずに養子にだした。
まっとうな家庭でエリザベスが育っていれば、今までに起こった事件も回避できたのだ。
「公爵様は、今回の事件についてなんと?」
「一応、責任は感じているようだよ。リズの裁判にも、行っているみたいだし」
「そう」
「任せておけば、問題ないと思う」
「だったらいいけれど」
「一応、君にも会いたいと言っているけれど」
「わたくしは会いたくないですわ」
「だよね」
会話が終わればシルヴェスターは立ち上がり、深々と頭を下げる。
「今までありがとう。この先、困ったことがあれば、なんでも叶えるから」
「いいえ、結構ですわ」
「言うと思った」
これからどうするのかと聞かれる。
エリザベスは予定通り実家に帰り、父親の決めた人と結婚すると答えた。
「君が、大人しく誰かの妻になるなんて、考えらえないな」
「そんなことありません。結婚は、貴族の義務です」
「そうだったね」
今回の事件をきっかけに、牧場の復興を公爵家が正式に支援することが決まった。
事業の立て直しは目途がついたのだ。
なので、金持ちの家に嫁ぐことはしなくてもよくなった。
「そういうわけだから、前より状況は好転していますの」
「だったら、安心した」
会話が途切れたら、再度頭を下げるシルヴェスター。
別れの言葉を口にして、去っていく。
きっと、この先会うこともないだろう。
エリザベスはそう思い、去りゆく後ろ姿を切ない思いで見送った。
◇◇◇
あれから、叔母であり産みの母親であるセリーヌが毎日見舞いにやってくる。
ぎこちない態度で接するので、なんとも居心地悪く思っていた。
受け入れるまで時間が必要だとも思う。
実家の両親や兄達は忙しい日々を過ごしているようだった。
先日、兄が母親を伴って見舞いにやってきてくれた。
牧場の復興は順調だと聞き、ひとますホッとする。
身代わりをしていたことについても、話が行っていたようで、とんでもないことをしてくれたと、母親より叱られてしまった。
エリザベスはその通りだと思ったので、反省をしていれば、母親は涙を流しだす。
一人で責任を負って、今まで辛かっただろうと、優しく抱きしめてくれた。
兄も、よくがんばったと背中を撫でてくれた。
そして、これからは自分の好きな道を選びなさいと、母親と兄は新たな道を示す。
ツキリと、胸に突き刺さる言葉だった。
いまさら自由にしてもいいと言われても、戸惑いを覚えるばかりである。
どうしようか、答えはすぐにでてこなかった。
入院生活も早二週間。
暇を持て余していたエリザベスの元に、馬車の事故で紛失したと思っていた荷物が届けられた。
その中から、ユーインの手紙がでてくる。
まだ中身を読んでいなかったのだ。
開封してみれば、手紙には丁寧な文字で、もう一度話をしたいと書かれていた。
エリザベスも、もう一度ユーインと会って、話をしたいと思う。
見舞いにやってきた叔母に頼んで、便せんとちょっとした雑貨を頼む。
その日の夕方には、準備してもってきてくれた。
「別に、急ぎではありませんのに」
「いいのよ」
怖かった叔母であったが、今はすっかり険が取れ、優しい態度で接してくれる。
やはり、まだ慣れずに、ムズ痒い思いとなっていた。
「叔母様、ありがとう」
「いいえ。また、困ったことがあれば、声をかけて」
「はい」
少ない言葉を交わし、すぐにセリーヌは帰って行く。
一人になった部屋で、エリザベスはユーインへ手紙を書くことになった。
いつもエリザベスの筆跡を真似て書いていたので、自分の文字でユーインに宛てた手紙を書くのは初めてだった。
なるべく丁寧になるよう心がけながら、時間をかけて書いていく。
その手紙に、ハンカチを添えようと、セリーヌに買ってきてもらっていたのだ。
真っ白の、絹のハンカチ。
そこに刺繍を刺そうと、裁縫道具を取りだす。
縫うのは、ユーインの名前。以前失敗していた物を渡してしまったので、今度こそ上手に縫って渡そうと考えていたのだ。
何度か、オーレリアに習って練習もしていた。
ここ最近は忙しくて刺繍をする暇もなかったが、上手くいった時の感覚は覚えている。
作業時間もたくさんあるので、ひと針ひと針、慎重に進めて行った。
三日ほどかけて、完成となる。
おかしいところがないかしっかりと確認し、セリーヌにも大丈夫かみせてみた。
「驚いた、本当に上手くなって」
「たくさん練習したの」
「そう。もらった人も、きっと喜ぶと思うわ」
手紙と刺繍入りのハンカチはセリーヌに託した。
直接、エインスワース家に運んでくれると言う。
それから数日が経った。
ユーインからの返事はこない。
セリーヌは「仕事が忙しいのよ」とエリザベスを励ました。
そうだといいけれどと、ぽつりと呟くように言葉を返す。
さらに数日経ったが、とうとう、退院の日までに返事が届くことはなかった。
少しの移動でも、頭がくらくらしてしまうエリザベスは、セリーヌの家でしばし静養することになる。
久々にやってきた叔母の家に、早くも懐かしさを覚えていた。
かつての同僚達も、エリザベスを優しく迎えてくれる。
今度は、セリーヌの姪として、伯爵家に滞在することになった。
なんだか不思議な気分だと、用意された客間を見渡しながら思う。




