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令嬢エリザベスの、こじらせ人生

 エリザベス・マギニスは、一族――否、貴族令嬢としても、大変な変わり者の娘である。


 マギニス家の者達は自然豊かな環境の中で育ち、当り前のように牧場を愛するようになる。

 牛や馬の世話などは朝飯前。

 立派な田舎屋敷カントリーハウスを所有している歴史ある名家であったが、陽に焼けた健康的な肌を持ち、貴族らしかならぬ恰好で働くことを当たり前とする一面もあった。


 一方で、エリザベスは牧場仕事には一切の興味を持たず、屋敷の書斎ライブラリに引きこもって曾祖叔母そうそしょくぼが集めた書物を読み漁る日々を過ごしていた。


 エリザベスの曾祖叔母、マリアンナは才色兼備で、珍しい女性の文官だった。

 十年間軍属の文官として国に貢献し、三十になった翌年に大貴族へと嫁いでいった。


 マリアンナは一族の自慢でもあった。

 父親が絵本代わりに枕元で語ってくれた、マリアンナの話は両手では数え切れないほど。


 エリザベスはしだいに、屋敷にあるマリアンナの肖像画を眺めながら、彼女のような文官になりたいと考えるようになる。

 だがしかし、父親は娘に平凡な人生を歩んで欲しいと、文官への道を反対した。

 当時の彼女は七歳。子どもの軽い夢語りだと思っていたのだ。

 しかしながら、娘の決意を軽く受け流す父ではなかった。

 幼いエリザベスに、頭を下げて乞う。

 大きくなったら、牧場の仕事を助けてほしいと。

 その願いを、エリザベスは受け入れた――斜め上の方向に。


 その後も、エリザベスが牧場の手伝いをすることはなかった。

 部屋で小難しい本ばかり読んでいる。

 八歳になれば、父親に頼み込んで家庭教師をつけてもらうことになった。

 そんな中で、良からぬ噂も流れてくる。

 小麦色の肌に、濃い金髪という家族の中で、白磁のような肌と、絹のような金髪を持つエリザベスのことを、拾われっ子と陰で呼ぶ者がいたのだ。

 直接本人の耳に入るも、まったく気にしていない。

 そんなことよりも、大事なことをやっていたからだった。

 それは、寄宿学校の入学試験。

 寄宿学校は貴族の子息が通う場所である。当然ながら、女性の入学など許されるわけがない。

 エリザベスは学園長に小論文を送りつけ、試験を受ける資格を手にしたあと、主席合格を果たしたのだ。


 当然ながら、話を聞いた父親は仰天。

 試験前に許可証にサインをしたものの、娘が合格をすると思っていなかったのだ。


 父親はエリザベスを止めた。

 男ばかりの学園で、上手くやっていけるはずがないと。

 だが、エリザベスの願いを聞いて、考えを改めることになる。


 彼女は経営学を学び、牧場の手助けをしたいと主張したのだ。


 エリザベスの細腕では、牧場仕事などできないだろうと考えていた父親は、深い感銘を受けた。それならば、と彼女の進学を許してしまう。


 母親はただ一人、生粋のご令嬢のように育った娘を心配し、学園生活を送る中で、男装などをしたほうがいいのではと勧めた。

 けれど、エリザベスは頷かない。

 学校が指定した、女生徒用の制服に袖を通し、数年間を過ごす。

 綺麗な娘だから男子生徒が放っておかないのではという、両親の心配は杞憂に終わった。

 エリザベスは大変気が強く、負けず嫌い。

 異性がつけ入る隙というものを、まったく見せなかったのだ。


 そんな学生生活も長くは続かなかった。

 飛び級をして、十六歳で成績優秀という評価と共に卒業する。

 ちょうど社交界デビューの年でもあったが、美しく育ったエリザベスを、両親は王都の夜会へ送りだすことはなかった。

 なぜならば、婚約者が決まっていたからだ。


 アントニー・コルケット

 マギニス家と取引をする大商人の次男で、年は二十一歳。

 性格は温厚で、大人しい青年であった。


 結婚をした暁には、エリザベスとアントニーにチーズ工房のすべてを任せようと父は考えていた。

 エリザベスも、父親より信用を得て、任されたと思い、使命感に燃える。

 けれど、問題が生じてしまった。


 アントニーとエリザベスは、結婚前であったが経営方針の話し合いを繰り返していた。

 その中で、どうしようもない価値観の違いが生じてしまったのだ。


 本来のやり方で堅実な経営を行いたいアントニーと、新しいやり方で改革を目指したいエリザベス。

 どちらも引かなかった。


 結局、婚約は破談となる。

 申し出はアントニー側からだった。


 男性側から婚約破棄されたエリザベスは、田舎町の社交場での話題を独占してしまう。

 当然ながら、手が付けられない女だという悪評である。

 父親は一生懸命結婚相手を探したが、気が強く、折れることを知らないエリザベスを妻にと、思う猛者はどこにもいなかったのだ。


 このままではいけないと思ったエリザベスの父は、娘を花嫁修業にだすことを決意する。

 王都に住む、三つ年下の妹の元に預けることに決めたのだ。


 それは、エリザベスにとって面白くない事態だったが、自らの行いのせいで、家族までも後ろ指をさされる事態になっていることは、よく理解していた。

 【人の噂も七十五日】という異国の言葉もある。

 そう思って、渋々と花嫁修業という名の行儀見習いをするために、王都の叔母を訪ねることになった。


 父親の妹――叔母セリーヌ・ブライトンは大変厳しい人だった。

 まず、外出を禁じた。それから、学歴を語ることも。

 勉強だけに身を捧げてきたエリザベスは、貴族としての振る舞いや決まりごとの壁に直面し、悪戦苦闘をすることになる。


 王都の郊外に屋敷を構えるブライトン伯爵家に嫁いだセリーヌは、エリザベスを侍女として従え、少しでも生意気な態度を取れば、迷わず頬を打つ。


 嫌になったら実家に帰ればいいという、セリーヌの挑発とも言える言葉に、エリザベスが従うことは一度もなかった。

 彼女はどうしようもないほどに、負けず嫌いだったのだ。


 大変な毎日だった。

 叔母に打たれた頬を冷やす夜も、少なくなかった。

 けれど、悪いことだけではなかったのだ。

 エリザベスに、はじめての友達ができた。

 コルネットという、同じく行儀見習いで働いていた、男爵家の令嬢である。

 おっとりとしたコルネットと、気が強いエリザベスは、不思議と気が合ったのだった。


 それから二年、めげることなく働き続けた。


 使用人という身分でありながら、誰よりも気位が高いエリザベスを密かに気に入ったセリーヌは、常に傍に置いていた。


 二年間の行儀見習いの結果、エリザベスはどこにだしても恥ずかしくない、貴族令嬢になったのだ。

 多少、気の強さも矯正できたが、残念なことに根は変わらない。

 今も深い緑色の目は、曲がらない強い意志の光を放っていた。

 お見合いをして、良い結婚相手が見つかればいいと、姪でもある娘をセリーヌは心配する。

 けれど、この二年でエリザベスは実に美しい娘に育った。放っておかれるわけがないと確信していた。


 しだいに、姪に田舎暮らしは合わないだろうと思い、セリーヌは兄の許可を得て、結婚相手を探すようになった。


 だがしかし、そんな中で、不幸な出来事が起こる。

 エリザベスの故郷が嵐に襲われ、大変な被害をだしたというのだ。

 彼女は即座に、家族の元へと帰ることを決意する。

 そのことを周囲は止めたが、牧場は現在猫の手でも借りたい事態である。

 名残惜しいと思いつつも、笑顔で見送ることに決めた。


 最後に、二年間一生懸命頑張ったエリザベスに、セリーヌはご褒美を与える。

 それは、流行りのドレスと、王都の街を散策してもいいという許可だった。

 一度も外出を許されず、二年間買い物は出入りの商人から済ませていたエリザベスは、叔母からの贈り物に驚くことになった。


 戸惑いつつも、もらったドレスに身を包み、コルネットと付添人を引き連れ、街で買い物を楽しんだ。


 流行りのアクセサリーを見て、喫茶店でお茶を楽しみ、賑やかな商店街を散策する。


 コルネットと付添人とは、お昼前に馬車乗り場で別れた。

 このまま帰れば、永遠に王都に足を踏み入れることもないだろうと、エリザベスは思う。


 最後に、王立の図書館を一目見たいと思った。

 近くを通りかかった騎士に所在を聞く。

 親切な騎士はそこまで送っていこうかと提案をしたが、エリザベスはすげなく断る。

 自分の足で、図書館がある場所まで向かうことができる自信があったのだ。


 この時、自らの選択が間違いだったとは、知る由もなく――


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