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令嬢エリザベスの華麗なる身代わり生活  作者: 江本マシメサ


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29/50

一方通行の愛

「やあ、エリザベス。すまない、遅くなって」


 いつになく疲れた様子のシルヴェスターに話しかけられて、胸がドキリと高鳴る。

 腹黒く、自分のことしか考えていない甘い男だと思っていたが、それには理由があったのだ。

 知らずに冷たく接してしまい、申し訳ない気持ちが湧き上がる。


「ごめん、眠いのかな? 朝に言ってくれたら、もうちょっと早く帰ってきたんだけど」

「いえ……」


 とりあえず今は本物のエリザベスのことは忘れて、ユーインとあったことを話さなければならなかった。


 長椅子を勧め、向かい合って座る。

 執事が紅茶と軽食を持ってきた。テーブルには色とりどりのお菓子とサンドイッチが並べられる。

 ティーカップを手に取り、フレーバーティの香りを堪能する。いくぶんか、心を落ち着かせることができた。

 笑みを浮かべるシルヴェスターは、緊張の面持ちを浮かべるエリザベスに話しかける。


「それにしても、残念だね」

「何がですの?」

「いや、今日もエリザベスの寝間着姿が見られると思っていたんだ」

「はあ!?」


 普段のドレスも綺麗だけれど、寝間着姿を見ることもできる男は限られているから、今日も見たかったと、軽い調子で言っていたのだ。


「ドレス姿は綺麗だけれど、寝間着姿は可愛いよね」

「意味がわかりませんわ」

「それは残念」


 彼は本当に、エリザベスの日記帳にあった冷たいお兄様なのかと、疑ってしまう。

 そんなことよりも、ユーインのことを話さなければと、居住まいを正して語り始めた。


「それで、お話しですが――」


 そんなことがあったのかと、疲労感の混じる声で呟くシルヴェスター。


「まあ、この件に関しては、私が一番悪い。ユーインの怒りをこの身に受ける覚悟は決めておくよ」

「ええ、お願いいたします」


 ユーインの話は済んだ。ここからが本題だ。

 もう、身代わりなんて続けることはできない。ここからでて行くと告げなければならなかった。

 本物のエリザベスの行方は、ほぼ判明した。日記帳を渡せば、すぐに見つかるだろうと思っている。

 勇気を振り絞って、シルヴェスターに告げたが――


「君は、私との誓いを破る気でいるのかな?」

「それは……」


 エリザベスの靴への口付け。

 シルヴェスターは公爵家の名誉を守るために、そこまでしたのだ。


「ですが、契約期間は残り二ヶ月半。病気を患ったことにして、田舎で静養している設定とかにしても、不自然ではないと思うのですが」

「そうだね。君が身代わり役をしてくれたから、その手も有効だ。でも――」


 シルヴェスターは立ち上ってテーブルを回り込むと、エリザベスの隣へと腰かけた。

 腕を伸ばし、肩を引き寄せる。


「――なっ!」

「大人しくして、エリザベス。あまり大きな声をだしたら、君の侍女がきてしまう」


 重要な話をするので、いつもは傍で控えている侍女は部屋からでて行くように命じていたのだ。現在、部屋の中は二人きりである。


 男慣れしていないエリザベスは、どうしてか体が凍りついて動けなくなってしまった。

 張り手をする余裕さえなかった。


 シルヴェスターはエリザベスの思考が停止したのをいいことに、ぐっと接近して耳元で囁く。


「実は、公爵家の名誉のことなんて、どうでもよくなっていたんだ」

「な、それは、どうして?」

「君に夢中だったから」


 ハッとなって逸らしていた顔をシルヴェスターへと向ければ、唇がつきそうなほどに接近していたことを知ることになる。

 胸を押し、離れようとしたが、しっかりと身を寄せられていたので、それも叶わなかった。


「ここにエリザベスを引き止めたいのは、私個人の我儘だよ。靴へのキスだって、他の人には絶対にしない」

「そんなの、嘘ですわ!」

「本当だよ。もう一度、しようか?」


 シルヴェスターの手がエリザベスの腿に触れ、するりと撫でる。

 想定外の接触に、体がビクリと跳ねた。


 初心な反応を見たシルヴェスターは、嬉しそうに囁いた。


「エリザベス、可愛いよ」


 首を横に振り、そんなことはないと、否定した。

 沸騰する頭の中で考える。

 このシルヴェスターの行為は、妹に迫られて困っていた中で、同じ顔をしたエリザベスをからかうことによって、ストレスを解消しているのではないのかと。


 それに気付けば、冷静になる。

 エリザベスは腕を振り上げ、頬をめがけて打とうとしたが、寸前で手首を掴まれてしまった。


「やっぱり君は、そうでなくては」


 張り手は失敗。

 ここで諦めるエリザベスではない。

 今度は渾身の力で、靴を踵で踏みつける。

 シルヴェスターは予想外の攻撃だったからか、苦悶の声を漏らしていた。


「ひどいな。君は、本当に」

「同意もなしに迫るほうが酷いですわ」

「そうだったね」


 シルヴェスターは笑みを浮かべながら言う。

 それは、いつもの余裕たっぷりの微笑みではなく、自らを嘲り笑うようなものであった。


「気持ちの一方通行というものは、こうも辛いものなんだね。私も、やっとリズの気持ちを理解できたよ」

「――え?」


 ぼそぼそと喋る言葉を、エリザベスは聞き取れなかった。

 シルヴェスターは「なんでもないよ」と言って、誤魔化した。


 月夜の晩、最低限しか灯りが点けられていない部屋で、二人は静かな時間を過ごす。

 先に沈黙を破ったのは、エリザベスであった。


「あなたは――わたくしを不気味だと、思わなかったのですか?」


 妹と驚くほど顔が似ているエリザベス。

 シルヴェスターが苦手か、嫌いに思っている存在と同じ容姿を持っているのだ。

 抱く感情はいいものではないだろうと、決めつけていたが――


「君は君だろう。契約をしてから、リズのイメージと重ね合わせたことは一度もないよ」


 シルヴェスターは姿形が似ているエリザベスを使って、憂さ晴らしをしているわけではなかったのだ。

 信じていいものか、半信半疑であったが、真面目な顔で語っていた。今まで、あまり見せなかった表情である。


「私は、哀れで恥ずかしい大人に見えているのだろうね……継承権のない公爵家のためにあくせく働いて、名誉を守る工作をし、他人には平気で嘘を吐く」


 暗く、沈んだような声だった。

 今のシルヴェスターには余裕などまったくなく、隙だらけに見える。


「きっと、君が羨ましかったんだと思う。なんでもはっきり物事が言えて、嫌なことは嫌だと言い、誰よりも誇り高く、他人に厳しくて、自分にも厳しい。それから、家のためならば、したいことも諦められる潔さ……」


 自らは示された道を進むしか能がなく、運命に抗おうともしなかった。

 シルヴェスターは、そんな話を語る。


「なんだか、途中からエリザベスがユーインの婚約者であることも、気に食わなくて、いろいろと、してはいけないこともしてしまったと思う。……ごめん」


 シルヴェスターは立ち尽くすエリザベスを見ないまま、大きな決定を下した。


「――エリザベス。君を解放しよう」

「!」


 エリザベスは身代わり生活から解放された。

 しかも、契約金はすべて払うと言う。


「どうして?」

「たまには、道から逸れたことをするのもいいと思って」


 今まで公爵家のためだと言い聞かせながら、いろんな物事を見ない振りをして、我慢をして過ごしてきた。

 もうそれも、限界なのだと話す。


「今までありがとう」

「よろしいのですか?」

「構わないよ。遠慮なく、報酬金は受け取ってほしい」


 あまりにも、あっさりと身代わりから解放されて、ポカンとするエリザベス。

 本物のエリザベスはどうするのかと聞けば、意外な答えが返ってきた。


「リズの居場所はだいたい見当がついているよ」

「でしたらなぜ、今まで迎えに行かなかったのですか?」

「エリザベスと過ごしたかったから」

「はあ!?」

「本当だよ」


 いつもの微笑みと余裕を取り戻したシルヴェスターは、しれっと言い切る。


「馬車を手配しておこう。明日には、ここを発てるかな?」

「そんなに、早くて大丈夫ですの?」

「心配はいらない。君も、一刻も早くご家族に会いたいだろう」


 確かに、家族のことは心の中に引っかかっていた。

 自分の目で直接無事だと確認すれば、安心できるだろうと考えている。


「私は明日から三日間、宮殿で行われる大切な会議があってね。見送りはできないけれど――」


 明日は国王と王太子が揃う、年に一度の会議の日。出勤はいつもより早く、夜明け前に出勤する。三日間、帰宅せずに夜遅くまで話し合いをするのだ。なので、この瞬間が別れの時かもしれないと言っていた。


「エリザベス、最後にお願いがある」

「なんですの」

「抱きしめて、頬にキスをしたい」

「お断りいたします」

「最後なのに……」

「婚約者でもなんでもない人に、そんなこと許すわけがありません」

「手厳しいな」

「普通ですわ」


 ふざけているようにしか見えなかったので、部屋から早くでて行くよう、急かした。

 シルヴェスターは渋々といった様子で、扉の方へと向かう。


「エリザベス、おやすみのキスは?」

「拒否いたします」

「つれないな……」


 背中をぐいぐいと押して、シルヴェスターを追いだす。

 眉尻を下げ、困ったように笑う姿に、エリザベスは淑女の礼をした。


「それでは、ごきげんよう」

「そうだね、また、会おう」


 すぐに会うような軽さで、互いに挨拶を交わす。

 シルヴェスターは胸に手を当てて膝を軽く曲げる、騎士の礼で別れを告げた。


 このようして、月夜の晩は過ぎて行った。


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