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令嬢エリザベスの華麗なる身代わり生活  作者: 江本マシメサ


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23/50

シルヴェスターの乗馬教育

 オーレリアと二人、屋敷の裏手にある乗馬用の広場へとやってきた。


「そういえば、エリザベス様、胸当ての装備、苦しくない?」

「え? ええ……」


 落馬した時のために、乗馬服の下は防具を着けているのだ。

 オーレリアは普段よりも平らなエリザベスの胸を見て、心配する。


「私はそうでもないけれど、エリザベス様はお胸が大きいから」

「ええ、ぜんぜん平気ですわ」

「そう、良かった」


 内心、ぜんぜん良くないと思うエリザベスであった。


 しばし待っていると馬舎の方から、シルヴェスターが白馬の手綱を引いて歩いてくる。

 彼もまた、乗馬服を纏っていた。そして、右手には乗馬用の鞭を持っている。

 その様子に気付いたオーレリアは、エリザベスを守るように一歩前に進みでた。


「オーレリア様?」

「エリザベス様のことは、かならず私が守るから……!」


 エリザベスはなんのことか一瞬わからなかったが、シルヴェスターが鞭を手にしていたので、オーレリアが「おしおき」から守ってくれようとしていることに気付く。


「それにしても、鞭を持つ姿が様になっているわ……恐ろしいこと」

「……」


 シルヴェスターが乗馬鞭を振るっていたという話は、まったくのデタラメである。

 どういう反応をしていいものかわからずに、エリザベスは俯いたまま頷くだけにしておいた。

 それが、兄の暴力に耐える様子に見えて、オーレリアのさらなる同情を買っていたとは、本人は知る由もない。


 シルヴェスターが二人の元へ到着する。

 手にしていた鞭は、流れるような動作で腰のベルトへと差し込まれていた。

 共に連れていた白馬は、長い睫毛を瞬かせながらぶるりと鼻を鳴らした。小柄ながら筋肉はしっかりと付いており、光沢のある美しい馬体に、サラサラとした絹のような鬣。ぱっちりとした目は、エリザベスの方へと向いていた。敵対心などはない、穏やかな雰囲気の馬である。


 一歩前にでていたオーレリアに、シルヴェスターは話しかけた。


「君は確か、ブラットロー伯爵家の――」

「オーレリアですわ」

「はじめまして、オーレリア嬢。お会いできて光栄です」


 シルヴェスターは自ら名乗ると、被っていた帽子を脱いで脇に抱え、品のあるお辞儀をしていた。

 オーレリアは手の甲へのキスを拒否するかのように腕を背中へ回し、軽く膝を折る程度のそっけない挨拶を返す。


「オーレリア嬢も乗馬は初めてで?」

「ええ」

「そうか。では基本から説明をしよう」


 シルヴェスターは乗馬未経験の女性二名に、手順を教える。


「まずは馬との接し方からなんだけど」


 馬の性質は穏やかで大人しい。けれど、警戒心が強いため、注意が必要だった。


「背後から近付くのは危険だ。馬の視界は三百六十度見渡すことができて、怪しい動きをしていれば、後ろ足で蹴られてしまう」


 なので、接近する時は前方から、警戒心を解かせるために優しく語りかけることも大事だと言う。


「リズ、馬――シャロンに話しかけてごらん。女の子だから、優しくね」

「わかりました」


 白馬の名前はシャロン。

 エリザベスは美しい馬に少しだけ接近し、話しかける。


「……ごきげんよう、シャロン様」


 その一言を聞いたシルヴェスターは笑いだす。

 エリザベスはムッとして、ジロリと睨みつけた。


「ご、ごめん。どこぞのご令嬢に話しかけるようだったから」

「少し、黙っていてくださる?」

「ああ、すまなかった」


 気を取り直してもう一度、優しい声色で話しかける。

 普段とは違うエリザベスの様子が、シルヴェスターにはおかしくて堪らないようで、肩を震わせていた。

 エリザベスは無視して、白馬シャロンとの親交を図る。

 昨日読んだ本に、馬の機嫌は耳で分かると書いてあったことを思いだす。

 耳がぺたんと伏せてある時は警戒している。耳を後ろに倒している時は恐怖を覚えている。ピンと立って正面を向いている時は、大きな音をださなければ、驚かせることはない。


 シャロンの耳はエリザベスに向いており、様子も落ち着いていた。


「リズ、そろそろ近づいてみようか」


 シルヴェスターはシャロンにニンジンを与え、背をポンポンと叩いていた。


「左からゆっくり近づいてみて」

「わかりましたわ」


 馬を驚かせないように、なるべく静かに接近する。

 シャロンはエリザベスの実家の馬とはまったく違った。

 体は小柄で大人しく、品のある美しい馬だ。

 牧場の馬のように、地面を蹴って脅すこともしない。エリザベスも安心して近寄ることができる。

 そして、手のひらに馬の大好物である角砂糖を載せ、口元へと差しだした。

 馬は甘い物が好物で、中でも角砂糖が大好きなのだ。

 シャロンはふんふんと匂いを嗅ぎ、パクリと手のひらの角砂糖を食べる。

 警戒している様子はないので、首や背を優しく撫でた。

 オーレリアも同様に、シャロンと接する。

 人見知りをしない馬だったので、上手く交流を深めることができた。


 次に、馬の背中にまたがる。

 シルヴェスターはひと通り説明して実際に跨って見せた。

 エリザベスは苦労の末、騎乗することに成功し、体を動かすことが得意なオーレリアは一発で跨ることに成功していた。


 それから歩行、走行と習う。

 エリザベスは歩行だけでいっぱいいっぱい。オーレリアは短時間でコツを掴み、馬と共に颯爽と駆けていた。


 あっという間にお昼となる。

 エリザベスは体のあちこちが痛んで悲鳴をあげていたが、弱みは見せまいとなんともない振りをしていた。

 一方、オーレリアはすっかり乗馬が気に入ったようで、先ほどから何周もコースを駆けている。


 こうして、四時間にも渡る乗馬教室は幕を閉じた。

 オーレリアは背伸びをしつつ、感想を述べる。


「ああ、とても楽しかった」

「それはそれは、良かったですわ」

「エリザベス様は?」

「わたくしも、楽しかったですわ」


 心にもないことを口走るエリザベス。

 馬のシャロンは可愛いが、体のあちこちが痛み、馬上は怖く、少し乗っただけなのに疲労困憊となっている。

 乗馬は向いていないと、すでに結論づけていた。

 オーレリアにとって、シルヴェスターは良い教師だったようで、出会った当初の険悪な感じはほとんどなくなっている。けれど、エリザベスを守るという目的は忘れていないようで、必要以上の接近を許していなかった。


 オーレリアと別れ、屋敷に戻る。

 エリザベスは使用人の用意してくれた風呂に入り、午後からは珍しくお昼寝をすることになった。


 ◇◇◇


 夕方、エリザベスは書斎ライブラリから持ってきていた本を読み進める。

 それは、数百年まえに発行された時祷書じとうしょであった。

 普段は読まない分野の物だったが、金の留め金がついた豪華な装丁だったので、思わず手に取ってしまったのだ。

 内容は美しい絵と共に詩や、祈祷文が書かれている物で、エリザベスが興味を引くような歴史背景などの記述はいっさいない。

 余計な情報はいっさい書かれていない、宗教本であった。

 パラパラと流し読みをしていると、途中に何か挟まっていることに気付く。

 それは、金髪の女性が描かれた肖像画ポートレートだった。

 持ち上げてみれば、裏面に【愛しいセリーヌ】と書かれてあった。日付は今からちょうど二十年前。

 もう一度、裏返して女性の絵姿を見る。


「――え?」


 思わず、驚きの声をあげてしまった。

 改めて見た女性の絵は、叔母セリーヌに似ていたのだ。

 もう一度、裏面の名前を確認する。

 間違いなく【愛しいセリーヌ】と書かれてあった。

 もしかしなくても、これはエリザベスの叔母の若かりし頃が描かれた絵になる。

 二十年前といえば、すでにブライトン伯爵家へ輿入れしている。

 なぜ、絵姿が公爵家にあった書斎ライブラリの本に挟まっていたのか。

 収集された本のほとんどは、公爵が買い集めた物だと言っていた。

 もしかしたら、本に絵を挟んだまま売ってしまった可能性がある。

 それか、公爵と伯爵の中で貸し借り、もしくは譲渡されたか。

 どちらにせよ、誰かに聞くことなんてできないので、頭の中に浮かんだ邪推――セリーヌと公爵が不倫関係にあった――は忘れることにした。

 絵は本にしっかりと挟み、封印するかのように留め金を閉じる。


 深い溜息を吐き、本日の読書は止めることにした。



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