表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/50

訪れる危機

 なぜ、悪いことをしでかしたかのように呼び出されなければいけないのか。

 エリザベスは苛つきを隠しもせず、不機嫌な顔で書斎ライブラリに入った。


 シルヴェスターは執務机に手を組んで肘を突き、笑顔で話しかける。


「お帰りなさい、エリザベス」

「ただいま帰りました、お兄様・・・。今日は、お早かったのですね」

「そうだね。夜、エリザベスと一緒に食事をしようと思い、頑張って仕事を終えて帰宅をしたんだけど――まさか、ユーインと食事に行っていたなんて」


 婚約者と食事に行って何が悪いのか。

 そもそも、なぜ一緒に食事をと思ったのかも謎である。


「あまりうるさいことは言いたくないんだけれど、エリザベス、君は少し、用心したほうがいい」

「用心とは?」

「エリザベスは身代わりの公爵令嬢だ。本物のリズが、素直にユーインと食事に行くだろうか、と」


 指摘されて、ドクリと心臓が鼓動を打つ。

 確かに、高慢で自分勝手な公爵令嬢エリザベス・オブライエンが、今まで一度も会おうとしなかった婚約者と、頻繁に食事に行くというのは不自然だ。

 そうでなくても、噂のエリザベスとは違うと、ユーインに言われたばかりなのである。


「それに、コンラッド殿下に頼まれた仕事だって……」


 本来ならば、女中――否、侍女でも書類仕事を手伝うことはない。

 それどころか、文官ではない者が内部機密を書かれた書類を手にしただけで、処罰される可能性だってあった。


「いや、あれは殿下が悪いか。……そもそも、人手不足を解消しようと、新しい文官を配属するよう、上層部に頼んでいたんだけど」


 正直に言えば、ユーインを第二王子補佐に配属して欲しかったと漏らす。


「ユーインの出世が計画通りとは言え、リズの駆け落ちが父上に知られたら、何もかも台無しになるんだけどね」


 独り言のように呟かれた言葉は、エリザベスには理解できないことだった。

 追及しようとも思わない。

 今は、自分のことで精一杯なのである。


「――とにかく、エリザベスは周囲にバレないよう、上手く立ち回って欲しい」

「ええ、わかりました」

「殿下の手伝いは……まあ、私は目を瞑っておこう。助かっていることは事実だし」


 本当の身内だったら、文官の採用試験の推薦状を書いていたよと、シルヴェスターはエリザベスの仕事を認めるようなことを言った。

 その評価を、意外に感じた。

 女性はまつりごとに参加をして欲しくないと思っている層だと思い込んでいたのだ。


「呼び出してすまなかったね。もう、下がっていいよ」


 エリザベスは一礼し、部屋をでる。


 侍女が用意した風呂に入り、髪を乾かしてもらうと、夜の読書を楽しむことなく布団へ身を沈めた。


 ◇◇◇


 それから数日、なんのトラブルも起きることなく仕事をこなしていた。

 宮殿の廊下で知り合いや、噂を聞いて絡んでくる侍女と出会うこともあったが、適当にあしらっていたし、オーレリアが一緒にいれば庇ってくれたので楽だった。


 奔放なエリザベスを演じようと、わざと男に目配せをしていたが、どうしてかどれも失敗に終わってしまう。


 それどころか、「最近、公爵家のエリザベス嬢に、猛禽のような目で睨まれる……」という噂話が出回っているとシルヴェスターから教えてもらった時は、どうしてこうなったのかと悔しい思いをすることに。


 どうして、他人を睨んでいたのかと聞かれたが、奔放なエリザベスを演じるため、男を誘惑する視線を投げかけていたとは、口が裂けても言えなかった。


 帰りはユーインに見つからないように、宮殿の馬車乗り場まで細心の注意を払って移動していた。努力の甲斐あって、食事をした日以来、執務室以外で会うことはない。


 今日も、なんの事件もないまま、家路に就く。


 玄関先で執事と侍女が出迎えてくれたが、雰囲気がいつもと違った。

 なんだか空気がピリっとしているのだ。

 使用人達に訝しげな視線を向けるエリザベスに、執事はその理由を説明する。


「実は、旦那様がお帰りになっておりまして」

「なんですって!?」


 最近、執事の報告に「なんですって?」しか返していないような気がしていたが。そんなことなどどうでもよかった。


 女中の恰好をしていることがバレたら大変なので、侍女達はエリザベスを取り囲み、衣装部屋へと急ぐことになる。


 風呂に入れられ、ドレスを纏い、髪を結って最後に化粧をする。


 完璧な公爵令嬢となれば、執事を呼びだした。


「オブライエン公爵が帰ってきているとは、どういうことですの?」

「申し訳ありません。帰宅は半年後だとおっしゃっていましたので」


 エリザベスもシルヴェスターからそう聞いていたのだ。

 帰宅は予定外のこと。

 急に、会談がキャンセルとなり、帰ってきたという事情を聞く。

 公爵の前でどのような態度でいればいいのか、話し合っていなかった。

 なので、どういう風に振る舞えばいいのか、まったくわからないでいる。


 一つだけわかっていることと言えば、実の父親にも身代わりがバレてはいけないということ。


「それで、本物のエリザベスと公爵の関係は?」

「あまり、よくはなかったですね。エリザベスお嬢様は、旦那様に怯えているようにお見受けいたしました」

「……そう」


 怯える演技なんかできるかと、エリザベスは思う。

 相手は人心掌握術に長けた外交官である。下手な芝居が通用するわけがないのだ。


「家をあけがちということは、そこまで話した回数も多くありませんのよね?」

「ええ、その通りでございます」


 顔を合わせて会話をした回数は、両手で足りる程度だと、執事は話す。

 前回の接触は一年半前だった。


「でしたら――」


 なんとかなると言おうとすれば、扉が叩かれる。

 やってきたのは、公爵より伝言を受けた従僕だった。

 用件は私室にこい、というもの。


 さっそくかと、こめかみを押さえながら溜息を吐く。


「……行ってきます」

「エリザベスお嬢様、どうか、ご武運を」

「ええ、死なない程度に戦ってきますわ」


 エリザベスは公爵に会う前からすでに目が虚ろになっていた。

 これではいけないと、自らを鼓舞し、部屋をでる。


 長い廊下を歩き、ようやく公爵の部屋に到着した。

 扉を三回叩けば、「入れ」という返事が返ってくる。


「――失礼いたします」

「ああ」


 公爵の声は低く、しわがれていた。とても、穏やかで優しい人物とは思えない声色だった。

 激しい鼓動を打つ心臓を抑えながら、一歩、部屋に入る。

 公爵は長椅子に腰かけていた。

 エリザベスは目を合わせる前に、軽く会釈をする。


「お帰りなさいませ、お父様」

「なんだ、いつの間にか、挨拶もできるようになったか」

「……!」


 頭を下げたまま、失敗したとエリザベスは思う。

 本物のエリザベスは、父親を前に挨拶すらできない娘だったのだ。

 完全なる情報不足だった。


「そこに座れ」

「……はい」


 公爵――クライド・オブライエンは白髪交じりの金髪に、鋭い双眸。目じりや口元には深い皺が刻まれている。

 一目見て、油断ならない人物だと思った。

 それは、シルヴェスターなんかと比べものにならないくらいに。


「ふん。婚約を発表して、公爵夫人となる心構えも芽生えてきたのか?」

「公爵、夫人……!?」


 今しがた、聞き入れた言葉を受け入れるのに数秒かかった。

 その反応を見て、公爵は目を細める。


「まさか、シルヴェスターから聞いていなかったのか?」

「い、いえ……お話は、聞いておりましたが、まさか、あの話が本当とは」


 まったく知らない情報であったが、疑われないような返しをする。

 いまだ、混乱の中にあったが、少しずつ、頭の中で整理をしていた。


 公爵はエリザベスが次期公爵夫人だと言った。ということは、公爵の爵位を継承するのは結婚相手であるユーインになる。

 そこで、噂話の意味を理解することになった。


 次期公爵はシルヴェスターではなく、ユーイン。

 王太子付きに任命された理由も察する。

 公爵になった時のことを見越しての配属だったのだ。


 ――けれど、どうして爵位はユーイン・エインスワースに?


 エリザベスは疑問に思う。

 ユーインは公爵の弟の息子で、父親は他界。実家の伯爵位は兄が継いでいる。

 正真正銘、直系の男系男子であるので、公爵家の継承権を持っている。

 けれど、シルヴェスターがいるのになぜ?

 考えれば考えるほど、わからなくなる。

 何やら裏事情がありそうなこの問題を、どういう風に受け止めればいいのか、エリザベスは頭を悩ませた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ