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お嬢様暮らしは大変

 朝食後、薄紅色のドレスと首飾り、耳飾りに靴が運ばれてくる。

 公爵家では朝、昼、晩と、三回も着替えることを普通としていた。

 二日目で早くもうんざりしつつも、エリザベスは侍女達の身支度を黙って受け入れる。


 今日こそ先日シルヴェスターの書斎ライブラリから勝手に借りた本を読める。そう思っていたのに、装いを新たにしたエリザベスを、執事が待ち構えていた。


「エリザベスお嬢様、お手紙が届いております」


 執事の差し出す銀盆の上には軽く二十通ほど、綺麗に重ねられた手紙があった。

 先日の婚約パーティの参加者からの手紙だろうと執事は話す。


「……これを、わたくしにどうしろと?」

「中を検めて、お返事を、とのことです」


 今まで、エリザベス宛ての手紙はシルヴェスターが処理をしていた。

 けれど今回、すべてを身代わりのエリザベスに任せると言っていると、執事は報告する。


「任せるとは?」

「仮にお茶会などに誘われた場合、判断など、エリザベスお嬢様にお任せするとおっしゃっておりました」


 本物のエリザベスは見つかり次第、修道院送りとなる。

 身代わりのエリザベスがお茶会などに参加し、誰かと仲良くなってもこの先問題はない。


「本物のエリザベスお嬢様がされていたように、侍女に代筆を頼んでも構わないそうです。楽しい王都生活を、と若様が」

「……そう」


 これ以上の質問はぜずに、執事を下がらせる。

 手紙を数えれば、二十五通もあった。

 顔に力が入り、眉間が寄っていると気付いて手で解す。


 ゆったりと寛げる長椅子から立ち上がり、執務机のある隣の部屋へと移動する。

 机の上にあったペンを手に取ってインク壺を開いたが、中身は空。


 今まで、エリザベス・オブライエンが執務机に着くことはほとんどなく、作業をする環境は整えられていなかったのだ。


 侍女を呼んで命じる。壺の中にインクを満たすようにと。


 ◇◇◇


 届いた手紙のほとんどは、婚約を祝福する物で、エリザベスは丁寧に一通一通返事を書いた。

 中にはお茶会へ誘う内容の手紙もあったが、結婚の準備に追われているとか、理由を付けてやんわりと断った。

 時刻は十一時過ぎ。半分ほど手紙を書き終える。

 侍女が紅茶を持ってきたので、ひと休みをすることにした。


 お昼前のこの時間に飲む紅茶を『イレブンジズ・ティー』と呼ぶ。

 共に運ばれるのは、一口大に作られたハニーバターサンド。

 短時間で溜め込んでしまった疲れを甘ったるいミルクティーとお茶請けで癒す。


 十分の軽いティータイムを終えたあと、再び手紙を書く作業を再開させる。


 あっという間にお昼となった。


 侍女より昼食の準備が整ったという報告があったので、食堂へと移動する。

 たった一人だけの食事なのに、ずらりと食堂に並び、あれやこれやと給仕をする使用人を眺めながら、遠慮のない溜息を吐く。


 公爵家の昼食は今日も豪勢であった。

 前菜は牡蠣のオイル煮コンフィ、秋の味覚のスープ、メインは白身魚の蒸し焼きポアレ、狩猟鳥と根菜の煮込みラグー

 食後の甘味は林檎のクリーム・ブリュレと、バニラビーンズのコクと風味が効いたアイスクリーム。

 異国出身の料理人シェフが作った料理はどれも絶品で、大変満足な内容であったが、エリザベスは口元をナプキンで拭いながら、執事を呼び寄せる。


「いかがなさいましたか、エリザベスお嬢様」

「料理の量が多いの、全部」

「それはそれは、大変な失礼を」


 本物のエリザベスは用意された量をぺろりと完食していたのだ。

 身代わりのエリザベスは、半分の量でいいと言う。


「ここにはいらっしゃらないエリザベスお嬢様は、イレブンジズのお時間にハニーバターサンドを五切れ召し上がり、追加でスコーンなどをご所望する日もございました」

「そう、羨ましいことですわ」


 エリザベスは昔から食が細かった。

 そのおかげで体力はなく、太陽の下で少しだけ走っただけでも息切れしてしまう。

 父にたくさんパンを食べ、牧場の牛のミルクを飲めば元気になると言われていたが、一つ食べきるだけでもひと苦労をする幼少期を過ごしていた。


「食事をたくさん食べられるように、体力作りでもいたしませんと」

「でしたら、乗馬などいかがでしょう?」


 それは、エリザベスの父親も強く薦めていることだった。

 けれど、牧場の馬は体が大きくて、気性も荒く怖かったのだ。


「エリザベスお嬢様の馬もおりますよ。美しい白馬です」

「そう……」


 小柄で大人しい性格だと執事は言う。

 それならば乗馬に挑戦してもいいかもしれないなと、考えを改めるエリザベス。


「乗馬服や小物など、ご準備しておきましょう。早くても、一週間後になりますが」

「ええ、構いませんわ」


 この先数日は婚約パーティの手紙が届くだろうと予想していた。

 公爵家での生活に慣れるのも先決である。


 午後から、余裕があれば白馬でも見に行こうかと、予定を組み立てるエリザベスであった。


 けれど、そんな余裕などなかった。

 三時前、手紙を書き終えてひと息ついているところに、一通の手紙が届けられる。

 それは、婚約者ユーイン・エインスワースからの物だった。


 執事より銀盆の上の手紙を受け取りながら、早馬で届けられたと知らされ、はあと憂鬱な様子で溜息を吐く。

 手紙の内容は、手紙を受け取った旨と、社交辞令的なハンカチのお礼、それから――今晩、食事をしたいと書かれていた。


 あまりにも急過ぎる誘いに、こめかみを押さえるエリザベス。

 断る理由はなかった。

 うんざりしつつも、執事に夜の外出を知らせる。

 数分後、身支度をするために、侍女がやって来た。


 ◇◇◇


 たかが婚約者に会って食事をするだけなのに、風呂で入念に磨かれ、気合の入った化粧と装いに仕立てられる。

 身支度だけでくたくただった。

 気付けば、外はすっかり暗くなっている。

 踵の高い靴に履き替え、肩にショールを巻いて玄関先へと用意された馬車に乗り込んだ。

 執事の見送りを受け、出発する。


「それでは、エリザベスお嬢様、いってらっしゃいませ」

「ええ」


 依然として、気分は憂鬱。

 月に一度の事務的ビジネスライクな食事会をするには早すぎる。

 いったいなんの用事だと、見当もつかないまま、指定された店まで馬車で揺られることになった。


 到着した店は、三ヶ月先まで予約が取れないという流行りの店。

 親友であるコルネットが、デートに連れて行ってもらいたい憧れの店だと話していたことを思い出す。


 店の外観は白い壁に緑の縁取りがなされていて、上品で洗練された佇まいであった。

 中へと入り、ユーインの名を告げれば、個室の待合室ラウンジに通される。

 内部の家具は白で統一されており、壁紙は優雅な花模様。

 女性が好みそうな場所だと、エリザベスは人気の理由を理解する。


 侍女と共にしばらく待てば、店員がやって来て、食事専用部屋ダイニングルームへと案内される。


 通された部屋に一歩踏み込めば、ユーインと目が合う。


「ごきげんよう、ユーイン・エインスワース」


 急に呼び出されたという不満を隠しつつ、にこりと微笑むエリザベス。


 一方のユーインは、厳しい視線を向けていた。

 けれど、口にした言葉は、表情とは異なるものであった。


「突然呼び出してしまい、申し訳ありませんでした」

「よろしくってよ」


 給仕が椅子を引き、エリザベスは腰かける。


「食事の好みは?」

「特に何も。お任せいたしますわ」

「わかりました」


 給仕がいなくなったあと、ユーインはエリザベスに話しかける。


「今日、呼び出した理由ですが――」


 話す前に、顔を歪め、溜息を吐くユーイン。

 何やら問題が起こったのだろうかと、予想をするエリザベス。


 言い淀んでいたので、早く話すように促した。


「それで?」


 ユーインは苦虫を噛み潰したように告げる。


「昨晩、あなたの恋人・・に、婚約を解消するよう迫られたのです」


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