閑話 ある貴族令嬢の独白(前)
私の名はウェヌス・フライン。
フライン伯爵家の長女です。
通常、この国アルタスの貴族令嬢は一定の年齢……おおむね十四歳から十五歳になると、アルタス王国王都魔術学園に入学し、教養と魔術・武術の腕を磨き、そして学園に通う他の令息・令嬢たちと交流をして将来のための人脈作りに勤しみます。
私もその例に漏れず、昨年からこの学園に通い始めました。
ただ、ここ二年ばかりの間は、この学園に通うことを忌避する方々もいます。
それは、二年半ほど前にあった、口にするのも恐ろしい例の事件があったからです。
アルタスを震撼させたその事件……この国でも有数の名家であるウーライリ公爵家のご令嬢、エリカ・ウーライリ様が、次期国王陛下と目されるミューレン殿下に断罪されたことに端を発する、あの事件。
ミューレン殿下が断罪したそのこと自体については、様々な意見があって……特に地方貴族からしてみれば、明らかにおかしいと言われるところもある、言うなればエリカ様は陥れられたのだという噂まであるものです。
ただ、王族の横暴というのは歴史を顧みれば幾度となくあったことで、ミューレン殿下のそれもまた同様だった、と見ることが出来るでしょう。
つまり、ありふれた話で……エリカ様は大変不幸ながらも、そういった歴史の波間に飲み込まれて消えてしまった……普通なら、そうなるはずでした。
しかし、恐ろしいことに……あの方、エリカ様は、普通のご令嬢ではありませんでした。
自らの死に際に、その飛ばされた首だけで喋り、しかもこの国を呪う言葉を残して逝かれたのです。
あのようなことはどのような勇士であっても、また反対に大罪人であっても、出来ることではありません。
やはりあの方には……何かあったのだと。
不世出の才媛とまで言われたあの方が、正しくこの国において王妃となられれば、きっと果てのない栄光が存在しただろう、と、そう思った者たちも多かったと思います。
けれど実際には、そのような方をこの国は……その首ごと、叩き潰したのです。
呪いの言葉を吐く首を、大勢の国民が犇めく広場で放置しておくことは出来ない。
それは分かりますが、他にもっとやりようがあったはず。
それなのに……。
実際、あの事件の後、この国の空気は徐々に悪くなってきているように思います。
経済も傾き始め、王室の威光にも陰りが出始めて……。
あまり良い未来があるとは思えません。
そして、そんな出来事の始まりであるアルタス王国王都魔術学園に、自らの子供を通わせるか否かについて、悩む者が増えたのも当然の話と言えましょう。
ミューレン殿下のように、理不尽に自分の婚約者であった者すらも死刑台に送られるようなこともありうる、となれば余計に。
もちろん、そう考える貴族というのは王室から遠い……地方貴族に多く、そのような貴族たちは自らの子息を領地において、自らの作った学校や家庭教師などを活用して教育をする向きが増えました。
本来得られるはずだった人脈などについては、地方貴族は地方貴族同士で交流を密にするようになり、中央貴族との分断が顕著になってきているようにも思います。
そんな中、私は地方貴族の子女でありながらも、こうして学園に通うことを自らの意思で決めました。
お父様やお母様は、領地に残って家庭教師に学ぶことを薦めましたが、私にはどうしてもここに来たい理由がありました。
それは、この学園には演劇クラブ、というものが存在することです。
といっても、私は自ら舞台に立ち、演技をしたいという欲求があるわけではありません。
そうではなく、貴族令嬢たちが、美しく着飾った姿で演技するその姿を、観客として見物したかった。
それだけです。
私は地方貴族の娘で、フライン伯爵領は主に鉱業で栄えている土地ですから、あまり芸術的な方面に関して進んでいるとは言えず、劇団などの類もほとんど見ることが出来ません。
しかし王都に来れば……多くの有名な劇団もありますし、それに加えてこの学園でしか見ることの出来ない、貴族令嬢たちの演劇クラブもあるのです。
それは私にとって天の国のようなもので……。
実際、昨年には演劇三昧の日々を過ごすことが出来、演劇クラブの年に一度の大公演も見ることが出来ました。
お父様とお母様もそのときには一緒に来て頂いて……熱心に話した結果、フライン伯爵領においても劇団を一つ、後援していこうという話にもなったのです。
また、そのときの公演で、私には運命の出会いがありました。
それは、公演において、主役を張っておられたメイリンお姉様です。
普段は非常にたおやかで、貴族令嬢然とした余裕を持った素敵な方なのですが、舞台に立ったときに、あれほど華やかで品のある色気のある男性として振る舞える方だとそのとき初めて知りました。
メイリンお姉様に強い憧れを感じる令嬢は極めて多く、彼女の公演を見た後の受付は、彼女に贈り物や手紙を手渡す貴族令嬢でひしめき合っていて、本当にすごいものでした。
平民の方々も同様に沢山いて、普段であればそのような場所に貴族と平民が同時に存在していれば諍いになるのが普通なのですが、その場に於いてはそんなことは起こらなかった……というか、お互いに一切目に入っていないことがなんだか面白かったほどです。
厳密に言うなら、諍いはあったのですが、お互いの立場から来る、平民ごときが、とか、貴族ってものは、みたいな感じではなくて、もっと単純な、メイリンお姉様に直接手渡すのに邪魔だからどいて!そっちこそ!みたいな、大事なおもちゃを取り合う姉妹同士のような喧嘩に近く、だからこそ安心してみていられるところがありました。
私はその争いには参加しなかったのですが……それは別に、メイリンお姉様に何も送りたくない、というわけではなく、舞台に立っていたあの方の姿を思い出して余韻に浸っていたからです。
それをああいった、争いに参加して霧散させることが惜しく、だからこそ、残念ながらその年は何も渡すことが出来ませんでした。
そのとき、来年こそは、と思ったものです。
そしてやってきた今年。
今年は公演で初見、というわけではなく、演技の稽古の段階から見学させて頂くべく、演劇クラブに毎日のように参りました。
主役はやはりメイリンお姉様で、ヒロインは後輩であるフーリ。
フーリは今年入学した若い令嬢ですが、その演技力と存在感、可憐さには目を見張るものがあり、なるほど彼女を選んだことは正しい、と直感してしまったほどです。
けれどある日、その演劇クラブに見知らぬ令嬢がやってきました。
しかも、メイリンお姉様は言うのです。
「……本日から、この娘がヒロインの幽鬼令嬢役です」
私は、何か穢された気がしました。
そのときは。




