第36話 予期せぬ再会
演技の練習は楽しく、あの頃、わたくしが得られなかったなにかを感じる毎日だった。
年の近しい者たちと、ただ一つの目的に向かって努力する。
至極当然で、普通の学生にあるべき経験。
だけどわたくしにはあの頃そういうものはなかった。
なぜなら、生活の全てを公爵令嬢という立場に、そして次期国王となる王子殿下のために捧げていたから。
今にして思えば、なんて無駄なことをしていたものだと思う。
いずれ簡単に捨てられるというのに、わたくしはその日のためにだけ生きていたのだ。
あぁ、実に腹が立つ……。
でも、今はもう違う。
すべてを後悔させてやるために、その日を迎えるためにわたくしは生きているのだから。
「……エリカ様? どうかなさいましたか?」
メアリが少しぼうっとしてしまったわたくしにそう尋ねてきたので、わたくしは答える。
「いいえ。特に何も……」
「そうですか? ですが、ずっと演技し通しですものね……無意識にお疲れがたまっておられるのかも。一旦、外で涼んできては? ここにいると空気も籠もってしまうものですから、わたくし、たまにそうするのです」
メアリの提案は悪くないものに思えた。
もちろん、本当に疲れているわけではないのだが、この気持ちのまま演技を続ければ、きっとまた誰かを気絶させてしまう気がした。
感情の制御は、やはり未だに今一利かないのだ。
わたくしが頷くと、メアリはメイリンの元に行き、そしてメイリンはパンパン、と手を叩いてから、
「皆さん、小休止しましょう! 一時間したらまた始めますので、戻ってきて!」
と言った。
どうやらわたくしが疲れている、と伝えてくれたらしかった。
張り詰めた空気が霧散し、演劇クラブの生徒たちは皆、三々五々散っていく。
わたくしもその流れに乗って、舞台のある部屋の外へと出た。
◆◇◆◇◆
勝手知ったるなんとやら、で学園敷地内を進み、かつてよくやってきた庭園へ辿り着くと、そこにある椅子に腰掛けた。
学園敷地はめまいがするほど広く、もちろん、学園建物の内部も極めて入り組んでいて、普通であれば少し歩くだけで迷う。
実際、エフェス子爵……ジュリアンはすぐに迷ってアリスに助けられたのだ。
しかし、わたくしはこの学園に入学したあと、完全に地理を把握するところから始めたので、たとえ適当に歩き回ったとしても何の問題もなく元の位置に戻ることが出来る。
この庭園も、ここにあると分かってやってきたのだ。
あえて選んだのは、ここがかなり目立たないところにある上、休憩が出来るスペースがあることを学園生徒のほとんどが知らなかったから。
もちろん、わたくしが通っていた頃から二年半過ぎているわけだし、誰かが知っている可能性もあるだろうが……。
それでも、ここの周辺は静かだったし、多分大丈夫だろう。
そう思って寛いでいると、意外なことにガサガサと庭園の植物をより分けるような音と共に、何者かの足音が近づいてきた。
残念ながら、わたくしの考えとは異なり、しっかりとこの場所を知っている者がいたのかもしれない。
もしかしたら、ただ単純に迷って来ただけかもしれないが……。
どちらだろう?
そんなことを考えながら、音の方向を見つめていると、そこからある一人の人物が顔を出す。
「あれぇ? なんでこんなところに女の子が……? 学園生徒……の格好じゃないよね?」
若干軽薄な口調でそう言った青年。
抜けるような水色の髪に、輝く青い瞳を持った美男子だった。
身体的には少しばかり華奢な印象を感じるが、体の奥底に宿る魔力は中々のもの。
そうはいっても、ルサルカたちと比べれば象と蟻ほどの差があるのだが……まぁ、彼女たちと比べることそれ自体が問題だろう。
そんなことをすれば、宮廷魔術師でも勝負にならないだろうとわたくしは思っている。
実際、目の前の青年。
彼についてはわたくしは見覚えがあった。
「学園生徒ではありませんが、演劇クラブでの活動のために特別に学園内部に入ることを許されております。エリカ・ラウルス、と申します」
立ち上がり、挨拶をすると、彼もまた、わたくしに言う。
「へぇ、演劇クラブの……。あれ、毎年僕も楽しみにしてるんだ。今年は君も出るんだね……あぁ、そうだ。僕はガレット・ドリーン。もしかしたら名前を聞いたことがあるかもしれないけれど……あんまり緊張しないでね?」
緊張など、一切しない。
むしろ、わたくしが彼に感じるのは憎しみ以外の何物でもない。
懐かしい、顔だった。
たった二年半。
それだけの期間見ていないだけだが、何故か酷く懐かしい。
そして、今すぐにその顔をぐちゃぐちゃに歪めたくなる。
そういう、顔だった。
彼、ガレット・ドリーンは、宮廷魔術師長の子息であり、当時のわたくしの同級生である。
その上、あのノドカと共に、わたくしを貶めた者の一人。
わたくしが復讐したい人物、そのうちの一人だった。
まさか、こんなところで出会すとは思ってもみなかった。
確かに当時、彼はこの学園にいたが、すでに卒業している年齢のはずである。
二年半前に十七才だったから、今では二十歳のはずだ。
それは、他のわたくしの復讐対象も同じ。
だからこそ、学園にいるはずがないのだが……。
そう思って、わたくしは彼に尋ねた。
「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です」
「そう? 僕は……」
「ええ、宮廷魔術師長のご子息ですよね? ですが……もう卒業されたのだと思っていたのですが……」
「あぁ、本当に分かってるんだ。それでその態度か……ノドカ以来だな。ええと、確かに僕はもう卒業はしたんだけど、その後、研究したいことがあってね。学園に研究員として残ったんだよ」
なるほど、そういうことだったか。
ガレットは宮廷魔術師長の息子。
したがって……というわけではないが、彼自身も高い魔術の素養を持っていた。
そのため卒業後は宮廷魔術師として仕えるものかと思っていたが、その道は選ばなかったということだろうか。
「それは……どうしてですの? ガレット様は、宮廷魔術師長も目指せる方だと小耳に挟んだことがありますのに」
「ん? あぁ、まぁ……そうだね。でも、別に卒業後すぐに宮廷魔術師にならなきゃならないわけじゃないし。少しここで実績を出してからにしようと思ってさ。少なくとも、あの女より結果を出さなければ、僕のプライドが許さない」
「あの女……?」
「そうさ。この学園における、最高の才媛にして、アルタスの魔女。聞いたことがあるだろう? エリカ・ウーライリさ」




