第35話 演出家
『……あぁ、君がたとえ命亡き者と成り果てても、僕の愛の一切は変わりはしない。それどころか、死の中にすら永遠を見出し、憧れることだろう!』
舞台の上で、朗々とした声で演じているのは、メイリンである。
本番さながらに男装をし、舞台映えするメイクで飾った彼女はまさに貴公子の名が似合う美しさだ。
本来の男性が持たない、しかし女性が持つものでもない、何とも言えない色気が感じられ、舞台を見学に来ている学園生たちを魅了していた。
メアリとフーリによれば、メイリンの学園女生徒人気は恐ろしいほどに高く、それは彼女がこういった舞台において、最も麗しい男性を演じるからだという。
毎年公演終わりには大量のプレゼントを持った女生徒たちが、貴族平民問わず、全く周りのことなど見ずにひしめき合って、ただメイリンだけに手を伸ばすというのだから、その凄まじさも分かろうというものだ。
普段は品のある色気は感じるものの、あくまでも貴族令嬢としての存在感を崩さないメイリンであったので、わたくしにとっても意外だった。
対して、彼女の腕が向けられている相手役……つまりわたくしもしっかりとメイクをして舞台に立っている。
幽鬼令嬢、という死者の役を演じている関係で、通常の貴族令嬢がするようなものとは異なり、顔色は青白く、どこか狂気を感じさせるように色合いも不思議なものだ。
ただ、その手腕はかなりのもので……。
『……死に、憧れる? 温かな生のただ中で、未だにぬくぬくと生きているあなたが? それは冥神ナトさまに対する不敬というもの。冷えた魂を想像しなさい。凍える息に、魂まで凍り付くような青い炎。真っ白な骨と腐り落ちた肉……死とはそのようなものの中に宿るもの。あなたには決して辿り着くことが出来ない此岸……』
わたくしがそんな言葉を一つ一つ紡ぐ度、見学する女生徒たちはメイリンに向けていたそれとは異なる、怯えた視線をわたくしに向けてくる。
舞台から見える彼女たちの顔はそれこそ、冥界の冷気に吹き付けられたかのように青く染まり、凍えるように震えていた。
わたくしの身振り一つ、声色一つで気絶させられそうなくらいに……やってみようかしら……。
そう思った瞬間、
「……はい! そこでストップ!」
舞台の下から、そんな声が響いた。
それと同時に、舞台の上に確かに存在していた緊張感は霧散し、わたくしとメイリン、それに他の脇役たちの目が、舞台下で脚本を丸めながら持っている女性に向けられる。
それは、この学園にいるにはいささか年齢を重ねているが、しかし衣装で美しく着飾った演劇クラブの生徒たちにも一切負けることのない美貌を持った人であった。
それは、わたくしにとって極めて見慣れた人で……。
メイリンにここに案内されたとき、カタラ伯爵夫人が紹介してくれた演出家の方よ、といわれて驚いたのを思い出す。
わたくしはそのとき、突っ込みたくてたまらなくなったくらいだ。
なんて?
もちろんそれは、その演出家の方って、カタラ伯爵夫人本人じゃないの、と。
そう、そこにいるのはルサルカだ。
しかし、ここにいる誰も、彼女がカタラ伯爵夫人だとは気付いていない。
というのも、彼女は幻影魔術を使って、自らの容姿をいじっているからだ。
そこまで大幅にというわけではないので、元々持っている雰囲気は変わっていないのだが……。
身振り手振りまで意識的に大幅に変えているので誰も気付かないのだろう。
ちなみにわたくしは、ルサルカの使う幻影魔術の効果があまりないというか、意識して見つめるとそれを貫き通すように彼女の本来の姿が見える。
ルサルカは始め、わたくしに気付かれると思っていなかったらしく、そのことを人がいないときに耳元で指摘すると驚かれた。
「あるじ様にはわたくしの魔術の全てが通用しないようですわね……」
そんなことを言われて。
実際どうなのだろうか。
幻影魔術はともかく、彼女の実力で攻撃魔術を放たれれば普通に死んでしまうと思うのだが、そう彼女に言っても、首を横に振られて、
「まず効かないでしょうね……いえ、その前にそんな不敬はいたしませんが」
そう言われてしまった。
その後、ルサルカは自分が監督兼演出家として演技指導を行うこと、他の生徒はカタラ伯爵夫人だとは絶対に気付かないから、あくまでも演出家サルーカとして扱って欲しいということをわたくしに言った。
その役柄の関係上、わたくしに対しても命令のような言い方をしなければならないが、それも一時的に許して欲しいとも。
あとで罰を頂いても構わない、とまで言い始めたので流石にそれは遠慮した。
命令と言っても、それは演技指導のことだし、かりに本当に命令のようなことをされてもわたくしとしては別に良いのだ。
最後の目的さえずれなければ、すべてそれでいい。
そんなことを言うと、ルサルカは、
「決して、あるじ様に本当に命令することなどいたしません。そもそもしたところで……あるじ様が従う義務などないのです。ただ今回ばかりは……あるじ様が演じられるということでいても立ってもいられず……! 最高の舞台にいたしましょう!」
と力を入れて言われてしまった。
つまり彼女は、わたくしが学園演劇クラブの公演に出演することを聞きつけ、即座に演出家として自分も関われるようにねじ込んだわけだ。
元々、演出家を送るというのはカタラ伯爵夫人が言っていたことなので、簡単だっただろう。
しかも、ここまでやってきて、実際に彼女に演出家として相当な能力があることも分かった。
どうも、その長い生の中で、本当に演出家として活動していたこともそれなりにあるらしい。
そしてメイリンやフーリ曰く、演出家サルーカの名前は超一流どころとして有名だとも。
何をやっているんだ不死者、と思わないでもなかったが、ルサルカは伯爵夫人として数百年にわたりこの王国を騙し続けた存在だ。
ある意味、不世出の大女優といってもよく、そうである以上、演技については第一人者、というのは間違いない。
事実、能力も示しているし、演技など初めてしているわたくしにとっても、やり方を聞きやすい人物がいるというのはありがたい話だった。
若干厳しい気もするけれど。
「メイリン、今の演技は良かったわ。少しばかり抑揚が弱いから、そこのところ気をつけて。それにエリカ。貴方の場合は……ちょっと大げさ過ぎね。見なさい、あの子たちを。怯えすぎでしょう?」
あの子たち、というのは見学している学園女生徒だ。
確かに今は演技していないにもかかわらず、少し震えている。
そこでルサルカはわたくしの耳元に口を寄せ、
「……不死者のあるじとしての圧力が漏れ出ています。少しなら演技として箔がつくので構わないのですが、出し過ぎると心臓の弱い者はそれで死んでしまうことがありますので……少々、意識して押さえて頂けますか」
と言った。
なるほど、それはまずいな、と思ってわたくしはルサルカが離れると彼女に頷いて、
「承知いたしましたわ、サルーカ様。ご指導、ありがとうございます」
と深く頭を下げた。
少しルサルカが慌てていた気がするが、これも役柄上仕方が無いこと。
それにわたくしなどよりルサルカの方がずっと凄い人なのであるから、そんなに慕ってくれずともいいのに、と思ったわたくしであった。




