第34話 主役
演劇クラブのメンバーたちに会うとき、わたくしは少しだけ、不安だった。
なぜなら本来はメイリンたちだけで行うべき演劇に、わたくしという外部からの異物が入ることになるからだ。
しかも、メイリンもフーリも、わたくしにヒロイン役をやらせようとしている。
そういう大役というのは本来、最もその劇団で華やかなで演技力のある人物にさせるべきではないか。
けれどこの疑問にメイリンは言った。
「……お姉様。そういえば、言っていませんでしたわね……」
と少しばかりはっとした様子で。
その雰囲気にわたくしが大きく首を傾げると、メイリンは言った。
「本来、ヒロイン役を演じる予定だった者は、すでにお姉様がそれをすることに納得しているのです。だから全く問題ないのですよ」
「え……それってどういうことかしら……?」
「ここに、ヒロイン役がいるということです……フーリ」
「はい、メイリンお姉様。エリカお姉様、私が元々はヒロイン役をやる予定だったのですよ! でも……お姉様に会って、その振る舞いや雰囲気を見て……これはもうお姉様にやっていただくしかないと思ってっ!」
フーリがそう言った。
これにわたくしは驚くと同時に納得もした。
なるほど、演劇クラブの部長であるメイリンがオーディションにやってきていたのは当然だが、フーリはその付き添いか、元々あのお茶会のメンバーとしてなんとなくいるものかと思っていた。
けれどこういう理由があったわけだ……。
「でも……フーリ、本当にいいの? 貴女の晴れの舞台だったのでは……」
演劇でヒロイン役をするなど、滅多にないことだ。
彼女もそのために努力し続け、射止めた役なのではないのか。
そう思っての言葉だったが、フーリは首を横に振った。
「私は演劇が好きです。勿論、自分で一番良い役を演じられたらそれはそれで素晴らしいとは思うのですけれど……だからといって、他の人が適役であるのにそれを私に寄越せとは思いませんわ! 演劇は、その役に最も適切な人物が演じてこそ、映えるもの。そこに嘘をつきたいとは思いません!」
鮮やかな信念であった。
ここまで言われては、わたくしとしても文句は言いようがない。
「……そう。それならば、わたくしもその期待に応えられるように真剣に頑張らなければならないわね」
「楽しみです! 今回、役を降りたことで私、公演を座席で見られることになったので余計に」
「えっ? そうなの? ヒロインを演じられるほどの演技力があるのなら、他の役でも……」
わたくしがそう言うと、これにはメイリンが解説を入れた。
「今回の公演には特に力が入っていますから。他の役についても全員が演技に強い覚悟で臨んでおりまして……いかにフーリと言えども、今から代役として入るのは難しいのです。かといって他の美術や大道具をするには経験が不足していて……ですから、今回は公演を外側から見て、彼女にこの演劇を評価してもらい、さらに翌年、同じ演劇をした場合にヒロインとして挑戦してもらえるように考えています」
それを聞いてなるほど、と思う。
演劇クラブの公演は毎年行っていると言うことだが、わたくしが毎年ヒロインをする、というわけには当然いかない。
あくまで今年だけのイレギュラーであるはずだ。
だからこそ、来年のために準備を今からしておくということだ。
聞けばフーリはまだ今年入学したばかりであり、むしろ今年、ヒロインに選ばれていたのが例外的で、まだまだこつこつ下積みをしていくべき時期だという。
演技については天性の飛び抜けたものがあったが、他の役割についてはそうはいかない。
だからこその、文字通り、見学なのだと言うことだった。
「理解しましたわ。そういえば……気になるのですが」
「なにかしら、お姉様?」
メイリンが首を傾げたので、わたくしは言う。
「ヒロインはわたくしがやる、ということで納得したのですが、では、主役……薄命の貴公子役はどなたが?」
これを聞いたのは、貴族令嬢として、それを確かめておくのが正しいからだ、
というのは、演劇というのは演者同士の距離が接近するもので、これが平民同士であればまぁ、演技だから仕方が無いか、で収まるのだが、貴族令嬢だとそうはいかない。
後々、それを傷扱いされることもあり得るのだ。
だから、普通はしっかりと事前に確認を入れるだろう。
もちろん、わたくし個人としては正直どんな相手だろうと構わない。
平民の男性だろうと高位貴族の男性だろうと、わたくしにつく傷などもはやないのだから。
ちなみに、こういう場合に相手役がそれなりの家格の男性だとまず傷はつかない。
色々な配慮がお互いにあり、また後々、しっかりと周囲の人間にあれは演技であってそれ以外の何物でもないとアピールしやすいからだ。
そうまでしなければならないという貴族令嬢という身分の煩わしさと行ったらないが、貴族というのは見栄で生きているようなもの。
それによって自分を大きく見せ、引いては家を、そして領民を守るのである。
だからこそ、昔はわたくしもその辺りにはひどく気を使って、ミューレンのために頑張っていた。
だというのにあの男は……。
おっと、考え込めば考え込むほど元婚約者について憎しみが募る。
今ここで考えることではないな、ととりあえずそれは置いておき、メイリンの返答を聞く。
「それも申し上げておりませんでしたわね。薄命の貴公子役は……私ですわ、お姉様。ご不満でしょうが、どうぞ受け入れて頂ければと……」
うやうやしく、しかし非常に洗練された仕草で頭を下げ、メイリンはそう言った。
意外だったのは、その仕草は女性がするものではなく、男性の行うそれだったことだ。
もちろん、演技としてだろう。
かなり堂に入っており、何度となく繰り返し、そして気を払って身につけた動作なのだと一目で分かるものだった。
極めて優雅でありながら、どこか力が抜け、また狂気を僅かに滲ませる……つまり、薄命の貴公子がするだろう仕草。
なるほど、彼女であればしっかりと演じるだろう、と思ったわたくしは、メイリンの差し出した手に静かに自分の手を乗せ、胸に手を当てつつ頭を軽く下げ、言った。
「ぜひ、よろしくお願いしますわ、貴公子様」
フーリとメアリから歓声が上がった。




