第32話 少女たちのお願い
「……エリカ様は何度も私たちを驚かせますね……。本当にこういった席にはあまり出席されてこられなかったのですか?」
メアリが目を見開きながらそう言った。
「ええ。この間、トロヒア侯爵家のパーティーに出席させて頂いてから、もう一つほど出席しましたけれど、それ以外には……」
そう答えたが、もちろんそれはラウルス男爵家の令嬢、エリカとしての経験だ。
「そうですか……メイリンとフーリはどう思うかしら?」
メアリは、紫色の髪の女性と、水色の髪の少女に意見を求める。
「わたくしは……いいと思います。このように洗練された仕草を身につけておられるのであれば……向いているのではないかと」
まずメイリンの方がそう答え、続いてフーリもどこか興奮した様子で、
「きっと間違いないですっ! もの凄い才能を感じます……!! この方なら!」
と拳を振り上げながら言った。
一体何の話をしているのか分からず、わたくしが首を傾げると、メアリが苦笑しつつ言った。
「ごめんなさいね、エリカ様。実は今日のお茶会はただお話をするために集まったわけではないの……」
「と、おっしゃいますと、一体……?」
「端的に言えば、審査、ということでしょうか。わたくしたちがエリカ様を審査するなど、烏滸がましいのですけど……」
「ええと、それはこのお茶会に参加する資格などの?」
これからも呼んで良いかどうかを既存メンバーで密かに話し合う。
それは良くあることだ。
しかし……どうもそんな感じではないような気がした。
事実、メアリは首を横に振って、
「違います。そうではなく……演劇の審査です。オーディション、と言った方が分かりやすかったかも知れません」
「オーディション……?」
「ええ。実は、わたくしは王都魔術学園に通っているのですが……」
やはり、と思った。
大体の年齢の推測は合っていたようだ。
「そうですか。それで……?」
「学園にクラブ活動があるのはご存じかしら?」
二年半前の記憶を引っ張り出すに、確かにあった。
その内容は様々で、剣術や槍術などの武術や、召喚魔術や治癒魔術などの魔術、その他には球技やボードゲームなどの知的遊戯など、多岐に渡った。
これは入っても入らなくても構わないもので、わたくしは特段の活動はしていなかった。
というか忙しかったために難しかった、というのが正直なところだ。
そして、今その話をメアリが始めたと言うことは……。
「もしかして、演劇クラブがあったりするのかしら……?」
わたくしの言葉に、ぱん、と手を叩き、
「まさにそうなのですっ、お姉様!」
と、水色の髪の少女、フーリが強く頷いた。
急なお姉様呼びに少しばかり困惑するが……アリスもこんなものだったなと思い、すぐに受け入れる。
「そうなの? フーリ……でも、それのオーディションとはどういう……?」
「それについてはわたくしが」
そう言ったのは、紫の髪の女性、メイリンだ。
彼女が続ける。
「王都魔術学園のクラブ活動の中の、演劇クラブは、実のところわたくしが仕切っておりまして……」
「確かに、メイリン様はどことなく貫禄がありますわね」
「様など必要ありませんわ、お姉様。わたくしのこともフーリと同じように、呼び捨てにして下さいませ」
「……分かったわ、メイリン」
彼女たちの中で、わたくしは完全にお姉様で固定したらしい。
まぁ、いいのだけれど……距離の詰め方が激しすぎではないかという気もしないでもない。
本人たちが許しているから構わないとは思うが、若干の困惑はある……気にしても仕方が無いが。
「あぁ、ありがとうございます、お姉様。それで、お話の続きですけれど、演劇クラブでは定期的に公演を行っておりまして。今回はその公演の演目を、《薄命の貴公子と幽鬼の令嬢》にすることに決めたのです。カタラ伯爵夫人のお陰で脚本が無料で手に入りましたし、公演の際には専門の演出家の方も派遣して頂ける方向で話が進んでおります」
「それは……良かったわね。学園で演劇クラブが毎年公演しているのは聞いたことがあるけど、それにあの演目をされるというのであれば、きっと素敵なものになるでしょうね」
もちろん、演技という意味では学生のそれであるから、プロのするものと比べれば遙かに見劣りするだろう、ということは想像がつく。
しかしながら、演目の役柄は、片方は二十代後半の貴公子だが、もう片方は十代の少女の設定なのだ。
アリスがモデルであるから当然である。
したがって、役柄に直接嵌まるような年齢の娘が沢山いる、という意味では学生の方が有利ではあるだろう。
毎年曲がりなりにも公演しているわけだし、実力もそこまで低いわけでもないだろうし。
これはわたくしも見に行きたい、と思ったので、
「そういうことでしたら、わたくしも公演を見に行ってもよろしいでしょうか? もし、木札などが余っていたら、ですけれど……」
しかし、そう言ったわたくしに、メイリンは言う。
「いえ……大変申し訳ないのですが、お姉様にご覧になっていただくことは難しいかと……」
「あら、そんなに人気なの?」
学生なのにすごいものだ、と思っての台詞だった。
これにメイリンは頷いて、
「はい。毎年、木札は公演の一月前には全て売り切れます。まれに病などで来られなくなったお客様の空席を当日券として売り出すこともありますが……劇場前で待っている方が即座に購入されるので、常に満席です」
「それは本当にすごいわ……」
「ですが、お姉様がご覧いただけない理由は別にありまして……」
「そうなの?」
「ええ。たとえ売り切れだろうと通常であればわたくしが部長としてねじ込み、木札の一枚や二枚、お姉様のためにご用意いたします。ですけど今回は……」
「今回は?」
「幽鬼令嬢の役を、お姉様にやっていただくつもりですので、流石に自分が演じている姿を自分でご覧になるのは難しいかと……」
「なるほど、確かにね。わたくしが幽鬼令嬢を演じるのなら、客席で見るには体がもう一つ必要なことになるわね……納得だわ……ん? 何か今、おかしなことを聞いたような気がするのだけど?」
「いいえ。なにもおかしなことなどおっしゃっておられません」
「そう、かしら……? 何か、わたくしが公演のヒロイン役をやるようなことを言っていたような気がするのだけれど……」
「ええ。ですから、その通りです。どうか、お願いできますでしょうか、エリカお姉様!」
「お姉様っ!」
メイリンに続いて、フーリにも一生懸命そう言われ、わたくしの頭は真っ白になった。




