閑話 カタラ伯爵夫人の暗躍(後)
「何か問題があったのかしら?」
私の質問に、ヴィスは難しそうな表情で答えた。
「はい……私ども、地方貴族を主とする派閥の貴婦人たちとはよく意思疎通も出来、エリカ嬢に便宜を図ることについて同意を得られたのですが……問題は……」
「……中央貴族の奥方たち、ね。でも、それは始めから分かっていたこと。彼女たちはノドカ殿下を中心に纏まっているから、入り込む隙間などそうそうないことはね。そうでしょう?」
「ええ……ミューレン殿下を筆頭に、騎士団長のご子息、宰相閣下のご子息、宮廷魔術師長のご子息……それに、ウーライリ公爵。彼らの派閥は強固で……。話を持っていくことで何か怪しまれる可能性も高いです。エリカ嬢のことについては、可能な限り秘密裏に、というお話でしたから……」
つまり、やろうと思えば出来たかも知れないが、慎重を期して話自体、その辺りの派閥に持っていくことはやめておいた、ということだ。
ヴィスは一度、痛い目を見ているために非常に慎重で、しかし元々聡明であるためによく考えている。
人間にしては有能であると思う。
いずれ死した後、本人が望むのであれば仲間入りをさせても良いほどだ。
不死者になるか、と聞かれてなるのかどうかは疑問ではあるが。
ただ、女性にとって、永遠の美しさというのは喉から手が出るほどほしいもの。
闇の眷属となる代わりにでも、それが手に入るというのならば多くの者が望むだろうことは分かっている。
だからヴィスもまた……。
まぁ、遠い日の話であるので、今は考えずともいいことだが。
それよりも今は……。
「ヴィス。それでいいわ……中央貴族については、私が直接に対応するから。王都にいる貴婦人たちに、エリカをパーティーやお茶会に呼んでもらえるよう計らってもらえただけで、十分。それと……劇団についても?」
「ええ。お姉様が脚本をかかれたという、あれですね? それもすでに手配を。私も含め、演劇好きの貴婦人たちで脚本を読みましたが……あれは素晴らしいですわね。どこで公演しても間違いなく流行すると思います。すでに配布もしていて、各地の劇団のスケジュールも押さえてあります。ですけど……お姉様」
「なあに?」
「よろしいのですか……? あのような素晴らしい出来の脚本を、劇団に無料で引き渡すなどと。演出についても高名な演出家を何人も派遣するなどして……」
本来、演劇の脚本というのは演劇組合などを通して売るものだ。
買い切りの場合もあるし、公演毎に料金の支払いを求める契約もある。
しかし、無料で、ということは基本的にありえない。
あるとすればそれはもはや誰も権利を主張できなくなったような、古典だけだ。
脚本家が存命である限り、どこかで必ず金銭の支払いが発生する。
そうでなければ脚本家などやっていられない。
しかし、私はその権利を放棄したやり方を今回取っている。
というのはもちろん、私の目的が、あの演劇を流行させることによって、ノドカに遠回しに嫌がらせすることにあるからだ。
本当ならもっと直接に色々としてやりたい気持ちがあるが、ノドカに対する復讐は私ではなく、エリカ様のものだ。
それを奪う権利など私にあろうはずがない。
ただ、エリカ様はいま、どのように復讐をすべきか、その計画を考えている最中である。
本来、彼女の性質は穏やかで優しいために、そうそうえげつない復讐方法など考えつくようなタイプではないことを、私は知っている。
だから、演劇による遠回しの嫌がらせ、というのはエリカ様に対し、復讐の多少の手本を、と思ってのことでもあった。
復讐のやり方は、一つではない。
直接殺す、というのが最も単純であるが、彼女はそれで満足を得ることは出来ないだろう。
エリカ様の復讐は、完全なる満足を彼女に与えなければならない。
そうでなければ、彼女の死は報われない。
だからそのために出来ることは全てやる。
それが、彼女に使える私たち不死者のすべきことなのだ……。
だから脚本の権利などよりも、広めることの方が大事。
そう思って自分の利益とすることはしていないわけだ。
ただ、それで本来の脚本家たちの生活を圧迫することも本意ではないため、その辺りをケアするための方策もそれなりに売っている。
狙った者以外に被害を及ぼすことも、復讐として美しくない。
もちろん、エリカ様がこの国を滅ぼす、と決めたのであればこの国にいる人間すべてを滅ぼすことも吝かではないのだが、そのつもりはなさそうだ、というのは分かっている。
そのため、とりあえずのところは、これで正しいはずだ……。
そこまで考えて、私はヴィスに言う。
「いいのよ。良いものは沢山の人間で共有しなければ、ね。そうした方が、多くの劇団で公演してもらえるでしょう?」
「それはもちろん……お姉様は、欲のない方ですね」
「そうでもないわ。誰よりも欲張りよ、私」
だからこそ、こうして死んだ後も動き続けている。
欲のない者は、決して不死者になどならない。
そういえば、欲、で思い出して、私はヴィスに言う。
「……ところで、今日来たのは演劇の話だけをするためではないわ。先日渡した美容液の効果と需要なのだけれど……」
「それについても抜かりなく。効果ですが、現在流通しているいずれのものよりも高いことが確認されました」
こちらについてはトロヒア侯爵家に対する経済的支援の一環で、私が作り上げた、主に美容関係の製品を卸している。
見た目を着飾るのに夢中の貴婦人たちにとって、そういったものは常に高い需要があり、没落しかけの家が作り上げたものでも、一度くらいは試さずにはいられないという習性がある。
もちろん、始めから貴婦人たちが使用するのではなく、侍女や下女に使わせて安全性や効果を見てから、という用心深さが彼女たちにはあるが、効果についてはすでに私の方で何度となく確認したものだ。
ヴィスにも効果の確認はさせているが、これは私が個人的に行った、というのでは信用が生まれないために、二度手間になっても構わないからとやらせている。
「それで、需要は?」
ないわけはない。
ヴィスも頷いて言った。
「こないだからひっきりなしで……在庫もそろそろ尽きそうなのです。出来れば、更に瓶にして千ほど卸して頂きたいのですが……」
「分かったわ。その代わり……これからも公私ともに、持ちつ持たれつでいきましょう」
「もちろんですわ……お姉様。何もなくとも、私はこれから先、ずっとお姉様のお味方ですけど」




