第30話 思惑
「あぁ、そういうことでしたの……。母上はわたくしと違ってこういうパーティーにもよく出席されるから、顔は知られている方ですものね。どこかのパーティーで?」
トロヒア侯爵令嬢メアリにそう尋ねられたが、わたくしは首を横に振って答える。
「いいえ。わたくしは今日、人生で初めてパーティーに出席いたしました。ですから公式なデビューはまだで……今回は伯母様からもうそろそろ慣れておいた方がいい、と誘いを受けて、非公式ながら出席させて頂きましたの」
実際のところは何十、何百となくパーティーの類に出席した経験のあるわたくしであるが、まさかウーライリ公爵令嬢エリカとしての経験を語るわけにはいかない。
今のわたくしはあくまでもラウルス男爵令嬢エリカだ。
同じ名前でいいのか、という気もするが、ルサルカも、ルサルカ・カタラで通しているし、問題はない。
エリカにしろルサルカにしろありふれた名前だからだ。
ただ、今のアルタス王国では新しく生まれた女の子にエリカ、とは名付けないようだ。
それはもちろん、わたくしのことがあったから。
縁起が悪い名前だと考えられるから。
ただ、わたくしのことはあくまで二年半ほど前にあったことで、それよりも前に生まれた女性には普通にエリカという名前がついている。
改名した者もそれなりにいたようだが、あえて変えようという者は思ったよりも少なく、特に貴族女性の中には余計に少ないらしい。
以前から自分の名前だったものをいきなり今日から別のものに、なんて中々選択するのは難しいし、そもそも罪人の名前だからと変えていてはキリがないからだ。
それでもあえて改名する者は、平民ではあの処刑を見て怯えた者が大半で、貴族ではあの女と近しい家の者が多いという。
なるほどね、という感じであった。
「そうでしたか……。中々パーティーに出席しないカタラ伯爵夫人が出席の条件に貴女も招待することを出したということだったから、どういうことかと色々勘ぐっていましたの」
わたくしの言葉に、メアリがそう言ったので、
「伯母さまにはいつも迷惑をかけてばかりで……申し訳なく思いますわ。でも、初めてこういうところに来ましたけれど、楽しくて……。知り合いもいないからと心配していましたが、こうして話しかけて頂けましたし」
そう返答する。
もちろん、メアリがただの親切心で話しかけてきたわけではないと分かってはいるが、わたくしは十五才という設定でここに来ている。
貴族とは言え、ある程度の純粋さを演じておいた方がいいだろう、という判断だった。
そういった思惑について、メアリは特に気付かずに、
「貴女に話しかけたい、と思っている方は何人かいるようでしたわ。ですけど……カタラ伯爵夫人に遠慮している方も多いようです」
「メアリ様は……?」
「わたくしは母上があのようにカタラ伯爵夫人にべったりですから。今更遠慮もないだろう、と……」
「ふふ。なるほど、確かにそうですわね」
「そうやって微笑まれると、普通のご令嬢のようで安心します。カタラ伯爵夫人はどこか超然としたところがありますでしょう? ですから、夫人が連れてこられた貴女様も、そういう方かも知れないと考えていました。でも……これなら楽しくお話しできそうです」
「それなら良かったです。もしかして、何かお聞きになりたいことが?」
わざわざこうして話しかけてきたのだ。
何かあるだろう、と思ってのわたくしの質問に、メアリは言う。
「ええ。一つ目は……カタラ伯爵夫人って、どういった方ですの? 今日はこうしてパーティーに出席され、その華やかな美貌を惜しげもなく披露していただけていますけれど、今までは滅多にそういうことがなかったので、お人柄が今一伝わっておりませんの」
「あぁ……そういうことですの」
確かにそれは知りたいだろう。
これは必ずしも好奇心から来る単純な興味というわけではない。
社交界は……貴族令嬢にとってほとんど戦場だ。
そこを生き抜くためには努力が必要で、そのための第一の準備が情報収集である。
特に、力がある貴婦人たちの情報は仕入れておかなければ後々、大変なことになることもありうる。
貴婦人たちは総じて気位が高く、どこに危険な落とし穴があるのか分からない。
表情に感情を出すことも中々ないから、問題ない振る舞いをしたと思っていても、後日、問題になったりすることもある。
ただ、通常、そのような要注意人物の情報については余程他の貴婦人、貴族令嬢からハブられていない限りはどこかで耳にすることも出来るものだが、カタラ伯爵夫人……つまりルサルカについては話が異なる。
彼女は滅多にパーティーに出席しない上、自分の情報を開示せずに他人に情報を開示させるプロだ。
だから、彼女自身については絶世の美女であることくらいしか伝わっていないのが事実だった。
そこにわたくしという、どうやらカタラ伯爵夫人に良くして貰っているらしい、小娘の登場である。
ここでしっかり話を聞いておくべきだ、というのはもはやほとんど貴族令嬢にとっての義務だろう。
と、ここまで考えて思ったのは、そういう役割をこの会場で引き受け、一番槍としてここにやってきたメアリは、そういった考えを持つ貴族令嬢たちの代表ということになる。
あまりパーティーには出席しない、といっていたが、お茶会などは頻繁に開いているタイプかも知れない。
表にさほど出てこない割に、そうやって情報を集め、ここぞという時にだけ顔を出す令嬢というのもいるのだ……。
大体そういう方を敵に回すと怖いことになる。
わたくしの場合、メアリを敵に回したところで不死者たちの力で最終的にはどうとでも出来るだろうが、わざわざそうする理由もない。
それに、メアリと仲良くしておくことで、今回こういうところに来た目的も果たせそうである。
だからわたくしはメアリに言う。
「そうですね……伯母さまのお人柄ですが、大変優しい方ですわ。先ほども申し上げましたとおり、わたくしがここに来られたのは、伯母さまの心遣いがあってのこと。親戚とはいえ、遠縁の娘にそのような配慮をしていただける方なのですから、優しい方には間違いありません」
「それはきっとそうなのでしょうね……わたくしもああいった伯母さまが欲しいものです」
「こればかりは、自ら選べることではありませんから」
「確かに。エリカ様は運がいいのね……」




