第29話 パーティーの泳ぎ方
久しぶりに出席したパーティーは、意外にも苦痛ではなかった。
元々それほどパーティーや茶会が好きな人間ではなかった。
それは、そういった場において、わたくしは常に良き振る舞いを求められる立場にあったからで、神経をすり減らしながら行動しなければならないような時間だったからだ。
次期国王の婚約者として、相応しい振る舞いを。
そう自らに課しながら、貴族たちの間を歩くのは……周りから見れば優雅に見えたかも知れないが、わたくし自身からすれば非常に疲労のたまることだった。
けれど、今はどうだろう。
そういった全ての義務から解放され、求められるのはせいぜいが、一般的な貴族令嬢に求められるマナーだけ。
周囲からの視線も大したものではない。
カタラ伯爵夫人ルサルカという空前絶後の美女からの紹介でやってきたため、それなりの注目はされているようだが、その視線はミューレンの婚約者だったときに受けた強烈なものと比べれば、そよ風ほどのものでしかなかった。
それに、この場において最も視線を集めているのは、何を隠そうルサルカその人であるのだから。
華やかな海のような青のドレスを身に纏ったその姿は、闇と死の化身である不死者などには全く見えず、海の女神と言われても納得するような輝かしさを周囲にまき散らしている。
実際、その輝きに向かって引き寄せられる男性たちの多いことといったらなかった。
灯りに近づく虫たちのようにふらふらと、隣に妻や恋人がいても寄っていくのだから、おそろしいことだ。
ただ、ルサルカのすごさはそれだけではなく、男性のみならず女性をも引きつけていることだろう。
貴族のパーティーは人脈作りや情報収集の他、軽いお見合いも兼ねてのものであることが通常で、そのために注目を集める美女、というのは女性陣からはあまりいい目で見られない。
それはつまり、自分たちの獲物をすべて刈り取っていく敵にしか見えないからだ。
昔、最も実りのある獲物であるミューレンを刈り取ってしまっていたわたくしに対する視線が厳しかったのは、そういうことが理由だ。
しかし、ルサルカはこの場において、そういう女性からの敵視を受けていない。
というのは、ルサルカの場合、次元が違いすぎて始めからはっきりと敵わない、と認識される存在感があるからだろう。
そんじょそこらの男がいくらいても、落とせるような女性でもなさそうで、だからこそ、その場の獲物を刈り取ることもないと分かる。
実際、ルサルカは、如才ないやりとりでもって、近づいてくる男性たちを捌いているようだった。
それだけならイヤな女扱いされかねないが、そこは女性たちに対する対応も足すことでそうは見えないように気を配っている。
女性たちには親身に寄り添い、巧みな話術でもってその悩みを聞き取り、助言を贈っているようだった。
開かれた場で行われる会話であるから、あまり明け透けな相談はなく、軽いものや、知り合いの悩みとして話しているが、そんな中に深い、本人すら気付かない原因があり、それを見つけ解していく手腕がルサルカにはあった。
少し話すだけで貴婦人たちはルサルカに深い感謝と親愛の情を感じていき、徐々にルサルカに集まる人々の男女比が男性より女性の方が多くなっていく。
女性に人気すぎる女性というのには、男性は近づきがたくなるもので、男性たちは徐々に端の方へと押しやられていく。
最後には諦め、しかし遠くから見ている分には目の保養かと、ルサルカについて話題にしつつ、知り合いと話す方へとシフトしていく。
かつて生きていたときにはいくつものパーティーに出席し、適度にその場を泳いできたわたくしであるが、このような泳ぎ方は一度たりとも見たことがなかった。
誰の恨みも買わずに、むしろいい出会いだったと誰もに思わせるようなやり方で、まねできるものならまねしたいものだが……無理だろうなとも思う。
あれは、長い時を生き、人というものの感情の動きをすべて知っている不死者の王の一人であるルサルカであるからこそ、出来ることだ。
わたくしも、長く生きればいずれあのように振る舞えるのだろうか?
いや……その前に、わたくしは満足して眠る日が来るだろう。
わたくしの望みは、あくまでも復讐で、それを終えた後のことは……。
「……カタラ伯爵夫人は本当に素敵な方ですのね。あの美貌もさることながら、わたくしの母上があのような顔を浮かべているのは初めて見ましたわ」
ルサルカから離れた位置、パーティー会場の端の方にいるわたくしに、そんな風に声をかけてきたのは、一人の少女だった。
青色の髪に水色の瞳を持ったその少女は、今、ルサルカの横で蕩けるような表情を浮かべている貴族女性の娘だったように記憶している。
確か名前は……。
「ええと……トロヒア侯爵令嬢の、メアリ様でしたでしょうか……?」
「あら、よくお分かりになりますわね……。わたくし、あまりこのようなパーティーには出席しないから、顔が分からないものかと思っていたのですけれど……」
実際、彼女はこういうパーティーにはあまり出席しない、とはルサルカの情報だ。
しかし、わたくしはルサルカやその部下の不死者たちが集めてきた情報をパーティーや茶会に出席し、口コミを広げるという任務を受けた段階で、全て頭に叩き込んでいる。
短期間でそのようなことが出来るか多少不安な部分もあったが、人間だったときと比べて魔力量のみならず、記憶力も大分向上しているらしい。
徹夜すら覚悟していたわたくしだったが、そんな必要はまるでなく、さらっと文書を読み込み、ルサルカが描かせた似顔絵を見ていくだけで覚え切れた。
もちろん、この国に存在する貴族全て、とかではなく、次に出席するパーティーに出るであろう、大体の貴族、くらいの数であったからこそ出来たことだとは思うけれど。
ルサルカは全て覚えていそうだから、まだまだ彼女のようにパーティー会場を泳げる日は遠い……。
とはいえ、メアリ嬢のことは覚えている。
しかし、ほとんど外に顔を出さない令嬢の顔を記憶している、というのもおかしい話なので、わたくしは言う。
「いえ……先ほどトロヒア侯爵夫人にはご挨拶を受けたので……」
実際、この会場に来た直後、ルサルカと共にいたときに挨拶を受けた。
だから嘘ではない。




