第28話 広報担当令嬢
「あぁ、フィラス……大きくなったわね……」
エフェス子爵領地の領館で、アリスが満足げな顔で微笑みながら、腕に赤ん坊を抱いていた。
赤ん坊の名前はフィラス。
エフェス子爵であるジュリアンと、アリスとの間に生まれた子供だ。
アリスが彼をこうして腕に抱くのは、一年ぶり、ということになる。
当時と異なる、霊体の物質化した肉体での抱擁になるが、赤ん坊の方は特段気にもならないのか、きゃっきゃ、という感じで楽しそうに久しぶりの母親の感触を喜んでいた。
「……不死者と赤ん坊とは最も相容れないものかと思っていたけれど、特に問題はなさそうね」
わたくしがそう呟くと、ルサルカが、
「生者と不死者は相容れない、ですか? 確かに間違いとまでは言えませんが……同じくこの世に存在するものですから。ましてやアリス様とフィラス様は親子。その絆はたとえ死と言えども絶つことは出来ません」
「教会の教えによれば、不死者は生者の命を嫌い、憎み、そして苦手とするものだという話だったのだけどね。だからこそ、不死者は人を襲う、しかし強力な命への祝福である神聖魔術によって消滅するのだとか」
「その辺りは間違っていますね。不死者には強い憎しみを持つ者が少なくないですが、それは命を持つ者一般に対するものではなく、特定の誰かや、何かに大してです。あるじ様もそうでしょう?」
「確かに、ね。わたくしはあの女やその周りについては憎しみを止められないけれど、エフェス子爵や、この領地の人々については何にも思わない。王都の人々は……あの処刑のことがあるから、難しいところだけど……あの女に対するものとは、やはり違うでしょうね」
「そういうことです。ちなみに神聖魔術は命への祝福だから、というわけではなく、様々なものを正しい流れに整える魔術だから、というのが正確です。たとえば解毒の魔術は、毒によって狂った人体の気や流れを、正しいものへと戻す、そういうものです。それと同様に、不死者に対して浄化が効くのは、やはり我々は普通、生き物が生きて死ぬ、という正しい流れに逆らうものだからです。それを正常なものへと戻すと……通常の死者が辿る流れへと還ってしまう。それだけのことです」
「でも、普通に神聖魔術をかけたところで、ルサルカやアルに効くとは思えないわ」
「わたくしたちは、そう簡単に元の流れには戻れないのですわ。川の流れで小石は押し流せても、川をせき止めるほどの巨岩をどうにかしようとしても、なかなかうまくはいかないものです」
「貴方たちは、巨岩ということね……」
「その観点で言いますと、あるじ様は巨岩でせき止めるどころか、流れそのものを逆流させることも可能な存在なのですが……」
ぼそり、とルサルカが何か言ったので、
「え?」
と尋ねると、ルサルカは作り笑いを浮かべて、
「いえ、こちらの話です。それより、あるじ様。それに子爵閣下。演劇はご覧になられましたか?」
ここにはアリスの他、わたくしと、それにエフェス子爵のジュリアンがいる。
先ほどまでは使用人もいたのだが、アリスとフィラスの触れあいのことを考えて、外に出て貰った。
すでに死んだと言われているアリスが戻ってきたから、これからも妻として扱ってくれ、などということを使用人に伝えるわけにはいかない。
かといって、彼女とフィラスの対面を邪魔する考えがジュリアンにあるはずもない。
それがゆえに、こうして少人数で、となったのだった。
使用人たちは、はじめ、胡散臭いわたくしたちを訝ったが、そこはルサルカの手腕で解決した。
彼女はカタラ伯爵夫人であることを使用人たちに明かし、その普段は隠れた美貌と華やかさ、そして教養を示した。
すると態度は大きく変わったわけだ。
わたくしはそんな彼女の親戚の貴族令嬢、アリスもまた、カタラ伯爵家に奉公に出ている小身貴族の娘として紹介され、その結果、こうして四人だけしかいない状況も認められた。
「演劇か……僕とアリスをモデルにした、あれだね? 二月前にカタラ伯爵領で公演されたのが最初だと言うことだが……もうすでにこのエフェス子爵領でも公演している劇団があるよ。王都の大劇団でもすでに公演されているということだが……あまりにも話が早すぎないかい?」
ジュリアンがそう言ったので、ルサルカが説明する。
「こういうことは、出来る限り早く行うべきと思いましたので、持てる限りの全ての力を使いましたわ。本当でしたら一週間でも出来たのですけれど、流石にそこまであからさまだと怪しまれると思いましたので、考えられる限りの最速で流行させました」
「やろうと思ったからと言ってそうそう出来ることとは思えないのだが……やはり、この二月、アリスと、エリカ嬢はその手伝いを?」
「ええ。アリス様には脚本作りのためにより詳細なお二人のエピソードの聞き取りを、エリカ様には人脈作りも兼ねて、王都の貴族令嬢たちのお茶会に出席していただき、そしてそこで口コミを広げていただきました。それにわたくしもここ二月はパーティーに精力的に出席しましたわ」
そう、ここ二月、わたくしはルサルカの指示に従って、多くの貴族令嬢たちの主催するお茶会やパーティーに出席した。
もちろん、身分はあくまでカタラ伯爵家の遠縁、ラウルス男爵家の娘としてだ。
お父様役とお母様役の不死者に会ったが、変化しているわたくしの顔とどことなく似ていて、どういうことかと尋ねれば、彼らは容姿を自由自在に変えられる無貌鬼と呼ばれる不死者の一種らしく、わたくしの顔に似ているのではなく、わたくしの顔に似せて作った顔なのだという。
加えて極めて長く生きている彼ららしく、魔力の質もわたくしと似せていて……これで大抵の人間がわたくしと彼らが親子であることを疑わなかった。
というか、疑う者がいたらむしろそちらの方がおかしな目で見られるくらいだった。
そんな彼らと共に、わたくしはいくつものパーティーやお茶会に出席した。
もちろん、今のわたくしにそんなコネなどないから、ルサルカが人間の知り合いたちと連絡を取り、今度開かれる王宮のパーティーに出席させたいが、まだ社交界デビューもしていない子がいるの、と説明して無理矢理ねじ込んだのだ。
カタラ伯爵夫人は社交界では美貌の人だという噂で有名だが、実際に見た者は少なく、しかしそんな彼女から連絡されれば貴婦人たちも悪い気はしなかったらしい。
加えて、カタラ伯爵はこの国でも有数の経済力を持った貴族だ。
それこそコネを持つのに良い機会だと思ったのだろう。
すんなりとわたくしのお茶会行脚の約束を取り付けてしまった。
その中でわたくしがルサルカに求められたのが、演劇《薄命の貴公子と幽鬼の令嬢》の宣伝活動だったのだ……。




