第26話 遠回し
「その後のことは……まぁ、大体君たちも聞いていたとおりだよ。アリスの遺体をリリウム子爵が引き取って……僕はアリスを殺した悪人として見られている。そんな感じかな」
「リリウム子爵は……エフェス子爵、貴方をお疑いに?」
わたくしがジュリアンにそう尋ねると、彼は首を横に振って答えた。
「いいや。元々、アリスの身の危険については彼と僕とで十分に意思疎通が出来ていたからね。アリスを守ろうという意思も……同じだった。だからアリスが……亡くなったことについて、リリウム子爵に報告したとき、彼は一切僕のことを疑わずに、あの女の差し金であることを察してくれた」
「でも……聞いた話によりますと、リリウム子爵は貴方様からアリスの遺体を強引に引き取ったと……しかもその後に、あの女の元へ抗議に行ったと……」
「それは僕たちが流した噂だね。アリスの遺体は確かにリリウム子爵に引き渡したが、話し合いの上でだ。今後のことを考えるとアリスの遺体を僕が手厚く葬ったのでは、あの女が何を考えるか見えるようだから、とね。それとリリウム子爵なんだが……抗議に行ったのは彼の影武者だよ」
「……影武者……!? ということは、リリウム子爵は……!」
「……生きている。僕の……エフェス子爵家の領地でね。勿論、アリス、君の母君も同じだ。本当なら、リリウム子爵はアリスが殺されたなら自分も、とおっしゃっていた。その前に、あの女に一矢報いるとも。だけど……アリス。申し訳ないが、僕が止めた。そんなことをしてアリスが喜ぶはずがないと。復讐なんて望まない、なんてことは言わなかったが、少なくともそれに失敗してリリウム子爵と奥方が無残に殺されることは間違いなく望まないだろう。だからね。少しでも可能性があったならそこまではっきりと止めることは出来なかっただろうが……残念ながらというべきか、腹立たしくもと言うべきか……あの女の守りは盤石だ。少なくとも、一子爵がその身を擲って害しようとしたところで、どうにもならないだろう。だから……すまない」
ジュリアンはそう言ったアリスに頭を下げた。
しかしアリスは、静かに涙を流しながら、
「いいえ、ジュリアン……わたくしは貴方になんてお礼を言ったらいいか分からないわ。お父様、お母様……てっきりもうすでに亡くなられたものかと思っていたから。お父様とお母様、それにフィラスも含めて、わたくしの大切なものを……すべて守ってくれてありがとう」
「いや……僕は僕の最も大切なものを守れなかった。お礼なんて……」
「わたくしの最も大切なものは守ってくれたわ。でも、そんなに顔色を悪くして……しっかりと健康になってもらわないと、困ってしまうの」
「君の最も大切なものとは……」
「もちろんジュリアン、貴方よ」
「アリス……あぁ、アリス。それだけで、今日まで泥水を啜りながら生きてきた甲斐があったというものだ。本当に今まで、済まなかった。僕は……生きているときの君に、何もしてやることが出来なかった……」
「そんなことはないし、わたくしは死しても今、ここにいる。これから仲良くすれば良いの……」
二人の会話を聞きつつ、わたくしは居たたまれない気持ちになる。
こんなに仲睦まじい二人の愛の囁き合いを横で聞いているとお腹がいっぱいで。
ただ、わたくしの少し後ろに影のように控えていたはずのルサルカが、いつの間にか身を乗り出してアリスとジュリアンの会話を聞いてるのに気付く。
「あぁ、なんて美しい愛なのでしょう。少しばかり健康を崩した白皙の貴公子と、命を失いながらもこの世に戻ってきた愛らしい貴婦人の愛……! 劇に! 演劇にいたしましょう! わたくし、脚本と演出を担当いたしますわ!」
そんな馬鹿なことを言っている。
「演劇って……"夜の城"で講演でもする気かしら?」
「それも悪くはありませんが……あそこはあくまでもわたくしたち不死者の城ですから。それですとこの国に流行しません。カタラ伯爵領にはいくつか劇団がございますから、そちらに話を持って行きますわ。それに、これからは少しパーティーに出席する頻度を上げて、うまく宣伝をして……王都でも講演できるようにいたします」
「随分と具体的ね……まさか本気で……?」
「本気も本気ですわ、あるじ様」
「……どうしてそこまで……」
「一つはわたくしの趣味のため。このような美しい物語を広めないことなど、ありえません」
「でも、まずいのではないかしら? わたくしたちにとっては美しい物語でも、あの女にとってはとんでもない暴露みたいなものよ。絶対に止められると思うわ」
「そこはうまくやります。遠い異国の話だとか、遙か昔の歴史的な話だとか、そんな感じの筋にすればバレません」
「それは流石にあの女を馬鹿にしすぎではないの? わたくしもあまり評価はしたくはないけれど、悪知恵は確実に回る女よ。自分が乏しめられている、とすぐに気付くのではなくて?」
「あるじ様。それは人間というものをあまりにも高く評価しすぎです。人は面と向かって言われない限り、意外に悪口に気付かないものですわ。そしてそういうものに気付くほど聡い者でも、目の前で堂々と講演されている演劇が、自分を貶めているものだ、などとは思いません。あるじ様も、たとえばどこか異国の公爵令嬢が、とても高慢で平民に厳しかったが、それがゆえに処刑されました、なんていう筋の物語を見ても、自分のことね、なんて思わないでしょう?」
「……わたくしって、そういう令嬢だったの……?」
そんなつもりはなかった、とは思うが、実際には違かったのかもしれない。
そんな気がふとしてルサルカに尋ねると、彼女はころころと笑って、
「まさか。ですけれど、言いたいことは分かっていただけるでしょう?」
「……そうね。そういう筋の話を見て、あぁ、自分のことね、とはいきなり考えたりはしないかしら。何せ、そういう令嬢は……どこの国にも一定数いるもの」
「そういうことです。エフェス子爵とアリス様の悲恋を……演劇にした場合ですが、やはりこういったお話を聞いたことがある者はそれなりにいるでしょう。そして、そんなお話の端に、敵役として出てくるそれこそ高慢な王妃が登場したところで……誰もこの国の王妃がモデルだ、とはなりませんわ。もちろん、この国の王妃も似たようなものだ、という風になる可能性はあるかもしれませんが、だからといって公演を差し止めればむしろ恥でしょう」
そこまで聞いて、わたくしはふと思う。
「……遠回しに嫌がらせをしようということね?」
しかしこれにルサルカは意味深に笑って、
「たとえそうなったとして、悪いのはどこかの次期王妃自身ですわね」
そう言ったのだった。




