第24話 アリスの英断
婚約の話自体は恙なく進んだよ。
当然だ。
僕と、リリウム子爵、双方とも考えは同じで、同様の危機感を持っていた。
それはつまり、アリスの身が危険だということだ。
あの女は手段を選ばない。
ということは、婚約という方法ですらも使う可能性があるだろう。
他の……たとえば、エリカ嬢の家であるウーライリ家の使用人、くらいの関係性であったら、そこまではしないかもしれない。
しかし、アリスは……エリカ嬢と最も仲のいい親友の一人だ。
あの女から見れば、それは一番の危険人物ということに他ならない。
だから、どんなことでもやる……それを避けるためには、予め使えないように道を塞いでおくしかない。
ただ、リリウム子爵に思うところが一つもなかったというわけではないと言うことも言っておこう。
何をか、というと、アリスに望まない婚約をさせることについてだ。
リリウム子爵は、近年のアルタス貴族の中では大変珍しい考えの持ち主で、娘と生涯を共にする相手は、娘自身が愛している人にすべきだと考えていた。
だから……いかに同じ危機感を抱える同士とはいえ、一度しか会ったことのない、しかも十は年上の貴族にいきなり嫁げ、と言うのには勇気が必要だっただろう。
僕はといえば、僕も婚約や結婚には愛情があったほうがいいと思っているタイプだ。
だからこそ、親族や昔からうちにいる家宰にせっつかれてものらりくらりと何年も妻がいない状態でそれこそ独身貴族をやっていたんだ。
けれど、今回については僕の方にはまるで問題がなかったのは言うまでもない。
僕はアリスが妻になってくれるのなら、諸手を挙げて喜ぶ程度には愛情があったからね。
むしろ、彼女しかいないとすら感じていた。
しかしだからこそ、アリス自身の意思も大事にしたいとも思っていた。
それがゆえの、とりあえずの婚約だった。
いずれ危機がなくなったときに解消し、彼女自身が嫁ぎたいところに嫁げるようにとの……配慮をしたつもりだった。
でも、ここでも僕はあの庭園で出会ったときのように、アリスに驚かされたよ。
解消可能な婚約だったはずなのに、焦った顔をしたリリウム子爵から、即座の結婚を求められてね……いくら何でもそれは早すぎるし、アリスの意思を大事にするのではなかったのか、という話をしたら、子爵は言うんだ。
全て、アリスの要望だから、と。
ここで、
つまり彼女は僕のことを愛して……!
などと思うほどに僕の頭はイカれてはいなかったよ。
彼女は聡明な女性だ。
見た目の穏やかさ、愛らしさに多くの人は騙されることだろうが……その本質は違う。
大局的に物事を見て、論理的に判断が出来る人なんだ。
だから、彼女が僕との結婚を望んだのは……アリスも理解していたのだろう。
今後、自分がどういう立場に置かれるかを。
そして、とりあえずの相手として僕を選ぶことは悪い選択肢ではないとね。
あれだけお父上が気にしていた、愛情についてはどうなのか、と思ったが……アリスはリリウム子爵が考えるよりもずっと、貴族令嬢だったということだ。
おそらくこれは、エリカ嬢。
君の薫陶もあってのことだと思うよ。
この国アルタスにおいての、貴族令嬢たちの見本。
私を殺し、身を国のために捧ぐ……。
そんなお題目を、まさにその身によって示し続けた君という見本がいたから、アリスもそのようにあろうとしたのだろう。
僕はそう思っている。
◆◇◆◇◆
「……アリス。今のお話は……?」
本当にそういうことなの?
と、わたくしがアリスに尋ねてみれば、アリスは微笑みつつ頷いて言う。
「ええ、お姉様。お姉様はわたくしたちの良いお手本でしたから。きっとお姉様なら、こういうときも私情を挟まず、最も良い選択をされると、そう思いました。幸い……というべきか、ジュリアンの性格は一度会って理解していました。それに父から伝えられたお話や、わたくし独自に集めた情報からも考えて、ジュリアンとの婚約……そして結婚は、あのときのわたくしに出来る、最良の選択だとも。ですから……」
これにジュリアンが、
「おや、あの庭園でのことを覚えていてくれたのかい?」
「もちろん。でも、貴方が特に触れようとしなかったものだから……」
「あぁ、確かにね。僕は、君と結婚をした後、可能な限り、仲睦まじく見えないように努力していたから……」
そう言ったジュリアンにわたくしは尋ねる。
「どうしてですの?」
ジュリアンは話を続ける。
◆◇◆◇◆
僕のアリスに対する愛情というものについては今更語るまでもないだろう。
他の何を置いても、僕は彼女の命をこそ大事にしていたのであって、だからこそ、彼女に対し、あの女の目を向けさせるわけにはいかなかった。
そして、僕がアリスと仲の良い夫婦として振る舞うことは……あの女の目を引くだろうと思った。
あの女の王宮での振る舞いを聞くにつれ、思ったことは……あの女は全ての男が自分に目を向けていなければ気にくわないようでね。
僕もこれで貴族であるから、パーティーなどに呼ばれれば行かなければならない。
僕一人の問題ならそんなものには出席しないのだが、領地の経営のこともあるし、家族や親族のこともある。
エフェス子爵家は子爵だが、それなりに経済的に豊かな領地を持っていてね。
近隣の他家との付き合いもあるし、王都に卸している品物もそれなりにある。
だから、人付き合いというのは必須だった。
こんな幽鬼のような状態になりつつも、僕は今でもしっかりそういう集まりには顔を出しているのだよ。
そうしなければ……息子が……フィラスの生活もままならなくなってしまうからね。
しかし、そういう生活をするに当たって大きな問題なのは、あの女もまたよくそういう席に出席するということだ。
どうもパーティー好きというか、華やかな席を異常に愛しているようで、ある程度の格のパーティーには必ずあの女がいるのだ。
そして、周囲の視線が自分に集まっているかどうか、確認するのだね。
君たちにも見せて上げたいよ。
あの女の態度と、あの女に対する周囲の貴族のへりくだりようを。
とは言っても、僕も同様にしているのだから恥ずかしくて仕方が無いが……。




