第22話 第一の縁
「……ここが出口です。ここを出てまっすぐ進みますと、そのまま学園入り口に辿り着きますので、もう迷われることはないでしょう」
庭園をそれこそ我が庭のように静かに、しかし確かな足取りで進み、僕を案内してくれた少女はそう言って、庭園の途切れたところを示し、そう言った。
確かにその先にはしっかりと校舎建物の入り口があって、見覚えのある道が続いているのが見えた。
これなら方向音痴の僕でも問題なく学園入り口まで辿り着くことが出来るだろうと安心した。
そこで、僕はやっと緊張が解れて、ここまで道案内をしてくれた少女の名前すら尋ねていないことを思い出した。
「ここまで案内してくれてありがとう。君は……僕の命の恩人だよ。それで、今更だが……君の名前を聞かせてもらえないだろうか?」
「そういえば、まだ名乗っておりませんでしたね。これは失礼を……わたくしは、アリス・リリウム。この学園の二年生ですわ」
「アリス・リリウム嬢か。僕は……」
彼女に続いて僕も名乗ろうとしたところで、突然、ビーッ、という音がアリスの懐から聞こえてきた。
少し耳障りで、しかしそこまでの大音量ではない。
そんな音だ。
「……一体これは?」
そう言って首を傾げた僕に、アリスは言った。
「……申し訳ありません。どうやら、庭園で新たに迷われている方がいらっしゃるようで……。わたくし、もう参りませんと」
どうやら、どんな仕組みかは分からないが、この庭園で遭難者が出たときにそれを知らせる魔道具を持っているらしかった。
確かに考えてみればそういうものがなければいかにこの庭園に詳しかろうと、そう簡単に遭難者を見つけることは出来ないだろう。
僕の時も鮮やかに発見して見せたわけだし、そのときも同様の音が彼女の懐で鳴り響いたのだろう。
そう思えば、彼女をここで引き留めるのも悪い気がした。
彼女に、というより、その新たな遭難者に、である。
僕自身が遭難したときのことを思い出すに、酷く心細かったし……。
そう思った僕は彼女に言った。
「いや、構わない。早く行ってあげてくれ。この庭園は実に人の不安をあおってくるものだから……そんなとき、君のような可憐な少女に案内を申し出られればきっとほっとするだろう。僕がそうだったようにね。だが……中には不届き者もいるかもしれないが……」
ふと言っていて気になった。
単純な心配だ。
見学会に来るものは大抵が貴族であり、その中には傍若無人な高位貴族もいる。
そんな人間がこんな人目のないところで、アリスのように美しくも可憐な少女に出会えば何を考え、どういう行動に出るか。
想像すると恐ろしい話だった。
しかしそんなことを考えた僕にアリスは言った。
「ご心配いただき、ありがとうございます。ですが、大丈夫ですわ。そのような方には、しばらくの間……具体的に言いますと、見学会終了までここで迷い続けていただきますから」
「というと……?」
「話して、そのような行動に出られた場合、庭園の間にすぐに紛れてしまえばもはや、わたくしたちを見つけることは出来ません」
「あぁ、なるほど……」
この庭園で遭難するような人間だ。
庭園を知り尽くすアリスのような存在を、自ら探し出すなど不可能だろう。
しかし……。
「それでも、姿を見せたときに捕まってしまえば……」
そう、そうされれば隠れる暇もなく終わりだ。
しかしこれにもアリスは言った。
「そのときは魔道具の出番ですね。魔術もそれなりに得意なのですが……わたくしのお姉様に頂いた、強力な防御結界を張ることが出来る魔道具を持っているのです。ですから……」
「姉君の……? 失礼ながら、その強度は……?」
「三級魔術までならほぼ全てを耐えきりました。物理系も騎士団長クラスの本気の斬撃をすら、何度か耐えられるとのことです」
それは驚くべき話だった。
三級魔術など、宮廷魔術師クラスでしか使うことが出来ないレベルだ。
その上など儀式魔術や伝説クラスのものとなってくる。
つまり、個人の放つ魔術であればほぼ全て防御できるということだ。
物理系についても騎士団長クラスの斬撃を何度か耐えられるなら、庭園の間に彼女が隠れるだけの時間稼ぎも十分に果たすことだろう。
素晴らしい姉君を持っているのだな、と感心した。
僕はアリスに言った。
「そういうことなら、安心だ。すまない、緊急のときに時間を取らせたようだ。どうぞ、遭難者の元に行ってやってくれ」
「いえ、ご心配していただけたと言うことは分かっておりますので。では、失礼します……」
そうして、淑女にしては意外なほどの速度でアリスは庭園の中へと消えていった。
僕のような人間にはもうどうやっても彼女を発見することが出来ないだろう。
その後、僕は彼女の指導の通り、庭園を出て、まっすぐに道を進んでいき……そしてやっと学園入り口に辿り着いたよ。
実に酷い目に遭ったと思うと同時に、不思議に面白い経験をしたとも感じた。
学園在籍時には存在を知りながらも辿り着くことすら出来なかった庭園に、迷い込んだとはいえ足を踏み入れることが出来たし、遭難はしても妖精のような少女に助けてもらえたのだしね。
良い土産話が出来たとすら思ったくらいさ。
でも、残念ながら、ここで僕と彼女の縁は終わり。
普通ならそうなるはずだったのだが……そうはならなかったんだ。




