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悪役令嬢は死霊公女になりました!  作者: 丘/丘野 優
第一章 運命の死

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第16話 再会

「アリス……やっぱり、あなたはアリスなのね?」


 わたくしは、正面に立つ、柔らかな金色の髪をした幼い顔立ちの少女を見つめながら、ゆっくりとそう、尋ねた。

 彼女の立ち姿は、いたって普通のものに見えるが、それでいてどこか異様なものだっだ。

 なにせ、少女自身の姿、その輪郭はゆらめく水面のように不安定であり、しかもその骨格はありありと透けて見えているからだ。

 骸骨霊スケルトンとも、死霊ともつかないその存在は、不死者にとっても不思議なものに映るようで、ルサルカがあんぐりと口を開いている様子がちらと目の端に映った。

 しかし、今はルサルカのことは置いておき、目の前の存在に集中する。

 わたくしの目の前に立つ少女は、わたくしの言葉に静かに頷き、答えた。


「そう……ですわ。エリカお姉さま。アリスですの……でも、お姉さまはご存じないでしょうけれど、アリスは結婚いたしましたから、アリス・エフェスと……はて? そういえば、どうしてわたくしは、ここに? わたくしは確か……そう、わたくしは確か、死んだ、はず……!?」


 はじめの内は微笑みながら話していたアリスだったが、徐々に頭を押さえながら、混乱した様子に変わっていった。

 その様子を見て、わたくしは察する。

 どうやら、彼女はあまり現状を把握していないらしい、と。

 もしかしたら、わたくしを止めた先ほどの行動も、ほとんど無意識で行われたものだったのかもしれない。

 昔から、彼女はわたくしやアデライードの気持ちが高ぶった時、横に立って落ち着かせてくれた。

 そのときのことが、本能レベルで彼女の中に刻み込まれていたのかもしれなかった。


 しかし、今の彼女には先ほどまでの包み込むような落ち着きはない。

 となると、今度はわたくしが彼女を落ち着かせる番だろう。

 そう思って、わたくしはアリスの肩にゆっくりと手を伸ばした。

 彼女の体は今、半透明である。

 触れられない可能性もあったが、どうやら問題ないようで、アリスの体の感触が手に伝わって来た。

 どこか、希薄な感じはするけれど。

 

「アリス、落ち着きなさい」


「で、でも、お姉さま、わたくしは……」


 わたくしの声に、髪を振り乱しながらも、子犬のように瞳を上げたアリス。

 その声は実に不安そうだ。

 だからわたくしは、彼女を落ち着かせるように、いたって普通の声色で言う。

 あの学園での日々を思い出すように。


「大丈夫よ……大丈夫。そうね、子守歌でも歌ってあげようかしら?」


「お姉さま……もう、アリスは子供ではないのですよ? 子供だって……子供……?」


 否定しつつ、自分の言葉に色々な記憶が刺激されているのだろうアリス。

 自らの子供のことも、意識に上って来たのだろう。

 落ち着いたら話さなければならないことだが、今はまだそう言うわけにはいかない。

 だから、彼女をこれ以上混乱させるわけにはいかない、と思っていたのだが、どうにもいい方法が思いつかなかったので、わたくしは強引に話を続けた。

 ある意味で力技に近いかもしれないけれど、雑談でも続ければ、そのうち落ち着くかもしれないと、そう期待して。


「……覚えている? アリス。以前、公爵家の避暑地に遊びに行ったとき、眠れないというあなたのために歌ってあげたファタの子守歌を。歌いだしは確か……」


 静かに語りながら、わたくしが歌うと、アリスは混乱の中でも、ふっと懐かしそうな表情をその幼い顔に浮かべ、静かに目をつぶって聞き入ってくれた。

 思い出す。

 わたくしはあまり歌がうまい方ではないと思うのだけれど、アリスはいつもわたくしの歌を褒めてくれた。

 歌いだしは静かだが、中盤にわずかに盛り上がり、そして、息絶えるように終わっていく子守歌。

 夜、眠るのには最適だが、永久の眠りを拒否した今のわたくしたちにはあまりおあつらえ向きとは言えないかもしれない。

 けれど、それでも、わたくしは歌った。

 今のわたくしたちに必要なのは、あの、避暑地で感じた穏やかな微睡だと思うから。


 そして、ほう、とした様子で最後まで聞き終えたアリス。

 見ると、彼女は先ほどよりも落ち着いた顔になっているように感じられた。

 今なら、わたくしの話をしっかりと聞き、そして受け入れられるかもしれない。

 そんな気がして、わたくしは彼女に語り掛けた。


「アリス……これから、色々とあなたに説明しなければならないことがあるの。きっと、受け入れがたいこともたくさんあると思うわ。けれど、どうか落ち着いて最後まで聞いてもらえるかしら?」


 するとアリスは、憂いの籠もったような表情で微笑み、そして頷いて言った。


「……ええ。お聞きします。なんとなくですが、わたくしも……思い出してきたことがあります。ですから、きっとそれほどショックは受けないと……」


 すべてではないにしろ、彼女自身が経験していることだ。

 冷静になって、色々と分かってきたのだろう。

 それから、わたくしはアリスに、わたくしについての今までのこと、それにアリス自身についての諸々の説明を始めた。


 ◇◆◇◆◇


「そのようなことが……世の中には不思議なことがたくさんあったのですね。どうやら、それを知る前に、わたくしは死んでしまったようですけれど」


 冗談なのか本気で言っているのかわからないような、令嬢らしい品のある、くすりとした表情でそんなことを言うアリス。

 しかし、それにはわたくしも同意だった。

 こんな風にならなければ、何も知らずにまた人間に生まれ変わっていたかもしれないのは、わたくしもアリスも同じだ。

 ただ……。


「別に、生きているうちにすべての不思議に触れなければならないと決まっているわけでもないわ。あえて望んだわけではないけれど、これからのわたくしたちには、持て余しそうなほど長い時間がある……そうよね」


 すっかりアリスが落ち着いたのを確認したので、わたくしは改めてルサルカにも話に加わってもらおうと彼女に顔を向けた。

 すると、ルサルカははっとしたような顔をして、


「え、ええ……さようにございますわ。しかし……アリス様に関しましては、正直初めて見たタイプの不死者ですので、分かりかねる部分もございますが」


 と、聞き捨てならないことを言った。

 アリスはそれを聞き、


「……わたくしは何か、変わっているのでしょうか……ええと……?」


 と、名前を言おうとして、知らないことに気づいたようで、首を傾げる。

 ルサルカは失念していた、という表情で、


「ルサルカにございます。アリスさま」


「ルサルカさん、ね。それで……あの、わたくしは一体どういうもの・・なのでしょう?」


 この質問にルサルカは、


「死霊、でいらっしゃったはずですが、死霊にはそのような骸骨霊スケルトンの体を借りる力はないはずですので……死霊の、亜種、ということではないかと。通常の死霊は力ある者や、無理をすれば生きている人間の体を借りることは出来るのですが、骸骨霊スケルトンに宿ったものは聞いたことがなく、私には……死霊公なら詳しいかもしれませんが……」


 と悩ましそうに答えた。

 

 不死者として、そうとう長い年月を乗り越えた彼女ですら、そう言うほど珍しい存在であるらしいアリス。

 なぜ、彼女がそんなものになってしまったのかと言えば、それはおそらく、わたくしの影響だろう。


 ここに来る前までのわたくしであれば、そんなことは全く思わなかった。

 けれど、今のわたくしには……なにか、自分の体に奇妙な感覚があるのが分かる。

 骸骨霊スケルトンたちを操った時の記憶もあいまいだが、ああいうことが出来る力が、自分の中にあるのが、理解できる。

 その力こそが、アリスをこうしたのだと、そう感じる。


 ただ、それが、悪いこととは思わない。

 生きているときなら、死者を冒涜するような振る舞いだと思ったかもしれないが、アリスの、あのうつろな様子を見た今ならそんな風に思ったりは出来ない。

 あのまま、何百年、何千年となくその場で無念を呟き続けるのは、あまりにも酷い所業だからだ。

 だからむしろ、アリスの意識を取り戻すことが出来てよかったと深く思う。


「詳しくは分からないとしても……アリス。わたくしは、あなたが戻ってきてくれて嬉しいわ」


 素直に、そう伝えると、アリスは自分の体を見て、少し悩んだような表情で言う。


「なんだが半透明ですし、骨格が透けていて恥ずかしいですわ……」


 てっきり、このような姿で帰ってきても嬉しくない、というようなことを言うかと思っていたのだが、妙な返事が返って来た。

 彼女の言葉に、わたくしは彼女の性格を思い出す。

 たしかに、昔から彼女はこんな風であった、と。

 可愛らしくて、でも芯がとても強い、けっして弱音を吐かない少女。

 けれど、それと同時にどこか抜けているというか、変わっている部分があって、好みも人とは違っていた。

 それは、あの学園で一部からは白い目で見られていたわたくしや、その友人であるアデライードに何の衒いもなく近寄ってきて、いつの間にか一緒に行動し、友人となっていた事実からもわかる。

 わたくしもアデライードも、立場上、権力によって来る人間の空気感というものには敏感だったが、アリスにはそんなものは一切感じられなかったのだ。

 それからずっとわたくしたちは友達で……。


 そのことが結果としてアリスの人生に大きな影を落としてしまったことが悔やまれる。

 今更言ってもどうしようもないことだけれど……。


「アリス、ごめんなさい」


 ふっと、口からそんな言葉が出てくる。

 アリスは、その大きな瞳を零れ落ちそうなくらいに目いっぱい開いて、


「お、お姉さま!? どうなさったのですか?」


 と、わたくしに言う。

 わたくしは続ける。


「どうなさったもなにも、アリス。あなたが命を落としたのは、間違いなく、わたくしのとばっちりでしょう? わたくしと仲良くなんてしなければ、あなたの命は助かったはずなのに……」


 心の底からそう思っての言葉だった。

 けれど、アリスは首を振る。


「……お姉さま。お気持ちは、分かります。けれどそれは違いますの。アリスは、お姉さまから見れば幼いかもしれませんが、自分の道は自分で決められます。お姉さまが処刑された後も……すべて、自分で決めました」


「どういう、意味?」


 わたくしが首を傾げて尋ねると、アリスは言った。


「エフェス家に嫁がない自由はあった、ということですわ……わたくしは、お姉さまが処刑された後、決めたのです。いつか必ず、あの女の化けの皮を剥いでやるのだと……。そのために必要なことは何でもすると。……エフェス家からの縁談は、お父様は素直に喜んでいらっしゃいましたが、あやしいにもほどがありました。調べてみれば、かの家はマードック男爵家と関係があり、わたくしとの縁談もお姉さまが処刑されてから急に決まったことも分かりました。ですからわたくしは、嫁いだのです。エフェス家に入り込めば、マードック家、ひいてはあの女の本性を暴く方法が見つかるのではないかと思って」


「アリス……」


 彼女は、これほどまでに苛烈な性格をしていただろうか。

 話を聞いて、まず、そう思った。

 アリスと言えば、わたくしやアデライードに甘えて、いつも無邪気にほほ笑んでいる。

 そんなタイプだったのに。

 確かに強い芯を持っていて、いずれは立派な貴婦人になるだろうとは思っていたが、一、二年でこんな風にまでなるとは思っていなかった。

 わたくしのそういう思いが顔に出ていたのだろう。

 アリスは笑って、


「……申し訳なく存じます。お姉さま。驚かれましたか? アリスは……変わりました。お姉さまが処刑されてから。お姉さまが未来を奪われてから。そんな権利は一切なかったというのに、お姉さまが手にすべきものを、許すべきでない手段でもって、すべて横から持っていったあの女に、報いを受けさせるために。ただ……」


 ふつふつとした、怒りの覗く表情でそう言ったアリスだったが、ふっと顔色を変えて、言った。


「結局のところ、アリスは失敗してしまったようです。ずっとエリカお姉さまと、アデラ姉さまに頼りきりでしたから……最後には……」


 死んでしまった、そう言いたいのだろう。

 今、このようにして死霊となっていることから、それは間違いのない事実だ。


「……エフェス子爵に、殺されたのね?」


 だから、そう尋ねるのは間違いではないはずだった。

 しかし、アリスは首を振る。


「いいえ。ジュリアンは……エフェス子爵は、弱い人です。わたくしを殺す度胸などありませんでした」


「えっ?」


 わたくしは、その返答に首を傾げた。


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