表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は死霊公女になりました!  作者: 丘/丘野 優
第一章 運命の死

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/47

第9話 お洋服

 カタラ伯爵家の執事たち――というか不死者たちは皆、きわめて有能だった。


 魔物としてどうなのかは正直よくわからないところだが、ウーライリ公爵家の使用人と比べても遜色がない。

 それどころか、遥かに上回っていると言ってもいい。

 動きの洗練され方もそうだが、こちらの意図を口にせずともすべて汲み取ってくれる。


 少し、お茶が飲みたいわ、と思い、「お……」と言いかけたときにはすでに目の前のテーブルにカップとソーサー、それにポットが置かれている感じというか。

 それに加えてお茶菓子も非常に手の込んでいておいしそうなものが並べられていき、しかし全てたった今作りたてにしか見えない生菓子だったりするのだ。


 一体、どのタイミングでどうやって用意したの?

 どれも作るのに二時間はかかりそうだし、そうなるとわたくしが二時間後にお茶が飲みたくなることを予測済みで作業を始めないとむり、ということになってしまうのではないの?


 と尋ねたくなるくらいだった。

 どうしてこれほどまでに有能な者ばかりなのか、とルサルカに尋ねれば、


「私、数百年とカタラ伯爵夫人としてやってきましたと申し上げましたでしょう? それは彼らも同じ、ということですわ」


 この言葉の意味は明らかだ。

 使用人役の不死者たちは、その役割をルサルカ同様、数百年と気の遠くなるほどの時間、こなしてきた。

 したがって、文字通りに年季が違う、というわけである。

 わたくしのかつての実家、ウーライリ公爵家の使用人たちだって、厳選された、特に有能で経験も豊富なものばかりだったのだが、彼らですらもほとんど子供扱いできるような技能を、この家の使用人たちは全員が持っているという訳だ。

 不死者というものは実に恐ろしい存在である。


 さらに、彼らの技能はそれだけにはとどまらない。


「あるじ様。あるじ様はとても素敵なお召し物を身にまとっておられますが、流石にそれを着て王都にいらっしゃるのはお勧めできませんわ」


 ルサルカがそう言ったので、私は尋ねた。


「これは……アルのお話によれば、かなりの名品だということよ? なんでも、わたくしの死に際の血液と、冥府の神の加護が宿っていて、非常に丈夫なものとなっているのだと……」


 他にもかなり詳しい説明があって、具体的に言うと、破れても自動で治り、汚れがつくことはなく、冷気や熱気は完全に遮断し、剣で切り付けても切れず、槍で突いても跳ね返すほどだという。

 さらに、敵対的な攻撃魔術の類は一切通用せず、結界や封印術の類もすべて無効化されるとも。

 見た目だけいうなら、わたくしの纏っているのは何の変哲もない漆黒のドレスなのだが、まるでどこかの伝説にでも出てくるような鎧よりも高性能なものになっているらしかった。 首が飛ばされたときに身に着けていたのは質素なワンピース……というか、処刑される貴族女性が一律で着せられる真っ白な服だったはずなのだが、気づいた時にはこのドレスを着ていた。

 アルの話によれば、あのワンピースとこのドレスは、本質的には同じものだということだが、見た目からはとてもそうは思えなかった。

 ただ、デザインはわたくし好みであるし、色も安っぽくない、深みのある黒で素敵だと思う。

 もともと、寒色系の色が好きだったのだが、それよりも好きかもしれないというくらいには気に入っている品である。

 けれど、王都に着ていくのはルサルカが言うには、ダメらしい。

 なぜなのか。

 ルサルカは言う。


「そのお品がとても良いドレスだということは、理解しておりますわ。それを見て、そう理解できない不死者は不死者ではないですもの。ですけれど、王都でそこまでの濃い黒を毎日纏っていると変わった目で見られてしまいます」


 ルサルカがこの服を王都で着るのは勧められない、というのは、毎日着るのは、ということらしかった。

 わたくしは尋ねる。


「どうして?」


「それは、その色を纏うのは、本来、喪に服している者だからです。まぁ、他の色のショールをかけたり、するなどすれば、多少印象は和らぐでしょうが、王都で毎日真っ黒な服を身に纏っている貴族の娘がいる、と噂が立てば、あるじ様は生活しにくくなってしまいますでしょう。それはお避けになりたいのでは、と私、考えまして……」


「……言われてみると、そうね。奇異な目で見られすぎるのも問題だわ」


 頭の中で考えてみた。

 王都を毎日漆黒のドレスを着てさまよう、若い貴婦人。

 ……不気味である。

 ルサルカは小物でどうにかできるかもしれない、と言ってくれたが、たとえ小物に色のあるものを取り入れても、その奇異さは隠せないだろう。

 せめて男性であれば、黒でまとめていてもそれほどおかしくは見られないが、貴婦人となるとこれは完全に別である。

 ある程度、身に纏うものの方向性や色が決まっている中で、あえての黒を選び、さらにそれを毎日……。

 おかしいと思わない方が難しい。


「お分かりいただけたようですので、あるじ様。採寸の方を」


 ルサルカは納得したわたくしの顔を見て、ぱちり、と指を鳴らした。

 すると即座に女性の使用人たちが部屋に現れて、わたくしを取り囲む。

 その手には、巻尺や服の型などが握られていて、あぁこれは……。


 と思ったその時には、わたくしは服を完全に剥かれていたのだった。


 ◇◆◇◆◇


「あらあらあらあら、まぁまぁまぁまぁ! 素晴らしいですわ、あるじ様!」


 ルサルカがわたくしを見て、そう叫んだ。

 今、わたくしはいつもの漆黒のドレスではなく、水色のAラインのシンプルなもの。

 ただ、見る者が見れば、一目でわかるほど、素材や縫製技術の高い最高級品である。

 パーティによく通い詰めていた貴婦人たちなどが見れば、即座に身に着けている本人にどこの店のものか、素材は何かを根掘り葉掘り尋ねる。

 そんなものである。


 なぜわたくしがそのようなものを纏っているかというと、使用人たちの採寸から数日、出来上がったらしい、わたくしの王都における【普段着】を彼女たちが持ってきたためだ。

 せいぜい、一着か二着程度だろう、と思っていたのだが、ルサルカが屋敷の中でも比較的広い部屋に、ガラガラとキャスター付きのハンガーラックを持ってきたところで、わたくしは絶句した。

 なぜなら、ラックには二十着ほどのドレスがかかっていたからだ。

 しかも、サイズを見るに、すべてわたくしに合わせたものである。

 ルサルカがもともとも持っていたものでも、彼女のためのものでもないのは明らかだった。

 それからルサルカは、


「では、あるじ様。ファッションショーを致しましょう」


 そう言って、指をぱちり、とやると、やはりと言うべきか、女性使用人たちがわらわらと現れて、わたくしの服を剥ぎ取っていく。

 さらに、下着やらパニエやらを身につけさせてくれ、最終的に別のドレスに着替えたわたくしがそこにはいた。

 それを見たルサルカは、


「あら! 素敵ですわよ、よく似合ってますわぁ……。それにしてもコルセットなど必要がないくびれをされていらっしゃいますのね! 素晴らしいですわ!」


 と言い、一通り品評して、


「では、次ですわね!」


 と指を鳴らした。

 するとまた使用人たちがわたくしを着せ替えていくのだ。

 恐ろしくなるくらいの手際の良さで、わたくしも侍女に着替えをさせられるのは慣れてはいたのだが、それでも目を白黒させるくらいしかできないほどだった。

 わたくしが新しいドレスに袖を通すたび、ルサルカがほめたたえてくれるのだが、息つく暇もなかった。


 そして、最後に纏ったのが、今来ている水色のドレス、ということだ。

 他のものよりもずっと装飾が少なく、色合いも好みのものだ。

 着ていて苦しくないし、一番気にった。

 鏡を見ても、他のものよりも似合っているように思えた。

 うぬぼれでなければ、だけれど。


 ルサルカもこれについては他のものより反応が良く、ほめてくれた。

 そして、


「では、王都へはこちらで参りましょう。もちろん、他のものも持っていきますけれど」


 そう言って、最後に指をぱちり、とした。

 わたくしはまだ、着せ替え人形のように着替えさせられ、最終的にもともと着ていた漆黒のドレスに戻ったのだった。

 三時間ほどかかったので、ひどく疲れた。

 体力的には全く問題はなかったのだが、精神的な……いわば、気疲れ、というものをした。

 そんなわたくしに対して、ルサルカはまるで疲労はなさそうだった。

 むしろ、幸せそうな顔をしている。

 恍惚としているというか……。


 それから、彼女はどこかから旅行鞄をもってきて、ぱかりと開く。

 そしてドレスをそこに入れ始めた。

 一着だけなら問題ないだろうけれど、貴婦人のドレスというのはかなりかさばるものである。

 旅行鞄にそうそう沢山詰め込めるものではない。

 そう思って、わたくしが、


「……そんなに入らないのではないかしら?」


 そう尋ねると、ルサルカはわたくしの方を見て微笑み、新しいドレスを手に取って、旅行鞄に投げ入れた。

 次々と入れて行っているが、まるで旅行鞄は膨らむ様子が見えない。


「これは……?」


 驚いて目を見開いていると、ルサルカが説明してくれた。


「こちらは拡張鞄タウスフ・バッグですから、いくらでも入りますのよ。もちろん限界はあるのですが、これは私が手ずから作った特殊なものですから、この屋敷一軒分くらいに収まる程度は入ります」


 なんでもないことのように言ったルサルカである。

 しかしわたくしは、ひどく驚いた。

 なぜなら、拡張鞄タウスフ・バッグというものは確かにいくつかこの世に存在しているのは確かだけれど、所有者はかなり限られているからだ。

 例を挙げれば、王族や大商人、それから世界でも名の知れた冒険者などである。

 そして、彼らが持つそれは、確かに多くのものが入ると言われているけれど、せいぜいが馬車一台分程度のものである。

 それなのに、ルサルカのそれは、文字通り桁の違う収納力を誇るのだ。

 驚くなというのが難しい話だった。


 しかも……。


「ルサルカが、自分で作ったの……?」


 拡張鞄タウスフ・バッグというのは、古代にはそれを作れる職人というのがいたらしいが、今では現存していないと言われていた。

 その技術は失われ、残されているものだけしかないのだと。

 だから、権力者や、強大な資金力を持つ者しか持つことは出来ない、いわば力の象徴のようなところがあった。

 それなのに、ルサルカはその失われた技術を保持しているらしいのだから、これはとんでもないことである。

 けれど、ルサルカは、大したことのないように言うのだ。


「ええ。驚いていらっしゃいますけれど、あるじ様。これはアルたちにも作ることが出来る程度のものですわ。こういうのはマルムが一番うまく作るので、私たちのものはそれなりですけれど」


「……マルムにはもっとすごいものが作れるの?」


「ええ。そうですわね……マルムでしたら、城一つそのまま入るようなものが作れると思いますわ。あのご老体の技術力は、正直言って私たちにも計り知れません」


「城一つ……」


 城一つに入る品なら、ではなく城が一つ、そのまま収納できるという意味なのだろう。

 前者なら、まだわからなくもないが、城をどうやって鞄にいれるのだろう。

 そんなこと可能なのか。

 そう思ってしまう。


 けれど、ルサルカが嘘をつく意味はないし、彼女たちの規格外さを考えれば、それくらい出来てしまうのだろうな、という気もしてしまっている。

 今度、本人に尋ねてみよう。


 そう思ったわたくしであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ