夢研究
〝自分の思ったとおりの夢を見ることができる〟
唐津新平はラボにそなえつけられたベッドに仰向けになり、大学での研究に全てを捧げた人生を振り返った。
唐津が計画した実験が成功すれば、思いどおりの夢を見ることができるはずだった。夢を見る脳のメカニズムが解明できれば、それこそ教授のイスも夢ではなかった。
頭を振ると、自分と同じようにコードにつながれたヘッドギアをかぶった白衣の女がベッドに横たわっていた。かすかに身体が動き、みずみずしい黒髪がシーツからこぼれ床におちた。すでに睡眠状態にはいっているようだ。
白崎裕子。
裕子が研究室に加入してから唐津の研究は劇的に進んだ。もともと唐津の研究室の学生であった裕子は、聡明ですぐ頭角をあらわした。学部を主席で卒業し、アメリカにわたって博士号を取得した。日本に戻る裕子が、唐津の研究室を選んだ報を聞いたときは快哉をあげたものだった。
レム睡眠時の脳派を制御するシステムは、裕子が考案したものだった。唐津の開発した装置にシステムを組み込み、こうして二人はリード線でつながっていた。脳派をシンクロし同時に睡眠状態にはいることで、唐津は裕子と同じ夢をみることができた。唐津は夢の中で、裕子が望む夢をみているかどうかをじかに確認することができるはずだった。
唐津は右手をあげ、計器の前にいる助手に実験の開始を合図した。
目をとじ興奮をしずめ睡眠状態にはいるのを待った。
裕子がはじめて入夢実験の被献体になること了承してくれた。
結婚を期に研究の第一線を退く前に、「システムに一番しっくりリンクできるのは私だから」と裕子は唐津の頼みを聞き入れてくれた。
唐津は落ちていく意識を認識していた。
気がつくと、まぶしさに思わず手をあげ日差しをさえぎった。光がやわらぎなじんだころに手を下ろすと、青い海原が目の前に広がっていた。二列ならんだ座席はびっしり参列者で埋まり、唐津は最前列に座っていた。透き通る全面ガラスにおおわれた海辺のチャペルは、主役の登場を待つばかりだった。
成功だ。
「式をあげるのは海辺のチャペルがいいわ」
裕子はそう目を輝かせていた。
唐津の直ぐ前では青い目をした金髪の青年と、神父が立ち主役の入場をまっていた。脇に控えていた歌い手が、ゴスペルを口にしはじめるのを合図にチャペルの扉がひらいた。
白く広がりのあるドレスをみにまとい、裕子がゆっくりと顔をあげた。唐津は息をするもの忘れた。
美しい。
「純白のドレスでお父さんと歩くの」
「もういい年なのにね」と裕子は恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
父親と腕を組み、ベアラーをひきつれた裕子がゆっくりとバージンロードを歩いた。
脇をとおりすぎ、裕子は金髪の青年の前にたつ。青年が裕子をおおうヴェールに手をかける。唐津は思い出したように息をのんだ。
「白崎君……」
思わずつぶやいてしまい、唐津は顔をふせた。
このままずっと下を向むいていたかった。
ふと気配を感じ、顔をあげた。
時間がとまったように全てが動いていなかった。ただ花嫁だけが唐津の目の前に立ち右手を差し出していた。唐津は手をとり立ち上がった。わずかに首をかしげ、まだ誰にも触れられていない潤んだ唇が動く。
「先生、私をつれていってください」
「もしかしたら白馬に乗った彼がつれだしてくれるかも」と裕子はうそぶいていた。
こんな男でもよかったのか。
唐津は裕子の手を引きバージンロードを出口にむかった。ドレストレーンに足をとられ、よろめく裕子をしっかりささえ急いだ。青年も神父も追ってこない。椅子にすわっている参列者は、二人のことを気にかけずに前をむいていた。
チャペルのドアに手をかける。ふりかえると裕子は小さくうなずいた。
扉をあけるとまばゆい光が二人をつつんだ。
目を開くと、心配そうに裕子が唐津の顔をのぞきこむようにしていた。
「先生、思い通りの夢はみられましたか?」
唐津はぼんやりとし、目を何度もしばたたかせた。
「白崎君のおかげでいい夢がみられたよ」
裕子がどんな夢をみたのかを質問する勇気はなかった。