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界は、カミの不穏な決意を潜めながらも、穏やかな時を刻んでいた。


「なんだ、この気は……」


しかし、ミズスギはその日の朝、悪しき気配を感じ、飛び起きた。


ミズスギが住まうのは、守護隊の隊舎である。

幹部であるからさぞかしその住まいも贅沢なものだろう、と思っているモノも多いが、一般隊士と変わらぬ部屋を彼は使用していた。

仕事で多忙を極めるミズスギは守護隊本部に詰めていることが多かったし、必要以上に豪華だったりする部屋があっても無駄、という考え方の持ち主だったから、全く不満はない。


ミズスギは簡素なベッドから出ると、窓から外を覗いた。

少なくとも、ここから見える範囲に異常は見当たらない。

守護隊本部はこの界の大地のほぼ中央にあってすべての方位を見渡せるが、この窓から見えるのは南の方角だけだ。

広がる田畑と家々の様子は、いつも通りである。

だが、ミズスギの察知能力は絶えることなく警戒を伝えてきた。


この日は休日であったが、ミズスギは仕事用の衣に着替える。

牙の根付は、守備隊の隊士である証。

それを忘れることなどありえず、彼の帯で白い牙が光る。

身支度を整えたところで、ばたばたとドアの向こうから騒がしい足音が聞こえてきた。


「ミズスギさま、ミズスギさまー!!」


ミズスギは眉を顰めた。


「ミズスギさま、大変です!」


ドアの向こうから己を呼ぶ声がし、ドンドンと強くノックされる。

ミズスギが自らドアを開いてやると、彼の部下である守護隊隊士は一瞬驚いた表情を見せ、告げた。


「お休みのところ申し訳ありません、ミズスギさま」

「構いませんよ。どうしました」


ミズスギが冷静な様子で問えば、相手も落ち着きを取り戻し、こう報告する。


「それが、北地区にマモノが出現し、暴れていると報告が。隊士が応戦していますが、かなり手強く相当な苦戦を強いられているようです。しかも <穢れ>がひどく、汚染が進んで、」


その言葉に、ミズスギは厳しい顔になった。

<穢れ>は全てを腐敗させ、浄化は大変な力を必要とする。

何より生きたモノが長く<穢れ>に触れすぎると、そのモノも<穢れ>に――マモノになってしまうのだ。


ミズスギは相手を遮るように、早口に命じた。


「ただちに結界を張れるモノを向かわせなさい。出られるモノは全員です。他の幹部を収集、隊士たちにもいつでも出られるようにと伝令を。情報は全て本部へ。私も向かいますので」

「はいっ」


ミズスギの判断は早い。

すぐさま隊士はミズスギに背を向け、駆けていく。

ミズスギは軽く嘆息すると、いまだ忌まわしい気配を強く感じながら、本部へと足を向けた。






「……なんだ、このマモノは」


守護隊本部の会議室には、突然この界に現れ暴れ始めたモノに対するため、幹部と選ばれた隊士たちが集まっていた。

面々が視線を向けるのは、そのマモノを映し出した鏡である。


「これほど強力なモノは滅多にでるものではない」

「他の界から渡ってきたのか……」


マモノとは、負の感情が集まってできたもの。

基本的に、元々の感情の持ち主の思いに従い行動する。

<穢れ>そのものでもあるそれは、この界では頻繁に見るものではなく、出現したとしても小さく、強いものではないのが常のこと。


しかし、鏡の向こうで暴れるマモノは巨大で、あっという間に大地を腐敗させるかと思えば、強靭な四肢で家を破壊していく。

澱んだ色を持つ、獣のような形をしたそれは、この界を滅ぼそうとするかのごとくであった。

今は向かわせたモノたちの結界で一定以上の侵攻は止めているが、結界も永遠ではない。

会議室に集められた面々は、深刻な表情だった。


「今のところ被害は?」

「住宅が二十棟は破壊されています。死者はおりませんが、軽傷者多数。付近の住民の避難は続行中です」


「攻撃は続けてるのに全く堪えた様子はなし、か」

「一体何が目的なのでしょうか?」

「うちの界に恨みでもあるのかね……。聞いてみるか? 答えてくれるか分からんが」


口々に、顔を顰めながら言い合う。


「――目的など、ないのかもしれませんね」


しばし鏡の中をじっと覗きこんでいたミズスギは、やがて顔を上げて言った。


「と、言うと?」

「私の見立てでは、これはカミです」

「カミ……!?」


驚きと、そして畏怖の声が揃った。

ミズスギは淡々と続ける。


「ええ。堕ちたカミでしょう。どういった原因でこのようになってしまったのかは知る由もありませんが。この様子ではおそらく、自我を失いカミの力を暴走させてしまっているのではないでしょうか」

「なんって傍迷惑な……」

「相手がカミとなると、我々で対処するのは厳しすぎる……」

「力が尽きるのを待つ、か?」

「待ってたらその間にこの界滅ぼされちまうんじゃないか」


会議室内はざわついた。

ミズスギが口を開こうとしたところで、前触れもなくドアが開く。


「お邪魔するよ」


入ってきたのは『カミさま』で、ミズスギは険しい表情になった。


「誰です、部外者の侵入を許したのは」

「部外者って、お前な!」


『カミさま』は眉を吊り上げたが、ミズスギ以外の面々は何となくその存在に癒された。

うちのカミさまはキレイで良かった、と思うが、この場合は比較対象が悪すぎる。


「……いや、今は時間がない。……隊長」


『カミさま』はぐっと苛立ちを呑み込むと、会議室の上座に腰かけている大柄のアヤカシへと向いた。

守護隊の隊長は、実力こそミズスギほどではない(というより、ミズスギが強すぎるので、隊長はむしろ普通に強い)のだが、カミである彼女よりもずっと長生きで、多くのモノに慕われていることから、守護隊結成当初隊長に抜擢され、それ以来何千年と隊長職を勤めている男である。

『カミさま』としても父親のような感覚で見ているアヤカシなのだが、改まって告げた。


「今回は守護隊に断りを入れに来ました。北に現れたカミのことで」

「断り?」


隊長は柔和な顔立ちに困惑の表情を浮かべる。


「あれは腐ってもカミです。この界のアヤカシたちでは敵わないでしょう。この界を守るのは守護隊の役目ですが、今回はカミであるわたしが出ます」

「いや、それは……」


隊士たちが騒然とする中、隊長が視線を向けたのはミズスギだ。

隊士たちにゴーサインを出すのは隊長だが、守護隊における頭脳はミズスギである。

ミズスギは隊長の視線を受け取らなかったが、口を開いた。


「カミはカミでもあなたは創るカミでしょう。守り、破壊するカミではない。あなたで敵うのですか」

「見くびらないでほしいな。それでもカミはカミだよ。それに、わたし以外にあれを倒せるモノがいる?」

「います」


ミズスギは即答し、己を示した。


「わたしが行きます」

「……っ、そりゃお前は強いけど、無理だよ、相手はカミだ!」

「――カミの一柱や二柱、」


誰の目にもとまらぬ速さで、ミズスギは黒刀を目の前のカミに突きつけた。


「倒せなくては、ならないのですよ、私は」

「……!」


『カミさま』の息を呑む音が、今や静まり返った会議室に響いた。

強い眼差しが、『カミさま』を射止める。

ミズスギの放つ殺気にも似たものに、誰もが息さえするのも憚って、気圧された。


その時。


「カミさま、あなたときたらまた先走って……!」

「げ、」


次にドアから入ってきたのは、怒りながら少し泣きも入っている守役だった。

勢いをもってやってきた守役は、今度こそ離してはなるまいと『カミさま』の衣の裾をぎゅうぎゅうと握りしめる。

『カミさま』以外の存在や、室内の雰囲気は、全く認識されていないらしい。

彼女は何とかそれを宥めようと、守役の背中を撫でてやった。


「申し訳ございません、お止めしたのですが……!」


扉を守っていたらしい隊士が必死な様子で頭を下げてくるのに、ミズスギは緊張感を削がれて刀をしまった。


「いえ、まあ、ちょうど良かったです。次からは例えカミであっても許可を得るように」

「は、はい!」


隊士に持ち場へ戻るように告げたミズスギは、ドアが閉められると改めて告げる。


「そういうわけですので、私が出動します。数名に囮役を任せたいので、足の速いモノを連れていきたいのですが、よろしいですか?」

「分かった、けど……。本当に大丈夫なのかい?」


隊長は心配を隠さず、ミズスギは冷たく言った。


「心配なのでしたら、隊長が餌になってくださると大いに助かります。あなた大きいですから、咀嚼するのも時間がかかるでしょうし、その間に簡単に倒せるかもしれません」

「は、はははははー。ま、君なら大丈夫だよね。うんうん。よろしく頼むよ」

「はい。引き続き結界は維持できるようにしておいてください。隊士の待機も続行。今後の支援に関しても、私が戻るまでに十分進んでいなければ……、分かっていますね」


会議室の面々は、ミズスギの睥睨に背筋を限界まで伸ばした。


「それでは、行ってきます」

「ちょっと待って、」


部屋を出ていこうとしたミズスギの服を、『カミさま』は掴んだ。


「本当にお前が行くの!?」

「しつこいですね。どう考えたって私が適役でしょうが」

「だって……、」

「あなた、私のことは慈しんでいないのでしょう。放っておけばいいじゃないですか」

「この馬鹿……!」


感情が高ぶる。

『カミさま』は瞳を潤ませ、ミズスギを上目遣いに睨みつけた。

ミズスギは一瞬瞠目し、そっと視線を逸らす。


「この界を守るという役目を持ってつくられた守護隊です。その一員として、今回の敵に対処するに最もふさわしい私が出ます。あなたはあなたの役目を全うするために、この場に残ってください」

「どういうことだよ……」

「もし万一私が生きて戻らなければ、誰もあれを止められない。そうなった時は、この界を放棄するのです」

「ミズスギさま……!」


『カミさま』は絶句し、他のモノたちも顔色を変えた。


「万一の話ですよ。私は負けるつもりありませんし。ですが可能性がゼロというわけではない。ですからその時は、あなたが新しい界をつくるのです」


その言葉に、『カミさま』は唇を震わせた。


「だからあなたは来てはいけない。この界のモノたちのことを思うなら、ここで大人しくしていてください。あなたがいなくなれば、皆滅ぼされるしかなくなるのですから」

「そんな、そんなの……」


ひどいよ、と唇が動くが、声にはならなかった。

力を失った彼女の手から逃れ、ミズスギは背を向ける。


「後は任せます」


そうして、ミズスギは戦いへと赴く。




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