第7話 魔王、死後の世界を説く(3)
「今、ナタリアが申したようにすぐに死者の転生先が決まるなどということはない。ドラゴンの娘の話によれば、死後、四十九日の間は魂の状態でとどめおかれて、種々の審査を受けるようだ」
「なぜ、四十九日などという半端な日数なのですか? 五十日ではなく?」
ナタリアがまた質問してくる。もはや、これはこのダークエルフとの戦いと言ってよかった。
「七日ごとに調査などの手続きを行なうかららしい」
アルカインが語っているのは、死者が四十九日を迎えるまでの七日おきや一周忌、三周忌といった時に閻魔大王のような冥界の裁判官の前に出て、裁きを受けるという十王信仰を元にしたものだ。
なお、日本で一般にイメージされる閻魔大王は宋の時代の中国の官人の格好をしている。地獄のイメージも、中国の偽経、『預修十王経』の影響で広まったものとされている。これは平安時代初期には日本に伝わっていたが、十世紀後半に源信という僧侶の記した極楽や地獄を描いた『往生要集』が大人気となり、一挙に一般的なものとなったのである。
正直なところ、仏教に関する本がこの世界に存在するわけもないし、記憶も完璧に残っているかも怪しくあやふやなところもあるが、アルカインはどうにか話をつなぐ。死後の世界を語っていく。
だって、死ぬと苦痛しかないなどというこの魔族の中での価値観はあまりにあんまりじゃないか。もう少し、救いになるような教えがあってもいい。
自分は治癒の魔法の一つも使えないが、心を治癒することはできるかもしれない。それすらできないなら、何のために僧侶として修行を続けたのか。ただの自己満足か。
だから、あえて、輪廻転生をプラスの意味として説くのだ。
「そして、死者といえども裁判であるから、弁護を受ける権利がある。だが、生死の境目の場に弁護人をやる者はおらん」
「魔王様、それでは、どうやって弁護などを行うのです?」
もし、こんなナタリアのような者が熱心な信者になってくれれば布教もはかどるだろうな、そんなことをアルカインは思った。
「死んでいった者の美点はこの世界に残っている者たちが知っておるだろう。ほら、先ほど、お前が家族を生かすための盗みは情状酌量の余地があると言っていたが、あれのことだ。自分の親は立派な人でしたと子が言えば、効き目はある」
ナタリアはともかくとして、ほかの者たちは得心がいったという顔をしている。もう少しだ。
「つまり、死者の冥福を祈ることはそれだけ死者の助けになる。いいことをしていたと思っているなら、そう祈ればいい。悪事を許してやってくれと思っているなら、そう祈ればいい。祈りの力により、来世の安寧はより強くなる。たとえ生まれ変わったあとだとしても、祈りはその者の歩く道から苦難を取り払ってくれるだろう――などということをドラゴンの娘から言われた」
わずかにナタリアが首肯したように見えた。ひとまず、ナタリアの質問には答えた形になったはずだ。
「朕はどこに転生するのかと尋ねたら、まだ死ぬには早いからおそらく戻ってこられるだろうと言われてな。また魂を引き戻されて、あの戦場に復帰したわけだ。こんなことなら、もっとじっくりと話を聞いておけばよかった」
「そういえば、しばらくぼうっとしておられたような……」「上の空になるのも無理はない……」出席しているメンバーからはおおかたの賛同は得られたようだ。
「ナタリア、まだ何か異論があるか?」
こちらから尋ねると、ナタリアはきまり悪そうに、
「いえ、裁判についての謎は解けましたので……」
と答えるだけだった。
これで、地ならしは終わった。
だが、本番はここからだ。よく耕した地面に種を蒔いていかなければならない。
「以上のようなことが死にかけたせいでわかったので、朕は早速、死者のための慰霊の施設を作りたいと思う」
言葉だけでは自分の思想はなかなか伝わらないだろう。なにせ、存在しない概念についてしゃべっているのだから。
だから、すぐに形から入る。
「魔族の覇業のためにお前たちも兵たちも民衆たちも、皆、尽くしてくれておる。そんな者たちが死後、ぞっとするような世界に転生することは考えるだけでも嫌なものだ。それを変えるためには慰霊のための建築が必要である」
これには反応が二つに別れた。これで死者が救われるとぱっと顔が明るくなる者と、面倒そうだなという顔を隠せなかった者だ。
後者の中には、そもそも半信半疑という者もいるだろう。実際、魔族たちはこの世界の人間などよりはるかに合理主義者だ。死に近い状態で、特別な体験をしたからといって、素直に信じてくれない者もいて、不思議ではない。
それに今のアルカインの話してきた内容は、好奇心は刺激するかもしれないが、とくに感動を呼び起こすものでもない。不信心な者がいても仕方ない。
なあに、これぐらいは覚悟のうえだ。
――もし自分が持たざる者であれば神の存在を説き続けるしかないであろうし、偉大な宗教上の先人もそのようにしてきた。だが、自分は幸いにも王だ。ならば、あえて王道を貫く。
「土木長官のリクトス、骨ヶ原に塔を作る計画を立てよ。あと、この城下にも祈りの塔と施設を設けたい」
「と、塔でございますか……? しかし、塔となると実益のないものにかなりの支出をすることになりますが……」
このナーガの土木長官としては、無駄に感じられるものは作りたくないというのが本音であるらしい。信仰だなんてよくわからないものに税金を出したくないということかもしれない。
この合理的精神はもちろん、よい面もある。魔女狩りなどで同種を殺すようなことは魔族は絶対にやらないだろう。事実、魔族と一口に言っても、中は極めて多種多様の人種で構成されている。これが今の地球で成立するかといえば、到底不可能だ。
しかし、合理的すぎるがゆえに、絶望しなければならないというのもまた事実だ。
前世の正覚の世界で、神の不在を主張した人間の多くが新たな苦しみを背負ったのは偶然ではない。神がいないことに気づいたつもりになったところで、それで幸せになれるわけではないからだ。
これを言い出すのは卑怯かもしれないが、ここで引いたら何の意味もない。
「リクトス、傷口をえぐるようなことを言って申し訳ないが……お前、自分の部下を失ったことを悔いているだろう?」
リクトスの表情が歪んだ。
四年前の戦争でリクトスは股肱の臣とたのみにしていた部下を戦死させている。そのあと、長らく彼が悲嘆に暮れていたのを幹部たちは誰しも記憶していた。
「せ、戦争で死者が出るのは自然の理でありますから……」
どうということはない、そうリクトスは振る舞おうとした。それでも顔を見れば、いまだに部下のことが深い傷になっているのは明らかだった。
「だが、祈ることで死んでいった者の来世をよりよいものにできるなら、それは素晴らしいことではないか? お前自身に死後の裁きや転生の実感はないかもしれん。だが、どうか、ここは騙されたと思って、部下のために祈ってやってくれんか?」
わざわざ口で言いはしないが、結局のところ、死者への供養は生きている側を救うためにある。
今の魔族の死生観では死を受け入れるのがあまりに重すぎる。死を軽くしすぎてもよくはないが、誰かの死にふんぎりをつける境目がないのは、仏教で言うところの迷いでしかない。
供養のシステムは死者を忘れないためのものでもあるし、同時に死者への執着をやわらげるためのものでもある。
「わかりました……。ご命令に従い、塔の計画を立てたいと思います……」
リクトスも折れた。
「ありがとう」とアルカインも丁重に礼を言った。
もし、慰霊塔がリクトスのような亡くなった誰かに未練を持つ者の心を慰める力を持つなら、それは日本に無数にあった形式に従っただけの仏塔などよりはるかに価値がある。
あとは死後の転生についての布告を行い、民衆の前に出て何度も語ってやればよいか。アルカインはそれなりに民の信頼も厚いから相手にされないということはないはずだ。
これで自分も開祖ということになるのだろうか、そんなとりとめのないことをアルカインは考えた。いやいや、それは仏にも多くの先達に対してもあまりに不遜な発想だ。
自分はただ、迷う衆生を救うことだけを考えていればよい。
魔王は魔族を率いて、救うために存在するべきだ。
そして、自分はそれだけで終わるつもりもない。
人間も、この世界のすべてを救う。