第6話 魔王、死後の世界を説く(2)
「転生の門とは、どういうことだ?」
朕はドラゴンの娘に尋ねた。
「順を追って話しましょう。生物を動かす本質はいつだって肉体ではなく魂なのです。肉体はかりそめのものです。その証拠に、ガス状の魔族の方だっていらっしゃるでしょう? もし肉体が本質なら実体がないそんな魔族は生きられないはずです」
「なるほど。一理ある」
「逆に、動く鎧のような魔族の方が亡くなっても、鎧が腐り落ちることはありませんね。しかし、その方が動くことは二度とない。これも本質である魂が入っているかどうかで生死が決まるからです」
「朕の配下にそのような者もおるから、わかる」
「そして、魂というものは消えることはありません。また何かの生物の体に入り、次の命となるのです。その行き着く先を決めるのがこの転生の門の広場なのです」
転生という言葉を聞いて、朕はおおいに驚いた。
「だとすると、死後の暗い闇のような世界はないのか。人間が言うような天上の楽しい場所もないのか」
「厳密にはその通りです。死後の世界というものがもしあれば、そこに魂が増え続けて埋まってしまいますから。もし、人口が十万の国家が、国土の広さも変わらないまま一千万の人口を抱えたとしたら、それはひどいことになるでしょう?」
「うむ、もっともだ。だが、長らく信じられてきた地上の者の考えがたんなるデタラメともまた信じがたい」
「ええ。つまり、転生したあとの世界を死後の世界と誤解されたのでしょう。その中には苦・楽のどちらもありますから。今からその世界について順々に説明いたしましょう」
そして、ドラゴンの娘は六つの世界を話して聞かせてくれた。朕が要約しておぬしらに説明しよう。
まず一つ目。苦痛だらけの暗い世界、『奈落界』への転生。これは悪行の限りを尽くした者が行き着くところだ。ここはあまりに悲惨なので我々の目には見えない。ここに転生した者は地の底にある国家で暮らすことになるという。
次に、『飢餓界』への転生。これは生前、贅沢をしたり、他人に救いの手を差し伸べなかった者が生まれ変わるところだという。とにかく、死ぬまで飢えてひもじい思いをすることになる。飢餓の時代に生まれた者はこの世界に転生したのだろう。
三番目が『動物界』への転生。これはか弱い者を弄んだりした者が生まれ変わる。具体的に言えば、家畜や虫に生まれ変わる。おそらく、自分が何者かを理解することもできぬまま死ぬことになるだろう。
四番目は『闘争界』への転生。ここに行き着くと、とにかく始終、争って生き残ることだけを考えることになる。もちろん、そこで権力を握り、栄華を極める者もいるだろうが、心は常に遠くの敵や近くの仲間の裏切りを気にして、休むこともできない。
五番目で、やっとまともな魔物や人間への転生だ。呼び名は『一般界』。もちろん、そこで愚かな生き方をするも、素晴らしい生き方をするも自分次第だ。そして、その生き方で次の転生先も決まるわけだな。
六番目が最上位の『天上界』。ここは無数の楽しみであふれている夢のような世界であるらしい。その場所も『奈落界』同様、我々の目には見えない。ずっと空の上の高みにある。だが、死がないというわけではない。ここに生まれた者もいつかは死ぬことになる。『天上界』で愚かな生き方をしていれば、次に生まれ変わる時、もっと下の階層で転生してしまうというわけだ。
「――このように、生前の行いによって六つの世界のどれかに転生することになるのです。そのそれぞれの入口の門がここにあるわけですね」
ドラゴンの娘はにこやかに笑った。
「つまり、魔族も人間も転生先の一部の世界を、死後のすべてだと思いこんでいたというわけか」
「そうです。転生してしまうと前世の記憶は通例、消えてしまいますからね。しかし、半死半生となり、かろうじて息を吹き返した方が、ここまでは来たものの道を戻った可能性はあります。となると、たとえば『奈落界』の説明だけ聞いて戻ったり、『天上界』のことだけ頭に強く残っている人が生き返ったりすると――」
「それが死後のすべてであると信じてしまう、というわけだな」
このように、生前の行いによって、来世は確定される――ということらしい。この言葉以上に、朕の体験を補強することはできないが、死を苦痛そのものととらえるのよりはまだしも救いがあるだろ――
◇ ◇ ◇
「魔王様、どうしても疑問がございます」
刺すような、鋭い声が響く。
声を発したのは女の身で司法長官をつとめるナタリアだった。ダークエルフ――といっても、これは人間の呼称で、彼らはみずからを神聖エルフと呼んでいたが――の族長の一族の出身だ。
長命なエルフだけあって、彼女も身分の割に少女と大差のない姿をしている。何も知らない者が見れば、子供が紛れこんだようにすら見えるだろう。
ナタリアを見て、眉をしかめる者もいた。この女は、立場をわきまえず、魔王に噛みつくことが多い。
というのも、エルフたちは現在の魔王領の一部に住んでいた、いわば先住民なのだ。そこに魔王の軍が来て、ダークエルフの部族は服属し、エルフの部族は人間の国家のほうへ逃げ出した。
服属したといっても、世代交代の少ないエルフのこと、過去の遺恨はなかなか忘れられないらしく、非協力的な者も多い。逆に言うと、魔族におもねることもないから司法長官の地位はうってつけなのだが。
このナタリアもほかの魔族たちからすれば、アルカインに距離を置いているところがあった。王として敬意は払うが、心服することはないとでも言いたげに、厳しい目をしている。
せっかくの美貌も笑わぬからもったいないと言う者と、だからこそ氷のような顔が映えるのだと言う者がいて、どちらも譲らなかった。まあ、そういう容色の問題はアルカインにはどうでもいいことだ。アルカインとしては、こうして直言を辞さない部下は得がたい存在と言えた。
「ほう。何かあるか。発言を許す。とはいえ、許す前からお前は言っておるがな」
冗談にもこのおかたい司法長官の顔はゆるんだりはしなかった。まるで、笑うと罰が与えられることになるとでも思っているかのようだ。
「生前の生き方次第で行き先が決まると言いますが、その評価はいったいいかなる者が行っているのでしょうか? 司法長官として黙って聞いていることができませんでした」
誰かが「善悪の区別ぐらい、すぐにつくだろう」と言ったが、ナタリアは「そんなことはありません」とすぐに言った。
「たとえば、同じ窃盗にしても、生活に余力のある者が他人を困らせるために遊び半分でやったものと、貧しくて子に食べさせるものがない親がやむなくやったものでは、意味合いが違いましょう。無論、どちらも罪ではありますが、重さは違う。時によっては行為の善悪すら状況で異なることもあります。領内での殺人犯と敵の武将を何人も殺した英雄、この二つを考えれば、善悪すら相対的なものだということがすぐにおわかりになられるでしょう。そして、だからこそ、司法という存在が一件一件を慎重に裁いていかねばならないのです」
「ナタリア、お前の言いたいことはわかる。裁きの基準がわからんのでは話にならんというのはもっともなことだ」
「まだ、話は終わっていません」
つっけんどんにナタリアは言った。
「裁きというのはそれほどまでに難しいものであるがゆえに、すぐに結論が出せるものではないのです。我々が一審ですべてを決めず、続審、最終審と三審制をとっているのも、善悪の判断も罪の多寡もいずれもやすやすとは決められないからです。死ぬとすぐに来世への道が定まるというのはどうも作り話めいているような気がしてなりません」
作り話、とずばりとナタリアは言った。
ふっと、禅僧をやっていた時の記憶がよみがえる。昔も、こんな若い者ほどどきりとするようなことをためらうこともなく口にした。いや、ナタリアは長命なエルフだから若くはないのかもしれないが。
だが、だからこそ、説き伏せてやろうという気持ちもアルカインに湧いてくる。
「お前の考えは実に合理的だ。だが、朕の話もあれで終わりだったわけではないぞ。お前が切ってしまっただけだ」
そう言うと、さすがのナタリアも言葉をさえぎった自覚があったのか、恥じ入るように顔を赤くした。
「そ、それについては出すぎた真似であったと謝罪いたします……」
「かまわん。そんなことで腹を立てていたら、おぬしを司法長官にしたりなどせん」
かつて、六道の概念で日本人は基本的な道徳観を身につけた。幼少期の正覚もまたそうだった。
だから、死者の裁きについては具体的な話ができる。
――ナタリアよ、これはおぬしと朕との真剣勝負だ。