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魔王様、教祖になる!  作者: 森田季節
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第4話 魔王、宗教を作る

「心の……癒し……?」

 カブールは皆目見当がつかぬようで、オーク特有の赤い顔をさらに赤くした。

「傷を治癒する医療施設であれば、すでにザクスラン城の城下にもございますが……」

「あのな、傷には体以外のものもあるのだ。カブール、現在、朕の国の死者はどうなるか言ってみよ」

「はっ、骨ヶほねがはらにすべて肉も骨も捨てておしまいでございます」


 アルカインの目は地図の中にある骨ヶ原という荒野に、自然と向いた。

 そこは魔王軍がやってくる前から野生の狼などが跋扈しており、死体を捨てる時以外は魔族たちも近づこうとはしなかった。


「お前の言っていることは正解だ。死体は捨てて終わり。では、第二問といこう。死ぬとどうなる?」

「はっ……。我々が元々いたという闇の世界に押しこめられ、苦しみ続けることになると言われております……」


 それも間違いではない。

 魔物たちは自分たちの出身地にかなり不気味な場所を想定していた。いわば仏教やキリスト教で言うところの地獄のような場所だ。なるほど、いかにも魔物の故郷としては適当なようにも思える。


 ――前世でやったゲームでもそうだったな。

 アルカインはファミコンのRPGの設定を思いだした。モンスターは倒すとゴールドと経験値を勇者に与えてくれる。それはそれでいい。モンスターも金ぐらいは持っているだろう。


 だが、モンスター側にとって死んでいった者の供養などはどういう扱いになっているのか?

 勇者視点だとこれはまったく描かれない。モンスターと認識してるぐらいだから、勇者はそんなものを考慮に入れておらず、だからゲームをしているプレイヤーもわからないということなのかもしれないが、城だとか塔だとかいったものを作る文明を持っているモンスターたちが祭祀に関わる概念を有してないというのはおかしいのではないか。

 正覚は僧侶だったから余計にそこが引っかかっていたのだ。


 だが、自分が魔王を十年やっていて、得心がいった。宗教という概念がなくても、国家は成立するのだ。死を恐ろしいものということだけで解釈して、一応は国家はやっていけている。


 しかし、それではあまりにも救いというものがない。

 つまり、この魔族たちには事実上、宗教というものが存在しないのだ。死ぬと恐ろしいところに行くという観念しかないというのは死生観ではあるが、宗教ではない。


 人間の側には宗教と呼べるものもなくはないが、これはこれで欠陥が多い。向こうは国や地域ごとに人格神を祀っているが、これはギリシャ神話の神のように人間に近すぎて、高邁な理念などを作ることまではできていない。祭祀組織などは体系化できてはいるが、多くを救うには力不足。


 ならば、どうするか?

 自分の手で作るのだ。

 前世の僧侶の記憶を使えば、それはできる。


「カブール、これではあまりにも死んでいった者が可哀想ではないか?」

「さようでございますな……。だから、誰も死にたいと自分から願う者はおりません。死者を蘇らせる魔法も今のところ、発見されておらぬようですし……」

「しかし、実は死者以上に可哀想な者がおるのだ」


 カブールは見つめられると、困惑した顔で視線をそらした。

 答えがわからぬということだろう。重臣をあまりいじめるのも悪い。

 そこで、ほかの者を探すが、普段からアルカインのそばで詰めている者と言えば、そう数は多くない。


「サリエナ、お前はわかるか?」

 行儀よく背筋を伸ばして立っていた近衛騎士のサリエナの顔が青くなる。どうしようという気持ちは、ひょろひょろと力なく動いている尻尾からすぐにそれと知れた。


「わ、私ですか……? あいにく、不勉強なもので存じあげません……」

「お前の知識の量を聞いているのではない。考えたうえで、答えを出せと言っているのだ。間違えたところで、お前の尻尾の毛一本抜かんから安心しろ」


「わかりました……」

 ちょっとはサリエナも安堵したようだが、答えを見つけるほうはなかなか難航した。

「悲しんでいる者の顔を思い浮かべれば答えは出るぞ」

「悲しんでいる者ですか……? たしかに死者自身が悲しい顔を見せることはできませんから、多くは遺族の方が……」

「正解だ」

 いきなりの言葉にサリエナは一呼吸置いてから、うれしそうに顔を朱に染めた。


「今の我々の教えの通りだと、死には絶望という意味しかない。それは一面の真実でもある。だが、そのようなものではないということが、朕にはわかる。なぜだと思う?」

 無意識のうちにサリエナは首を横に振っていた。カブールが「仕草で返事の代わりとは、御前で無礼ですぞ」と咎める。サリエナもすぐに「す、すいません!」と謝ったのだから、アルカインは許してやることにした。


「朕は、先の戦争で人間の魔法使いの攻撃を受け、危うく魂が離散しそうになった」

 恐ろしい告白にサリエナは思わず、口を押さえた。

 なんとも感受性の強い娘だなと、アルカインは申し訳なくすら思う。そして、この娘を近くに置いた自分の見識を自賛した。性根のまっすぐな者をたしかに選んでいる。

「無論、このように元気に生きているから心配はいらぬ。むしろ、魂がこの世界を離れたおかげで、死者がどこへ行くかも瞬時に理解することができた」


 そこまで言うと、アルカインはゆっくりとうなずいた。

 事実とは異なる。だが、前世の記憶が戻ったというのよりは、このほうが効果的だろう。

 ――ここから先の話はもっと多くの者を集めて語るべきだな。

 とくに自分が攻撃を浴びたところを目撃していた者がいればいるほど信憑性が強くなるだろう。

 発心したらすぐに実行しろと日本の先人は言った。

 好機はやろうと思ったその瞬間にある。


「今夜、緊急の会議を開く。少し眠いかもしれんが、この国の民のために欠かせぬ話だ。必ず出席してくれ」

 カブールはすぐに、伝令を用意した。伝令たちがすぐさま重臣たちにその旨を告げにいく。


 ――まさか、自分が一から宗教というものを作るとはな。

 責任重大だと思いつつ、アルカインは内心でそれなりの達成感にほくそ笑んでいた。

 こうなったら、やれるだけのことをやってやる。幸い、人心を惑わすようなことを言っても処刑されるような恐れはない立場だ。

 ――まずは、死ねば終わりという価値観を朕が塗り替えてやろう。


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