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魔王様、教祖になる!  作者: 森田季節
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第34話 魔王、新年を祝う

 五重塔の最上層で鳴らされた鐘は、ザクスラン城下一帯に響いた。

 もしかするとこの音で眠りを妨げられた者もいるかもしれないが、一年に一回のことだ。大目に見てもらおう。


 百八回の鐘が鳴り終わると、一部の者が眠そうな顔をしていたので、すぐに解散にした。これが日本なら正月は夜店なども出ているのかもしれないが、当然そんなものもない。娯楽がないならとっとと帰りたいと思われてもやむをえないだろう。


 アルカインも素直に城に戻って、しばらく眠りについた。一月一日の朝もやることはあるのだが、少しは眠らないといくら魔王でも体がもたない。それでも二時間半だけ眠って、結局座禅のために起きたのだが。


 早朝になると、またアルカインは厨房に出向いて、レイスの王室料理長モルディーン、ドライアドの料理長フィングスらとともに打ち合わせを行った。

「では、朕が式典を行っている間に、準備を進めておいてくれ」

 レイスとフィングスらは恭しくうなずいた。


 そして、魔王暦三〇九年一月一日の朝十時。

 王城の大広間に臣下一同が列席していた。

 一年の最初の魔王へのあいさつだ。宗教的な意味合いの行事はなくても、政治的なものは当然魔族たちにもあった。


 サイクロプスの国務長官トラントによる「魔王様に忠誠を!」の声のあとに、出席者が「「誓います!」」と声を揃えて叫ぶ。

 そのあとに、また魔王の治世を褒め称えるような演説をトラント以下、高官が続けていくのだが、アルカインにとっては案外と退屈な時間だった。


 ――どうせ、形だけの美辞麗句であるしな……。かといって形式的なものを無駄だとして何もかも廃止していけば、ブッダ教の儀礼すら無駄の烙印を押されかねぬ。ここはこらえるしかあるまい。

 正直なところ、このあとに用意しているサプライズのほうに頭がいってしょうがないのである。


 一時間半にもおよぶこの儀式はようやく終わりとなった。普通ならこれで散会となるはずなのだが――

「今年から、お前たちに料理を振る舞おうと思う」

 アルカインのその一声で重臣たちはぞろぞろと食堂に移った。


 食堂のテーブルには王城の料理人たちが、皿を並べていく。重臣たちはよくわからない料理を目にして、不思議そうな顔をしたり、率直に「何だ、これは?」とつぶやいたりしていた。

 皿の上に置かれているのはほんのり黄金色の焦げ目のついた、芋で作った餅だった。もとも、餅という料理は魔族の中では存在していなかった。

 ほかにも小皿が置かれるが、これにはソースのようなものと茶色い粉のようなものが入っているものの二種類があった。


「みんな、奇妙な顔をしているようだから、朕から説明をさせてもらう。これはブッダ教の教義を現した料理である。せっかくなので、新しい年を祝うべき一月一日に食べようと思った。その黄金色のものは『モチ』と呼ぶ」

 本当は餅米から作りたかったが、残念なことに餅米が収穫できるような作物が見つけられなかった。魔族の支配領域で生えていないのか、食習慣にないから栽培してないだけなのか、そもそも大陸やこの世界に存在していないのかは不明だ。


「一言で言うと、これは魂を意味したものだ。魂が新たな一年のはじまりに体に入るということで、今年もすこやかに過ごせるようにと祈るものだ」

 どうして正月に餅を食べるのかというのは、もちろん法律や文書で定めたものではないが、正月に供える鏡餅はもともと鏡のようにひらべったい形をしていた。ここに年神が宿り、それをみんなで共食することで、健康を祈ったとされる。


 別に神を食べるのが目的なのではない。この場合の年神というのはエネルギーのようなもので、魂の源になるようなものと考えられていた。事実、年魂としだまを分け合うというような表現を使う。お年玉という言葉や風習もここから来ている。


 ただ、はっきり質問はされなかったが「魂はこういう色や形をしているのだろうか」とつぶやく者がいた。たしかに、なんとなく魂は白くて丸そうなものという印象を持っているのはアルカインの前世が日本人だったからかもしれない。

 日本人は白っぽくて丸い形をしたものを、古来から玉と呼んだ。勾玉まがたまなどがそうだ。おそらく、丸くて小さな形状の餅も魂を意味するものとして食されたのだろう。


「今回、モチには二種類の食べ方を用意した。からいソースをつける食べ方と、った豆の粉に砂糖を入れたものをつける食べ方だ。数はたくさんあるので、両方試してくれ。あと、味の感想は率直に言ってほしい」

 一応の味見はしているのだが、この味でおいしいと思ってもらえるかは謎だった。それに正覚時代の味覚となるとアルカインもうろ覚えの部分が大きい。


 臣下たちは見慣れぬボール状の料理を手でとったり、フォークで突き刺したりして食べはじめた。

 実は先ほどの式典なんかよりはるかにアルカインは緊張していた。この奇妙な料理が受けるかどうか、まったくわからなかったのだ。

「おっ、意外といけるぞ」「面白い食感ですな」という声とともに重臣たちの顔が明るくなったので、アルカインはほっと息をついた。評判はとりあえず悪くはなかったようだ。


 重臣たちよりは身分的に低いサリエナはアルカインのそばに立っていたが、知らず知らずのうちに物ほしそうな目になっていた。

 時間的に近衛騎士は昼食がまだなので、結果的に目の前で昼食を先に食べられているようなものなのだ。


「サリエナ、お前も食べてよいぞ」

「いえっ! 私はあくまでも近衛騎士としての仕事をまっとうするべきであり……」

「年の初めにはゆっくりと休むものなのだ。敵が攻めてきていれば別だが、そうでないのなら息抜きをしろ。これは朕の命令だ」


 王である立場をアルカインは都合よく使ってやる。

 サリエナもこう言われると「魔王様の命令であれば……」と素直に聞き入れてくれる。

 空いている席に座り、サリエナはフォークでモチを突き刺す。そして、ソースに少しつけて、小さな口でかじった。礼儀正しく、噛んでいる最中は手で口を隠している。


「あっ、おいしい……香ばしいおこげと中の粘り気のあるところが混ざって、すごく面白いですね」

「そうか! よし、どんどん食べてくれ! 遠慮はいらんからな!」 

「この粉のほうにつけたモチは、ソースとは違って、デザートみたいになりますね」


 そこに料理人たちがまた山盛りとなったモチを運んできた。重臣の一部がどれだけあるんだという顔をしていた。実は調子に乗って作りすぎてしまっていたのだ。


 この年以来、ザクスラン城では一月の頭にはモチという料理を食べるようになり、じょじょにこの習慣は民衆の間にも広がるようになっていったのである。

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