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魔王様、教祖になる!  作者: 森田季節


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第32話 魔王、世界宗教に一歩を踏み出す(2)

「な、何か……問題でもございましたでしょうか……?」

 魔王から声がかかり、サトゥルスのノワードは先ほど一息ついたのも束の間、これまでで最も情けなくびくびくしていた。

「少々無茶な注文に聞こえるかもしれぬが、その慰霊塔には人間側の戦死者も祀るようにしてやってくれぬか」


 ノワードが困惑しているのは顔を見ればすぐにわかった。やはり真意を理解してもらうにはそれなりの説明がいるなとアルカインは思った。

「あの……どうしてこちらに攻めこんできた敵の魂がよい場所に転生することまで祈らねばならぬのでしょうか……? 私は田舎の者ゆえ、ブッダ教に詳しくないもので……」

 ノワードは恐る恐るアルカインに尋ねる。

 会議のほかの参加者からも「ブッダ教に疑念を抱く者が増えるのでは……?」などと言い出すほどだった。


 ――久しぶりに正念場だな。いや、これは朕が勝手に作った正念場なのだが。

 アルカインは禅僧、正覚しょうかくの心持ちを思い出していた。ここで引いてしまっては、おそらくブッダ教の広がりもたかが知れたものになるだろう。自分の使命も中途半端にしか果たされぬものになるだろう。


「みんな、聞いてくれ。朕は何も敵と戦ってはならぬと言っておるわけではないのだ。人間の軍が襲ってくればこれを撃退するのはやむをえん。そこで白旗をあげていては、魔族は滅んでしまうだろう」

 ゆっくりとアルカインは参加者の顔を見回した。

「だが、戦死者の魂は人間であろうと同じく慰霊塔に葬るべきなのだ。理由はこうだ」


 理解を得ることが難しいからこそ、アルカインはやる気を感じた。

「最初、朕は魂が輪廻転生を繰り返すことを死にかけた時に知り、それをみなに伝えた。そして、残された者の祈りによって、よきところに転生できることを広く教えようとした。だから、多くの者が亡くなった家族のために祈るようになった。これはとてもよいことだ。身近にいた者の平安を祈るのは自然なことであるからだ」


 ここまでは何も問題はないだろう。

 大事なのは、これより先だ。できうる限り、論理的に言葉を選択する。


「しかしな、身近な者のことだけを考え、かかわりのない者のことを顧みないならば、これは私利私欲につながってしまう。最終的には自分のことしか考えない者だらけになってしまう。これはブッダ教の目指していたものではないし、そんな欲の深い者の祈りでは魂をよいところに送ることも、自分の魂がよきところに転生することもなくなる」


 少し、間を置く。自分の目指すべきものを理解してもらえているか確認してから、次に進む。

「人間の兵士は我々同胞の命を奪い、ものを盗ろうとしてきたのだ。放っておけば必ず、転生先の最下層である奈落界や飢餓界といった恐ろしい場所に生まれ変わるしかないだろう。だが、それはあまりに悲惨なことではないか。何も祈ったところで人間の兵士が復活して再び攻めてくるわけではないのだ。もしかすると魔族として転生するかもしれぬのだ。死者には平等に――といってももちろん家族な友人ほどでなくてもよいから、平安を祈ってやってくれぬか」


 ゆっくりとだが、サトゥルスのノワードがうなずいたのが見えて、アルカインはほっとした。

「たしかに一族の幸せを考えるのが悪くなくても、それでほかの者が不幸になってもよいと考えるならば悪ですな……」

「まさにそういうことだ。それでは結局、祈りの力も弱くなるからな。敵の魂について祈るのが難しいならば、争いで戦死者が出ないようにと祈ってもらってもかまわん。どうか、ここはわかってほしい」


 どうしてアルカインがこうもこだわったかというと、ブッダ教を大陸全土に広める覚悟があったからである。

 これが魔族の間だけの、いわばローカルな宗教にするつもりなら、こんなことを言い出すメリットはとくになかった。しかし、ブッダ教の元になっている仏教は、あらゆるものを救済することを目指した宗教だ。教義でもそうなっている。


 ここで「所詮は魔族のためだけの宗教なのだな」と人間に思われてはブッダ教は広まりづらくなるし、そもそも仏教の数多の先人を愚弄することにもなる。

 だから、ここはどうしてもブッダ教の立場として、敵味方の区別など行わないということを表明しなければならなかったのだ。


 ――朕はブッダ教を世界宗教にする。こんなところで線引きをするつもりはない。人間たちよ、お前たちも救ってやるからな。待っておれよ! お前たちが救われる気がなかろうと救ってやるぞ!


 こうして、アルカインの誠意は通じたようだが、サイクロプスの国務長官、トラントはもっと実利的な男だった。

「では、慰霊塔ができましたら、すぐに人間どものほうに、こちらで人間の魂の分まで祈っていると報告しておきましょう。敵に祈られるとあっては、奴らも自分たち以外の者が正しき神を持ったことに気づかざるをえんでしょう。素直にそれを認めるとは思いませぬが、動揺を誘うことぐらいはできるかと」

 人間を揺さ振る手段としても、人間の戦死者を祀ることを使おうというわけだ。


「トラントよ、お前はなかなかこすい手を考えつくな」

 アルカインはわざとらしく苦笑してみせた。

「だが、それで我々がただの獣とは訳が違うことを連中に伝えることができたとしたら、悪いことではない。その件はお前に任せる」


 こうして、フォールズ郡の小さな村に作られた慰霊塔では敵までもが祀られることになった。

 建築物となると時間がかかるので、まず一アムツ半(約三メートル)ほどある石造物の塔建てた。この塔をあとから建物で覆うことになっている。

 なお、そちら方の死者の魂も祈っているという人間側への報告は、魔族側の土地に来ていた商人を介して行われたが、人間側はそれを黙殺したようだった。


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