第31話 魔王、世界宗教に一歩を踏み出す(1)
ちょっと、投稿に時間が空いてすみません……。本業のほうが忙しくなってきてしまいまして……。
――竜女様、竜女様、聞こえてらっしゃいますか?
アルカインはロザールから別れて一人になると、頭の中で竜女に呼びかけてみた。一度では効果がなくても、何度か繰り返すと、
『はいはい~、何なのです~?』
ゆるい竜女の声が聞こえてくる。やはり、こちらのことは向こうからはわかっているらしい。さすが仏の世界の住人だ。
――竜女様、一つお聞きしたいことがあるのですが。
『どうぞどうぞです~。ただし、都合が悪いことは黙ってるですよ~』
もしかすると黙られるかもなと思いつつ、質問する。
――妹のロザールが天人の転生者であるというのは、偶然のことなのでしょうか?
『必然と言えば必然だし、偶然と言えば偶然なのです』
つまり、どっちなんだよとアルカインは思った。
『世界一つに仏法を広めるというのは大変な作業なので、サポートのできる子がいるなとは思ったのです~。でも、考えてみれば天人でそれなりに立派に生きてた子は転生先も、自動的にそれなりのところになるのです~。だから、魔族のお姫様として生まれたのです~』
――おっしゃりたいことはだいたいわかりました。
思った以上にこのプロジェクトには多くの思惑が入っているな、そうアルカインは認識した。だからといって、やるべきことは何も変わらないが。
『ああ、それとついでに注意しておきますですよ』
――竜女様から注意とは珍しいですね。
『最近、たまに前世の言葉を口にしていることがありますですです~。あまり使うと前世の記憶があるとばれちゃうかもですです! ばれたから魂が抜けるわけでも何でもないですが、不用意なことは避けるですよ!』
たしかに前世の記憶があるだなんて者は極めてイレギュラーなのだ。トラブルを防ぐためにもうかつに口外しないほうがいいだろう。
『ただし、上手く打ち明ければ逆に信頼できる仲間が手に入るかもしれませんが~。お前にしかこの秘密は言ってないだなんて言われたら女の子はイチコロですです~!』
――口説く道具なんかで、そんな秘密は使いませんからね!
竜女はとにかく色恋に話を持っていこうとするところがある。そういうのが苦手なアルカインは厄介そうに話を打ち切った。
ロザールの宗教歌のお披露目式も終わったし、真面目な話に頭を切り替えないといけないのだ。
――朕はブッダ教の教祖であると同時に魔王でもあるからな。
◇ ◇ ◇
翌日、アルカインは会議室に数名の重臣を呼んだ。
出席しているのは、アルカインのほかは、
ワーウルフで魔王軍第五軍の将軍、ナルカロス、
サイクロプスで文官では最高位に当たる国務長官のトラント、
アルカインの股肱の臣であるオークのカブール、
昨日、北東部の領地フォールズ郡からザクスラン城に到着した領主一族のサトゥルスのノワード、
――の以上四名だ。
北東部の一領主のさらに親族に過ぎないノワードが会議に顔を出せるのは、「当事者」であるからにほかならない。そのせいか、場慣れしていないノワードはびくびくとしていた。
「ノワード殿、状況の説明をしていただきたい。なお、この場での話は口外はせぬが、カブール殿が書きとめるので、ゆめゆめ被害を小さく見積もったりせぬように頼みますぞ。ひどい場合は領地没収ではすみませんからな」
ナルカロスが冷たい目でにらむように言った。
地方領主は普段高官と会うことがなく、地元で威張り散らしていたりする。いわば、お山の大将の猿のようなものだ。そのため、保身に走ったりすることも多い。経験的に将軍の地位にあるナルカロスはそれを知っていた。
「はっ……誓って、虚偽の証言はいたしません……。我らの領地に人間の軍隊、約四百が入りこんでまいりまして、戦闘となりました……。敵はいったん小高い丘に砦を築き、膠着状態となり、今に至りまして……」
ノワードの声はふるえてはいたが、カブールが筆記するには充分な大きさだった。むしろ、ゆっくりとした声なのでありがたいほどだ。
先日、人間の領地との境目付近で交戦があった報告がされたが、それの続報の連絡のためにこうして領主の一族が直接やってきたというわけだ。
「敵方の四百という人数が事実だとしたら、たいしたことはできぬだろうが、久しぶりの人間側の攻撃であるな。勇者ラスカの一味である魔法使いオーギュストが戦死したことでしばらく平穏が続くだろうと思っておったが」
アルカインが率直に感想を述べる。ことさらに感情を交えることもなく、淡々としていた。
「国務長官のトラントが申し上げます。北東部はもともと山賊と大差ないような連中がはびこっておる場所ですので、おそらくはその手の者かと。あのあたりは人間の土地でも今年の作物の収穫量も少なかった場所ですから、略奪の意味合いで攻めこんできたのでしょう」
今年――魔族暦三〇八年の天候は多少、日照時間が短かった。もともと温暖な南部の地域ならともかく、北部の土地にとっては、それは死活問題だった。
「朕もそう認識しておる。勇者の軍隊を名のる者たちはこれまでも最低でも数千で攻めてきおったからな。このたびの攻撃は、やむにやまれぬようなものであるのだろう」
国境地帯で起こる戦争の多くが作物などの略奪目的のものだった。理由は単純で、充分な作物が収穫できずに食糧が不足する年があるせいだ。じっと待っていても飢えて死ぬことがわかっていれば、命懸けで食糧のあるところに突っこんでいく。
とくに今は十二月ということもあり、肌寒さも増す。栄養状態の悪い者が倒れはじめる。
これは日本でも過去に何度も起こったことだった。戦国時代の戦争の多くは食い扶持のためのものだったと言われている。一種の出稼ぎ労働であったと表現する研究者すらいるほどだ。
――もし大陸が統一されていれば、このような時でも余っているところから食糧を運べるであろうに……。やはり統一は行わねばならぬな。
起こるべくして起こった争いにアルカインは心を痛めた。
魔族も人間も争いがないまますむならそれにこしたことはないと思っている。誰だって命懸けの戦いをしたくはないだろう。逆に言えば、飢え死にの危険まである場合には戦わざるをえなくなる。
しかし、会議自体の緊張感は突然弛緩することになった。
というのも、まさに会議中に東北部から飛脚が派遣されてきて、人間側の砦を無事に攻略したことが報告されたからだ。フォールズ郡のサトゥルスの領主、カルドゥーが奇襲をかけたらしく、めぼしい敵将など五十人ほどを討ち取ったこと、ほかの者は逃げていったこと、魔族側は十二名が戦死したことなどが記されていた。
「このまま、魔族暦三〇八年も無事に終わりそうですな」
オークのカブールがほっとしたように言った。もう会議の必要もない。むしろ、年越しの準備でもしたほうがいいかもしれない。
サトゥルスのノワードも「同胞の死体は小さな慰霊塔を作って、鎮魂のために祈りたいと思います」と殊勝なことを言った。辺境にも一応のブッダ教の教えは広がりつつあったのだ。
だが、あえて、アルカインはそこで余計な一言を言っておこうと思った。
「ノワードよ、死者の鎮魂のことで一つ、注文がある」




